Chapter 3 「州知事」
「この巨人は今から4日ほど前、海中から突然に現れました。現在も軍が攻撃を続けていますが、未だ討伐には至っていません」
4日前といえば、モリ君やエリちゃんたち最初の50人がこの世界に喚ばれた時期と一致する。
何か関係があるのだろうか。
「この巨人はかなりの大きさに見えますが、どのくらいの大きさでしょうか?」
「約60メートル」
「60」
あまりの大きさに思わず絶句する。
改めて写真を見るが、画質はそれほど良くないのと、比較対象がないために大きさが分かりにくい。
60メートルはそれなりのビルやマンションくらいの高さだ。
駅の近くに建っていた高層マンションがそれくらいで、駅ビルの倍くらいの高さがあったような記憶がある。
それが歩いて襲いかかってくるなど、もはやモンスターではない。怪獣だ。
「この巨人は地元の伝承になぞらえてイソグサと呼称しております」
「磯草?」
「日本語ではなく現地の言葉です。巨人は、私たちが50年前に討伐した巨大な貝の怪物の兄弟とも言われています」
州知事が拳を握り締めた。
その50年前に出た怪物はよほど強く……大勢の犠牲も出たのだろう。
「巨人は戦艦からの艦砲射撃にも対艦ロケットにも耐えました――否、厳密には損壊を与えたが即時再生されたと言った方が正しいでしょう」
このゲームのジャンルは何なんだよ。
ファンタジーからSFを経てついに特撮怪獣物になったぞ。
こんなのを相手にさせるなら光の国の戦士でも連れてきてください。
「その戦艦の砲というのは現在……じゃないな、州知事が喚ばれた時期から見てどれくらいの時代に相当するものでしょうか? 黒船とか、太平洋戦争の戦艦あたりと比べてどうとか、だいたいの目安でも良いので」
「主砲は極めて原始的な火薬を詰めて鉄の球を飛ばす構造です。戦国時代に使用されていた大砲に近いですね。対艦ロケット砲は仮想敵のスペイン艦隊ですと一撃で轟沈できる火力はありますが」
大砲については日本の戦国時代というと、攻城戦などに使われていたタイプだろうか。
昔の映画で火薬込め! 弾込め! 撃てーっとやっているやつだ。
現代兵器に比べると弱いといえば弱いが、それでも弓矢や近接武器などよりは桁違いに強いだろう。
当然人間が使うような下手なスキルでは相手にならないくらいの火力が出るはずだ。
だが、仮想敵がスペイン艦隊というのが分からない。
確かに中世から近世にかけては世界最強だった時期はあるはずだが、この知事は一体何と戦うつもりで、その戦力を用意したのだろうか?
さすがに比喩だとは思うが。
「それでも倒せなかったと」
「胴体を半分吹き飛ばすところまでは追い込みましたが、その都度、再生されたために、先に砲弾が尽きて競り負け、最終的には目から発せられた光線によって轟沈されました」
中途半端な攻撃は意味がないということだろうか。
それならば、攻撃する際には再生が間に合わないほどの飽和攻撃を加えるか、超強力な攻撃で一撃で倒すかの二択になる。
「貴方たちを呼んだ理由についてご理解いただけたと思います」
州知事が2枚目の写真を取り出した。
そこには山に開けられた大穴が写っていた。
「昨日夜と本日早朝に観測された、岩をも蒸発させるほどの超高熱と山をも貫通するほどの威力を持った熱線砲。報告を受けた時にこれしかないと思いました。この能力ならば、あの巨人を倒すことができると」
昨日夜と今日の朝に熱線を出したというならば、間違いなく俺の仕業だ。
最初の試射と、襲撃者が来た時に撃ったものの2回。
最後の脱出口を開けるのに使ったのは、さすがにカウントされていないようだ。
俺たち……いや俺をわざわざ遺跡まで迎えに来たのは最初からそのつもりだったのだろう。
だが、熱線に気付いていたのなら、もっと早く遺跡内部へ助けに来て欲しかった。
そうすればあの妙な襲撃者連中と交戦することもエリちゃんが負傷することもなかった。
色々な苦労を負わずに済んだ可能性は高い。
……否、ふと気付いた。
最後の部屋にあった扉は外側から何か強い力を受けて歪んでいた。
