Chapter 17 「転移」
「一応ボスは倒しはしたが……」
ハセベさんがSFロボの頭部に刀を突き刺しながら言った。
もう動くことはないだろうが、念のためだろう。
「問題はその扉だな」
ウィリーさんがホールの隅にある扉を指した。
最初の部屋にあったものと形状はそっくりな重厚な金属の扉。
やはり取っ手などの手をかけるところはなく、どうやって開けるのかは不明のままだ。
モリ君とエリちゃんにとっては3日間、最初の部屋に閉じ込められる原因となった忌まわしい扉だ。忘れられるはずもないだろう。
「また3人揃わないと開かない扉なのか?」
「3人揃うと開いてしまうかもしれないので、まずは私たち2人だけで行ってみる。みんなはここで待機していてくれ」
ハセベさんとウィリーさん、大人の男性2人組が扉に近付いていく。
2人は扉を押したり触ったりしながら、何やら話し込んでいた。
少し経って、2人は戻ってきた。
「結論から言うと、あの扉は壊れている。歪んだ扉の隙間から外の光景が見えるくらいだ」
壊れているという言葉を信じて全員で扉の前に立つ。
ハセベさんが言う通り、扉はかなり歪んでおり、中央部分には微妙に隙間が開いていた。
1人ずつならば外へ出られそうだ。
扉の隙間からは外の光景が見えるが、シダなどが多く生えた原生林のようだった。
そして、扉が歪んでいるからだろうか。
最初の部屋と違い、3人どころか6人で立っているというのに、扉は自動的に開く気配はない。
3人限定ならばどうだろうかと試しにと俺、ハセベさん、ウィリーさんで立ってみるが、やはり自動的に開くようなことはない。
扉の歪んだ部分を見ると、どうやら外からの衝撃で内側に歪んでいるようだ。
中からならば分かるが、外からというのはどういうことだろうか?
「ここまで変形すると、扉というよりただの蓋だな」
「そうなると力任せに開けることになるか」
俺、ハセベさん、ウィリーさんの3人で一斉にエリちゃんの顔を見た。
「えっ? なんで私?」
「いや、この中で力自慢と言ったらなぁ」
「私ってそういうキャラじゃないですけど」
エリちゃんが不満げな態度でパーカーのポケットに両手を突っ込んだままの扉の前にやってきた。
そして、まるでその鬱憤をぶつけるかのように無造作な蹴りを金属製の扉に入れる。
大きな音が鳴り響いて扉に大きな凹みが出来た。
見事なまでのヤンキーキックだ。
「これって最初の部屋の扉より脆いんじゃ?」
「ああ……俺たちがあんなに苦労したのに」
エリちゃんとモリ君の声には実感がこもっていた。
3日間、散々これと同じ扉を破壊しようと死力を尽くしたのだ。
それがあっさりと破損する状況に納得できないようだ。
「今はこうやって外からの衝撃で壊されかけているからだろう。普通の攻撃だと傷もつかないと思う」
「もしかして、部屋の外に出た人たちが、全力で外から扉を壊しにかかったら壊せた……そういうことですか?」
「……多分、最初の50人全員が力を合わせたら扉は内側からでも壊せる仕組みだったかもしれない」
運営が考えていそうなことではある。
最初から全員が力を合わせたら、扉や壁を破壊して脱出は可能だったかもしれない。
ハセベさんやウィリーさん、ガーネットちゃん。
それに襲撃者たちのスキルを見た限りだと、その推測はおそらく正しい。
だけど、全員がパニックになっていてそれを思いつくことはできなかった。
できなくて当然なのだ。
ここでそれを責めても仕方ない。
「納得はできないけど、壊すね」
エリちゃんが何度か蹴りを繰り返すとその度に凹みは大きくなっていき、ついに扉だった金属の塊は外側へ向かって倒れていった。
さすがランクアップしたエリちゃんの攻撃力はすごい。
ほんとうにすごい。
語彙が消失するほどにすごい。
扉の外は、先ほど隙間から見たのと同じ、鬱蒼と茂った原生林が広がっていた。
日本の森と違い、ブナやヒノキのような見慣れた木は見当たらない。
その代わりに、巨大な幹を持ったシダ系の植物が立ち並んでいる。
耳を澄ますと風が木を吹き抜ける音に混じって、今まで聞いたことのない奇妙な鳴き声が聞こえてくる。
おそらく森の奥には何か未知の動物が棲息しているのだろう。
山頂から裾野を見下ろした時に森が広がっていたのを思い出した。
眼前の光景とも一致するので、この扉の先は遺跡を抜けた先の麓であるという認識に間違いはなさそうである。
「さて……これからどうする?」
