Chapter 4 「千の驚異の街タラリオン」
城壁都市タラリオンの城壁に沿ってしばらく歩くと、城門らしき場所に辿り着いた。
かなり立派な城壁都市に見えるのだが、門には門番らしき者は誰もいなかった。
これほどの大きさの都市で門番なり、受付なりが不在というのはあり得ないと思うのだが、そういう世界だからなのだろうか?
石造りの城壁の入り口は、見る者を圧倒する荘厳さを持ち、美しくも複雑なバロック様式の彫刻がその表面を飾っていた。
頭に星のようなものを乗せた人物が、何とも形容し難い異形の「何か」と戦う光景が巧みに彫り込まれいる。
「なんか怖いね、これ」
エリちゃんの言うことも分かる。
正義を強調するために悪を醜悪に描くことがコンセプトだとは分かるが、いくらなんでも限度というものがあるのではないだろうか。
「見慣れているだけで、怖いだけなら日本の寺の仁王像も大概だと思うけど、気になるのは別のところだな。天使と戦う悪魔ってのは定番だけど、ここまで異形にする必要があるか?」
天使が戦っている相手は不定形で無数の目が生えており、そのあちこちからは触手が伸びている。
バロック様式の彫刻では悪魔が天使に倒されるというテーマはよく採用されているが、その悪魔はせいぜい天狗か河童かというレベルで、異形の化け物ではない。
彫刻を見ているうちに違和感の正体に気付いた。
この彫刻は天使が悪魔と戦っている光景を彫ったものではない。
異形によって天使らしき頭に星を乗せた人物が追い込まれている構図だ。
そして気になったのは彫刻だけではない。
門の上に彫り込まれた文字。
「Lasciate ogne speranza, voi ch'intrate」
確か元はラテン語。
色々な漫画やゲームで多用されて有名だからこそ、知っているメッセージだ。
「よくあんなの読めるな? ラテン語だろ」
俺以外の全員がポカンと口を開けてそのプレートと俺の顔を交互に見ていたので説明をする。
「読めるわけないだろラテン語なんて。たまたまゲームに出てきたやつをデザインとして覚えていただけだ」
「なんだそりゃ」
「パルスのファルシのルシがパージでコクーンとか、石田が滅却師最終形態を使った時、動血装無しの神聖滅矢でマユリを倒してたみたいな謎の詠唱は逆にすぐに覚えられるだろ」
「なんて?」
カーターが聞き返してきたが、別に真剣に語るようなことではないだろう。
「ダンテの神曲に出てくる地獄の門に書かれているメッセージ。『ここに入るもの一切の望みを棄てよ』」
「なら、この先は地獄ってことか? 確かに街の入り口に付けるのは変だな」
「変なのはそれだけじゃない。バロック様式の誕生は中世終わりから近世にかけてのキリスト教文化の影響を受けたルネッサンス期だけど、それが、この中世アメリカに有るのはおかしい」
この世界に来て変なものを色々と見てきたが、ここはトップクラスにおかしい。
時代も場所もバラバラすぎる。
「門から見える建物はヨーロッパじゃなくてアラブ風って感じですよね」
「うん。モスクっぽい寺院やら、ローマの石畳、北欧風の民家、トルコ風の建造物までが無茶苦茶に混じってる。国籍や年代が無茶苦茶なんだよ、この街は」
彫刻や街並みから感じられる不気味さはそれが原因だろう。
色&形がバラバラのピースを無理矢理押し込んだモザイク柄のジグソーパズルを見せられているような違和感だ。
繋がっているようで、実のところ何も繋がっていない。
「ラビさんどうします? この変な街に入るんですか?」
「町を名乗るからには水と食料くらい手に入るだろう。それにドロシーちゃんの体調もある。補給と情報収集だけを済ませたらさっさと出ていく」
「入らないという選択肢はないんですね?」
「出来れば無視したいところだけど選択肢がここから100km戻るか、次にどこにあるか分からない町を改めて探すしかないので、ここに入るほうがマシというか」
リスクは承知の上だ。
その上で入らないと得られないものもある。
俺は言い出しっぺとして先頭に立って門を抜けて町の中へと入った。
門から見えた通り、町の中はモスクのようで何か違う寺院、北欧風のようでやはり何かが違う民家など、奇妙な建物が何の法則性もなく立ち並んでいる。
見ているこちらの頭がおかしくなりそうだ。
何より目を引くのが街の中央に立っている尖塔だ。
頂上は濃霧に埋もれていて見通すことは出来ず、どれくらいの高さがあるのかも分からない。
こちらも門と同じようにあちこちに彫刻が施されているが、宗教的な施設なのだろうか?
門の彫刻はどこかバロック様式……キリスト教の影響が観られたが、塔については地球のどの宗教とも共通点がない。
この世界独自のものなのだろうか?
その尖塔の下にはトルコの宮殿に似た球状の屋根が付いた建造物が見える。
この街の権力者が住んでいるとしたら、その場所だろうか?