あれは、この国の軍隊が遺跡に無理矢理、侵入しようとした結果として歪んだのではないだろうか。
足跡から象のような巨大生物が体当たりをしたと推測していたが、なんのことはない。
竜車を引いていたトリケラトプスに突進させたのだ。
もしそうならば、すぐ近くまでは助けに来ていたが、扉が想定より頑丈なために破壊しきれず、一度撤退した可能性がある。
原生林に入ってすぐの場所に武装した兵士がいたのもそういうことだろう。
熱線の報告を受けて、利用価値があると判断して、州都からこの遺跡の町に駆けつけた。
そして、軍を編成。
遺跡に軍を派遣して、すぐに揃えられる武装で扉の破壊に挑戦。
もし技術レベルが足りていれば……もしくは準備さえ整っていれば、あのSFロボと戦闘が始まる前……それどころか、あの襲撃者が現れる前に、この国の兵士が遺跡内へ助けに来ていた可能性すらありうる。
そうなればハセベさんたちが転移することもなかったかもしれない。
判断が早いというレベルではない。
目の前の相手が只者ではないと分かり、額の汗を拭う。
「それでこの熱線を出せるのは誰なのかしら?」
「私です」
これについては隠す意味はないので名乗り出た。
「熱線を使用する際には周辺の生命体を分解して黒い霧へと化して吸収が行われます。周りに人がいると危険です。また、一度使用すると3分のインターバルが必要で連射はできません」
「なる程。それは貴重な情報ありがとうございます」
州知事は俺の話をメモに書き留めた。
「では次に、これから写真を何枚か見せますので、確認の上で感想を聞かせてください」
州知事が封筒の中から、追加で数枚の写真を取り出した。
俺たちはその写真をそれぞれ掴んで確認する。
・巨大な何かに踏み潰され、原型なく破壊された家
・長く走った地割れによって崩された畑
・岩の上に上下逆になって乗っている半壊した漁船
・ぐったりした子供を抱いて泣いている親
・無数に並ぶ死体袋
戦場か大災害の記録のような凄惨な光景が撮影されていた。
技術レベルがまだ低くてこれが精いっぱいなのか。
それとも写真を撮った人間もゆっくりと撮影している余裕などなかったのか。
あるいはその両方か。
ピントも若干ずれており、手ぶれもしているために鮮明な画像とは言いがたいが、この写真で伝えたい意図はハッキリと伝わってくる。
「巨人によって既にこれだけの被害が発生している。お前たちが協力しなければ被害は広がり、犠牲者は更に増える」――だ。
「写真はまだまだありますが」
「……いえ、もう結構です」
州知事は他にも被害の報告はいくらでも届いていると言わんばかりにそう言った。
俺は下唇を噛んで州知事を睨み付ける。
こんなものを俺たちに見せて何をさせようというのだ。
エリちゃんは口を手で覆って無言だ。
モリ君は俺と同じで怒りを露わにして、州知事を睨んでいる。
巨人に対してはもちろん、この写真を出してきた州知事に対してもだ。
俺は面倒なことが嫌いで他人なんてどうなろうと知ったことではない、自分中心主義の薄情な人間だぞ。
「私はこの国を守るためなら何でも利用するつもりです」
俺たちの心のうちを把握していると言わんばかりに、州知事は悪びれずに言った。
「情に訴えて、タダ働きをさせるつもりですか? 私たちにとってはこの国の人間なんて所詮は知らない他所の世界の人間ですよ。見捨てる可能性だってある」
「でもそうはしないのでしょう」
確かにその通りだ。
決して善人でもない俺にも、柄でもない正義の心というものが湧き上がってくる。
卑怯だ。
実に卑怯としか言いようがない。
「巨人を討伐していただければ、こちらとしても相応の対価を用意します。たとえばそう……日本に帰るためのヒントになる情報」
思わずソファーから立ち上がった。
確かにそれは今の俺たちには一番必要なものだ。
「その話は本当ですか?」
「嘘だと考えておられますか?」
「もし本当ならば、何故貴方がその情報を使って日本に帰らず、この場所に50年も留まっているのかが気になります」
当然浮かんだ疑問をぶつけてみた。
日本に帰ることができるというのに、何故50年もここに住み続けているのか?
