Chapter 14 「低予算モンスター」
カツンカツンと金属の靴が石畳を踏み締める。
自動人形達は事前に与えられた命令を実行するために長い眠りから覚めて活動を再開した。
西洋の金属鎧のような装甲の隙間から、金属で作られた人骨のような内部フレームが覗く。
自動人形は人骨が動き出したスケルトンとは違い、ある目的のために製造された完全な人工物の機械人形だ。人間では眼窩に当たる部分に緑色の光が灯り、赤銅色の胴体に反射する。
彼らに与えられた命令とは――
「何かわからんが食らえ!」
俺は群鳥5連打を未知の敵Aに叩き込む。先手必勝だ。
頭がガイコツ、身体は鎧。
ファンタジーというより、クソSF映画に出てきそうな低予算感溢れる謎の敵が3体、通路の先からガシャンガシャンと大きな音を立てながら迫ってきたので、先手必勝と一番先頭にいた相手へと群鳥を雑に叩きつけた。
全方位攻撃や誘導などはなし。
ただ5羽の鳥を直線状に並べて、ただまっすぐに飛行させてぶつけるだけ。
速度だけならこれが一番早いと思います。
5羽の鳥達の体当たりを受けた「それ」は派手に転倒し、後ろにいた他の2体を巻き込んで将棋倒しになった。
さすがにこれでダメージ0ということはないだろう。
「ラビさん、その雑な対応で大丈夫なんですか?」
「どう見ても味方でも友好的でもない相手だ。近寄る前に先制攻撃を仕掛けて相手に何もさせずに勝つ。戦闘の基本だよ」
「うわぁ……」
モリ君と話しているうちに、30秒が経過した。
一番先頭にいた低予算が立ち上がろうとしたので、先ほどと同じく群鳥5連打を追撃で同じようにぶつける。
それでもまだ動けるようなので極光。
なお動けるようなので、トドメとばかりに3度目の正直、群鳥5連打。
先頭にいた低予算は光を放った後に銅色のメダルを落として動かなくなった。
それなりに頑丈ではあるが、それだけである。
空を自由に飛び周り、立体的に襲ってくるワイバーンに比べたらどうということはない敵だった。
まともに戦うと強かった可能性もあるが、わざわざ相手の長所に付き合ってやる必要などないのだ。
「変な時間に放映しているロードショー番組に帰れ。お前にもファンの視聴者がいるだろう」
モリ君は少しの間、口をポカンと開けて唖然とした表情で固まっていたが、残り2体の低予算が起き上がってこちらに向かってくるのを視認すると、口を閉じて真剣な表情に戻る。
「たまには俺だってやりますよ。プロテクション!」
モリ君が作り出した青白い光の壁は槍の穂先へと移動し、三角錐の形で再形成された。
「あれ、プロテクションってそういうものだっけ? 壁? 壁の定義とは?」
モリ君の持つ槍は、光る壁――否、光る『穂先』が付いたことにより、突撃槍、ランスのような形状になっていた。
「モードチェンジ! 槍!」
モリ君が叫ぶと同時に突撃槍の先端が更に強く光り輝く。
おそらくはハセベさんが言っていたスキルの重ね合わせ。
モリ君のスキルは攻撃用のオーラウエポン、防御用の壁を作るプロテクションで噛み合わないと思っていたが、プロテクションの『壁』を武器として使うことで、無理矢理スキルの重ね合わせをさせたのだろう。
プロテクションの『壁』にオーラウエポンを重ねて作られた突撃槍の穂先は、2体目の低予算の胴体を容易に貫いた。
「追撃は私に任せて貰おう」
ハセベさんが刀を納刀したまま疾風の如く、低予算に迫る。
キンと鍔鳴りの音と共に鞘から抜刀した刀が低予算の腹に食い込んだ。
刀はそのまま低予算の外装を切断しながらめり込んでいき、モリ君が開けた穴に到達。
ハセベさんが気合の声と共に完全に刀を振り切ると低予算の身体は一刀両断。真っ二つになった。
眼窩に浮かぶ緑色の光が消え、同時に銅色のメダルを落とす。
残るは1体。
「最後は私がカッコ良く決めるよ!」
エリちゃんがブーツの底から光を放つ。脚力強化のスキルだ。
「まずはこれで一気に近寄っ――とめてえええええ」
