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収穫祭の魔女  作者: れいてんし
Episode 2. Ythogtha - The Old One
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Chapter 19 「ゲームマスター」

 鍾乳洞の最深部は広場のような空間になっていた。


 天井の一部が開口しているのか陽光が一部降り注いでおり、オイルトーチの光がなくとも明るく見渡すことが出来た。


 広場の奥は落ち込んで池のようになっていた。


 最初は雨水が溜まった水溜まりかと思ったが、近くによるとほんのりと潮の香りが漂ってくる。

 おそらくは地下の方で海と繋がっているのだろう。


 池の手前は石で出来た祭壇のような物がある。

 大理石のように光沢のある艶やかな直方体の石の台座だ。

 周囲には凝ったレリーフが彫り込まれており、相当な技術を持った職人が時間をかけて作り上げたであろうことが分かる。


「もう来たのか?」


 その祭壇の前にいたタキシード姿の男が振り返って俺達の方を見た。


 黒いシルクのタキシードに、真っ白なシャツと黒の蝶ネクタイを完璧に着こなしている。

 その装いは、まるで華やかなパーティー会場から抜け出してきたかのようで、この鍾乳洞では場違いだった。


小森裕和(こもりひろかず)、モーリスR。赤土恵理子(あかつちえりこ)、エリスR。鹿島櫻子(かしまさくらこ)、オウカR。レアが3人に現地人1人か。現地人は邪魔だな。それともう一人はデータがないな」


 タキシード姿の男はまるで原稿でも読み上げているかのように語り始めた。


 だが、カーターと同じように俺の名前を誤っている。


 何故、遺跡で亡くなったオウカちゃんの名前を今になって読み上げるのか?

 それに櫻子というのはカーターが間違えた名前ではないのか?


「いや、お前カーターか!? なんでこんなところに? いつ逃げ出した? なんで英雄側の方へ肩入れしている?」

「カーターなのは見た目だけで、オレは別人だよ」


 旧知のように語り掛けるタキシード姿の男にカーターはライフル銃を構えながら答えた。


「知り合いか?」

「敵だよ」


 カーターはこちらを一切見ることなく吐き捨てるように応えた。


「こいつはゲームマスター。お前達をこの世界に呼んだ元凶ってやつだ」

「こいつが?」


 カーターが突拍子もないことを言い出した。


 何故そんなことを知っているのか?

 カーターはゲームマスターとどういう関係なのか?


 突然のことで考えがまとまらない。


「英雄とモンスター相手のゲームに運営側のゲームマスターが干渉するのはルール違反じゃないのか?」

「いいや、私はルール違反などしていない。たまたま、この地に邪神を祀る祭壇があり、たまたま、その邪神を崇める神官が邪神の化身と眷属を呼び出しただけ。そういう筋書きだ」


 あまりにも次々と情報が飛び交うので咀嚼仕切れない。

 ただ、これだけははっきりしなければなるまい。


「なんだか分からないが、お前が巨人やユッグを呼んだ召喚者か?」

「ああそうだ。だが、英雄側に見つかったらもう終わりだな。観客(オーディエンス)から苦情が来る前にこの場を去ることにするよ。今回はお前らの勝ちだ」

「逃げるな!」


 すかさずカーターがライフル銃を発砲する。


 だが、その銃弾はタキシード姿の男の手前で、まるで動くことを忘れたかのようにポトリと落ちた。

 弾くでも防ぐでもなく、止めたという表現が一番正しいだろう。


「私の代わりにこいつを配置しておくよ。ユニット『邪神の神官』。たった今からこいつが邪神やユッグを呼んだという設定になったから、あとはこの国の平和のために頑張って倒してくれたまえ、英雄諸君」


