Chapter 18 「旧神の印」
右手に短剣、左手に短刀。
両手に武器を構えたまま、蛙の神へ真っすぐに走る。
俺の体力も足も決して高くない。
なので、これが最初で最後の攻撃だ。
絶対に外すわけにはいかない。
だが、俺の全力の突撃はあえなく散った。
蛙の神が横薙ぎに腕を振るう。
ただそれだけの動きなのに、それを避けて敵に近寄ることができない。
やはり無理だ。
所詮はひ弱な魔術師の俺では、近接戦闘を仕掛けるには無理がある。
だが、これで二重のバリアを殴り続けていた蛙の神の注意が俺の方へ向いた。
蛙の神が、頭部を回転させて俺の方を向いた。
関節や骨格構造が人間と根本的に異なるからだろう。
一挙一動全てが不気味だ。
蛙のは神はひと跳びで一気に俺へ近づいてくる。
「ラビさん!」
モリ君が突然大声を上げた。
俺が倒されると思ったのかもしれない。
だが、そう仕掛けることは、当然読んでいた。
「浮遊」
背中に背負ったままの箒に命令を出して、引きずられるように後退。
蛙の神の初撃を何とか避ける。
もちろん、奴がそれで諦めてくれるわけもなく。
箒を操ってさらに後退。
第2撃も避ける。
続いて3撃目を避けたタイミングで、ようやくハセベさん、クロウさんが回復して立ち上がった。
「モリ君、エリちゃん、ハセベさん!」
クロウさんたちもいるが、俺が頼れるのは、気心の知れた最初の仲間たちだ。
なるべく大きな声で呼びかけた。
「今からそいつに攻撃を仕掛ける! サポートを頼む!」
3人の目が一瞬俺の方を向いた。
それ以上の打ち合わせは不要だった。
「何か手があるんだな?」
「あります。ラビさんを信じてください」
「もちろんだよ。ラビちゃんは絶対やってくれる」
「ならば、私も仲間として信じよう」
モリ君、エリちゃん、ハセベさんが一度、一か所に集まった。
そして、それぞれが3方向に散り、別々の方向から蛙の神へ攻撃を仕掛ける。
3人が頑張ってくれているのだ。絶対に失敗できない。
「みんな、お食事会は一時中断だ。鳥15羽で盾5枚を展開!」
自由飛行させていた鳥達15羽を5方向に散らして、5枚の盾を展開。
蛙の神を取り囲むように配置する。
「極光!」
5枚の盾のうちの1枚に向けて虹色の光を照射する。
「全員、今の光を斜め方向に跳ね返せ!」
最初の1枚の盾が指示通りに、対角線上にある別の盾に向けて光線の向きを変えた。
光線を受けた3枚目の盾は5枚目に。5枚目は2枚目に。2枚目は4枚目に。
4枚目の盾は1枚目に。
虹色の光の軌跡が五芒星の形を作り出した。
盾の間隔を調整し、光の五芒星を蛙の神に密着するほど小さくする。
それを一気に蛙の神へ叩き込む。
やはりダメージは入らないが、直接それで攻撃をするつもりなどない。
普通に考えれば、体力のない俺が切りかかったところで、そんな単純な攻撃が入るわけなどない。
だけど、それはあくまで普通の状況ならばの話だ。
今の俺には仲間……信頼できる友達がいる。
俺の意図を察してくれたであろうモリ君が蛙の神の右腕、エリちゃんが左腕にしがみついて奴の動きを封じ込めた。
長くは持たないだろう。だが、一瞬でも動きが止まれば俺の狙いは決まる。
「グラッチェ! モリ君、エリちゃん!」
短剣を頭上高く振り上げた。
「全く……無茶をするところは何も変わっていないんだな」
蛙の神が2人を振りほどこうとしたところに、ハセベさんが切りかかり、それを阻止しようとしているのが見えた。
攻撃はまともに通用しないが、全くの無視はできない。
その躊躇いが、蛙の神の動きを一歩遅らせた。
《みんなが頑張っているのに僕も何もしないわけにはいかないよね》
最後の仲間……魔女も力を貸してくれるらしい。
《儀式用の魔法陣の書き方なら僕が知っている。最後の仕上げは僕が……僕たちが》
《魔女と剣と精神の……3人の力を合わせるんだ》
魔女を信じて身体の主導権を明け渡し、最後の攻撃を任せる。
僕は蛙の神目掛けて短剣……賢人の偃月刀を上段から振り下ろした。
僕たちの腕力。しかも銅の儀式用でしかない偃月刀で攻撃したところで、本来ならば旧支配者に傷など負わせられるわけがない。
だけど、この一撃は物理的な斬撃ではない。
これは魔術的儀式の一環だ。
儀式の効果により、この一撃は物理を超越する現象を起こすことができる。
斬るのではない。
神の力で存在そのものに魔法陣を描くのだ。
黒い染められたバルザイの偃月刀の刃が極彩色に煌めく。
時間も空間も越えて……儀式刀は脳天からまっすぐに奴の腹まで、縦一文字の線を刻み込んだ。
どんな防御も関係ない。
我が神の力は……無限だ。
今までは泰然として構えていた蛙の神が、初めて白い血を噴き出してのたうち回り始めた。
《美味しいところは任せるよ》
任された!
