パトリシアⅡ 5
「ベイリーさん、屋敷で魔法を使うなんて、どう言うつもりですか?」
ベイリーはソフィアの質問には答えずに、珍しく声を荒げて怒鳴った。
「この裏切り者!」
「う、裏切りって……。わたしは別に裏切るようなことをしていませんよ!」
「あの後パトリシアお嬢様に愛の告白をしようとしたのよね? わたしは人の心は読めないけれど、あの魔法は本来口を動かして伝えるはずだった言葉を読むことができるのよ!」
ソフィアは頭を抱えた。ベイリーは思ったよりも強い魔法を屋敷内で使っていたらしい。
「平然と言っていますけれど、それはあなたの素性を隠してあなたを屋敷で雇おうとしたパトリシアお嬢様に対する裏切り行為ですよ?」
ソフィアの指摘を聞いて、ベイリーが顔を真っ赤にした。
「わ、わたしはパトリシアお嬢様のことを裏切ってなんていないわ……!」
「そうでしょうか? 魔女だってばれたらいけないのに。それを信じてパトリシアお嬢様があなたのことを屋敷で雇ってくれたのに、魔法を使ってしまうなんて立派な裏切りですよ」
ソフィアがさらに指摘を続けると、普段冷静なベイリーが珍しく泣きそうな顔をしていた。
「そ、それは……。あなたのせいじゃないの! あなたが告白なんてしようとするから!」
ベイリーとソフィアは暫くの間睨み合っていた。そうして、ベイリーが最後に小さくため息をついてから、ソフィアに背を向けて出て行ってしまった。
「あなたがその気なら、わたしだってやり方を変えるわ。もう許さないから」
何を企んでいるのかは分からないけれど、不穏な言葉を残してこの場を後にしてしまった。魔女のベイリーに本気で危害を加えるようなことを企てられてしまったら、ソフィアには打つ手はない。きっとソフィアの存在を消してしまうような魔法だって、いくつも持っているはず。
「まあ、ベイリーさんは根は優しい子なのはわかってますし。さすがにそこまで酷いことはしてこないはずですよね……」
ベイリーに対しては一定以上の信頼感はある。けれど、パトリシアお嬢様との恋が絡み出してからのベイリーは少しいつもと様子が違っていた。正直最近のベイリーの動向は読めなかった。
一体どうやり方を変えるのか、ベイリーの考えについては深く考える間も無く答えを知ってしまうことになるのだった。
その日の夜、ソフィアが晩御飯の用意をして、パトリシアお嬢様を呼びに行こうとした時だった。一人でパトリシアお嬢様の部屋に入っていくベイリーを見つけてしまった。向こうは10メートルくらい離れた場所で、広い廊下を歩いていたソフィアのことには気づいていなかったみたいだった。
(どうしてでしょうか、なんだか胸騒ぎがします……)
虫の知らせとか、第六感とかそういう類なのだろうか、一瞬そう思ったけれど、きっと違う。
ソフィアはベイリーと子どもの頃から一緒にパトリシアお嬢様のお世話をしているのだ。彼女の考えていることはなんとなくわかる。少なくとも彼女が覚悟を決めた顔くらいはわかる。
(パトリシアお嬢様の身が危ないかもしれません……!)
これは緊急事態だから。そういう理由を自分の中でつけておいた。もちろん、ベイリーがパトリシアお嬢様に直接的に危害を与える可能性は低いから、本当はノックをしなくてもマナー違反にはならないような緊急事態にはならないはず。それでも、何か胸騒ぎがする。
いきなり開けたパトリシアお嬢様の部屋の中、困惑するパトリシアお嬢様にキスをしているベイリーの姿がそこにはあった。