街の通りはあまりに静かなので最初は無人だと思ったのだが、商店や民家には住民が住んでいるようで、窓や扉からこちらの様子を窺っている様子が見える。
ただ、どういうわけか住民はみんな目が血走っており、目の下に濃い隈が浮かび上がっていた。
ここの街の住民はみんな酷い花粉症なのか?
そんな花粉症の住民達は、俺達のことを血走った目で必死で観察しているようだった。
白い髪と赤い目を奇異の目で見たマサトランの住民とはまた別のベクトルだ。
外見ではなく、堂々と余所者が街を往来していることを警戒している目だ。
それでいて目が合ったり、俺が「こんにちはー!」と元気に挨拶をすると、自分達に敵対意思はないとばかりに目を逸らして陰に隠れてしまう。
「なんかすごく警戒されてますけど、大丈夫でしょうか?」
「こちらがあまりに堂々としすぎて、どう対応すれば良いか分からず、困ってる感じかな?」
住民たちは無視して通りをしばらく歩く。
あちこちから鼻が曲がるような腐臭が漂ってくるのが辛い。
お世辞にも衛生状態が良いとは言えなさそうだ。
「なんか通りから離れたところに白いものが転がってるんですけどなんでしょうかね?」
「人骨だな」
俺は白いものを一瞥した後にさらりと流すと、何故かモリ君が「ひぇあ」と奇声をあげて俺に抱きついてきた。
同時に、後ろにいるエリちゃんの目が鋭くなったのを感じた。
モリ君はわざとやってるのだろうか?
本当にエリちゃんが怖いので止めて欲しい。
「なんで、町中に人の骨が放置されているんですか?」
「さあ? 入り口からしてこの町が普通じゃないってのは分かっていたけど」
「なんでそんなに反応が薄いんですか?」
「いや、あそこまで完全に白骨化したらもう鳥ガラと変わらないし。通りへ転がしたままにせず、歩くのに支障がないよう道の脇に除けているだけ羅生門よりはマシだと思う」
芥川龍之介の「羅生門」でも、平安末期に京都の入り口にある羅生門の前では大きめのゴロゴロ死体が山積みになっており、その死体から金目の物を奪っていたババアの話が登場する。
ペストが流行する直前のヨーロッパでも無縁仏は似たような扱いだったという話も聞くし、意外と中世の価値観だとゴロゴロ死体はそこまでおかしな話ではないのかもしれない。
「墓を作らないんですかね」
「余所者の死体なんて知らんという方針なのか、死者を祀るという宗教がないのか……少なくとも、この町の支配者だか政府組織だかは門に門番を置かないことを含めて仕事なんて一切していないんだと思う。まともな衛生状態はこの環境では成り立たんだろ」
更に通りをしばらく歩くと、宿らしき建物に辿り着いた。
「カーター、2部屋確保出来るか聞いてきてくれ。予算次第では1部屋で」
「ヘイヘイ」
少し宿の外で待っていると、すぐに戻ってきた。
「1泊食事なしの素泊まりで1部屋が日本円換算で……銀貨を日本円に換算した時の相場が分からんが銀貨1枚だ」
「タウンティンの銀貨が使えるか確認してくれ。なかったら、別の手段を考える」
カーターはまた宿の中へ入っていき、何やら交渉しているようだったが、すぐに結論が出た。
「銀なので特に問題はないらしい。金や銀の価値は通じるみたいだな」
「なら、2部屋借りると伝えてくれ。モリ君、予算をカーターに」
相場はよく分からないが、それほど高いわけではないだろう。
「それで部屋分けは男女か?」
「ドロシーちゃんとその他だ。この子が単なる風邪ならともかく、何かよく分からない感染症にかかっているならば、同じ部屋で寝泊まりすると俺達にまで感染のリスクが発生する」
ドロシーの容態は気になるものの、流石に謎の病気に感染するリスクまでは許容出来ない。
それはそれ、これはこれである。
案内された部屋は案の定、町の中と同じく衛生観が中世だったので、消毒用アルコール代わりに酒を染み込ませた布であちこち拭きまくって、そこにドロシーを寝かせた。
アルコールの吸熱効果を期待して、清潔な布に、やはり酒を染み込ませる。
そのままだとかぶれそうだったので、一度別の布で巻いた後に、額の上に解熱シート代わりに乗せておく。
寝具も宿の備品は衛生的にどうかという感じだったので、俺が旅用に使っている毛布をかけてやることにした。
「さて、あとはお粥でも作るか」
所持している保存食の中で最も米に近い触感のキヌアを取り出して、どう炊けば粥に近い味と触感になるかを考えている最中にエリちゃんが部屋に入ってきた。
「ラビちゃん、その子のお世話って私に任せてくれないかな?」
「エリちゃんが? いや別に断る理由はないけど、理由くらいは聞きたい」
別に介護は誰がやっても良いのだ。
もし、それを誰かに専任出来るのならば、俺がその間に調査へ赴けるので、特にデメリットはない。
「私ね、最初にあの部屋へ閉じ込められた時に、この子を含めた3人を恨んでたんだ。あの子供が犠牲になれば私達は助かったのにって」
「それは……」