俺はバルザイの偃月刀を、極光で作り出した五芒星に手を差し入れた。
極光は熱と衝撃を伴う光線だ。
当然、光線の中に入れた俺の腕は、その光線の動きに押されて、人間が出せる速度を越えた、超高速で振り回される。
その動きに合わせて、短剣の切っ先が、蛙の神の表面をなぞり、図形を刻んでいく。
もちろん、刻み込む図形は五芒星。
最初に入れた縦筋と合わせると、旧神の印の完成だ。
右腕に激痛が走り、偃月刀を落とした。
右手が変な方向に曲がっていて、全く力が入らない。
人間の限界を越える無理な動きをさせたためか、筋繊維も骨も耐えられなかったのだろう。
だけど、戦闘はまだ終わっていない。
蛙の神に刻は入ったが、これは倒せるような負傷ではない。
あくまでも魔法陣を描き入れただけであって、ダメージ自体は薄皮一枚削るのが限度だった今までの攻撃と同じ。
プラスアルファが必要だ。
「これで決まりだ!」
「やったの……きゃっ」
「エリス! ……うわっ」
蛙の神が暴れて両手を力任せに振り回したことで、モリ君とエリちゃんの2人が跳ね飛ばされた。
「させるか!」
ハセベさんが再度抜刀術を仕掛けるも、避けられて、蹴りを入れられる。
かすっただけだが、ハセベさんは膝をついた。
やはり、モリ君のヒールだけでは最初に受けた傷は全快していない。
だが、蛙の神は跳ね飛ばした3人には気もくれずに、俺の方へまっすぐ向かってくる。
何度も向かってくる3人よりも、俺が脅威だと判断したのだろう。
「いや、これ本当に貧乏くじだね」
左手で短刀を身構えた。
残る武器はこいつだけだ。
「いや、よくやってくれた。後はオレたちに任せろ!」
例の特撮番組のようなBGMが流れ出してきた。
先ほどと曲調が異なる。まるで西部劇のテーマ曲だ。
直後に電子音声が鳴り響く。
『Finish Attack ShoShoShoShoter!』
クロウさんの手には、刃が45度傾き、銃のような形状に変化した大剣が握られていた。
サイズが明らかに小さくなっているけど、多分、ツッコんだら負けだ。
剣の先には青く光る球状のエネルギーの塊が浮かんでいた。
その光弾が唸りを上げ、高速で回転しながら蛙の神の右肩に命中した。
爆発音と共に、蛙の神の右肩は大きく抉れていた。
今までダメージが入らなかったことが嘘のように、蛙の神の傷口から、白い血が噴き出した。
「そっちもやったか!」
今度は左側面に別のエネルギー弾が飛来して直撃した。
地下に続く穴の中から、埃で白く染まったウィリーさんのテンガロンハットと、ライフル銃の銃口だけが飛び出ていた。
「地下の石像と玉座も全部壊した。何がどう効いたのか分からないが、無敵バリアは解除できたみたいだな」
「ええ、おかげさまで、なんとかなりそうです」
「ガーニー、風で押し上げてくれ! オレも戦闘に参加する」
ウィリーさんは穴の中からつむじ風と共に飛び出して、床に着地した。
ライフル銃を背中に背負い、腰の二丁拳銃を抜いた。
間髪入れずに、蛙の神の後頭部に円形の盾が鈍い音を立てて命中した。
レオナさんがフリスビーのように投げつけた盾だ。
蛙の神は転倒こそしなかったものの、大きくつんのめってバランスを崩した。
「もうバリアは張れないようだな」
「ああ、このまま一気に叩く!」
クロウさん、ウィリーさん、レオナさんが一気に蛙の神に向かって飛び込んだ。
「狙うならば、私が最初に刻み込んだ縦の刻印です!」
「そのようだ。明らかにここだけが脆い!」
クロウさんが銃の先端部分を振り回した。
今の武器は一応、銃になっているはずだが、そんなことは関係ないらしい。
切っ先がかすめるだけで蛙の神が傷付いていく。
反撃するも、両腕に負傷を負ったからか、明らかに動きが遅い。
そこにウィリーさんが二丁拳銃を連射して、蛙の神の動きを封じ込めた。
一発一発は弱いようだが、二丁拳銃から次々と放たれるエネルギー弾の連射に、蛙の神はどんどん後ろへ追い込まれていく。
『Ready』
クロウさんが柄のダイヤルを回転させると、電子音声と共に、またも別の音楽が流れ出す。