「外からの衝撃というのが気になります。何者かが、この扉を破壊して中に入ろうとしたということでしょうか?」
しゃがみ込んで、床に近い位置から地面を見る。
扉のすぐ先の地面には、巨大な四足獣が付けたような足跡が残っていた。
爪痕は4本。
尾を引きずった跡は見当たらない。
足の大きさや、歩幅から象のような動物だと考えられる。
タイヤ痕などは見られないが、人の足跡のようなものは複数あるように見える。
俺の見解をハセベさんに伝えた。
「象が扉へ体当たりを仕掛けたと解釈するのが良いでしょうか」
「野生の象が体当たりをするかね?」
「靴跡らしきものもあります。何者かが調教した象を扉に突進させたのかもしれません」
「重機や他の車両ではなく象を?」
「文明レベルが低くて車がない。もしくは、この遺跡の周りにある原生林が邪魔で車両が走行できないのでは?」
モリ君とウィリーさんにも手招きして近くで見てもらうことにする。
何人かで意見を出し合えば、何か思いつくことがあるかもしれない。
「とりあえず、何が突撃したのかは今は置いとこうぜ。問題は、外にいた連中が、なぜ中に入りたかったかだ」
ウィリーさんの話に俺たちは頷いた。
動物の正体など別になんでもいいのだ。
問題は、外にいる存在が何者かということだ。
「味方の可能性もある。オレたちが巻き込まれた超越者に対抗する勢力が、ゲームを台無しにするために踏み込んできた」
「超越者の敵としても、俺たちの味方ってことはないかもしれません」
ウィリーさん、モリ君の意見もどちらも尤もだ。
「少なくとも超越者Bではないと思う。超常的な能力を持っている存在が、象を操って突撃という原始的なことをするとは思えない」
「ただ、ここはボスが守るゴールの部屋だった。そこへ攻め入ってきている存在が超越者Aの仲間とは思えない。それは確かだ」
ハセベさんが振り返ってロボの残骸を見た。
もしも外にいる勢力がこの扉を破ることに成功していれば、このボスとの戦闘が始まっていたはずだ。
ただ、事実は、この扉を結局破ることはできず、歪めただけで諦めて帰っている。
エリちゃんのヤンキーキックで壊れる扉を破れない勢力が、超越者と真正面から戦って勝てるとは思えない。
「まずは私とウィリーさんの2人で外の様子を見てみよう。ここからだと分からないことも多い」
「よし来た!」
そう言うと2人の大人の男。
ハセベさんとウィリーさんの2人が立ち上がった。
「くれぐれも気を付けてください。何か仕掛けがあるかもしれません」
「なので、3人揃って出ることは避けよう。私たち2人が外にいる間は、誰も扉に近付かないように」
「ウィリーさん、気を付けてくださいね」
ガーネットちゃんがウィリーさんを心配そうに見守る。
ウィリーさんは背を向けたまま、片手をあげて、ハセベさんと一緒に外へ出て行った。
2人が同時に扉が破壊されてできた穴を抜けても、特に何も起こらなかった。
キョロキョロと周辺を見回した後に、エリちゃんが蹴り倒した扉だった金属板や、周囲の地面を調べている。
ウィリーさんが突然しゃがみ込んで、地面から何かを拾い上げた。
指で摘まんで、そのまま中へ持って戻ってきた。
「何か分かりました?」
「薬莢だ」
ウィリーさんが手のひらの上に薄い金属製の輪のようなものを乗せて戻ってきた。
「古いタイプのライフル銃のものだな。口径も小さい。他にもいくつか落ちていた」
「誰かが何かと交戦していたということでしょうか?」
「ワイバーンじゃないですか? 空を飛んで遺跡の周りをウロウロしている生き物ならば」
モリ君の意見を聞いて膝を打った。
それで間違いないだろう。
「そろそろ結論を決めよう。これからどうするべきかを」
◆ ◆ ◆
「外にいる何者かには接触すべきだろう。意見があったら教えて欲しい」
「俺も賛成です。遺跡の中で手に入る情報には限度があります。もちろん、外にいる勢力とは慎重に対応すべきですが」
「この遺跡の中に残っている人たちはどうするの?」
エリちゃんは、この中にいるであろう子供たちのことを気にしているのだろう。
「俺たちだけだと、この広い遺跡を探し回るのは人手が足りない。誰か手助けしてもらえる仲間が必要だ」
「それに、あの襲撃者ですね」
モリ君はやはりエリちゃんを傷付けた襲撃者のことが気になるようだ。
「その対策もある。こちらの味方の数を増やせば、連中は所詮は少人数だ。もう襲ってくることはないだろう」
「そのためには、外に出る必要があるわけだが……」
「3人揃って出ても良いものかって話ですよね」
