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収穫祭の魔女  作者: れいてんし
Episode 2. Ythogtha - The Old One
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Chapter 12 「騎竜」

 巨人を倒してから既に一時間以上が経過したはずだが、相変わらず俺は、ダム建設予定地の岩場に倒れ、取り残されたままだった。


 それなりの時間が経過したはずなのだが、未だに気絶することも眠ることも出来ず、ただひたすら全身から伝わってくる痛みに耐えていた。


 深刻すぎるダメージを受けると、人体はアドレナリンだかなんだかの脳内物質が過剰に放出されすぎるせいで、逆に覚醒するというが、どうもそれに違いない。

 ようするに「脳内物質による火事場のクソ力が効いている間に無理でもなんでもいいから安全圏まで逃げろ」という人間の生存本能が働いているのだ。


 生き続けるために全ての臓器が後先のことを考えずに全力でフル稼働している結果なのだろう。


 こんな負傷状態だというのに、胃が「何か食わせろ、血が足りねえ」とばかりに腹音を立てているのもおそらくその関係だ。


 もちろん、これは余力を前借りして引き出しているだけなので、別に体力や傷が回復したわけではない。

 後で絶対に利子を含めてまとめて請求がやってくる。


 連日の残業続きで極度に体力を消耗した時にも、体力が尽きているのにどんどん元気が湧いてくる謎の現象があった。

 おそらくそれと同じことが起こっている。


 自己診断だが、最も重症なのは巨人の触手から受けた肋骨のダメージ。骨折かヒビか?


 それを筆頭に、全身に数え切れないほどの打撲や擦り傷がある。


 一部は出血も伴っているようで、あちこちから血が流れ出しているのを感じる。

 止めたいのだが、失血も痛みも止めるための薬がない。


 更に連戦による連戦で体力の方もほとんど残っていない。


 こんな状況なら素直に気絶させてくれて少しでも体力回復をさせてくれる方が楽なのだが。


 痛みで朦朧とする視界の隅に白く蠢く「何か」が映った。


 目だけを動かして「何か」を確認する。


 それは牛くらいの大きさの巨大な白い蛆虫のような生き物だった。


 全身は半透明の油が浮いたようなテカる粘液に覆われており、たまにその粘液がボコボコと泡立って何かガスのようなものを放出している。


 半透明の液体の中の蛆虫は不健康な青みがかかった白色であり、よく見ると体中から短い無数の繊毛を震わせて不気味にうごめいている。

 その醜悪な蛆虫は動く度にベチョベチョと嫌な音と悪臭を放つ粘液を撒き散らしながら、じわじわと俺との距離を詰めてきている。


「こんな状況でモンスターのおかわりかよ」


 正体が何かは分からないが、少なくとも

・ゴキブリのようなテカり

・蛆虫の不気味な動き

・ヌタウナギの半透明の粘液

 全て足して何も引かない、不快生物のハイブリッドが俺に対して友好的な生物だとは思えない。


 虫を見慣れている俺ならともかく、都会育ちで虫がダメなモリ君など卒倒してしまうかもしれない。


 体調はお世辞にも良いとは言えないが、身を守るためには戦って勝たないといけないだろう。

 一匹だけならば何とかなるかもしれない。


 まずはクッキーを取り出して無理矢理口の中へ頬張る。

 少しでも体力回復にはなるだろう。


 手に付いていた砂も一緒に口の中に投げ込んで一緒に噛み砕いた。


 続いて鳥を5羽呼び出す。


 鳥でどう攻撃するべきか思案を始めたところで、指示を出そうとしたその手を止めた。


 蛆虫の数が、いつの間にか1匹から3匹に増えている。


 それだけではない。


 巨人の胴体が爆破された場所にある石や土の下から、次々と蛆虫のようなものが地表へと這い出してきている。

 最低でも10匹は居るだろう。


「収穫」で全てを根こそぎ刈り尽くした俺の周辺から蛆虫は湧いてきていないので、巨人の残骸を媒介に発生する眷属の類なのかもしれない。


 当面の危機は目の前の3匹。


 幸いにも巨人の爆破地点から俺の場所まではそれなりの距離があるので、目の前の3匹さえ何とか対処すれば、やり過ごす方法は思いつけるかもしれない。


 ここで気付いた。


 もしや、兵士達が俺の救出に来られないのも、他の場所で同じように蛆虫が沸いているためではないだろうか。


「一難去って、また二難三難四難くらいなんだが……」


 まずは3匹の蛆虫に対応すべく、気合で無理矢理立ち上がる。


 ただ、立ちあがっただけだ。

 別に体力が回復したわけではないので、元気に動き回れることなどない。

 本当に立っているだけである。


 どうする? 5羽の魔女の呪いで取り零しなく全てを倒せるか?


