幕間2
私ことハセベは、仲間たちを含めた6人でモンスターが暴れて被害が出ているとの報告を受けて、港湾倉庫を訪れていた。
最初の遺跡から転送されたハセベ、ウィリー、ガーネット。
そして、この島で出会った第2チームのクロウ、レオナ、マリアの合計6人だ。
事件が起こったのは、交易船の荷物などを保管しておく倉庫が多数並ぶ区画らしい。
この島にも警察や治安維持のために駐留している軍隊はいるはずだ。
なのに、その彼らが動くのではなく、わざわざ私たちに調査の依頼が来たということは、彼らの手には負えない強力なモンスターが出現したのかもしれない。
モンスターが関わっているということで、ある程度の覚悟はしていたが、その事件現場の状況は凄惨なものだった。
「そちらはどうだ?」
「ダメだ。こちらも酷い状況だ」
仲間の黒いレザーコートの男、クロウが頭を振った。
被害者は交易船から荷物の積み込み、積み下ろしのために雇われていた作業員の11名。
この日作業していた作業員は13名なので、ほぼ全滅状態だ。
ある者は首を引きちぎられ、ある者は顔の原型が残らないほど拳で滅多撃ちにされ、ある者は四肢を引きちぎられ……被害者11人は即死ということだった。
遺体のあちこちには5本の指で握られたような跡が付いている。
損壊状況だけを見ると、まるで巨大なゴリラかオランウータンが暴れたようにも見える。
少なくとも刃物や銃ではこのような傷は付かない。
爪を持つ熊などの猛獣でもこうはならないだろう。
「ひ、ひどい……」
怪我人の治療のために同行させていた少女、マリア(水着)が卒倒しそうなところを西部劇のガンマン風の男、ウィリーがその身体を支えた。
「お嬢様には刺激が強かったか?」
「いえ、大丈夫です。怪我をしている人を治せるのは私だけなので」
マリアは倒れこそしなかったものの、精神的に強い衝撃を受けたのか、足元がおぼつかない。
「ガーニーも大丈夫か?」
「は、はい。私はウィリーさんがいてくれれば平気です」
「そうか」
ウィリーは魔術師の少女、ガーネットを心配して声をかける。
ガーネットも口では平気と言っているが、マリアと同じように恐怖の色が浮かんでいる。
女性陣をここに連れてきたのは失敗だっただろうか?
「クロウ、ハセベ、こっちだ。来てくれ!」
レオナの叫び声が、静寂を切り裂くように響いた。
私たちは一斉に声の方へと走り出した。
レオナの近くへ行くと、そこには球体のようなものを頭に載せた作業着姿の男が小刻みに痙攣しながらのたうち回っていた。
両腕は本来関節などない位置であり得ない方向に曲がり、両脚は太腿から下が何か強い力で圧し潰されたように肉が飛び出して皮だけで何とか繋がっている状態だ。
「のたうち回っているように見えた」は、正しい表現ではなかったかもしれない。
観察して出た結論は『四肢を破壊されたので移動できない』だ。
足があれば立ち上がってこちらに向かってくるだろうし、腕があれば、自らの腕が反動で壊れることも厭わず殴りかかってきただろう。
私たちのような能力を持った人間ならともかく、一般人並みの体力しかなく武装も貧弱な島の警察では為すすべもなかったに違いない。
そして、潰れた腕と脚のあちこちから植物の根のようなものが皮膚を突き破って出ていた。
その一本一本はそれぞれ独立した蛆虫のようにうごめいている。
まるで安物のホラー映画のような光景だが、これが現実と思うと背筋が凍りつくような恐怖が体を包み込む。
「なんだこれは?」
「脚に関しては私だ。調査をしていたらいきなり襲ってきたので脚を潰して動きを止めたらこうなった」
レオナは悪びれもせずに言った。
レオナが普段は左腕にベルトで取り付けている円形の盾を、フリスビーのように半魚人に投げてミンチにしているのは見た覚えがある。
その盾が人体に直撃するとこうなるのかと思うと、別の意味で背筋に怖気が走る。
「もちろんこのミミズのようなものは私の仕業ではないぞ。腕も最初からこの状態だった」
「まあそれはそうだろうが」
「だがこいつは何なんだ?」
クロウが『それ』に近付こうとしたのを、私は刀を伸ばして阻止した。
「その頭に付いたマリモのような物体が何か気になる。動物か植物か、それとも未知のマジックアイテムか。もし、それが何らかの寄生生物ならば、触れない方が良い。最悪はこちらも寄生される可能性もある」
「ならばどうする?」
「もっと詳しい調査をしたいところだが、どんな性質があるのか不明なので近付くのは危険だ。誰もいない場所へ移動させて、触らずに油をかけて焼いてしまおう」