エリちゃんは目にも留まらぬ速さで腕を真横に伸ばしたまま、最後に残った低予算へと一気に近づいた。
勢いを殺さぬまま、二の腕を低予算の胸元にぶつけて豪快に吹き飛ばした。プロレス技のラリアートだ。
エリちゃんの基本は空手や拳法のような技で戦うイメージが有ったが、相手が人型だとプロレス技も使うのだなと感心する。
「いや、今のは違くて……あれ?」
エリちゃんが信じられないというような顔で自分の手を見ている。
「いやいや謙遜などせずとも見事な力強いラリアートでした」
ただ、スキルを使用していない何の変哲もないラリアートではさすがに倒しきれなかったのか、低予算は立ち上がり、再びエリちゃんに走って近付いてくる。
「いや本当に違う違う。こんなのをやりたかったんじゃなくて」
エリちゃんは近付いてきた低予算の脛目掛けてカウンター気味に鋭いローキックを入れた。
そのローキックは、ただの牽制のつもりだったのだろう。
だが、特に力を込めてもいないであろう、そのシンプルなローキックで低予算の片足は粉々に粉砕されていた。
「だから違うって言ってるでしょ!」
片足が破壊されて自立出来なくなり、バランスを失って倒れ込もうとした低予算を、今度はサッカーボールを蹴るかのように胴体を真下から蹴り上げる。
直撃を受けた低予算は宙高く舞いあがった。更に降ってきた低予算の落下のタイミングに合わせてパンチを直撃させると、低予算は金属の破片をばら撒きながら散っていった。
すごい、実にすごい。
思わず語彙が吹き飛ぶほどの華麗かつ豪快な攻撃だ。
まさかエリちゃんの攻撃力やスピードがこれ程の物とは思わなかった。
ただ感嘆していたが、ふと気付いた。
さすがにこの攻撃力の高さはおかしいのではないかと。
ラリアート、ローキック、最後のパンチ、全てスキルの青白い光を放っていなかった。
ローキックについては最初の脚力強化が残っていたという解釈も取ることは出来るが、俺があれだけ鳥をぶつけて倒した低予算を、ただの平凡なパンチやキックで粉々にするのは流石に度が過ぎている。
低予算3体以外に他の敵がいないことを確認出来たので3人を集める。
「全員集合。一度話し合いたいことがあります」
◆ ◆ ◆
「エリちゃんの動きを見て分かるとおり、ランクアップの強化度合いは異常だ。おそらく今の俺達の中で一番攻撃力が高いのはエリちゃんだ。そうなった」
魔女の呪いとその過程で発生する「収穫」を含めるならば、本当の最大火力は俺になるだろうが、条件などが不安定すぎる。
今の所安定して高火力を出せるのは間違いなくエリちゃんだ。
先程の戦闘でのエリちゃんの動きは異常だった。
脚力強化のスキルといい、別にスキルも使っていない通常攻撃で低予算をバラバラにしていく火力といい、色々とおかしかった。
ワイバーン戦ではここまでの動きや攻撃力は出来なかったはずだ。
鎧男戦でもエリちゃんにこれほどの力があれば致命傷を食らうこともなかっただろう。
モリ君が頑張って考えたスキル重ね掛けの応用技による活躍が完全に前座になるほどの凄まじい動きの数々を見せられては認めざるを得ない。
ランクアップによる能力の上昇が俺達の想定をはるかに上回っている。
「ただ一つだけ言いたいことがある。ランクアップシステムは明らかな罠だ」
「罠?」
「気付いたのはランクアップに必要なメダルの数。エリちゃんの実績から推測するにレアキャラが昇格するのに必要な枚数は銅が5枚と銀が1枚」
「銀色のメダルが手に入らない仕組みなのか」
ハセベさんが俺の話の意図を分かってくれたようである。
「ワイバーンやさっきの低予算は銅メダルしか出なかった。蜘蛛やムカデに至ってはメダルは落とさず。銅は入手できても銀は入手が困難。そんな状況が続く中で、偶然にSRの人間が戦闘で死亡して銀メダルが手に入り、レアキャラがランクアップするとどうなるか?」
「それほど強くなれるならと自分もランクアップを望むが、銀メダルを手に入れる方法が分からない……いや、一つ簡単な方法がある。適当なSR人間の殺害」
