Chapter 17 「転移」
「一応ボスは倒しはしたが……」
ハセベさんが念のためなのか、SFロボの頭部に刀を突き刺しながら言った。
「ここからどうすれば良いものやら」
ボスが居るこのホールを見回してみたが、誰かがここを訪れた形跡はないようだった。
もし誰かがここにたどり着いてボスと戦って負傷していたら血痕くらいは残っていると思ったのだが、それもなし。
つまりは俺達が一番乗りである。
他の30人はどこに消えてしまったというのか?
未だにどこか迷宮の奥をさまよっているのか?
それともこことは異なる出口が他にあるのだろうか?
「まずはあの扉を開けて進んでみようと思っている」
ウィリーさんがホールの隅にある小さな扉を指した。
戦闘中はロボの方ばかり見ていて気にはしなかったが、ウィリーさんの言うとおり金属の扉があるようだ。
「戦闘中もずっと気になっていたが、あのロボットの攻撃が激しくて近寄れなかった。まずはこいつを調べてみないか?」
「あんなところに扉が」
ウィリーさんが見つけた扉の前に全員で集まった。
「この扉の形だが、見覚えがないか?」
ハセベさんが扉を指差しながら言った。
これといった装飾などは一切なく、突起物は取っ手だけの金属製の大きな両開きの扉。
あの最初の部屋に取り付けられていた物と酷似している。
「最初の部屋の扉に似ていますね」
モリ君とエリちゃんにとっては3日間、最初の部屋に閉じ込められる原因となった忌まわしい扉だ。忘れられるはずもないだろう。
その当事者であるモリ君が似ているというのだから、説得力はある。
「また3人揃わないと開かない扉なのか?」
「3人揃うと開いてしまうかもしれないので、まずは私達2人で行ってみる。みんなはここで待機していてくれ」
ハセベさんとウィリーさん、大人の男性2人組が扉に近付いていく。
2人は扉の前で取っ手を持って押したり引いたりした後に何やら話し込んでいた。
やはり最初の扉と同じだったのだろうか?
そう考えていると、2人は戻ってきた。
「結論から言うと、あの扉は壊れている。歪んだ扉の隙間から外の光景が見えるくらいだ」
壊れているという言葉を信じて全員で扉の前に立つ。
ハセベさんが言う通り、扉はかなり歪んでおり、微妙に隙間が開いており、外の様子が見える。
頑張れば一人ずつならば出られそうだ。
扉の隙間から見える外――シダが多く生えた森のような景色が僅かに見えた。
そして、扉が歪んでいるからだろうか。
最初の部屋と違い、全員で扉の前に立っているにも拘らず、扉は自動的に開く気配はない。
3人限定ならばどうだろうかと試しにと俺、ハセベさん、ウィリーさんの3人で扉の前に立ってみるが、やはり自動的に開くようなことはない。
「外から何か強い力を受けて歪んでいるようだな。ここまで変形すると扉というよりただの蓋だ」
「そうなると力任せに開けることになるか」
俺、ハセベさん、ウィリーの3人でエリちゃんの顔を見た。
「えっ? なんで私?」
「いや、この中で力自慢と言ったらなぁ」
「私ってそういうキャラじゃないですけど」
エリちゃんが不満気な態度でパーカーのポケットに両手を突っ込んだままの扉の前にやってきた。
そして、まるでその鬱憤をぶつけるかのように無造作な蹴りを金属製の扉に入れると、大きな音が鳴り響いて扉に大きな凹みが出来た。
見事なまでのヤンキーキックだ。
数度蹴りを繰り返すとその度に凹みは大きくなっていき、ついに扉だった金属の塊は外側へ向かって倒れていった。
さすがランクアップしたエリちゃんの攻撃力はすごい。
ほんとうにすごい。
語彙が消失するほどにすごい。
扉の外は鬱蒼と茂った森になっていた。
日本の森と違い、ブナやヒノキのような見慣れた木は見当たらず、代わりに巨大な幹を持ったシダ系の植物が立ち並んでいる。
耳を澄ますと風が木を吹き抜ける音に混じって、今まで聞いたことのない奇妙な鳴き声が聞こえてくる。
おそらく森の奥には何か未知の動物が棲息しているのだろう。
山頂の山小屋付近から裾野を見下ろした時に森が広がっていたのを思い出した。
眼前の光景とも一致するので、この扉の先は遺跡を抜けた先の麓であるという認識に間違いはなさそうである。
「これからどうします?」
「もしかしたら何か変な仕掛けがあるかもしれない。まずは私とウィリーさんの2人で外の様子を見てみよう」
「よし来た!」
そう言うと2人の大人の男、ハセベさんとウィリーの2人は扉が破壊されて出来た穴から外へと飛び出していく。
すっかり意気投合したようだ。
2人が穴を抜けても特に何も起こらなかった。
キョロキョロと周辺を見回した後に、エリちゃんが蹴り倒した扉だった金属板や、周囲の地面を調べている。
「大きな足跡があるな。相当大きな4つ足の動物が歩き回った形跡だ。このサイズだと象かカバか?」
「いや、尻尾を引きずった跡もある。象やカバは尻尾が短いからこのような跡は残らないはずだ」
「何にせよ、足跡から推測するに、4tトラックほどの巨大な生き物が何度もこの扉に体当たりをしたのは間違いないだろう。その衝撃で扉は半壊した」