クロウとレオナは無言で頷いた。異論はないということだろう。
私たちに調査、分析を行える能力やスキルがあれば良かったのだが、残念なことに私たちの能力は戦闘に特化だ。
素人が下手に触って余計なことをするより、二次被害を防ぐために焼却処分をしてしまうのが良いだろう。
最悪事件は迷宮入りすることになるかもしれないが、何らかのモンスターが関わっているのならば迂闊に触れるのは危険がある。
◆ ◆ ◆
「頭に球体を付けた男は行方不明になっていた作業員の男ということが判明した。これで犠牲者の数は作業員12名ということになる」
私は地元警察から聞き込みした話を仲間に伝えた。
頭に球体を付けた作業員については、警察と相談の上、マリアのバリアで隔離。
周りに影響が出ない場所へ移動させた後に、人払いをして油をかけて念入りに焼いた。
死体が燃え尽きた後に残った骨を調べてみたのだが、作業員の頭蓋骨はどこにもなかった。
そのことから、まだどこかに頭部が埋もれているのではということで警察が調査中である。
「頭蓋骨がなかったのはどういう理由だと思う?」
「別の生物に食い尽くされた、頭部自体が骨ごと球体に変化した、頭部は切断されただけでまだどこかに落ちている……可能性はいくらでもある」
私は思いついた解釈を並べた。
答えはない。手がかりも含めて全て焼いてしまった。
「それであの球体は……この世界に普通に存在する寄生生物なのか?」
「警察に確認したが、見たのも聞いたのも初めてということだった。少なくともこの島に昔から存在したものではない」
「となると、他所からやってきたものか……でも何故?」
「それについては、オレの方から情報がある」
話を聞いていたウィリーが手を上げた。
「唯一生き残った作業員に話を聞いたんだが、事件は西南にある半島、メリダという町から届いた荷物を、やはり南の中継港へ運ぶために別の木箱に詰め替えている最中に発生したらしい」
「実際に作業員が寄生された時の状況は?」
「そこの目撃例はない。一瞬だったのか、じわじわ寄生されたのかも不明だ」
もしかしたら被害者の中にはその現場を目撃した人間もいたのかもしれないが、既に亡くなっている。
防犯カメラがないこの時代に追跡調査をするのは不可能だろう。
「つまり、メリダという町から送られた荷物の中に、あの寄生生物が紛れ込んでいたと?」
「状況からするとそうだろうな。偶然荷物に紛れ込んだのか、それとも何者かが、何らかの意図でこの島に対しての攻撃として送られたものか?」
「もしくは、この島で寄生生物が暴れたのはただの事故で、本当の目的はこの荷物の運び先に対してだったのか」
情報が少なすぎてこれ以上の分析は出来そうにない。
ただ、今後どうするかについては考える必要がある。
「運び先はどこになっていたんだ?」
「パナマ在住のレイナ=ロハ……地名のパナマは地球と同じなのかどうかは不明だ」
地図がないので確認はできないが、その情報が正しければ、私たちのいる島は位置関係からキューバ、ハイチ、ジャマイカのどれかということになる。
仲間がいるという噂がある北の大陸とはアメリカ大陸だ。
「問題は、あの寄生生物による事件が再発するか否かということだ」
「オレ達だけならともかく、あんな事件が頻発したんじゃ住民も……それに、うちの女子連中もどうにかなっちまうな。実際、今回の事件だけでマリアちゃんもガーニーもかなり弱っている」
「その言い方だと、私は女子に含まれていないように聞こえるのだが?」
レオナに睨むような強い視線を向けられたウィリーは「いや、そんなつもりは」と声のトーンを下げた。
だが実際レオナは動じた気配を微塵も見せていない。
こうしている今も腕組みをしたまま、寄生生物ではなく全く違うことを思考しているように見える。
むしろ私の方があの事件の惨状には動揺を隠せていない。
未だにあの惨い遺体が脳裏に浮かぶ。
分かりやすく表に出してはいないが、微妙な表情の変化を見る限りは、おそらくクロウも同じだろう。
「だが、このまま対症療法をしていても事態の収拾はされないという意見には同意だ。原因の調査と根本からの解決が必要だろう」
レオナは意見を求めるとばかりにクロウの顔を見た。
「今のところ島に現れる半魚人達は小康状態にあるし、寄生生物の調査に行っても良いかもしれない」
クロウの言うとおり、最近は島に現れるモンスターも以前のように毎日の出現はなくなってきている。
『敵』が諦めたのか?
それともあらかた刈り尽くしたので、こちらを攻められる戦力が向こうに残っていないのか?