 現状は、体力の前借りで無理矢理動けているだけで、いつ倒れてもおかしい状況ではないのだ。


 なので、まだ誤魔化しが効いているうちにやるべきことをやるしかない。

 やらなければやられる!


「5羽を解……うわっ」


 突如、蛆虫がその巨体に似合わぬ跳躍を見せた。


 そう言えばあの巨人もあの巨体にも関わらず、恐ろしい速度で跳躍をしていた。

 そういう特徴が一致するのも眷属故か。


 鳥を解放して魔女の呪い? いや盾?

 ――いや、派生技だと対処に時間がかかる。今は一秒でも余裕が欲しい。


「極光!」


 発動速度と命中精度ならば、単体の極光が最高だ。

 発動した瞬間に相手へ当たるので、カウンターには最適だ。


 普段は箒の先から放つが、今は俺には箒はもちろん、他に代替できる武器は何もない。

 仕方ないので手の平から放った。


 3体全てを薙ぎ払うつもりではあったが、傷と疲労のために腕の動きが遅れて、狙ったよりも狭い範囲にしか光を当てることは出来なかった。


 その結果、直撃したのは2体。

 1体はわずかに掠った程度だ。


「これは……失敗したか……」


 極光の攻撃力はかなり低い。

 わずかな照射時間では巨大な蜘蛛すら倒すことが出来ない。


 そう思っていると、極光の直撃を受けた2体の蛆虫は突然にその体をCの字のように丸めた。


 何事が起ったのかと様子を見ていると、蛆虫の表面に纏わりついている半透明の液体が泡立ち、ボフッと音を立てて白い煙が噴き出す。


 それと同時に周辺に何かが腐ったような生ゴミから出るような悪臭が漂い始めた。


 蛆虫はそのまま何度か体から白い煙を音を鳴らしながら放出すると、まるで内臓など存在しないように、割れた風船のようなペラペラの皮だけになって急速に萎んでいく。


 極光はそれほど攻撃力が高いスキルではないのにも関わらずにこの効果だ。

 熱か衝撃、もしくはその他不明の効果が、たまたまこの蛆虫には特攻だったのだろう。


 詳しい分析をしている時間などないが、何にせよこれで2体は倒した。


 残るは1体。

 極光はわずかにかすっただけなので、流石に倒しきれていない。

 何かしらの追加攻撃が必要だろう。


 その時、突如として俺の目の前にいた蛆虫の全身が青い炎に包まれた。

 蛆虫は半透明の液体を蒸発させながら、極光で倒された他の二体と同じように、Cの字に丸まったかと思うと、ボンと何かが爆ぜるような音を伴って、そのまま真っ黒な炭へと燃え尽きていった。


 相当な火力を持つスキルだ。

 これは「誰か」が援軍にやってきて、その能力が発動されたのだと思うが、一体誰のスキルなのか?


「ラビちゃーん!」


 大きな声が聞こえた。

 そちらに目を向けると、二足歩行する恐竜が俺の方へと走ってきていた。


 なんだったか?

 首が長いダチョウのようなシルエットのラプトル系の恐竜だ。

 

 その背には馬のような鞍が取り付けられており、そこに手綱を持った度会(わたらい)知事と、後ろにエリちゃんが乗っていた。

 

 今の炎の攻撃はエリちゃんの能力ではない。

 ということは、必然的に、炎は知事のスキルということになる。


 間髪開けず、今度は巨人が倒された爆心地を横薙ぎにするように青い閃光(レーザー)が走った。


 爆心地から俺のいる場所までは距離があるので仔細は不明だが、土塊を掻き分けて地上に出て来ようとしていた蛆虫の群が、閃光によって薙ぎ払われ、目の前のそれと同じように焼き尽くされている。


