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収穫祭の魔女  作者: れいてんし
Episode 1. Halloween Witch Lavinia
13/333

Chapter 13 「ゲーミング魔女」

 モリ君が悲壮な顔でエリちゃんに回復能力(ヒール)を使用している。


 回復能力による傷の回復はスキルを発動させた直後から始まり、数秒で完了して、それほど長時間発動するということはないはずだ。

 昨日ハセベさんの傷を治療した時は、1度目で傷が少し塞がり、2度目で浅い傷にまで回復して、3度目で完治という流れだった。


 なのに、現状は、何度回復能力を使っても、一切傷が回復していない。

 エリちゃんの受けた傷は重すぎて、モリ君の回復能力では助けられないのだ。


 そんな単純な話に気付かないモリ君ではないはずだ。


 なのに、今は全く前が見えていない。

 昨日、オウカちゃんの遺体に回復能力をかけていた時と同じだ。


 目の前で倒れているエリちゃんではなく、その先にいる別の人間……おそらくユイなる人物を見ている。


 このままではダメだ。

 エリちゃんを助けられる可能性があるとしたら、それはモリ君のスキルではない。


「何か情報はないか?」


 魔女(ラヴィ)に呼びかけるが、返事はない。

 都合よく黙ったり話しかけてきたり、よく分からないやつだ。


 ただ、こいつも少なからずモリ君やエリちゃんに仲間意識を持っていることが分かった。

 血も涙もない、悪人ではない。

 そこだけは収穫だろう。


 ならば、頼れるのはそこで倒れている眼鏡の魔術師が持っているであろう情報だ。


 倒れたままの眼鏡の魔術師に近寄った。

 全身の紋様から放たれた虹色の光が眼鏡の魔術師を不気味に照らす。


「狸寝入りはもういいだろう。とっくに目覚めて様子を窺っているんだろう」


 俺の声に反応して、眼鏡の魔術師……眼鏡マンがゆっくりと体を起こすと同時に両手を頭の上に上げた。

 降参のつもりだろうか。


「僕は楽して生きたいだけなんだよ。勝ち目のない戦闘で余計なカロリーを消費する行為をするつもりはない」

「話が早くて助かる。このメダルの使い道だ」


 ワイバーンとオウカちゃんから集めた5枚の銅色のメダルを取り出した。

 もちろん確認することは、俺があると推測していたショップについての情報だ。


「これを集めたら何ができる?」

「スマホゲーに強化アイテムってあるだろ。あれだよ」


 時間稼ぎなど無用とばかりに箒を突きつける。

 もちろん簡潔に説明しろと促すのと脅しの意味を込めてだ。


「分かりやすく説明しろ」

「システム解析をしたところ、ショップと呼ばれる機能が存在がしていることが分かった。アイテムの購入や、情報の入手などに使えるとある」

「ショップはどこにある?」

「分からない。そこまでの解析は済んでいない。ただ、タブレット状の端末が存在していて、それがショップ機能であることは分かっている」

「そのタブレットの場所も分からないんだな」

「SSRのメダリオンさえあれば、3種のメダリオンから解析できるんだが……」


 それではダメだ。

