Chapter 4 「眼鏡マンとタイツマン再び」
俺達は簡単な食事を取り、用意していただいた宿泊用の部屋で休憩することになった。
ここは軍関係の施設ということで、兵士達に提供されているものと同じものが出された。
そういえば、この世界にやって来てから初めてのまともな食事である。
木製の器にはチャーハンのようで何か違う料理とトマトスープらしき料理が提供された。
米の代わりに謎のツブツブした穀物と何かの野菜を刻んだものとを一緒に何かのソースで炒めた料理だ。
「謎」や「何か」という表現が多いのは、他に似ている料理がない未知の味の料理だからだ。
使われている香辛料も唐辛子とパプリカパウダーくらいは肉眼で視認出来るのでわかるが、それ以外が全く分からない。
匂いだけはカレーに似てるのでクミンの亜種だろうか?
穀物の方もちょっとした苦味はあるが、噛むとプチプチとした触感がなかなか面白い。
米でも麦でもクスクスのようなパスタでもないが、何なのだろう。
スープは赤やら緑やらカラフルな豆が入ったトマトスープ。
こちらに使われている調味料は塩のみのようだが、トマトの酸味が強烈で具というより調味料のようになっている。
ただ、美味しいことは美味しい。
これが本物の異世界飯というやつか。
「これ、何かの健康食品で使ってるやつですよね。キヌアとかいうやつ」
エリちゃんがスプーンで謎のツブツブ食材を持ち上げながら言った。
指でつついた後に、一粒だけを摘まんで口へ運び咀嚼する。
「やっぱりこれキヌアだ」
「なんだよキヌアって」
そう言うモリ君もこの謎の食材には興味津々のようだ。
エリちゃんと同じように一粒だけ摘んで口に入れる。
「うちのマま……親がこんな感じの健康志向の食材が好きで、頻繁に取り寄せしとったけぇ。うちはこれを米に混ぜて炊き込みご飯を作ったり、そのままサラダに混ぜて食べたりしてました」
これは地球にもある食材なのかと、ツブツブを持ち上げてまじまじと観察する。
キヌアという名前はペルーだかメキシコ料理だかで使われていると以前に本で読んだ記憶がある。
南米原産のアカザか何かの実だったはずだ。
本で読んだだけで実際に食べたことはないので確証はないのだが、カラフルな豆入りトマトスープの方も合わせてペルー料理の紹介で観た記憶がある。
キヌア、豆、トマト、唐辛子、パプリカ……全て南米原産の食材だ。
昨日までいた遺跡が四国……じゃない、南米のマチュピチュに似ていたことと合わせると、ここは南米に近い設定の異世界なのかもしれない。
キヌアの独特の味と食感は気に入ったので、日本に戻ったら通販で買えないか調べてみよう。
お手頃価格で手に入るのならば、自炊レシピのバリエーションを増やせるかもしれない。
◆ ◆ ◆
食事後に、宿泊用として案内された部屋は、普段は何か別の用途で使用しているのであろう、小さな会議室のような場所だった。
長机や椅子が部屋の隅に寄せられており、開いたスペースに毛布が敷かれて簡易宿泊所になっていた。
今日はここで泊まれということだろう。
ただ、それでも遺跡の中で毛布もなしで雑魚寝していた環境よりは遙かにマシだ。
天井からは知事の部屋にあったのと同じ裸電球が1つだけぶら下がり、室内を薄暗く照らしている。
現代の日本のLED電球とは比べものにならないくらいに暗くて頼りないが、それでもないよりは良い。
「モリ君がそっちの壁際、ラビちゃんが真ん中で、私が反対側の壁際。それでいいね」
「男女で並んで寝るのもおかしいし、俺もそれでいいかな。あの遺跡の中だと仕方なかっただけで」
「そうそう、仕方なかっただけ」
2人がよく分からない言い訳を始めた。
別にえっちなことをしていたわけではなく、お互い寂しくて身を寄せ合っていただけなのだから正直に言えば良いのにと思う。
そんなシンプルな話をややこしくしてしまう男女の関係というのは簡単なようで難しい。
「その理屈だと、俺が男と女の間の謎の生き物扱いになってるんだけど」
「そんな扱いはしてないよ。ただラビちゃんなら間を取り持ってくれるかなと」
そんな中間管理職みたいなポジションを要求するのは止めて欲しい。
無理だぞ。そんな細やかな気遣いなんて。
とにかく疲れた。
知事は気に入らないが、その調査と分析能力自体は評価できる。
