幕間3
ここは酷い町だ。
何もかも作り物。
住民まで作り物。
傷一つ付いていない、ゴミ一つ落ちていない。
汚れは全て自動的に清掃される。
だけど綺麗だ。
住民たちはお互いを罵ったり蔑んだりしない。
悲しみも苦しみもなく、ここの住民たちは400年近く生き続けているらしい。
永遠の町、セレファイス。
そこが、私……アデレイドと仲間二人と共に、運営によって連れてこられた町だ。
私たちは、この町に来てから2か月間、特に何をするでもなく暮らしている。
だけど、ここに比べたら、まだ地球の方が自然だった。
ここには負の感情もない代わりに、正の感情……笑いや喜びもない。
今まで、世界はずっと汚いものだと思っていた。
汚い大人、上辺だけしか見ない教師。
善意をバカにするしかできない父親。悪徳政治家として評判が悪い祖父との関係を切れない父親。
何が若手のホープだ。
そんな私が、突然に異世界に喚ばれた。
これで一から仕切り直せる。
そう思っていたのに、私に与えられた役目はただの看板だった。
「あなたの父親は、将来、かなりの地位に上り詰めます。その際に、我々と日本との交渉を有利にするためにも、あなたをここへお呼びしました」
最初に話をしてきたのはタキシードを着た趣味の悪そうな……ゲームマスターを名乗る男だった。
胡散臭い男だ。
県議会議員をやっている叔父や、その秘書と同じ雰囲気がする。
人間などただの金儲けの道具としか思っていないような、そんな嫌な感じだ。
「人質ってこと?」
「そこの判断はお任せします。ですが、特典としてあなたには特別な能力を渡しています」
手元の虹色のカードを見る。
[アデレイド UR]
順序としては、R、SR、SSR……そのさらに上らしい。
文字を増やせば偉いと勘違いした人間が考えそうな悪趣味なシステムだ。
「それで、いつまで私たちをここへ拘束しているつもりなの?」
「はい。ですので、あなたたちには仕事に向かってもらいます」
ゲームマスターが1枚の紙を渡してきたので受け取った。
そこには人相が悪そうな男女4人の顔が描かれていた。
「これは?」
「あなたたちの同期のメンバーですが、何人もの仲間を殺害して暴れている凶悪犯です」
そこには、戦士、錬金術師、アサシンのチームの襲撃を返り討ちにして、戦士を殺害と記載されている。
他の罪状は、古代遺跡で調査を行っていた神官や女性エージェントを殺害とある。
「どういうこと? この人たちは何をやりたいの?」
「そこは判断してください」
「仲間と相談します。考えさせてください」
私はゲームマスターの部屋から退室した。
◆ ◆ ◆
「それであのオジサンは何だって?」
「この手配書にあるテロリスト4人を倒せだってさ」
私……アデレイドは仲間の少女、エヴァニアに手配書を手渡した。
エヴァニアは私と同じ女子高生だ。
日本での生活も名前も語ってくれないが、ここに来てからは錬金術師という能力者として動いている。
……いや、日本の名前を捨てたのは私も同じか。
もう一人の仲間は侍のような姿をした青年、ジュウベイ。
こちらも、元々大学生だったということ以外は何も分からない。何も語ってくれないのだ。
でも、別にいいだろう。
私たちは、あんな世界のことなんて忘れて、この世界でやり直すと決めたのだから。
「それでこいつらは何やったの?」
冷めた目つきで尋ねると、エヴァニアはクフフフと何が面白いのか変な笑い方をした。
「テロ活動だってさ。この世界へ来た時に貰った能力をチート能力だと勘違いして、それを悪用して住民に迷惑をかけ回っているって」
「悪質だね。私たちはチート能力を貰っても慎ましく生きてるってのに。変なマンガに影響されたんじゃないの? 自分たちは主人公だから、何をやっても許されるって」
「やっぱり向こうの世界の人間ってクソでしょ。こりゃ懲らしめないとね」
手配書に載っているのは男が2人、女が2人。
中心に写っている女がリーダーということになっている。
改めて手配書を読んで思わず吹き出した。
「待って、この人たちって普通にレアリティが低いんだけど」
「本当だ。なんでこれで自分たちが一番だと思ったの? 思い上がり過ぎじゃないの? バカかな?」
「まあ、一応戦績だとSRで構成されたチームに勝ったとなってるね。戦闘技術はそれなりだと思う」
エヴァニアは、それぞれの人物の紹介の下に簡単な戦歴を読み始めた。
すると途端に表情が変わる。
一番露骨に反応が出たのは「殺害」の部分を読んだ時だった。
今まではずっとおどけるようなキャラを振る舞っていたのに、今は真顔で、その詳細を読んでいる。
エヴァニアの爪が4人の顔写真を引っ搔いて傷をつけた。
「……すごいじゃん。現代人なのに人間を殺しまくってる。こいつらに倫理観とかないの?」
「酔ってるんじゃない? 自分達の力に」
オウカ SR 邪神の巫女
モーリス R 衛兵
エリス R 武闘家
カーター SSR 探索者
「DEAD OR ALIVE……別に生きていても死んでいても良いんだってさ」
「じゃあ殺しちゃう? 殺しちゃう?」
エヴァニアがまたはしゃぎ始めた。
さすがにわざとらしい。
だけど、言いたいことは本音なのだろう。
理由は分からないが「殺害」に対して過剰な反応を示している。
でも、理由は聞かない。
私たちは、あんな世界のことは忘れることにしたのだ。
「一応はこらしめて牢屋の中へ入れるだけにしておこう」
「じゃあ、あたしはこの女の子をもらっちゃうね。ジュウベイ君はこの男の子の相手をしてもらおう」
エヴァニアは端にいるエリスという娘を指差した。
スポーツ系女子といった雰囲気だ。
