Chapter 15 「カウボーイ」
「待って、誰か近寄ってくる足音が聴こえる」
通路を進む途中、聴覚に優れたエリちゃんが突然に俺達へ警告を発してきた。
頭を若干傾けて聞き耳を立てている。
「誰だ? 眼鏡マン達か? それともそれ以外の誰かか?」
「分からない。足音だけで話し声なんかは聴こえないから。1人は革のブーツ、1人は靴かな?」
俺の耳には何も聞こえない。
ただ、モリ君とハセベさんも立ち止まって耳を澄ましている。
2人ともエリちゃんほどではないが、何かしらの音は聞こえているようだ。
こういう五感の鋭さは戦士職と魔法使い職との違いか。
「敵と味方の可能性は半々で考えようか?」
俺はクッキーを虚空から取り出しながら答えた。
「モリ君、例の水差しの水はどれくらい残っている?」
「俺達4人が一口ずつくらいは」
俺が尋ねるとモリ君は例の倉庫で見つけた水差しを持ち上げた。
「たぷん」という音がしたので、それなりの量はありそうだ。
「OK。なら、その水と俺のクッキーを交渉材料にしよう。友好的な相手ならば、向こうも困っているだろうし、そのまま対価なしで全部差し出していい」
「敵対的なら?」
「敵対的だとしても、流石に情報がなくて数も多い謎の集団に対して問答無用で仕掛けてくることはないと思う。なので、交渉して味方に引き込む。戦力としても情報源としても仲間は多い方がいい」
「俺は賛成です。ハセベさんはどうですか?」
刀の鞘を左手で掴んだハセベさんは険しい目つきで通路の奥の方を凝視している。
未知の相手が攻撃を仕掛けてきたとしてもいつでも応戦できる……そんな雰囲気だ。
「君達はあの襲撃者の件があってもなお、相手が友好的であると信じられるのか?」
「相手もおそらくは同じ日本人同士です。いきなり攻撃を仕掛けてこなければ、なるべく平和裏には収めたいです」
俺がそう言うとハセベさんは一度目をつむり、その後に大きく深呼吸をした。
「確かに私も少し気が立っていた。まずは交渉という方針に異論はない」
ハセベさんは鞘を掴んだままではあるが、それでもわずかだが険しさがなくなった。
方針は友好的に交渉ということで固まった。
ならば、やることは1つだ。
大声を出すために一度息を大きく吸い込んだ。
「日本人の方ですか? 私達も同じ境遇です! 水と食料ならわずかですが持っています。出来れば協力してくださーい!」
通路の先に向かってなるべく大声で叫ぶように言った。
「クッキーもありまーす! 少しパサパサしてるけどー!」
「俺は実は甘いの苦手でーす! でもお腹が減ってる時には丁度良いでーす」
モリ君とエリちゃんが俺に続いた。
大きな声で通路の奥に呼びかける。
……いや待って。
俺のクッキーってそんなにパサパサしてる? それに甘すぎるの?
「そっちは何人いる?」
俺達の呼びかけに対して、通路の奥から若い男の声が返ってきた。
どうする?
これは正直に応えるべきか?
「4人でーす! 男子2女子2でーす!」
逡巡している間にエリちゃんが声の主に答えた。
まあ良いか。
俺達は友好的に行くと決めたのだから。
「高校生2人、中学生1人、大人が1人でーす」
「中学生は俺の妹でーす!」
「いや待って、それは流石に嘘だろ。今の話に嘘しかなかったぞ」
流石に無茶苦茶な話すぎるので思わずモリ君とエリちゃんの肩を掴んだ。
「誰が中学生で、しかもなんでモリ君の妹なんだよ」
「いや、今は話をシンプルにしようと」
モリ君から無茶苦茶な言い訳が返ってきた。
「まあ見た目は確かにそうなんだけど、それでも妹は嘘すぎるだろ」
「でも、ラビちゃんは確かに妹っぽいなと」
「そうですよ。たまに頼れますけど、だいたい妹みたいな感覚です」
「なん……だと……!?」
あれだけ散々「俺は23歳だ」と言っているのに、2人には何も通じていなかった。
俺の言葉は通じていなかったのか?
俺は仲間に受け入れてもらえていないのか?