 エリちゃんの治療には間に合わない。


「メダルの他の使い道は?」

「ランクアップシステムに使うことができる。これはショップ機能とは別なので単体で使用可能だ」

「ランクというのは俺達のレアリティの話でいいんだな?」


 眼鏡マンは首を縦に振って肯定した。


「その認識で間違いない。RはR+に、SRはSR+に、SSRはSSR+になる。全ての能力上昇と共にステータスが全回復する」

「全回復は間違いなく役に立つな。ランクアップに必要なメダルの数は?」

「自分と同じレアリティのメダルが5枚、自分と1つ上のレアリティのメダルが1枚」

「Rならば、銅が5枚と銀が1枚だな。それだけ分かれば十分だ」


 熱線に焼かれて塵一つ残さず消滅した鎧男が立っていた場所へと駆け出した。


 銀色のメダルを拾い上げ、そのままモリ君とエリちゃんのところに走る。


「治療方法が分かった。今はランクアップシステムとやらに賭けるしかない」

「それで結依を助けられるんですか?」


 モリ君が虚ろな目でこの場にいない人物の話をし始めたので、平手で頬を打った。


「しっかりしろ。目の前にいるのはユイとかいう人物じゃない。赤土恵理子(あかつちえりこ)。エリスことエリちゃんだ」

「結依……エリス……恵理子……」

「ともかく、モリ君のスキルで治療できないならば、今はこれに賭けるしかない」


 銀のメダル1つ。銅のメダル4つをエリちゃんの腹の上に置く。


 そして、最後の一枚は――

 オウカちゃんの遺体から回収したメダルだ。


 オウカちゃんの遺体は霧に溶けて消えてしまった。


 代わりに出てきたメダルは形見のようなものだ。

 これを本当に使ってしまって良いのだろうか?


 逡巡していると、いつの間にか近付いてきたハセベさんが俺の手から銅メダルを取り上げて、エリちゃんの腹の上に置いた。


「眼鏡男との話は私も聞いていた。人を助けられるというならば、オウカ君も分かってくれるはずだ」


 ハセベさんの言葉で少し落ち着いた。


 既に亡くなった人間の思い出が、生きている人間より優先されて良いわけがない。


「それでこれからどうするんだ? 何をどうすればランクアップなんだ?」

「メニューが表示されるはずなので、あとはそこでYESを選択する」

「メニューは他人でも選べるのか?」

「本人だけに決まっているだろう、バカなのか? まあ、どのみち、その意識のない女には無理だろうがな」


 眼鏡マンがよろよろと立ち上がりながら悪態をついた。


「もうすぐ死ぬ女に無駄遣いするより、ショップでアイテムを買った方が前向きだろう。諦めろよそんな女。どうせ低レアだろ」


 鳥を喚び出して、そのうち1羽を雑に眼鏡マンにぶつけると、すぐにおとなしくなった。


「結依! 聞こえるか? 生きてくれ! YESを選んでくれ」


 モリ君がエリちゃんを抱きしめる。エリちゃんからの声はない。


「頼む、生きてくれ……俺を一人にしないでくれ」


 その時、エリちゃんの全身からまばゆい光が吹き出し始めた。

 全身が光に包まれた。


 ワイバーンは死ぬときに光を吹き出した後、同じような光を放った後にメダルを排出した。

 この光はどちらだ?