『Shooter』『Scissors』『Glaive』
『Glaive Form』
剣の刃部分を真っすぐ伸ばし、柄を引っ張って長く伸ばして、なぎなたのような形状へ武器を変化させた。
もうツッコまないぞ。
クロウさんが、なぎなたと化した武器の長い柄を両手で掴み、勢いよく縦に振り下ろす。
「エリス、行けるな。みんなのサポートを」
「裕和は大丈夫?」
「俺の回復能力は複数同時には回復できない。ならば、優先すべきは攻撃力が高いエリスだ」
「……分かった」
今まで倒れていたモリ君がエリちゃんを激励するように肩に手を当てた後に、回復能力を使った。
エリちゃんは身を起こし、パーカーの裾についた埃を叩きながら立ち上がった。
クロウさん、レオナさん、ウィリーさん、エリちゃん。
4人が蛙の神を取り囲む。
「弱点らしき台座は破壊した。ラヴィさんも力を封印してくれた。これで負けるわけがない」
「ハセベさんを怪我させてくれた分は倍にして返してやるぜ」
「私もまだ暴れ足りないからな。好き放題させてもらう」
「私も、モリ君の分をまとめて打ち込ませてもらう」
4人が絶え間なく攻撃を続けていると、蛙の神はどんどんと傷を増やしていった。
動きもどんどん遅くなる。
そして……エリちゃんの「すごいパンチ」の直撃を受けて、蛙の神はついに倒れ、動かなくなった。
メダルは出現しなかった。
◆ ◆ ◆
「はい、動かないでくださいね」
戦闘で負った傷はマリアさんの回復スキルのおかげで全て治癒された。
モリ君の回復能力もかなりの治癒能力はあるが、やはりスキルが回復と防御に特化した専門家は違うらしい。
右腕にかけた負荷も含めて見事に完治した。
右の肘、手首、指を動かしてみるが、動きに問題はなく、痛みも残っていない。
「回復ありがとうございます」
「いえいえ、あなたのおかげで強敵を倒すことが出来ましたから、せめて私にも出来ることをと」
確かに旧神の印による弱体化の効果は完全に決め手になった。
これを教えてくれたカーターにも後で礼を言うべきだろう。
戦闘に参加した全員の傷は、モリ君とマリアさんが2人で分担して治した。
だけど、疲労までは回復できない。
全員疲労が色濃く見える。
「こいつの死体はどうする?」
クロウさんが蛙の神の死体に近付いた。
「胸元の赤い宝石だけは壊しておきましょう。それも寄生体の卵かもしれません」
「ああ、その意見は同意だ」
剣を胸元にぶら下がっていた宝石目掛けて振り下ろすと、赤い宝石は粉々に砕けた。
「死体は寄生体と同じく、私が霧に変えて消滅させます。そうすればもう二度と復活できないはずです」
蛙の神は完全にこと切れていた。
だが、巨人の無茶苦茶な再生を知っているだけに油断はできない。
一片残さず消滅させておかないと安心はできない。
「皆さんも、戦闘中にもしかしたら寄生体にやられているかもしれません。後でチェックだけはしておきましょう」
戦闘は終わったが、後始末も大切だ。
仕事が終わった俺たちは、この遺跡を出て、もう二度と戻ることはないだろう。
だけど、近くの町にいる探掘家たちは違う。
教授やパタムンカさんは、しばらく遺跡の存在を隠すつもりだろうが、あとで人足や荷車を持ってここの遺物を運び出すらしいので、すぐにバレる。
盗掘にやってきた有象無象が赤い宝石を見つけて町に持ち帰ったら惨事が起こる。
全員疲れているところ悪いが、もうひと働きしてもらわないといけない。
「じゃあ、まずはオレたちがカエルの呼び声の仕組みを全部潰してくる」
ウィリーさんとガーネットちゃんが立ち上がった。
これは2人にしかできない仕事だ。
任せるしかない。
「私たちも後片付けを始めましょう。来た時よりも綺麗に、は観光地でのお約束ですから」
「観光地? ……かなぁ」
他のみんなも、疲れているのは見て取れるが、それでも立ち上がった。
長い遺跡探索も終わり。
今から帰る準備を始めなければならない。
最後の仕事だけは気合を入れて終わらせよう。