もし俺が運営の何かの気まぐれに喚ばれることがなければ、モリ君とエリちゃんは最初の部屋に閉じ込められたまま、命は失われていただろう。
そんな限界的環境では、あらゆるものに対しての恨み辛みが出たとしてもおかしくはない。
所詮は部外者の俺には、その考えを否定することは出来ない。
「でも、子供は何も悪くない。むしろそんなことを考えてしまった自分が許せなくて……だから、せめてその子供に会ったら謝ろう。仲良くしようって……」
俺はエリちゃんに近付いて頭をなでた。
「ちょっ、やめてっ、恥ずかしいから」
「いや、本当に立派に育ってくれた。分かりやすいモリ君の成長ばかりを見ていたけど、エリちゃんもちゃんと成長していたんだなって」
「『も』って止めてくれない? まるで私だけ育っていないみたいだし」
「うん、本当にそれについては謝る」
消毒薬代わりの酒と清潔な布をエリちゃんに渡した。
これならばエリちゃんにドロシーの世話を任せても大丈夫だろう。
「治療に必要な水はどこかで調達してくる。あとは胃に優しいようにお粥を作るつもりだけど、さすがにこれは俺が何とかする。他の世話は任せたよ」
「任された」
◆ ◆ ◆
「キヌアは水にしっかり漬け込んで、苦みとえぐみを取り除いておく。水を一度全部入れ替えて炊き込み。新鮮な卵が手に入らないので、代わりに磨り潰した豆の粉から湯葉的な物を作って混ぜ込む。流石に栄養が足りないと思うので、ドライフルーツの中からクコの実的なものを混ぜる。あとはパクチー的な香草を刻んで振りかけて、塩で味を調えれば偽物のお粥の完成」
「見た目は完全に粥だな」
「まあ、原材料が違うだけで、調理工程や味付けは粥だからな」
味見してみると、若干アジアン風味ではあったが、概ね薄味の粥だったので良しとする。
何故南米の素材ばかりなのにアジアン風味になるのか、それは分からない。
パクチーか? パクチーのせいか?
カーターがすかさずつまみ食いをしたが、口に含んだ途端、何とも言えない表情をしていた。
「味が薄いな」
「病人食だからな。粥はたっぷり作ったので、昼食と夕食、そして明日の朝食も全部これ。味は薄めなので、物足りなかったらパナマで買った佃煮を足して食べてもいい」
「せっかく町に来たので、まともな食事を食べたかったんだが……」
「ゴロゴロ死体の町にある食堂でまともな食事が出てくると思うか? 衛生状態も良いとは言えないし、何より水がヤバそうだ」
「ゴロゴロ野菜みたいな、ちょっと美味しそうな言い方はやめてくれ」
食料と水の調達をしたかったが、これはワイバーン問題を解決した後は速やかに町を出るのが正解だろう。
入り口に書いてあった「ここは地獄の入り口」的なフレーズが嘘も誇張もなくこの街の特徴を全て表しているあたり、実に闇が深い。
「飯を食ったら町の調査だな。ワイバーンの情報が手に入ったらと思ってはいたが、さすがにこんな状況だと町の全てが怪しい」
「出来れば俺は宿に残りたいんですけど、仕方ないですね」
モリ君にしては珍しい、後ろ向きな発言だ。
余程町中に転がる白骨が怖かったのだろう。
「なら俺とカーターの2人で行こう。モリ君はエリちゃんとドロシーの女子2人をここで守っていて欲しい。正直、この町の状況を見る限りは何が起こるか分からないし」
ゴロゴロ死体とおどろおどろしい町の雰囲気に明らかに腰が引けているモリ君を無理に連れ出して、成長の機会にするという手もあるが、前述の通りにエリちゃんとドロシーを護って欲しいというのもある。
むしろ、看病のことを考えると、ヒールを使えるモリ君に残ってもらった方がありがたい。
それに、先程の花粉症の住人が突然発狂して襲い掛かってくる可能性も0ではない。
警戒はしておきたい。
「オレも残っていいかな?」
「お前は俺と聞き込みだよ。女子1人にこの地獄を歩かせる気か?」
「女子? ……うん、女子?」
さすがに俺1人が調査というのはおかしいだろうということで、カーターは無理に連れ出した。
俺達2人が宿を出ようとすると、宿の主人らしき男が俺達に声をかけてきた。
「あんたら、今から外出するのか?」
「そうですけど、何かあるのですか?」
「余所者は知らないだろうが、こんな霧が深い日は危険だ。幽鬼やラティが来る」
「エイドロン? ラティ?」
鸚鵡返しに問い返すが、主人は疑問に答えることなく、何やらぶつぶつ言いながら部屋の奥へ戻っていった。
「ラティってお前の親戚か何かか?」
「ちょっと名前が似てるからって勝手に親戚を作るなよ。全然面識ない奴の連帯保証人にされても困るぞ」
正体は不明だが、「幽鬼」「ラティ」なる謎の存在がこの街に出現することは分かった。
それがワイバーン騒ぎにどう関係しているのか?
町のゴロゴロ死体とどう関係しているのか?
「まあ、まともな相手ではないのは間違いないな」
「だけど、そいつらを倒せば全部解決という可能性も高い。行くぞ」




