表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
収穫祭の魔女  作者: れいてんし
Episode 3. Tomb of the Red Queen
63/254

Episode 3 Period

 ついに交易船の出航日がやってきた。


 船に乗るのは俺、モリ君、エリちゃん、カーターの4人。


 任務を完了させたので報告のために本国へ戻らなければならないリプリィさんとランボー、コマンドーの3人とはここでお別れだ。


 俺達はこれから日本に帰るのだから、もう二度と会うことはないだろう。


 国が違うどころの話ではない。

 文字通り世界が……次元が違う。


 会おうと思っても、もう二度と会える方法などない。


 リプリィさんとは最初に遺跡を出た時からなので、もう1ヶ月近い付き合いになる。


 寝食を共にしたり、共に生死を分ける戦いを共闘したりと本当に色々なことがあった。

 告白をしたりと色々なイベントが有ったモリ君については俺以上に色々あっただろう。

 

 今では掛け替えのない大切な友人だ。


「月並みなことしか言えませんが、お元気でいてください」

「私はリプリィさんのことはずっと友達だと思っていますので」

「いえ、皆さん、今までありがとうございました」


 最後に俺とエリちゃん、リプリィさんの3人で抱き合って別れの言葉を告げた。


 たとえ社交辞令だとしても「また会いましょう」とは決して言えない。

 言ってしまえば、日本へ帰るという決意が鈍ってしまう。


 感極まったのか、いつの間にか涙が溢れだしていた。

 なんとか止めようとするが、どういうわけが止まらない。


「男の涙は一生に三度まで」などという古い言葉があるが、今は女なので許して欲しい。


「ラヴィさん、湿っぽいのはやめましょう。泣かないでください。私も辛くなります」


 泣き続けている俺に対して、リプリィさんは乾いた笑みを浮かべていた。


 その通りだ。

 これで最後なのだから笑って別れたい。


 最後に見る顔が泣き顔で、それがずっと記憶に残るのは悲しすぎるだろう。


「そうですね、すみません。泣くのは止めます」

「ハンカチいるか?」

「いや、自分のは持ってる」


 カーターが差し出したハンカチを拒否して、ローブの中から自分のハンカチを取り出して涙を拭いて鼻をかんだ。


 それから大きく深呼吸をすると、スッキリした。

 念の為に頬を両手でパンパンと叩く。


「ラン……サンクさんとサティンクさんもお元気で」

「ああ、こちらも色々と助かった。感謝しています」

「ご武運を」


 2人からは言葉はシンプルだが、感謝の意は伝わってくる。

 この2人も軍の命令とはいえ、色々と助けられた。

 その点は本当に感謝したい。


「ところで、我々のことをたまにランボーとコマンドーと呼ばれておりましたが、あれはどのような意味なのですか?」


 ランボー……サンクさんに言われて思わず目を泳がせた。


 声には出さないようにしていたつもりだったが、聞かれていたのだろうか?

 これは墓の中まで持っていくつもりだったが仕方がないので本当のことを話そう。


「私達のいる世界にいる最強の兵士の名前がそれです。たった1人で大軍を倒した伝説の兵士。まあ英雄の名前のようなものかと」

「なるほど、ありがとうございます」


 嘘は言っていないのでこれはまあセーフだろう。


「ヒロカズさんも色々とありがとうございました。貴方のことは一生忘れません」

「俺もです。ありがとうございました。リプリィさん」


 モリ君とリプリィさんの別れの挨拶は、予想に反してあっさりとした簡単な会話と握手だけで終わった。


 もっと色々と話すことはあると思ったのだが、これだけシンプルなのは、遺跡の中で決着は付いており、後は笑顔で別れたいということなのだろう。


 俺達4人はラダーを登って船に乗り込む。


 やはり船に乗るのは俺達が最後だったようだ。

 俺達が乗り込んだと同時にラダーが引き上げられ、船はエンジンの爆音を轟かせる。


 碇が巻き上げられて船が大きく揺れ、水蒸気を噴き出しながら船はゆっくりと港内で旋回を始める。


 甲板に出ると、リプリィさん達がこちらに向かって手を振っていた。

「最後は笑顔」とばかりに俺達も全力で振り返す。

 

 そうしているうちに船は大きく旋回をして、波止場に背を向ける形になった。

 もう大丈夫だ。最後は笑顔で別れられる。


 ……船の角度が変わって波止場が見えなくなる直前にリプリィさんが泣き崩れ、ランボーとコマンドーが慌てて駆け寄っている姿が見えた。


 よりにもよって最後に見る表情がそれになるのか……

「湿っぽいのはやめよう」じゃなかったのか?