 回復か……それとも死か。


 やるべきことはやった。

 今はもう状況を見守るしかない。


 実際には数十秒の話だろうが、とてつもなく長い時間が流れたような気がした。


 光が収まった。


 メダルは……出ていない。

 そして、エリちゃんの腹に置いた6枚のメダルは全て消えていた。


「あ、あの私……助かったの?」


 エリちゃんが間の抜けた声を出しながら起き上がった。


 タイツマンに刺された傷はすっかり消えていた。


 どうやらランクアップは無事に成功したようだ。

 ランクアップ時のステータスの全回復とやらも本当の情報のようだ。


「ちょ、なんで! 私なんで抱かれてるの?  裕和やめて!  人前だからやめて!」


 モリ君に抱きしめられていることに気付いたエリちゃんが顔を真っ赤にして恥ずかしそうな声をあげる。


「助かった……本当に助かった……」


 最初は拒否の姿勢を示していたエリちゃんだったが、モリ君のそんな泣きそうな声を聞いて穏やかな顔になっていく。


 エリちゃんの手がモリ君の背に伸びて抱き合うような姿勢になった。


 俺もエリちゃんが助かったことを一緒に分かち合いたかったが、さすがに今の2人を見て邪魔をする気にはなれない。


 遠巻きに見守るだけで十分だった。

 モリ君が相変わらず、この場にいないユイとやらを見ているのは変わらないが、それは今すぐ解決できる問題ではない。


 今はもう、助かってくれたことを祝いたい。


「若者はこれくらいでいいんだ」


 ハセベさんがしみじみとした感じで言う。


「それよりも大丈夫なのか、その体は?」


 ハセベさんがエリちゃんではなく俺に尋ねてきた。


 魔女の呪いを使用したことにより、俺の全身に浮かび上がった光る紋様のことだろう。


「……痛みは特にありません」


 昨日は分厚いローブを着ていたので気付かなかったが、今は薄手の白のフリルブラウスとハーフパンツだけだ。

 肌に浮かんだ紋様が服から透けて全身に広がっているのがよく分かる。


 全身から虹色の光を放つ今の俺はどう見てもゲーミング魔女だ。


「昨日と同じならば、紋様や光は5分程度で消えると思います」

「なら良いのだが」


 モリ君とエリちゃんはまだ抱き合っている。


 まだしばらくかかりそうなので、その間に廃屋へ寝る前に脱いだままのローブを取りに行く。


 あの生地が分厚くてゴワゴワとしたローブを着ていれば、少しは紋様も隠れるであろうという算段である。


 眼鏡マンは俺達がエリちゃんの回復を祝っている間にいつの間にかどこかに消えていた。

 さっき大人しくなったのも、やはり狸寝入りだったようだ。


 タイツマンも「魔女の呪い」に脅威を感じて、どこかへ逃げ出したようだ。


 倒した――否、「殺した」場合にはメダルが出現するはずだが、どこにも落ちていないということは、タイツマンは死んではいないということだ。


 なんらかのスキルで逃げ出したのか?

 それともまだ近くに姿を消して潜んでいるのか?


 もう少し問い詰めて情報を吐かせるつもりだったが、今は逃げた相手をわざわざ追いかける余力がない。

 あのタイツマンの姿を消す能力が厄介すぎる。


 迂闊に追跡したところで、再度襲撃を受けたらシャレにならない。


 ここまで思考を巡らした時点で気付いた。


 あまりに一気呵成にやってしまったせいで実感が全くないが、俺はあの鎧男を殺してしまった。


 道徳心や倫理観によって込み上げるものか……。

 特に込み上げるものはない。


 ――人を殺したというのに、何の感情も湧いてこなかった。


 一瞬で何も残さず蒸発したことで実感がないのもあるだろう。


 言動からゲスな雰囲気を感じていたので自業自得だと考えているのかもしれない。


 ただ、それでも人を殺めてしまったのだ。

 もう少しは心の動きがあっても良いはずだが、精神は凪いでいる。


 俺の精神はどこか壊れてしまったのだろうか。

 それとも人間とは別の生き物になってしまったのだろうか。


《それが魔女だよ。呪いを撒く存在なんて誰からも求められない。居場所なんてどこにもない》


   ◆ ◆ ◆


 ランクアップの影響なのか、エリちゃんの姿は微妙に変化していた。


 前髪は額の上で編み込みされてヘアピンで留められている。


 パーカーとハーフパンツには青いラインが入り、中に着ているシャツも胸元だけを隠してヘソが露出するデザインのものに変わっている。


 そして……シャツのデザインが変わって強調されているだけなのか?

 実際に身体が変わっているのかの判断が付かないが、胸が前よりも若干大きくなっている……気がする。


 そこのところどうですか、エリちゃんの旦那さんのモリ君としては?