やはりこの世界は歪んでいる。
魔女はどこまでも孤独ということなのか。
「こちらは2人だ。成人の男1に中学生女子1。受け入れてほしい」
返事はすぐに返ってきた。
この言葉は流石に信用して良いだろう。
返事の後に通路の奥から無抵抗だと示したいのか男女2人組が両手を真上へ挙げながら姿を現した。
1人はテンガロンハットにベスト、背中にはライフル銃を背負ったカウボーイ姿の金髪の男。
かなりの長身だ。体格もかなりガッチリしている。
もう1人は魔法使い風の若草色のローブを着た少女。
年齢は高校生……にしては大人びて見える。大学生で成人してすぐくらいだろうか?
「こちらに敵対する意思はない。食事と水を分けてもらえると助かる」
◆ ◆ ◆
カウボーイ姿の[ウィリー SR]と魔法使いの少女[ガーネット R]にクッキーと水を提供すると、勢い良く食べ始めた。
予想通りサバイバル用のスキルがない上に、補給物資が手に入らないルートへ行ってしまったので、体力がかなり限界に近かったのだろう。
「クッキーはスキルでいくらでも出せますので遠慮せず食べてください」
「すまない。こんなに色々貰っても、こちらから対価として差し出せるものは何もないんだが……」
「いえいえ、困った時はお互い様なので」
俺がそう言うとウィリーさんとガーネットさんは頭を下げながらひたすらクッキーを食べ続けた。
腹が満たされて気分も少し落ち着いたのだろう。
ようやく今までの経緯を話してもらえた。
ウィリーさんとガーネットさん、そしてマークという男の三人は、最初の部屋を出てすぐに光が全くない闇の中……地下の洞窟に迷い込んでしまったらしい。
幸いにもウィリーさんが「西部劇のガンマンならこれくらい持っているだろう」という設定のおかげで火打石やオイルランタンなどのサバイバル用品を初期装備として所持していた。
そのため、灯りを確保することで何も分からないまま全滅という事態だけは避けられた。
だが、ずっとまっ暗闇で出口も分からず、食事も水も手に入らないという状況が続き、ついに仲間の1人、マークが巨大蝙蝠の群れに襲われて命を落とすことになった。
ただ、蝙蝠が出てきて助かったこともある。
巨大な蝙蝠が真っ暗な地下に住んでいるような小動物だけを捕食して生き続けることなど出来るはずがない。
きっとどこかで外に出て食料を調達しているはずだ。
蝙蝠が飛んできた方向へ歩き続ければきっと地上へ出られるはず。
そう信じて三日三晩歩き続けて、ようやく日の光が入る人工の建物がある地上部分……ここにたどり着いて俺達と出会ったというわけである。
俺達が最初の部屋を出たときには分岐は二方向しかなかった上に、登り道はずっと一直線だった。
あのスタート地点に分岐を調整するための壁を移動させる仕組みが有ったのだろうか?
俺達があの部屋を出たのはウィリーさん達に遅れること3日だ。
元々は運営が最初の部屋を出た時にルートを分岐させる仕掛けなどを仕込んでいたが、3日経ったのでもう仕掛けなど不要と俺達を迷わせるような仕掛けを停止させたのかもしれない。
無理矢理な解釈ではあるが、歩いているルートが違うから出会わなかったという理由の説明にはなる。
「つまり、あんた達が山頂から見た山を降りた先……森の入口が遺跡の出口である可能性が高いって話か」
「ウィリーさんは地下から上がってきた。ラヴィ君達は山頂から降りてきた。ということは、遺跡の出口は地上というのは十分考えられる」
「なるほど、理屈は通ってる」
ウィリーさんがハセベさんに手を差し伸べた。
握手をしようということだろう。
「私はハセベだ。よろしく頼む」
「あんたがそちらのチームのリーダーか?」
「いや、私は違う。リーダーはそちらの――」
「なるほど、こちらか」
ウィリーさんはそう言ってモリ君と握手を交わした。
「君がリーダーか」
「いえ、俺じゃなくてこちらのラビさんです」
「どうも、暫定リーダーです」
モリ君の紹介を受けて俺が手を挙げるとウィリーさんが、あからさまに納得がいかないという顔をした。
「なんで!?」
「23歳ですけど」
「23!? ああ、ガーニーの逆パターンか」
ウィリーさんはそう言って「うんうん」と何度か首を縦に振った。
どうやら納得していただけたようだ。
「しかし大変だな。突然に大人の女性から中学生に変えられるなんて」
「あっ、いえ……元は男なんですけど」
俺がそう答えるとウィリーさんがまた硬直した。
「えっ、男?」
「はい?」
「今もついてる?」