 蛆虫が消えたタイミングでエリちゃんが恐竜から飛び降りて俺へ駆け寄ってきた。


「助けに来たよラビちゃん。大丈夫だった?」

「大丈夫と言いたいところだけど、あんまり大丈夫じゃない」

「ごめんね、すぐに助けに来られないで」

「いや、そっちにも事情があったなら仕方ないよ」


 割と重傷なので、気を抜くとすぐにでも倒れそうではある。

 今のところはまだ気力で立っているので大丈夫だが、正直、ベッドでゆっくり寝たい。


「私のような現役を引退した老人が駆り出されるとは……この国もまだまだ未熟なところがあるようですね」


 続いて知事が地面に降りて、恐竜の長い首を労をねぎらうように手で擦った。

 首を擦られた恐竜の方も瞼を閉じて首を知事の手に預けて気持ち良さそうな表情をしている。


「なぜ知事がここに? 作戦本部から逃げたのか? 自力で脱出を?」


 俺は驚きを隠せず知事と恐竜を交互に指さしながら言った。


 エリちゃんが来るのは分かる。


 だが、何故政治トップの知事がこんな最前線に?

 使用したあの強力なスキルは一体?

 この二足歩行の恐竜はどういう生き物なのか?


 次々と疑問が浮かぶが、痛みと疲労による思考能力の低下と混乱が上回り、何から話せば良いのか、うまく考えが全くまとまらない。


 俺が何も口に出せず困惑していると、知事は無言で至近距離まで近寄ってきた。


「体勢を立て直すため、この場から撤退します。しがみつく程度の力は残っておいで?」

「はい、それなら何とか」

「ラビちゃんに無理はさせられないので私が支えます」


 そう言うとエリちゃんが俺の身体をひょいと抱き抱えた。


 年下の少女に抱き抱えられるのは恥ずかしいが、今はそんなことを言っていられる余裕などはない。

 ありがたく好意に甘える。

 

「では細かいことは後で説明します」


 知事とエリちゃんは恐竜の背に飛び乗った。


「では全力で退避します。振り落とされないようにしっかり捕まりなさい」

「ちょっ……」


 知事が手綱を引くと二足歩行の恐竜は全力で飛び跳ねるように駆けだした。


 流石に恐竜が段差などを飛び越える度にそれなりの振動は来るが、贅沢は言っていられない。


 知事はよくこの振動で平気だなと思い見ると、恐竜に付けられた鞍には(あぶみ)のような紐で吊された足を置くための金具が取り付けられていた。

 知事は鞍に全体重を預けるのではなく、鐙に足をかけてその上に中腰で立っていた。


 人間3人を乗せて走っているというのに、恐竜はかなりの速度を維持して走っていた。

 時速60kmは出ているだろうか?


 速度もかなりのものだが、小刻みに左右に行ったり来たりしながら木陰から出てくる巨大蛆虫を回避する機敏さにも驚かされる。


 この二足歩行する恐竜は、地球でいう馬に当たるポジションなのだろうか?

 牛に当たるポジションがトリケラトプスだったことを考えると有りうる話ではある。


「貴方があまりに楽しそうに箒で空を飛びまわるのを見て、血が騒ぎましてね。こうして昔取った杵柄で騎竜を持ち出すことになったわけですが」

「俺のせいとか言わないでくださいよ」

「貴方のせいですよ」


 そう言うと知事はハハハと豪快に笑った。


 どこまでが本気で、どこまでが冗談なのかは分からないが、冷徹で仕事が最優先の鉄面皮という初対面の時に描いていたイメージは少し崩れた。

 年甲斐もなくはしゃいでいる今の方がより人間らしさを感じられる。


「本当はこんな誰かに与えられた地に足のつかない能力ではなく、人間が自力で得た力で全てを片付けたかったのですが、それが出来ないということは、まだ努力が足りなかったということなのでしょう」

「それでも、この国の皆さんは俺を色々と助けてくれましたよ。知事も今こうして俺を助けてくれている」

「他の兵士の手が足りないというのだから、軍属ではない私が動くしかないでしょう」

「トップが現場に出てきて動くのは問題では?」

「たまには良いでしょう。たまには。立場があるとできることが増える代わりにできないことも増えるのですよ」


 知事は足で騎竜の腹を蹴飛ばすと、騎竜が更に走る速度を上げた。

 こういうところもやはり馬と共通点がある。


「ところで、あの蛆虫はなんですか?」

「それについてはまずは基地に戻ってからお話ししましょう。ここで詳細を話すには時間が足りません」


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