 笑顔で別れるんじゃなかったのか?


 どうしようもない悲しさが溢れ出してきた。

 なんで……最後に泣いて……泣き顔が……


「クソっ、俺はなんで……」


 俺の横でリプリィさんと同じように、モリ君も大粒の涙を甲板に落としながら泣き崩れていた。

 

「もっと色々話しておけば良かった……なんであれだけしか言えなかったんだ! 最後なんだからもっと他に何か言うことがあっただろう!」


 何度も甲板を叩いて嗚咽するモリ君に掛ける言葉を俺もエリちゃんも持ってはいない。


 今ならばギリギリ波止場に戻ることは出来るが、戻ってどうなる話でもないだろう。

 別れを5分、10分引き延ばしたからと言ってどうなる話でもない。



 俺とエリちゃんが力なく船室に入ると、そこにはもう2人分の荷物しかなかった。


 1人分のスペースが開いたことで船室は思っていたよりもガランとしていた。


「こんなに広かったのか、この船室」


 このベッドがもう埋まることはないのだと思うと、また涙が込み上げてきたので、ベッドに飛び込んで布団を頭から被った。


 もう……嫌だ。


   ◆ ◆ ◆


 気が付くと辺りは暗くなっていた。

 いつの間にか眠っていたらしい。


 新鮮な空気を吸おうと思い、甲板に出ると、そこにはカーターが一人で、どこで手に入れたのか分からない紙巻煙草を吸っていた。


「船内は厨房以外火気厳禁だぞ」

「いいんだよ、今くらいは」


 煙草の白い煙が立ち上る。


「お前の箒って時速80kmくらいで飛ぶんだっけ?」


 カーターが突然に脈略のない話をしてきた。

 どういうことか尋ねようとした矢先にカーターが口を開いた。


「お前1人だけならば、2週間もあればサンディエゴまで飛んでいけるだろう? なんであの高校生2人を巻き込んだ?」

「こんな場所に高校生2人を置いていけると思うのか?」

「あの2人は日本に帰るより、ここに永住した方が幸せだったんじゃないか?」


 カーターは再度煙草をふかした。


「モーリスがどっちを選ぶかはともかく、時間制限と世界で分断されることがなければ、また違った結論が出たかもしれない。選ばれなかった方も別に死ぬ訳じゃないから、その後も友人としてつき合っていける。不倫もありだろう」

「不倫とかダメに決まってるだろ! ふざけんな!」

「お堅い奴だな。ここ最近だと、そういうのも全然有りだぞ」

「何処の次元の話をしてるんだよ」


 本当にこいつが何を言いたいのか分からない。


 どこの次元で不倫がOKになったというのか?