最初の部屋は3人揃わないと出られなかった。
同様の仕組みがこの扉に設定されているとすると、3人で一緒に出た時に何かが起こるかもしれないということだ。
「考えられるのは転移機能」
「転移?」
ハセベさんが突然よくわからないことを言い出した。
「この遺跡を歩いていて他のチームに出会わなかったことから、その理由を考えていた。もしかしたら、機械的に通路を動かす仕組みではなく、扉を抜けた相手をどこかへテレポートさせるような仕組みがあるのではないのかと」
「そんなまさか……」
「私たちは扉を出て少し歩いただけでいきなりムカデの巣で、ウィリーさんは地下洞窟だ。ただ少し壁がスライドしたところで、そこまで違う場所へ移動させられるかどうか怪しい」
ハセベさんの意見も荒唐無稽とは言い切れない。
何しろ、俺たちは日本からほぼノータイムでこのよく分からない世界に連れてこられたのだ。
転移能力なんて存在しないなど決して言えない。
「ということは、この扉にも似たような機能があると?」
「この遺跡内で誰にも出会わなかった理由としてはそれが妥当だろう。それぞれのチームがそれぞれの場所で扉を見つけて、ここからまた別の場所へ飛ばされた」
理屈は通っている。
ならばどこに飛ばされたかだ。
子供たちや第4チームの面々も無事ならば良いのだが。
「でも、このゴールの扉が転移装置だとすると、やっぱり3人揃ってないと条件は満たせないんですよね」
「なので、3人未満でゴールに辿り着いた場合は欠員補充が必要になるはずだ」
もしその仮説が正しいのならば最後まで嫌らしい仕組みだ。
俺たちに日本人同士で殺し合いをさせる仕掛けを作っておいて、最後の脱出には最低3人のチームを組んでいる必要があるということだ。
仮に殺し合いのデスゲームを律儀に行い、最後の1人になった時に開かない扉の前で絶望する参加者が現れたらどうするのだろう?
いや、どうもしない可能性が高いのか。
超越者の悪辣さは今までも何度も感じている。
そのまま勝者が開かない扉の前で無念のまま朽ちていく姿をコンテンツとして楽しみたいだけなのだろう。
「この扉は壊れてるぜ」
「そこだ。扉が破損した時点で能力も機能していない可能性は高い」
「でも、もしも機能していたら」
誰にも何も言えない。
確かめるには情報が足りないからだ。
テストで3人抜けてというのは論外だ。
転移してどこか分からない場所に飛ばされた時には既に手遅れだ。
「そこでラヴィ君、クッキーを出してくれないか?」
「クッキーを? ですか?」
何のことか分からずにクッキーを1枚取り出してハセベさんへ渡した。
「これは非常食だ。1枚で1食分にはなる。ラヴィ君にはこれを1人3枚ずつ用意してもらいたい」
「つまりどこに飛ばされるにしても、食料さえあれば生存確率を少しでも上げられる。そういうことですか?」
「ああ。最悪の事態だけは避けよう」
転移を回避出来る方法があるならばそれが一番ではある。
それはそれとして、非常食を持っていても無駄にはならない。
俺は早速クッキーの量産を開始する。
目安は15枚。
俺自身はいつでも好きなタイミングでクッキーを取り出せるので、ストックを用意する必要はない。
俺以外が3枚のクッキーを持った時点で行動開始だ。
「次の検証だ。私とウィリーさんの2人で出た時は何も起こらなかった。なので、また別の2人の組み合わせで外に出てもらいたい」
「なら私とモリ君で出てみる?」
エリちゃんが提案した。
「3人で出なければ大丈夫だろう。頼めるか?」
「いや、同じ人間が2回出たらの検証も同時に進めたい。今度はオレとガーニーの2人で出てみよう」
「そうですねウィリーさん」
ガーネットちゃんがウィリーさんの腕を取って抱くように付き添いながら言った。
妙にガーネットちゃんが密着しているのが気になる。
「ウィリーさん、ガーネットちゃんは中学生なんですからたぶらかしちゃダメですよ」
「分かってるよ。こっちは良い大人なんだ。中学生に手を出さないくらいの良識はある。子供は護るものだ」
怪しいなと思いつつも、一応念は押しておく。
「じゃあ出たらすぐに戻ってきてくださいよ」
「ああ、分かってるって。行くぞガーニー」
「はい、ウィリーさん」
2人はそう言うと扉の外に出る。
その瞬間、扉があった場所から眩い閃光が放たれた。
眩しい光から目を護るために帽子のつばを掴んで目深に被る。熱や衝撃は感じない。音も鳴っていないが何が起こっているか?