「可愛くなった」

「前は可愛くなかったみたいなのやめてくれない」


 エリちゃんが満更でもなさそうに答えた。


「うわぁあああ爆発! 爆発! リア充爆発スーパーダイナマイト! 科学剣稲妻重力落とし!」


 ふう危なかった。


 陰の者の弱点であるリア充が発する光のオーラをもろに食らって死んでしまうところだった。


 余裕があるときは親目線として温かい目で見守ることもできる。

 だが、不意打ちで急に爆弾を投げつけられると精神的に悪いのでやめて欲しい。


「スキルの方はどうなっているか分かるかね?」


 ハセベさんがエリちゃんに尋ねた。


「何かアナウンス的なものはあった?」

「なかったと思うけど……あの全身タイツに刺されてから起きるまでの記憶はなかったから」


 これはなんとも判断しがたい。

 瀕死で意識がなかったのでアナウンスを聞き逃しただけなのか、最初からなかったのかが分からない。


「実演しかないな。威力が上がっているとか、スキルの種類が増えているとか」

「分かった。試してみるよ」


 エリちゃんの右手、左手、そして両足が輝く。


 エリスのスキルは打撃強化が2つに脚力強化が1つだったはずだが、傍目には何が変わったのか分からない。


 エリちゃんがスキルを発動した。

 両手両足を輝かせた状態で空手の演武のような華麗な動きを披露する。


 やはり見た目だけでは何が違うのかが分かりにくい。


「手応えとしては、ちょっとくらいは強くなった気はするけど、気のせいと言われたら気のせいかなと。新しいスキルも分かりません」

「ヒントもないもんな。ただ、スキル1と2が拳の強化、スキル3が足の強化なので、4があるとしたら足の強化かも」

「足の強化か……」


 エリちゃんが中腰になり「能力……発動ぅ……」と、変なポーズを取るが、やはり何も起こらないようだった。


 でもどこかで見たポーズだ。

 どこで見たのか少し考えて……思い出した。

 俺が最初にクッキーを出すときにやったビルのポーズだ。


「エリス、カードの方はどうなっている?」

「カード? ああ、そうだった」


 モリ君が質問するとエリちゃんがポケットからカードを取り出して、しばらくカードの文面や裏側を見た。


「こっちも、何も変わってないかな」

「どれどれ」


 全員でカードを見る。


[エリス R]


 表記が「R+」に変わることもなく、記載されている内容に変化はなしだ。


 カードについては所詮はただの名刺でしかなくて、こちらの状態に合わせて内容が書き換わるような機能などないのだろう。

 超越者の手抜き具合には呆れしかない。


「まあ助かっただけで良しとします」

「そうなんだけど、ちょっと騙された感があるな」

「それよりも、これからどうする?」


 ハセベさんに尋ねられた。

 当初は早朝から出発予定だったが、すっかり遅れてしまった。


 このままだと、遺跡の出口にたどり着く前にまた夜になってしまう。

 そこでまた敵の襲撃があったりすると、面倒な話になる。


 今度こそ友好的な仲間と会って情報交換をしたいところだ。


「タイツマンと眼鏡マンが体勢を整えて再襲撃してくる可能性もありますし、移動しましょう」

「方向はどうする?」


 改めて分岐を見る。


 俺たちがやってきた広場に繋がる道。

 ハセベさんが通ったムカデの巣に繋がる道。


 この2つは進んでも、仲間もいないしゴールにも到達できないことは分かっている。除外だ。


 それ以外の選択肢は2つ。


 あえて情報になるものを考えるならば、眼鏡マンとタイツマンだ。


「襲撃者は左側の道から来ました。つまりこちらはゴールに繋がる道ではないということです」


 根拠としては若干弱い部分もあるが、そうは間違っていないだろう。


 襲撃者連中もゴールの場所が分かっていれば、こんなところで他人を襲ってメダル集めなどせず、ゴールを目指していたはずだ。


「あと、行動学の見地から人は悩むと無意識に左側を選ぶことが多いようです。なので、ここはその逆で右側に行くのが良いかもしれません」

「なるほど」


 俺の説明でハセベさんも納得したようだ。


 行動学うんぬんは最初の分岐でも言ったが、漫画(クラピカ)で知った理論だ。

 どこまで正確なのかは分からない。


 ただ、襲撃者が来た方向と反対側に行けば良いんじゃない? という弱い根拠を補強するには使える理屈だとは思う。


「襲撃者から警戒するためにも私が最後尾に回ろう。危険で悪いが、防御スキルを使えるモーリス君が先頭に立ってほしい」

「分かりました」

「エリス君、ラヴィ君は中衛だ。前後どちらでも敵が出た際には支援を。特にラヴィ君は敵が近寄ってくる前に遠隔攻撃で牽制を行って欲しい」

「異論はありません」


 エリちゃんは前に出たそうだったが、先程死にかけたばかりだ。

 後ろへ下がることに承諾してくれた。


「それでは先に進もう。できれば今日中にはゴール、もしくは次の休憩場所にたどり着きたい」


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