「残念ながら今の体は完全に女子中学生です」
ウィリーさんが頭を抱え始めた。
俺は悪くない。運営が勝手に。
その話を聞いていたガーネットさんが控え目に手を挙げた。
「どうも、15歳です。来年から高校生です」
「本物の中学生が来ちゃったよ」
エリちゃんが不躾に言った。
すみませんね、こちとら偽物の女子中学生で。
俺はガーネットさん……改めガーネットちゃんの姿を見る。
身長は俺やエリちゃんよりもなお低い……150cmくらいだろうか。
だが、顔立ちや体型は完全に大人の女性だ。
外見の年齢だけだと19から21くらい……女子大生くらいに見える。
大人びているので元の俺よりも年上である25歳くらいの可能性も有り得ると考えていたが、実は年下だったのか。
服装は茶色の長髪で髪飾りを付けている。
服装は若草色の魔法使い風のゆったりしたローブ。
作画に優しい装飾なしで黒一色の丈夫なだけの貫頭衣の俺とは異なり、ベルトやポケットが付いていたり、各部に刺繍や飾り布などが縫い込まれるなど装飾なども凝っている。
生地の質や縫製も良く、かなりのお高い服だと一目見れば分かる。
そして、その高そうなローブを更に高級に見せる品の良さ。
先程からクッキーを食べたり水を飲んだりする仕草は躾が行き届いたお嬢様そのものだ。
よほどええところの家で産まれ育ったのだろう。
「芦屋などにお住まいで?」
貧相な俺の頭ではお嬢様=芦屋というイメージしか連想出来なかったが、一応聞いてみることにした。
「家は東京ですけど」
「俺は横浜だから近くかな」
モリ君も会話に入ってきた。
そうかモリ君は関東出身なのか。
「オレも横浜だぜ。川崎に近い方だけど、そっちは?」
何気なく始まった出身地談義にウィリーさんも入ってきた。
「俺は根岸線の方。完全に南北ですね」
「ああ、鎌倉に近いあたりか。南の方は全然行かないからよく知らないな」
「私も今は東京の会社に務めているので、都内のマンション在住だ。出身自体は愛知だがな」
今度はハセベさんも出身地談義に入ってきた。
こうなって見ると関東圏が多いな。
「そう言えば聞いたことなかったけどエリちゃんは?」
「うちは……西の方。えっと、神戸とか」
「なんだ、エリちゃんは近所だったのか。俺は加古川」
「えっと、加古川ってどこだっけ?」
エリちゃんが真顔で聞いてきた。信じられない。
「神戸市民っていつもそうですよね。加古川のことなんだと思ってるんです?」
「えっ、何の話? だから加古川ってどこなの?」
「もしかして明石の横は姫路で六甲山越えたら日本海だと思ってる? これだから神戸市民は」
「だから何の話?」
おのれ神戸市民め。
兵庫には神戸と姫路と北のカニエリアしかないと思ってるだろう。
「しかし、三人娘で見事に大中小だな」
ウィリーさんが俺、エリちゃん、ガーネットちゃんの三人を指して言った。
確かに俺はここにいる女子の中では一番身長が高い。続いてエリちゃん、ガーネットちゃんの順番だ。
この身体にされる前の日本にいた時の年齢もその並びだ。
大中小と称されるのはわかる。
「この並びだと小大中では?」
ハセベさんも会話に入ってきた。
「いやいや、小中大だよ。ゆったりしたデザインの服で分かりにくいだろうが、3日間一緒にいたオレだから分かる。正直、実年齢が中学生と知らなければ手を出していた。そちらは比較対照が小さいので相対的に大きく錯覚しただけじゃないか」
「いや、比較などしなくとも見れば一目瞭然だろう」
「つまり小大大」
「そ・れ・だ」
ハセベさんとウィリーさんの二人が突然握手をして握りこぶしでお互いに肩をポンポンと叩き合い始めた。
会話の意味はさっぱり分からないが、仲良くやっていけそうなのでよろしい。
とりあえず中学生がどうのという「もしもしポリスメン」発言は聞かなかったことにする。
「ここからは俺達6人でゴールを目指すということでよろしいでしょうか?」
念の為に方針を確認する。
「ああ、オレ達も脱出して、こんな意味不明な世界から元の世界へ戻りたいのは同じだ。協力は惜しまないぜ」
「流石に相当降りてきているので、出口は近いと思うんです。協力して進みましょう」
ウィリーさんとガーネットちゃんに提供した分で水のストックも尽きた。
食料だけは俺のクッキー無限生産能力でどうにでもなるが、これ以上は体力的にも限界だろう。
なるべく今日中に脱出したい。
もしゴールが遠いとしても、水の補給地点まではたどり着きたい。
6人になった俺達はゴールを目指して進むのだった。




