パトリシアⅡ 6
ベイリーもパトリシアお嬢様も共に、小柄なソフィアと違いスタイルがとても良い。ソフィアよりも15センチくらい背の高いスラリとした体型の2人のキスは、もし無関係な世界で起きていることであれば、あまりにも絵になりすぎていて、きっと見惚れてしまっていたと思う。黒と金の髪色が綺麗に混ざり合っていて、お似合いの2人だと思う。
だけど、パトリシアお嬢様はソフィアにとって恋をしている相手。そして、ベイリーは一緒に仕事をしてきた後輩メイド。他人事ではない。ソフィアの姿をベイリーはチラリと見た。ソフィアがこの部屋でしっかりとキスを見ていることは、確認された。それでもベイリーはキスを止めようとはしなかった。仕方がなく、パトリシアお嬢様が困ったようにベイリーの体を引き離す。
「ねえ、ベイリー。これは何事なの?」
優しいパトリシアお嬢様は、ベイリーの突然のキスに対して、困ったように笑うだけで、怒るようなことはしなかった。
「すいません……。その、わたし、パトリシアお嬢様に仕えるメイドとして、良くないことはわかっているんです。ただ、パトリシアお嬢様のことが――」
それ以上は言わせるつもりはない。今度はソフィアがベイリーの口を塞いだ。ベイリーみたいに口封じの魔法はないから、手のひらでただ口を押さえつけただけだけど。
力強く押さえつけたから、押さえつけると言うよりも、口の中に手を突っ込んだという方が近いかもしれない。ベイリーの唇に残るパトリシアお嬢様の唇の感触をソフィアの手で上書きしてやりたかった。手のひらがベイリーの唾液で濡れていく。
「あ、ソフィア、何してるの?」
慌ててパトリシアお嬢様が止めに入ろうとしたのとほとんど同時だった。パトリシアお嬢様は突然、頭を押さえて、床にペタリと座り込んだ。そして、肩で息をし始める。かなり苦しそう。もうベイリーを口封じするどころの話ではなくなってくる。
「「パトリシアお嬢様、大丈夫ですか!?」」
手を離したから、話せるようになったベイリーと、ソフィア、2人が同時に声を出してパトリシアお嬢様に駆け寄った。
「ベイリーさん、あなたキス以外にも何かしたのですか!?」
ソフィアが苛立った声で尋ねた。ベイリーなら唾液を毒化させるくらいできてしまいそうだし。けれど、当のベイリーは目を潤ませながら首を横に振っていた。
「するわけがないじゃないの! わたしがパトリシアお嬢様を傷つけるわけがない。もし危害を加えるとしたらあなたにするわよ。もちろん、そんなことするわけないけど」
それもそうだと思った。もしベイリーが何かをするなら、パトリシアお嬢様にするわけがない。その通りだ。それなら、今はベイリーを疑っている場合ではない。とにかく、今は一旦休戦して、ベイリーと共にパトリシアお嬢様の治療を優先させるべきである。
「ベイリーさん、とりあえずパトリシアお嬢様をベッドに運びましょう」
パトリシアお嬢様はすでに気を失っているみたいだった。パトリシアお嬢様は細身でスタイルもいいけれど、168センチと長身で胸も大きいから、それなりに重たい。小柄なソフィア一人でパトリシアお嬢様を運ぶことは難しかった。
せえの、と声を出してから2人で一緒にベッドに運んでいく。何が起きているのか分からないけれど、ベイリーの魔術と、ソフィアの医学知識を使ってなんとか対処するしかない。
「ソフィア、とりあえずお嬢様の体を起こしてもらえるかしら?」
ベイリーがおんぶの体勢を取ったから、そこに乗せるようにしてパトリシアお嬢様の上半身を持ち上げて、ベイリーに乗せる。重みが加わって、ベイリーの体が一瞬沈んだけれど、立ち上がる。
ベッドは部屋の中にはあるけれど、部屋が広いので10メートルくらい移動しなければならない。ベイリーが立ち上がって1歩目を踏み出した時にソフィアは目を擦った。違和感があった。もう1歩踏み出してさらに目を擦る。やはり何かがおかしい。
さらにもう一歩踏み出した時、疑惑が確信に変わった……。