 それだけを言うとタキシード姿は音もなく、まるで最初から存在などしていなかったかのように姿を消した。

 それと入れ替わるように、今度はうねうねと鍾乳洞の足元の岩盤を持ち上げて何かが出現しようとしている。


 最初は不気味なほどに青白い……あのユッグと同じ色をした人間の腕だけが見えた。

 その腕が岩を掻き退けて、丸い頭が姿を表した。


 その丸い頭の頂点には巨大で丸い口が開口している。


 円形の吸盤のように広がった巨大な口の内側には無数の小さな歯が不規則に並び、まるでその一本一本が別の生き物のようにうごめいている。

 その形状は昔に水族館で見たヤツメウナギを思い起こさせた。


 その口はパイプから水があふれ出すようなボコボコという音と共に何やら言葉を発した。


「ワレワレハ――」


 言葉を最後まで聞くことなく、カーターとリプリィさんのライフルが火を噴き、不気味な頭部を貫いた。

 間髪開けずに俺が放った2羽の鳥が直撃して不気味な頭部を原型なく叩き潰す。

 

「来い火精!」


 カーターが銀の鍵をかざして放った炎により、頭部だった残骸と青白い腕は焼き尽くされた。

 しばらく待ったが、燃え滓になった以外のパーツは地上に出て来ることはなかった。


 そいつの前にメダルが転がり落ちた。

 戦いはこれで終わりだろう。


「何かよくわかりませんでしたが、会話が通じそうにない怪物でしたので撃ちました」

「見たか、オレの判断力の速さを」


 明らかに友好的な存在ではなかったので、カーターとリプリィさんによる射撃は正しい判断だろう。

 それはそれとしてだ。


 俺は箒の先端をカーターに向ける。


「ところで俺の判断力についてはどう思う? 英雄だのゲームマスターだの、説明しなきゃいけないことが山ほどあるよな」

「おいおい、何の冗談だよ」

「鳥3羽をりりーす」

「わかったよ、話せる範囲で話してやるよ。だからその杖……じゃない箒を下ろせよ」


 俺は鳥3羽を周囲で待機させたまま箒を下した。


「っておい、例の熱線を撃つんじゃないのかよ!」

「こんな至近距離で使ったら味方も巻き込むから使うわけないだろ。それに、お前は会話が成立しないほど悪い奴ではないと一応は信じている」

「はいはい、信じてくれてありがとうよ」


 カーターは手に持っていたライフルを地面に投げ捨てて両手を挙げた。


「ではまず最初の質問だ。ゲームマスターを名乗るあいつは何者だ?」


 色々と確認したいことはあるが、まずはこの質問だ。


「あいつはゲームマスター。この悪趣味なゲームの運営に関わっているやつだ。お前の言うところの『超越者』の直属の部下にあたる」

「あいつが?」


 カーターの言葉が正しいのならば、あいつが俺達の姿を変えてこの世界に呼んだ張本人ということになる。

 どう見てもただの中間管理職にしか見えなかったが、今はまあいい。


「仮定の話をする。これは仮定の話で実際の話とは関係ないぞ」

「前振りはいい。どうせ本当の話なんだろう」

「だから仮定だっての。人間の英雄対モンスターの対戦ゲームを見世物にしている奴がいるとする」

「具体的すぎるだろう!」


 何が仮定なのか分からない。

 あまりにもはっきりとした話だ。


 ようするに、この異世界に召喚した人間を使って、バトルロワイヤルだかデザイアグランプリだかのデスゲームをやっている奴がいる。

 そういうことだろう。


 俺達を使ってデスゲームをやっているとは以前から予想はしていたので特に驚きはない。


「話を続けるぞ。このゲームは英雄側もモンスター側も厳しくコスト管理されていて、余計なものは持ち込めないようになっている。何故ならバランスが少しでも崩れるとゲームが成立しなくなるからだ」

「バランスを崩す奴が現れたんだな?」

「ゲーム盤の外にいるはずの背景キャラ……本来は無力で何の力も持たないはずの背景でしかない一般人が並のモンスターなら余裕で蹴散らせる過剰な戦力を所持していた」


 もちろん、この一般人というのはこの国、タウンティンの人々のことだろう。


 ライフル銃に巨人を爆殺出来る威力の爆弾、迫撃砲……あとは戦艦か?