「今朝の襲撃者が俺とハセベさんを狙っていた理由がそれでしょうね。金のメダルの入手方法は今すぐ分からなくても銀を5枚入手しておけば、何かの機会に金のメダルが手に入った瞬間、確実にランクアップできる」
あの眼鏡は他にメダルを使用してアイテムを入手できるショップもあるはずだと言っていた。
ランクアップ以外にも使い道があるのならば、高レアリティのメダルはより価値があるはずだ。そして、モンスターを倒すより人間同士の殺し合いの方が銀色のメダルが手に入りやすいというようになっている。
「モンスターを倒してもメダルが手に入りにくい。なのにランクアップしているやつがいる。さて、相手の事情をそんなに知らないチームはどう考える?」
「ランクアップしている人間は、もしかすると、敵対する相手を殺害してメダルを奪ったのかもしれない」
「疑念を持った相手と友好的に接触するのは難しい。それどころか、襲われるくらいならばと、問答無用で攻撃してくるかもしれない」
最初に3人でチームを組ませるのもそれに関係しているだろう。
最初に組んだ3人は連帯感が生まれがちであり、逆に他のチームに対しては信用できない、もしかして敵なのでは? という心の動きが生まれる。
一度生まれた猜疑心はなかなか消えないだろうから、他チームと連携するどころか、逆に敵対するという可能性も増す。
そうなれば超越者が望んでいるであろう殺し合い……デスゲームのスタートだ。
もう少し情報が欲しいところではあるが、今のところ何かしらの情報を握っているであろう眼鏡君は絶賛行方不明中である。
そもそも見つけたとしても、あいつらと組めるか? という話だ。
あまり期待は出来ないであろう。
「でも私、もうランクアップしちゃったよ」
「エリちゃんの場合は仕方ない。むしろこの後はモリ君にもランクアップはしてもらおうと思う」
「俺も?」
モリ君が驚いて声を上げた。
「もし、これが殺し合いをさせるためのギミックだと仮定しても、これだけの能力上昇が期待できるなら、積極的には狙っていきたい。戦力の強化はそのまま生存性の向上に繋がる」
「誰か……人間を倒すんですか?」
モリ君の疑問は当然だ。
今の俺の話の流れだと、まるで誰かを倒せ、殺せと言っているようにとらえても仕方がない。
「方針は今までと変わらない。余計な戦闘は避ける。人間同士の争いはなるべく話し合いで解決する。メダルはモンスターを倒したものか、交渉でのみ入手」
「交渉というのは?」
「たとえば食料。たとえば水。その2つはこの迷宮だと入手が困難なものだ。もし相手がメダルを持っているが水や食料がない場合は交渉材料として使える。これは有りか?」
「困っている人がいれば、交渉じゃなくて水や食料を分けてあげたいです」
まっすぐな目で俺の顔を見るモリ君に俺は恥ずかしくなった。
例の襲撃者のせいで大切なものを見失うところだった。
「そうだな。同じ日本人同士だもんな。損得じゃなく助け合いは大事だ」
「ただ、事情を話してメダルを融通し合うというのは有りだと思います。力を合わせられるならそれに越したことはない」
「でも、そうなるとますます、銀や金のメダルは手に入りませんね」
「そのころだけど、銀か金のメダルが手に入るチャンスについて1つ心当たりがある」
「ボス的な何かがいるということでしょうか?」
モリ君がこちらの話に先行して言ってくれた。
理解が早くて助かる。
「ここがゲーム的な世界ならば、超越者の言う『ゴール』には、それを阻止するボス的な存在がいるはずだ。ワイバーンやさっきの低予算よりは強いはずだが、その分だけよりレアリティの高いメダルを落とす可能性は高い」
「他のチームの人が先にボスを倒している可能性は?」
「それならそれで安全にゴールさせてもらおう。ランクアップはあくまで生存率を高めるため。戦闘なしならそれがベストだ」
今までは小目標を第四チームとの合流にしていたが、ここまで人に会えないと小目標は変更して良いだろう。
メダルを集めてランクアップだ。