情報とメダルが貰えるというに話も嘘はないだろう。
追加で金銭的報酬も追加というのも悪い話ではない。
情報を貰いました、それですぐに日本に帰ることが出来ます。
という都合の話ではないとは思うので、当面の活動資金が入るのはありがたい話だ。
条件だけを見れば決して悪い話ではない。
悪くはないが気に入らない。
脳内を知事に見せられたあの写真がチラついた。
「それでどうします?」
モリ君が尋ねてきた。
「今のリーダーはモリ君だよ。判断は自分で決めるんだ」
「それでも作戦に参加するのはラビさんだけですよね」
確かにモリ君の言う通りだ。
この作戦は俺が一人で軍に協力……遠くから熱線を撃つだけなので他の二人は何もしなくていい楽な作戦である。
「ラビちゃん、無理はしないでね。危険だと思ったらすぐに逃げて」
「ありがとう、俺も無理する気なんてないよ」
エリちゃんが俺を心配してくれる気持ちは分かるが、俺もそこまで無理する気などない。
この国の人達には同情するが、所詮は見知らぬ国の見知らぬ人々だ。
流石に俺自身やモリ君、エリちゃんの生命とは天秤に掛けられない。
「俺もラビさんだけが傷つくことには反対ですが、情報もメダルもお金も全部必要です。代われるなら俺が代わりたいです」
「本当に代われるものなら代わってほしいよ。まあ無理だから俺がやらなきゃいけないんだけと」
俺はそれだけ言うと、銀のメダル1枚と銅のメダル3枚。
そして遺跡で亡くなったオウカちゃんの遺品であるカードを取り出した。
「作戦が何であれ、戦闘では何があるかは分からないので、なくしてはいけない大切な物だけは二人に渡しておきます」
「メダルはともかく、このカードは本当に大切なものですよね」
「だからこそ。メダルなんかよりも大事なものだからこそ、絶対になくしたくない」
一発撃つだけの危険はない作戦のはずだが、それでも何が起こるか分からない。
大切なものを紛失する可能性があるのだから、安全な場所へ預けておきたい。
そう強く言うと、モリ君は「後で返しますからね」と渋々ながらも受け取ってくれた。
◆ ◆ ◆
モリ君とエリちゃんの二人は、今までの疲労が溜まっていたのか、消灯するとすぐに眠りについた。
無理もない。
つい最近までは日本で普通の生活をしている高校生だったのだ。
それが4日間、精神的にも肉体的に負荷がかかり続ける過酷な状況に投げ込まれ続けていたのが、ようやくここに来てやっと落ち着ける状態になったのだから。
今はゆっくり休んで欲しい。
だが、俺まで眠るわけにはいかない。
明日の作戦の中でどのようなポジションで動くのかを今日中に確認しないといけないからだ。
現在も軍部の方で、俺という「最強の固定砲台」をどこにどのタイミングで投入するのが最適解か。
もし俺が作戦に失敗したとしても、どうフォローして次の作戦に繋げるべきかの作戦修正が行われている……らしい。
その内容は本日未明までに決定され、リプリィさんから俺に伝えられることになっている。
俺はその作戦を聞くために一人で部屋を出て、建物の近くの大きめの石の上に座った。
そう言えば風呂に入る前もこんな場所に座り込んだ気がする。
あまりに色々有りすぎて遙か昔の出来事のように感じる。
作戦の詳細を確認するまで今日は寝られない。
「こんなところにいたのか?」
急に声がかかった。
最初はリプリィさんかと思ったが、声は男のものだった。
暗がりの中からその声の主が姿を現した。
丸い眼鏡を付けた魔法使いのようなローブを身に纏った男と目が合う。
さっさと忘れたいが忘れられるわけもない。
遺跡で襲ってきた襲撃者の1人だ。
「あの時の眼鏡男!」
俺はすかさず腰を落として身構えながら鳥達を喚び出して臨戦態勢を取った。
箒は……箒はどこに置いたか分からない。
素手で何とかするしかない。
暗闇に俺の紋様から発せられる虹色の光と、鳥の青白い光が眼鏡男の眼鏡をうっすらと光らせた。
「……その鳥型のエーテル塊……3つじゃなくて5つだったんだな。僕の敗因は数を読み違えたことか」
「遺言は決まったか」
「まあ待て、僕は別に戦いに来たわけじゃない」
眼鏡男は持っていた杖を何のためらいもなく地面に投げ捨てると、両手を挙げて言った。
降伏のつもりだろうか?