象でもってカバでもない巨大生物と聞いて最初に思い浮かんだのはワイバーンだが、あれは前脚が翼のようになっていたので二足だ。四つ足ではない。
何かが引っかかる。
この遺跡のどこかでそんな巨大生物を見た記憶がある。
記憶を辿っているうちに気付いた。
泉の広場に有った女神像の台座に彫られていたレリーフの生物。
あれは確か恐竜のトリケラトプスだったはずだ。
そもそもワイバーンや巨大昆虫や低予算SFロボなどがいる世界だ。
ここに恐竜が加わったところで特に大きな問題はないだろう。
2人は周囲を警戒しながら中に戻ってきた。
「さて、どう思う?」
「3人揃って出ても良いものかって話ですよね」
最初の部屋は3人揃わないと出られなかった。
同様の仕組みがこの扉に設定されているとすると、3人で一緒に出た時に何かが起こるかもしれないということだ。
「考えられるのは転移機能」
「転移?」
ハセベさんが突然よくわからないことを言い出した。
「この遺跡を歩いていて誰にも出会わなかったことから、その理由を考えていた。もしかしたら、扉を抜けた相手をどこかへテレポートさせるような仕組みがあるのではないのかと」
「そんなまさか……」
「私達は扉を出て少し歩いただけでいきなりムカデの巣だ。壁がスライドする物理的な仕掛けの可能性もあるが、扉を抜けた途端に違う場所へ送り込まれるというのも考えられる」
ハセベさんの意見も荒唐無稽とは言い切れない。
俺達が最初の部屋を出たときには分岐路は左右に伸びているだけだった。
ところがウィリーさんのときは五方向に伸びていたという。
俺達は普通に扉を開けて部屋から出ただけのつもりだが、全く違う場所へ転移されていたという可能性は否定できない。
何しろ、俺達は日本からほぼノータイムでこのよく分からない世界に連れてこられたのだ。
転移能力なんて存在しないなど決して言えない。
「ということは、同じような扉がここ以外にあると?」
「この遺跡内で誰にも出会わなかった理由としてはそれが妥当だろう。それぞれのチームがそれぞれの場所で扉を見つけて、ここからまた別の場所へ飛ばされた」
理屈は通っている。
ならばどこに飛ばされたかだ。
モリ君とエリちゃんが言っていた子供達も無事なら良いのだが。
「でも、扉が転移装置だとすると、やっぱり3人揃ってないと条件は満たせないんですよね」
「なので、3人未満でゴールに辿り着いた場合は欠員補充が必要になるはずだ」
もしその仮説が正しいのならば最後まで嫌らしい仕組みだ。
俺達に日本人同士で殺し合いをさせる仕掛けを作っておいて、最後の脱出には最低3人のチームを組んでいる必要があると。
仮に殺し合いのデスゲームを律儀に行い、最後の1人になった時に開かない扉の前で絶望する参加者が現れたらどうするのだろう?
いや、どうもしない可能性が高いのか。
超越者の悪辣さは今までも何度も感じている。
そのまま勝者が開かない扉の前で無念のまま朽ちていく姿をコンテンツとして楽しみたいだけなのだろう。
「この扉は壊れてるぜ」
「そこだ。扉が破損した時点で能力も機能していない可能性は高い」
「でも、もしも機能していたら」
誰にも何も言えない。
確かめるには情報が足りないからだ。
テストで3人抜けてというのは論外だ。分かった時には手遅れだ。
「そこでラヴィ君、クッキーを出してくれないか?」
「クッキーを? ですか?」
何のことか分からずにクッキーを取り出してハセベさんへ渡した。
「これは非常食だ。1枚で1食分にはなる。ラヴィ君にはこれを1人2枚ずつ用意してもらいたい」
「つまりどこに飛ばされるにしても、食料さえあれば生存確率を少しでも上げられる。そういうことですか?」
「ああ」
転移を回避出来る方法があるならばそれが一番だが、それはそれとして食料は持っていいても無駄にはならない。
俺は早速クッキーの量産を開始する。
目安は10枚。
俺自身はいつでも好きなタイミングでクッキーを取り出せるので用意する必要はない。
俺以外が2枚のクッキーを持った時点で行動開始だ。
「次の検証だ。私とウィリーさんの2人で出た時は何も起こらなかった。なので、また2人で外に出てもらいたい」
「なら私とモリ君で出てみる?」
エリちゃんが提案した。
「いや、同じ人間が2回出たらの検証も出来ることを考えると、オレとガーニーの2人で出てみよう」
「そうですねウィリーさん」
ガーネットちゃんがウィリーさんの腕を取って抱くように付き添いながら言った。
妙にガーネットちゃんが密着しているのが気になる。
「ウィリーさん、ガーネットちゃんは中学生なんですからたぶらかしちゃダメですよ」
「分かってるよ。こっちは良い大人なんだ。中学生に手を出さないくらいの良識はある。子供は護るものだ」
怪しいなと思いつつも、一応念は押しておく。
「じゃあ出たらすぐに戻ってきてくださいよ」
「ああ、分かってるって。行くぞガーニー」
「はい、ウィリーさん」
2人はそう言うと扉の外に出る。
その瞬間、扉があった場所から眩い閃光が放たれた。
眩しい光から目を護るために帽子のつばを掴んで目深に被る。熱や衝撃は感じない。音も鳴っていないが何が起こっているか?