不明点は多いが、全員で防衛に当たる必要はもうないだろう。
「問題はどちらに行くかだ。寄生生物の出所の可能性が高いメリダに行くか、それとも荷物の送り先の中継港のパナマに向かうか」
「メリダだな。元を断たないことには解決しそうにない」
改めて地図を確認する。
メリダにしろ、パナマにしろ、移動するならば交易船に便乗させてもらうのが良いだろう。
「移動手段は交易船に乗せてもらうとして、どれくらいの日数がかかりそうだ?」
「この世界の船はどこも帆船みたいだからな。速度は出ないだろう」
「そのことなんだが、ちょっと考えていることがある」
ウィリーが指でガーネットを指した。
◆ ◆ ◆
「やってくれ、ガーネット君」
「はい。それでは行きます。風よ!」
ガーネットのスキルで帆に竜巻のような風が突き刺さると、ヨットはまるで飛び跳ねるように加速を始めた。
強い風を受けてマストがギシギシと唸る。
ウィリーの提案は、風の魔術師であるガーネットのスキルを使用してヨットを加速させるということだった。
実際に風のスキルを帆に受けたヨットは、この世界の標準的な船を凌駕する、まるでモーターボートのような加速を見せている。
「スキルを使うのは疲れるんだから、そこまで無理しなくていいぞ。ある程度の速度が出たら、あとは自然の風を拾って移動するから」
「はい。でも私もたまには頑張りたいんです」
「いやいや、あまり頑張りすぎると帆もマストも持たねえわ」
ヨットは島の漁師が所持していたものを無理を言って貸してもらった。
なので、なるべく壊さないように返さなければいけない。
ガーネットの起こす風は強いものの、さすがに小さいヨットには強すぎるようだ。
帆を支えているマストからミシミシと唸る音が聞こえる。
少し加減してもらうくらいが良いかもしれない。
「この速度ならばどれくらいでメリダに着きそうなんだ?」
「通常だと交易船は2週間かけてメリダまで移動するらしい。ヨットと交易船の速度差を考えると4日あれば行けるだろうが……」
「1週間で行こう。ガーネット君の体力と、船の耐久性を考えると、それくらいゆとりを持たせておいた方がいい」
「水と食料の補給で適当に寄り道することも考えると、まあそんなものか」
甲板での作業はウィリーとガーネットの2人に任せて、私たちは船室に入ってメリダに着いてからの計画を練る。
「まず、メリダにオレたちの仲間がいる可能性は? もしいるならば、合流して情報交換などを行って連携して動きたい」
「可能性は低いだろうな。交易船の連中の噂だと、私たちの仲間は主に北の大陸の村々にいるらしい」
交易船の船員たちに話を聞いて回ったが、ファンタジーゲームのような装備をして、魔法などの力を使うのは、北の大陸以外では見たことも噂も聞いたことがないらしい。
唯一の例外は、北の大陸の西海岸にいるという「西の魔女」くらいだ。
なんでも30年ほど前から西の海岸の町を占拠して、怪しげな邪神についての研究を行っているらしい。
魔女と聞いて、仲間だった少女のラヴィのことを思い出したが、30年前からいるというのではあれば、何の関係もない別人だろう。
おそらくあの遺跡から転送された私たちのような人間は、ほぼ北の大陸に飛ばされたのだろう。
はぐれたラヴィたちも今頃は北の大陸でどこかで魔物と戦っているのかもしれない。
だから、南にある半島の街に居る可能性は低い。
もしかしたら、私たちと同じように寄生生物の調査に訪れている可能性もなくもないが。
「ヨーロッパに似た町があるのは北の大陸かね。あるだろ、冒険者ギルドとかそういうやつ」
「おそらくは。カリブ海のような島に飛ばされた私達が例外中の例外だったと信じたい」
「それで、南の半島の方は、やっぱりヨーロッパ風じゃないんだよな」
その点についても確認済みだ。
「メリダは国土の大半がジャングルに覆われた国の所属らしい。近くの遺跡などから発掘した品などを交易を通じて販売して外貨を得ている、それなりには賑わっている町とか」
「それはそれで、冒険者の出番のような気がするな」
「冒険者というより探掘者か」
いわゆるゲームに出てくる冒険者とは少しジャンルは違う気がする。
ジャングルに踏み入って遺跡を捜索するというのは、探検家であって、冒険者とは少しジャンルは違う気がする。
「ここがゲームの世界ならばもっとヨーロッパに似せた国があっても良いんだがな」
確かにその通りである。
最初に投げ込まれた遺跡はまるで南米の遺跡だった。
そして先日までいた島はまるでカリブの島。
「パナマ」が地球と同じならば、島の名前はキューバ島だ。
この世界に連れられてきてから一度もヨーロッパらしい風景や物も目にしていないのは気になる。
ゲームでは定番の冒険者ギルドのような組織も、ゴブリンのような定番モンスターもいない。
いくらゲームの中の世界とはいえ、少しおかしな世界ではある。
メリダの町は、この世界に来てから初めての人口の多い町になる。
この世界のことを知るためにも、まずはメリダの町で情報収集を行う必要があるだろう。
できれば何も大きな事件が起こらないことを願うが、最悪の場合は過酷な戦い、もしくはジャングルの中に入って探検などを行う必要があるかもしれない。
だから今のうちくらいはゆっくり体を休めておきたい。
長い冒険の旅に備えて……