 飛行機は間に合わなかったが、今のペースだと十年以内には実用化するだろう。

 中世という時代を考えると明らかに過剰戦力すぎる。


「とんでもない連中だよ、50年前に呼ばれた連中ってのは。自分達の力では別の次元にいる運営を攻撃出来る方法などないと把握した上で、運営にどうすれば最大のダメージを与えられるか計算して、こうして大打撃を与えた。運営側は破綻したゲームをどう元の路線に戻すかで必死だ。このままだと破綻して責任をとらされて自分達の首が飛ぶからな」


 度会(わたらい)知事がどこまで考えていたのかは分からないが、もしカーターの言う通りならば自分達を召喚した連中に一泡吹かせることには成功したことになる。

 本当にあの知事とかつての仲間は物凄いことをやったのだと感心する。


「それで部外者は排除したいとなったのか……でも、厳しくコスト管理をされているので余計なものは持ち込めないから、部外者を追い出すことは出来ないんだよな」

「だから、元々この世界にあったリソースを使用して『自然発生した』という体で部外者の排除を始めようとした。それがここにあるゾス神の神殿。元々この世界にあったものだからコスト管理の外側にある」


 つまり、ゲームマスターとやらは万能……神にも近い能力を持っているが、公平な立場でゲームを動かさないといけないというお役所事情により、コストを厳しく管理をされていて範囲内でしか動けないということか。


「だとすると、この祭祀場さえ壊してしまえば」

「ああ、ユッグの発生は止まる。祭壇が破壊されてもう喚べない状態なのに無理に呼び出すとコスト制限に引っかかるからな」


 ならば、この祭祀場を跡形もなく破壊して回れば今回の作戦は成功だ。この国の人達も助かるだろう。


 いくら人智を越えた存在だと言っても、そういう制限があるならばいくらでも戦いようがある。

 こちらもルールの範囲内で暴れれば良いのだから。


 では、次の問題だ。


「それで確認だが、お前はそのゲームマスターの仲間か?」


 これは重要な質問だ。


 その解答しだいによっては、こいつを締め上げて情報を吐かせる必要が出て来る。

 元の世界に戻るための情報も出てくるかもしれない。


「ゲームマスターの味方ならばこんな話はしない。オレは別勢力だ。ただ、任務をこなす上で雇い主から聞かされた情報が若干多いだけだ」

「任務とは?」

「お前たちのサポートをすること。本来のゲームはもう無茶苦茶だが、代わりに別のゲームが始まったのでお前達……というかお前に期待している奴らが大勢いるんだよ」

「大勢とは?」

「大勢だ。それ以上は言えない」


 まるで答えになっていない。


「本来なら『余り2』として朽ちていたはずの駒を助けた掟破りの51番目の存在」

「俺達が余り!?」


 モリ君が余りという言葉に反応して叫んだ。


「あいつらにとってはオレ達はただのゲームの駒でしかなくて、人間だなんて見ている奴なんていないんだよ。単に端数が2出た、無駄が出たので次はもっと効率化しよう。そんな程度にしか考えてない」


