巨大な侵入者 6
「さあ、これ以上お家を壊されたくなかったら、早くカロリーナを差し出しなさい」
「レジーナお嬢様、落ち着いてください!」
ソフィアが外に聞こえるように大きな声を出す。
「わたしは至って冷静よ。ただ、手で探し物をかき分けてるだけ。ソフィアはおもちゃ箱からお気に入りのおもちゃを探している子どものことを取り乱していると表現するのかしら?」
室内の惨状とは対照的にレジーナお嬢様は冷静に話している。その間にも片手間で手を動かしてカロリーナを探っているから、室内は荒らされ続けていた。
「ねえ、もうわたし見てられないよ……」
カロリーナは恐る恐る手の方に近づいた。
「レジーナお嬢様、カロリーナです! 連れていってもらいたいので、一度手を止めていただいてもよろしいですか?」
大きな声で叫ぶと、レジーナお嬢様の手は止まった。
「やっとね。さあ、早く来なさい」
すぐに掴めるように、パッと広げた手は怪物みたいで少し怖かった。
「怖いの、カロリーナ?」
「行かないで、カロリーナ」
キャンディとメロディがソッとわたしの左右の手を掴んで、引き留めようとした。2人の温かい手に掴まれて、気持ちは少しだけ落ち着いてくる。怖いけれど、頑張らないと、そう思った瞬間に先ほど手で払われて壁に叩きつけられて伸びていたリオナが、フラつきながら立ち上がる。そして、思いっきり手のひらに拳を叩きつけた。
「無駄なことを……」とベイリーがボソッとため息混じりに呟いた。
そして、次にキャンディとメロディも。カロリーナの手を離してから、レジーナお嬢様の手の方に走り出してしまった。
「あ、ダメだって……」
わたしの制止は聞かずに向かっていってしまい、指に掴まって思いっきり噛んだのだ。
「痛っ!?」
外から聞こえてきた驚きの声と同時に今日一番手が大きく暴れた。リオナとキャンディとメロディ、3人一気に薙ぎ払われてそれぞれ壁に叩きつけられてしまった。
「わ〜ん、痛いよ〜」
「痛いよ〜、え〜ん」
キャンディとメロディが大きな声で泣き出した。それと同時に外から慌てた声がする。
「えっ、嘘……。ごめんなさい……。キャンディとメロディにまで意地悪するつもりは……」
きっと誰にも聞こえないように小さな声でボソッと呟いたつもりなのだろうけれど、レジーナお嬢様の声は屋敷の中に聞こえていた。
「ちょ、ちょっと! カロリーナ早く来なさいってば! 当主からの命令よ! お家揺らしてめちゃくちゃにしちゃうわよ! 上からのしかかって壊しちゃうわよ! 早く早く!」
レジーナお嬢様が明らかに取り乱していた。これ以上被害を出されたら困る。
「ごめんね、みんな。ありがとう。わたしちょっとレジーナお嬢様に捕まってくるから!」
「おい、待てって!」
リオナが慌てて立ち上がったけれど、よろめいて上手く立ち上がれなかったようだった。
「リオナ、ありがとう……。けど、ごめんね……」
カロリーナは小さく呟いてから、レジーナお嬢様の手に掴まる。
「わたしがカロリーナです! これで良いんですよね? 早く外に!!」
リオナが慌ててレジーナお嬢様の手のところにやってきて、さらに傷を増やそうとしていたから、さっさと外に出るように促した。
「ええ、カロリーナが貰えたら後は用はないもの。無駄に使用人に怪我をさせてもわたしに得はないわ」
レジーナお嬢様が手を外に出そうとした時に、宙に浮かびながら見た室内の光景はなかなかひどかった。綺麗に整理されている室内に物が散乱していた。散らばったものを片付けるだけでも大変そうだった。
メイド屋敷から外に出されると、相変わらずの大きな世界が広がっている。冷や汗が出てくるから慌てて深呼吸をする。立ち上がったレジーナお嬢様の手のひらに乗せられて、上からわたしたちの屋敷を見ると、大きなレジーナお嬢様に比べてとても小さいな、と改めて実感する。だけど、いくら小さくても、そこはわたしたちの大事な家屋なのだ。今度は上を見て、レジーナお嬢様の方を睨んだ。
「悪かったわよ……」とカロリーナから目を背けながらレジーナお嬢様が謝っていた。
アリシアお嬢様によく似た、綺麗な目鼻立ちのクッキリした綺麗な顔。ショートカットとイヤリングとメイクと胸元まで肌を露出させたドレスで大人びた雰囲気を作っているけれど、顔の作りはまだ子どもだった。
「わたし、レジーナお嬢様とお風呂場で会っただけだと思うのですが、何か用があるんですか?」
「人の部屋に勝手に忍び込んでよく言うわね」
「あれはわたしの夢のはずじゃ……」
レジーナお嬢様は「ああ、そっか……」と言ってため息をついた。
「そうね、わたしに見つかった瞬間に気絶しちゃったもんね。だから、記憶が混乱してるんだわ。わたしが睨んだだけでも迫力あったのかしら。なんだか失礼しちゃうわね」
「あれ……?」とカロリーナが首を傾げた。レジーナお嬢様に睨まれた記憶があまりないのだけれど……。
怖くてあまり覚えていなかったのかもしれない。もはやあの日の記憶は信用できないし、あまり思い出したくもないから、深く考えるのはやめておいた。