「前にも言ったが、僕は戦いをするつもりなんて一切ない。無駄なカロリーの浪費というやつが一番嫌いなんだ」
「ならば、ここへ何をしに来た?」
「貴女と同じですよ。遺跡を進んできたら何やら騒がしいので様子を見たら、ホールのような場所に銃で武装した軍隊みたいな連中がいたので、こっそりと追跡してみたら、この町に着いた。それだけです」
「あのタイツマンは?」
「タイツマン?」
眼鏡男はしばらく何やら考え込んでいたが、「タイツマン」という単語が誰のことを指すのに気付いたのか、突然に大声でゲラゲラと下品に笑い始めた。
「タイツって……タイツって……」
「ならあれは、なんと呼べば良いんだよ」
「ミディールという名前がある」
眼鏡男のすぐ真横から上半身が裸で下半身だけもっこりタイツという、お笑い芸人のような格好の怪しい男が突然姿を現した。
「へ、変態!」
「服を台無しにしたのはお前らの攻撃のせいだろうが!」
怒鳴っている声と顔にどことなく覚えがある。
何度も俺達を襲撃してきた暗殺者風の全身タイツマンだ。
「お前はタイツマン! 今度は変態半裸マンになったのか」
「妙な名前を付けるな!」
「なら服を着ろ変態露出狂」
「やっぱりこの女、殺していいか?」
「だから止めなさい。遺跡の壁に大穴を開ける熱線を出す怪獣を相手にするなんて僕は御免です」
眼鏡マンが制すると変態半裸マンは何やら不満げな顔でぶつぶつと言いながらも後ろに下がった。
どうやら今のところ相手に抗戦の意思はないようだ。
こちらも一対二の今の状況では勝てるわけがないので助かると言えば助かる。
「貴女と出会ったのは本当に偶然です。僕達はこの町で独自に情報収集するつもりです」
「そうか」
「出来れば貴女もお仲間にと思ったのですが、如何ですか?」
眼鏡マンが何かの方法で俺達の知らない情報を入手していることについては気にはなる。
だが、さすがにエリちゃんや俺を襲った全身タイツマン改め変態半裸マンと手を組めるかとなると否だ。
眼鏡マン男からも若干変態的な雰囲気が漂っているのも拍車をかける。
一歩間違えればエロ同人誌のようなえっちな目に遭ってしまう可能性すらあるだろう。
それを考えると、嫌悪感でゾクゾクと寒気のようなものがこみ上げてきた。
「悪いけど無理だ。眼鏡マンだけならともかく、そっちの変態半裸マンにはうちの子を傷付けられた恨み辛みがある」
「そういうことなら残念です。お互い良い思い出がないのは同じなので、全て水に流して和解とも思ったのですが」
この眼鏡マンの知識は捨てがたいが、それでも組むにはあまりにハードルが高い。
過去にやったこともそうだし、今も重要な何かを隠した上で、あくまで自分が優位に立てる状態をキープしながらこちらに交渉を持ちかけているということは分かる。
いつ寝首をかかれるかを警戒しながらの同盟なんて高いストレスがかかり続ける関係など御免こうむる。
俺が拒否の姿勢を崩さないと理解したのか、眼鏡マンと変態半裸マンの変態コンビは「だから俺は半裸マンじゃない!」などという捨て台詞と共に闇の中に消えていった。
あのまま戦闘になれば、俺が圧倒的に不利だったので今回は助かったと言っても良いのだろうか?
出来ればもう二度と会いたくはないが……同じ世界に居る限りは、どうせまたどこかで会うことになるるのだろう。
その後に作戦の詳細を伝えに来たリプリィさんへ「2人組の変態がいた。そのうち片方は上半身裸で下半身はもっこりタイツという気合いの入った変態だ」と通報をしておいた。
「そのような変態が出没しているなど許せません」とリプリィさんも仰ったので、少しは意趣返しになっただろう。
変態が確保されれば、町の平和と治安も守られる。
「それで作戦の方は?」
「はい、確定しました。明朝5時にここを出発して狙撃ポイントに向かい、そこから巨人に対して攻撃を行っていただきます」
「では、俺1人が向かうと言うことで良いですね。他の2人はゆっくり寝かせてやってください」
「良いんですか?」
リプリィさんが不思議そうに尋ねてきた。
「あの2人はこの世界に来てから、今日が初めて何も心配することない安心な環境で眠れるんです。だから、ゆっくり寝かせてやってください」
「……承知しました」
どの道、狙撃は「収穫」で周囲に対して無差別攻撃を行ってしまうために、俺1人だけで行動しないといけない。
それならば、俺1人が行けば済む話だ。
こんな時まで3人仲良く行動する意味はない。
「では明日もよろしくお願いします」