 思っていた以上に酷い話だ。

 こんな話を聞かされて黙っていられるはずがない。


「……あ、いや違ったわ。お前はあくまで51人目じゃなくて、最初の50人の一人ってことになってる。鹿島櫻子ちゃん」

「お前達が俺のことを櫻子と呼ぶのはそういうことか」


 どうやら、あいつらの運営の中ではつじつま合わせとして、51番目に呼ばれた俺はゲームの管理上では存在していないことになっている。

 ここにいる俺は、あくまであの遺跡の中で亡くなったオウカちゃんということになっているのだろう。


 おそらく外見の年齢と性別が一致していて本人がもういなければ遺体も残っていない。

 入れ替えるポジションとしては丁度良いとなったのだろう。


 本人が聞いたらとんでもない話に違いない。


 得体のしれない奴が自分の遺体を霧にして、あまつさえ立場を乗っ取って勝手に冒険しているのだから。

 不可抗力とはいえ、オウカちゃんには本当にすまないと心から思う。


「本来なら死んでいた2人を助けて、『自然発生した邪神』を素手で殴り倒して国を救った英雄になった。お前はこの破綻しかかったゲームを立て直すための希望の星なんだよ」


 ここで、堪えきれなくなり、俺は全力でカーターの右頬を殴りつけた。


 だが、ラヴィの腕力で殴ったところでたかがしれている。

 カーターはビクともしないどころか、逆に殴りつけた俺の腕の方が傷ついている。


「人の人生をなんだと思ってるんだ!」


 今度は左の拳で殴りつけた。


「オレは奴らゲームの運営とは別の勢力の雇われだから、殴ったところで何も解決しないぞ」

「そんなこと分かってる!」


 またも左拳で殴る。


 自分たちの都合で勝手に異世界に呼び出して、

 身体を女に作り替えて、

 俺だけじゃなくみんなを……この国の人達を弄んで

 何が破綻しかけたゲームだ!


 お前達の身勝手でどれだけ多くの人が犠牲になったと思っているんだ!


 ここでカーターに八つ当たりを仕掛けても意味がないことくらいは分かっている。

 だが、殴らないとどうにも収まらない。

 

「ラビさん、もういいでしょう」

「こいつを殴りたいのは私も同じだけど、こんな奴を殴っても仕方ない」

 

 両腕をモリ君とエリちゃんに掴まれた。


「そんなゲームに付き合ってられません。俺達は日本に帰ります」

「そうです。私達は3人でこんな世界から帰ります。だから方法を教えてください」

「2人とも……」


 モリ君とエリちゃんの2人はカーターを睨みつけていた。


 ただのゲームの駒に変えられて人生を無茶苦茶にされた挙げ句、その理由はただの娯楽でしかなかった上に余りとして捨てられた。


 悔しい気持ち、やるせない気持ちは俺と同じかそれ以上だろう。


 だが、それでも怒りに身を任せて暴れることを由とせずに、こうやって暴走する俺を止めに入っている。


 本当に俺は何をしているんだ。

 なんで年下の高校生に教えられているんだ。


「二人ともありがとう。俺はもう大丈夫だ」


 いつの間にか流れていた涙をローブの袖で拭った。


「ということだ。俺達はゲームに付き合うつもりはない」

「それでいい。オレもこんなゲームを運営してるやつもさっさと潰れろとしか思ってないしな」

「随分と無責任だな」

「だからオレも無理矢理に呼びつけられて、雑に事情を伝えられてサポートやれと言われただけなんだよ。被害者だよオレも」


 言葉通りならこいつも被害者なのだろう。

 本当に言葉通りならばの話だが。


「それで、お前は日本に戻るための方法を知っているのか?」


 これが一番重要な話だ。

 日本に帰ることが出来るならば運営のやりたいことなど無視してさっさと帰還するのが正解だろう。


 そして、俺達が勝手にゲームを投げ出して盤上から消えることも運営へのダメージに繋がる。

 やらない理由はない。


「はっきり言うとオレは知らない。運営も用意はしていないだろうな。奴らはオレたちをただのゲームの駒としか思ってないんだからアフターサポートなんて考えてるわけない」

「そうか」


 今までの俺達への雑な扱いでだいたいは分かっていた。


 俺達を呼んだ連中は、その後の俺達の人生なんて一切何も考えていないと。


「ただ、方法があるとしたら、やはり50年前に呼ばれた人々だな。運営に一泡吹かせようとあらゆることを試した連中だ。当然、日本に戻る方法についても何か調べているに違いない。知事からもそういう情報を聞いているんだろう」


 そうだった。


 巨人と戦って倒すことの報酬が、日本に戻るための情報の提供だった。その情報を得るために今まで頑張ってきたのだ。


「あいつらの思惑に乗ってゲームに参加するなんて沢山だ。俺達3人で一緒に日本へ帰ろう」


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