光は10秒ほど経った後に消えた。
「何の光なの、今のは?」
扉があった場所に出来た穴から外を覗くが、ウィリーさんとガーネットちゃんの姿が見受けられない。
「何があったんですか?」
扉が破壊されて出来た穴にモリ君が近づこうとしたので、すかさず鳥を呼び出し、そのうちの一羽をモリ君の足元に叩きつけるように落とした。
「扉に近寄るな!」
俺は怒鳴るようにモリ君に叫んだ。
突然の俺の大声に驚いたのかモリ君とエリちゃんの2人がたじろいだ。
「……2人とも扉から離れるんだ。俺も離れる。3人で扉に近づくのはまずい」
今度はなるべく平静を装って諭すように言うと、2人は後ずさりしながら扉があった場所に出来た穴から遠ざかっていった。
俺も穴の先を見据えながら後ずさりして距離を取る。
「2人しか出ていっていないのに転送された?」
「どういうことなんだろう」
「どう思います、ハセベさん?」
俺は横にいたハセベさんに声をかけた……だが、肝心のハセベさんの姿がどこにも見当たらない。
「モリ君、ハセベさんは?」
「いや、そこに座っていましたよ。もちろんウィリーさん達と一緒に外へは出てはいません」
「私も見てました。出ていったのはウィリーさんだけで」
「そうだよな。だったら何故……」
そう言いかけて理由はすぐに分かった。
最初にハセベさんとウィリーさんが扉から出た。
続いてウィリーさんとガーネットちゃんが外に出た。
ハセベさんとウィリーさんが中に戻ってきたという事実を無視するならば、ハセベさん、ウィリーさん、ガーネットちゃんの3人が揃って外へ出たのと同意義ということか。
ボス? を倒したことで油断があったのは認めよう。
2人だけで通過しても何も起こらなかったことが油断を生んだのは間違いない。
だが、俺達をここに喚び付けた連中の底意地の悪さは分かっていたはずだ。
調査をするにしても、もう少し慎重にあたるべきだった。
「だって、ハセベさんは中にいたよね」
「扉に仕込まれた転移システムは中へ戻ってきたというのを認識できなかったんだろう。単に1、2、3と3人が扉を抜けたので転移能力を自動的に発動させただけ」
この推測が正しければ、今のところ俺とモリ君とエリちゃんは外へ出ていないのでルール適応外ではある。
危ないところだった。
もしも、モリ君とエリちゃんが同時に外へ出たら2人のうちどちらかが何処かへ転送されていただろう。
「3人はどうなったんでしょう?」
「転移したことには間違いないと思う。俺達がやらされているのが何かのゲームであり、ショーの要素も備えているのであれば、少なくともこんな単純な仕掛けで即死させるようなトラップという盛り上がる要素皆無の仕掛けがあるとは思えない」
「誰も死んではいないと思い込みたいだけ」と言われたらそれを否定できないが、遺跡に人が居なさすぎる問題の答えとしては、この解釈しか思い浮かばない。
「転移だとしても、どこに飛ばされたのか分からない……ですよね」
「そもそも原理も分からないからな」
「俺達3人であそこに飛び込んだら、ハセベさんと同じところに飛ぶ……という可能性は?」
「ハセベさんと同じところに飛ぶ可能性も、更に危険な場所に投げ込まれる可能性も……どちらもありうる。そんだけだ」
考えても結論など出るわけがない。
情報が圧倒的に足りないし、試しに飛び込んでみるということが出来ない以上は、仮定に仮定を重ねるだけで不毛なだけだ。
3人とも無事でいてくれれば良いが……
どこかに飛ばされた3人もそうだが、残された俺達も問題を抱えていた。
もう出口は見えて眼と鼻の先なのに、ここからは出られない……どうすれば良いのだろう。