ジュウベイ君はその隣のモーリスなる男を任せるようだ。
「なら私は残り2人? このカーターってのだけはSSRだから手強そうだし」
「まあ、あたし達が最高ランクだから、勝てるわけないんだけどね」
エヴァニアは金色のカードを取り出した。
[エヴァニア SSR Limited]
「さて、それでどこに行けば良いのかな? この町で迎え撃てばいいの?」
「ゲームマスター……オジサンによると、大きな町に来るらしいから、どこか好きなところで待ち構えろだってさ」
「大きな町ねぇ……」
エヴァニアが手配書の資料として付いていた地図を指差しながら、その一つを指した。
「ここが良いんじゃない。湖畔の町、サルナス」
◆ ◆ ◆
「これが最高ランクの3人だが勝てると思うかね?」
ゲームマスターを名乗る人物が作られたばかりの手配書を僕……メルクこと六平英知に見せてきた。
目の前のモニターにはアデレイド、エヴァニア、ジュウベイ……第1チームが何やら手配書を見て色々と皮算用している姿が映し出されている。
個人の能力や戦歴も記載されているというのに、どう戦うかではなく、勝った後にどうするかの話しかしていない。
僕の性格を知っているならば、何と答えるかなんて分かっているだろうに。
「戦闘になるかね」
「私は5分と見た」
僕の答えとしては、どうせあのラヴィとかいう変な女に口で丸め込まれるか、この3人がヘタれて戦闘にならない。
そういう意味で言ったのだが、どうもこのゲームマスターは第1チームが勝つと思っているようだ。
本当にこいつは見る目がない。
「酷いやつだな。子供向け番組でも30分は引っ張るぞ」
「その子供向け番組も戦闘シーンのパートだけ抜き出せばせいぜい5分だろう」
本当に酷いやつだ。
だからこそ、僕たちに声をかけた理由が分かる。
僕は、与えられた錬金術師の職業と、改変の能力を使用して、タウンティンの軍事施設で使用されていた無線機を盗み出して改造。
改造無線機でゲームを運営している連中が使用している通信回線を特定。
その情報を元に、例の遺跡に設置されていた転移の扉を改造して、運営の基地に転移して交渉したのだ。
「無能なお前たちに代わって、天才の僕がこのゲームを正しく運営してやる」と。
その尊大な言動がこのゲームマスターという男に気に入られたのか、この拠点へと招かれて現在に至っている。
つまり、僕は一プレイヤーでありながら運営と近い立場にいるのだ。
400年の歴史があるこのゲームだが、ここまでやったのは僕が最初らしい。
やはり僕の知能は凡人とは違う。
「ああ、その通りだ。5分で勝負がつく。第1チームが負ける」
僕がそう言うと、ゲームマスターが眉をしかめた。
「どういう理由で勝てないと思う?」
「シンプルにスペック差。ランクアップした方が強い」
「ほう」
「他にも他にも慢心。経験の差。応用力の差。勝敗を決める要素はキリがない。彼女たちは初期状態がたまたま高スペックだったのを過信しすぎている」
本当に酷い趣味だ。
僕達をこの世界に召喚してゲームを行っている運営は本当に趣味が悪い。
このゲームを観戦している観客とやらもそうだ。
勝てるか勝てないかのギリギリの範囲の敵をぶつけて「英雄」が苦しむ様を娯楽にしている。
もちろん、最高スペックを与えられた第1チームもその対象だ。
勝ってもよし、負けてもその余裕の表情が崩れて、無様に倒れるならばよしというところだろう。
もちろん、あのラヴィとかいう頭がおかしな女の仲間が無様に負ければ、それはそれで良いことではあるが。
「でも、第1チームは温存させていただろう。なぜここで急に投入を?」
「こいつの父親の市ヶ谷だよ。どうも最近、雲行きが怪しくなってきた。今のままだと将来の総理にはなれない。そんなやつと交渉しても仕方がない」
「使い捨てるのか?」
「仕方ないだろう。日本政府にはこれからもゲームの駒を出してもらわなきゃならないんだ。なので、今まで通りに周防を推していく」
「クソみたいだな」
これはゲームマスターに聞かれないように小声で呟いた。
自分に誇れるものがないから、他人の不幸を見て嘲笑うことで、相対的に自分が上だと思い込む。
このゲームの運営も、それを見て楽しんでいる観客もクソのような連中しか居ない。
こんな奴よりも天才の僕が代わりに運営してやる方が正解なのではないか?
「僕ならば、もっと面白い趣向を用意できますよ。第1チームよりもなお面白い」
「それはどういうことかな?」
「この施設にある研究施設を使わせて欲しい。僕が……人間の心理を知る天才の僕が最高のエンターテインメントってやつを見せてやるよ」
研究施設と聞いてゲームマスターが露骨に顔をしかめた。
まさか僕が知らない、気づいていないと思ったのか?
スキルであらゆる情報にアクセスして改造できる僕が何も気づいていないとでも?
この施設で何が行われているかを知らないとでも?
今もなお、この裏で不正にアクセスを続けているのに?
目の前の「ゲームマスター」様が過去に何をやったのか。
前任の「ゲームマスター」がどこで何をやっているのかも、既に把握している。
もちろん、こいつに代わって僕が全てを仕切るための準備も怠りない。
そのために一発目の仕込みを……ラヴィたちにぶつける。
「何をするつもりなんだ?」
「あいつらが会いたいって言ってる相手に会わせてやるだけだよ。これだけでもドラマが生まれる。それをどう調理するかは乞うご期待だ」
「それは楽しみだ。君の初プロデュースを楽しみにしているぞ」
ゲームマスターはそう言うと手元のワイングラスからワインを飲み干した。