光は10秒ほど経った後に消えた。
「何の光なの、今のは?」
扉があった場所に出来た穴から外を覗くが、ウィリーさんとガーネットちゃんの姿がどこにもない。
「そんなっ! 敵なんてどこにもいないのに!」
扉が破壊されて出来た穴にモリ君が近付こうとしたので、すかさず鳥を呼び出した。
そのうちの1羽をモリ君の足元に叩きつけるように落とした。
「扉に近寄るな!」
俺は怒鳴るようにモリ君に叫んだ。
突然の俺の大声に驚いたのかモリ君とエリちゃんの2人がたじろいだ。
「……2人とも扉から離れるんだ。俺も離れる。3人で扉に近づくのはまずい」
今度はなるべく平静を装って諭すように言う。
2人は後ずさりしながら扉があった場所に出来た穴から遠ざかっていった。
俺も穴の先を見据えながら後ずさりして距離を取る。
「たった今話していた通りの機能があったみたいだ。転移機能だ」
「2人しか出ていっていないのに転送された?」
「どういうことなんだろう」
「どう思います、ハセベさん?」
俺は横にいたハセベさんに声をかけた……だが、肝心のハセベさんの姿がどこにも見当たらない。
「モリ君、ハセベさんは?」
「いや、そこに立っていましたよ。もちろんウィリーさんたちと一緒に外へは出てはいません」
「私も見てました。出ていったのはウィリーさんだけで」
「そうだよな。だったら何故……」
そう言いかけて理由はすぐに分かった。
最初にハセベさんとウィリーさんが扉から出た。
続いてウィリーさんとガーネットちゃんが外に出た。
ハセベさんとウィリーさんが中に戻ってきたという事実を無視するならば、ハセベさん、ウィリーさん、ガーネットちゃんの3人が揃って外へ出たのと同義ということか。
ボス? を倒したことで油断があったのは認めよう。
2人だけで通過しても何も起こらなかったことが油断を生んだのは間違いない。
だが、俺たちをここに喚び付けた連中の底意地の悪さは分かっていたはずだ。
調査をするにしても、もう少し慎重にあたるべきだった。
「だって、ハセベさんは中にいたよね」
「扉に仕込まれた転移システムは中へ戻ってきたというのを認識できなかったんだろう」
「ということは、ハセベさんはまだ外にいると扉は認識していた」
「おそらくは。単に1、2、3と3人が扉を抜けたので転移能力を自動的に発動させた」
この推測が正しければ、今のところ俺とモリ君とエリちゃんは外へ出ていないのでルール適用外ではある。
危ないところだった。
もしも、モリ君とエリちゃんが同時に外へ出たら2人のうちどちらかが何処かへ転送されていただろう。
「迂闊だった。3人が同時に外へ出なければ大丈夫だと安心仕切っていた。十分考えられる話だったのに」
「仕方ないですよ。この場にいた誰もそれに気付きませんでしたし」
モリ君は励ましてくれるが、後悔は尽きない。
「3人はどうなったんでしょう?」
「俺たちがやらされているのが何かのゲームであり、ショーの要素も備えているのであれば、少なくともこんな単純な仕掛けで即死させるようなトラップがあるとは思えない」
「誰も死んではいないと思い込みたいだけ」と言われたらそれを否定できない。
だが、遺跡に人が居なさすぎる問題の答えとしては、この解釈しか思い浮かばない。
この遺跡は第1のゲーム会場。
ハセベさんたちはそれをクリアして、第2のゲーム会場へ飛ばされた。
「転移だとしても、どこに飛ばされたのか分からない……ですよね」
「そもそも原理も分からないからな」
「俺たち3人であそこに飛び込んだら、ハセベさんと同じところに飛ぶ……という可能性は?」
「ハセベさんと同じところに飛ぶ可能性も、更に危険な場所に投げ込まれる可能性も……どちらもありうる。そんだけだ」
考えても結論など出るわけがない。
情報が圧倒的に足りないし、試しに飛び込んでみるということが出来ない以上は、仮定に仮定を重ねるだけで不毛なだけだ。
3人とも無事でいてくれれば良いが……
どこかに飛ばされた3人もそうだが、残された俺たちも問題を抱えていた。
もう出口は見えている。
目の鼻の先なのに、ここからは出られない……どうすれば良いのだろう。