 タウンティンでは重婚がOKという話も聞いた覚えはない。


「結論から言うとだ。お前個人の我儘に2人を無理矢理付き合わせていないか? って話だ」


 そう言われてハッとなった。

 それについては反論出来ない。


 年下の2人を、こんな変な世界に放置してはおけないという義務感から今までは必死に日本へ帰ろうとしていた。


 だが、もしかしたら今も日本に帰りたいと思っているのは俺だけなのかもしれない。


 2人はこの世界に無理矢理連れてこられたあげく

「余り2」

 にされたことから、日本に帰りたいと望んでいた。


 だが、それは出会ってすぐの話だ。


「この世界も案外悪くはないものだ」と考えが変わっていてもおかしくはない。

 リプリィさんがそれを変えてくれた……。


「確かにそうだな。ちょっと本人達から聞いてくる」

「おい、判断が早えよ! 行動力の化身かお前は?」

「こういうのは言葉にしないと分からないもんなんだよ。報告連絡相談。報連相(ほうれんそう)の基本も知らんのか似非社会人め」


 2人へ直接話を聞きに行こうと船室に戻ろうとしたところ、ロープの襟部分を捕まれて力任せに引き戻された。


「即断即決過ぎるって言ってるんだよ! ここで普通は『俺は本当に正しかったのか?』と葛藤するところだろう」

「何秒かは葛藤したぞ。その上で独りで悩んでも答えなど出るはずないから、こうして直接聞きにいこうとしている」


 カーターと言い合いをしていると、話の中心人物である二人が目を擦りながら甲板に上がってきた。


「なんでこんな夜中に騒いでるんです?」

「まさかカーターさんがラビちゃんに告白を?」

「それはモリ君だけで間に合ってる」


 どんな理由であれ、2人の方から来てくれたのはタイミングとしては丁度良い。

 話を聞くには絶好のチャンスだ。


「2人はまだ日本に帰りたいという気持ちに変わりはないか? ここに残りたいと思ったりしてないか?」

「突然どうしたんです? なんでそんな話を急に?」

「日本に戻りたいと思っているのは俺だけで、実はそんなつもりはないのに、無理に付き合わせているだけなのかと思ってしまって、それで真意を確かめたかった。今ならばまだギリギリ、ホンジュラスに引き返せる。そこからタウンティンまではすぐだ」


 まどろっこしい話は面倒なのでストレートに疑問をぶつけると、2人は顔を見合わせて笑った。


「俺は日本にやり残したことがあると気付きました。だから、日本に帰らないといけません」

「ユイさんを捜すって話は?」

結依(ゆい)はもういません。だから、今は生きている人を大事にしたいんです」


 モリ君からは思っていたよりも、しっかりと地に足の着いた返答があった。

 

 まだ異世界転生がどうのと以前の夜のようなことを言い出したらまた頭を抱えるところだったが、本当にこの短期間でよく成長してくれた。


「私は病気がちのお婆ちゃんと、飼ってるわんちゃんが心配だから日本に帰りたい。これで大丈夫かな」


 エリちゃんの回答もシンプルながら「家族が心配だから帰りたい」というハッキリとした意思が伝わってくる。


 それについては否定する理由など何もない。


「俺は仕事も残しているし、漫画もゲームも日本にしかない物に未練たっぷりだ。それにまともに家事や一人暮らしが出来ない友人も心配だ。帰りたい理由は山ほどあるよ」


 二人が日本に帰る動機について説明したのだから、俺も言わないと不公平というものだろう。


「友人さんとは本当にそれだけ?」


 エリちゃんが手を口に当ててニヤニヤと笑っている。

 俺に何を宣言させようとしているのかはだいたい分かる。


「28歳だ」

「何が?」

「今の給料だと一人暮らしが精一杯だから、28歳までに出世して給料が増えたらプロポーズ。それまでにあいつが俺を見切って別の相手を見つけたらそれまで。給料が増えなくてもやっぱりそれまで」

「やっぱりラビちゃんも友達さんのことを大好きなんじゃないですか。でも、ロマンも何もない、物凄く現実的ですね」

「世の中そんなもんだよ。好き嫌いだけで全てが解決したつもりになって話を進められるのは学生のうちだけだ」


 社会人になるとはそういうものだ。


 だから、せめて君達は今の間だけでも青春してください。


 俺も友人も青春を投げ捨てて無駄にしたのだから、せめてこの後悔を反面教師にして人生を楽しんで欲しい。

 だからこそ言える。


 何はともあれ、俺達の目的は1つ。

 日本へ帰ることだと再確認できた。


 今日のところは十分だろう。


「というわけだ。俺達の仲間に自由意志のない、誰かに言われるがままのロボットなんて誰もいなかったよ。みんな自分の意思で考えて行動してる」

「そうみたいだな。オレが悪かった」


 カーターは懐から携帯用の吸い殻入れを取り出すと、そこへ吸いかけの煙草を投げ込んだ。


 意外とマナーについてはちゃんとしている奴だ。

 船の上で煙草を吸うのがそもそも良いかどうかは全く別問題としての話だが。


 そのまま甲板を降りて行こうとしたので、その背中に声をかける。


「お前もだぞ。俺達の仲間に、誰かに言われるがままのロボットなんていないと信じてるぞ」

「……ああ」


 船は既に太平洋の海原に出ており、もうリプリィさんと別れたホンジュラス……チョカンのアマバラ港は既に遠く、影も形もない。


 これで一区切りだ。

 明日からは気持ちを切り替えて前に進んでいくしかない。


 船の終点、メキシコのアカプルコまではあと1週間。



分断していた仲間の所在が判明したので三部の幕間はありません。

第四部は明日6/21から開始予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