「そうですね。端的に申しますと、ここで主人と出会い、結婚して身籠もったからです。子供が産まれると育児などもあり、気付いたら帰る機会を逸しておりました。これでよろしいでしょうか?」
「……はい」
日本に戻らない理由としては納得できる。
この世界で家庭を作り、ここを終の住処としたので、もう戻る必要などないのだろう。
だが、俺たちは違う。
モリ君とエリちゃんは何も為せないまま最初の部屋で乾いていくところだった。
強制的に連れてこられた中には幼い子供すらいたという。
俺たちを連れてきた超越者からは悪意しか感じられない。
そんな不快なことだらけの、この世界に留まるつもりなど毛頭ない。
日本への帰還についての情報を知るためにはこの話を受けるしかない。
「でも、その情報は本当なのでしょうか?」
「帰還者が1人だけですがいます。私の……古い友人です」
今まで厳しい顔をしていた州知事の表情がここで少しだけ緩んだ。
懐かしい何かを思い出しているような顔だった。
「私が昔に集めたメダルも差し上げましょう。今の貴方たちには必要ですよね。もちろん、この国……いえ、この世界で活動するための資金の援助も致しましょう」
悔しいがメダルや活動のための資金が必要なのはその通りだ。
メダルを集めてランクアップすれば戦闘能力は上がり、その分だけ生存能力も上がる。
そして、この世界に冒険者ギルドのような組織がないのであれば、活動資金を稼ぐための方法がない。
それが解消できるのは大きい。
流石、俺たちと同じ境遇なだけあって、今の俺たちが必要としているものを全て理解している。
それらを飴として用意するので、こちらにも対価を差し出せと問うている。
「もう一つ条件を追加しても良いでしょうか?」
「なんでしょうか?」
「私たちの仲間が、あの遺跡の中にまだ囚われているはずです。どこかに転移させられた仲間もいるようです。その方々……今回召喚された日本人の捜索、救出に協力ください」
これは譲れない条件だ。
未だ行方が分からない仲間たちの調査は俺たちだけでは不可能だ。
この国の協力が必要不可欠になる。
「それには相当な数の人間と予算がかかります。故に、あなたたちへの報酬を削る必要も出てきます。それでもなお頼みたいと?」
「お願いします。私たちの能力だけでは救える命も救えません」
考えるまでもない。
金なんてどうでもいい。仲間の命の方が大事に決まっている。
「よろしくお願いします」
「力を貸してください」
俺に続いてモリ君とエリちゃんが頭を下げた。
「私たちの国は世界を牛耳っている大国家ではないので、他国に干渉はできません。ですが、領土内ならば情報収集と救援隊を出すことはできます」
「ありがとうございます」
「私にとっても後輩が不憫な目にあっているのを看過はできませんから。ただし、調査のための情報は提供してもらいます」
決まりだ。
俺はこの依頼を受ける。
「モリ君とエリちゃんもそれでいいな」
「……はい」
モリ君は若干不服そうだった。
さきほど見せられた写真の件で、州知事に若干不信感があるようだ。
「助けてくれるなら私は良いと思う……思うけど」
エリちゃんは俺の顔を見た。
どうやら、この作戦で危険な目に遭うのは俺だけということに気付いたようだ。
「大丈夫だ。俺一人に全てを託すなんてことはしないと思う」
俺は州知事に顔を向けた。
「もちろんです。貴方一人に全てを任せるリスクが高い計画に全てを賭けるような真似はしません。現在、対巨人用の作戦を立案中です。貴方の能力を確認した上で、その作戦の成功率を何パーセント上げられるのかという話です」
「パーセントですか」
「そうです。たとえ1パーセントだとしても、勝率を少しでも積み上げる方が確実に良い。我々政府に求められているのは『頑張った』という指標ではありません。結果です」
俺はその後、知事に一通りの能力についての説明を行った。
その後にモリ君とエリちゃんが、覚えている仲間たちの情報を可能な限り詳しくメモに書いて解散となった。
その情報は軍の司令部に渡されて、対巨人作戦の計画が修正されるとのことだった。
俺はその修正された作戦を受け取って動くことになる。




