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パトリシアⅡ 4

一度はパトリシアお嬢様から距離を取った作業をしてばかりいたソフィアは、またパトリシアお嬢様の近くで作業をするようになった。


「ねえ、当てつけのつもりかしら?」

ソフィアの目の前にはムッとした表情のベイリーがいた。


「パトリシアお嬢様の身の回りのお世話は元々わたしの仕事でしたから」

「でも、あなたが自ら距離を取るようにしたと思うけど?」

「元々の仕事に戻っただけです」


少しの間、俯きながら顎に手を当てて考えことをしていたベイリーは、ハッとしたように顔を上げた。

「ねえ、ソフィア。まさかあなたもパトリシアお嬢様に恋をしてるわけじゃないわよね?」

図星だったから、黙ってしまうと、ベイリーが続ける。


「だとしたらあなたどれだけ狭量なのよ。後輩メイドが恋敵になったから嫌がらせをしてるわけ?」

「そういうわけじゃないですから! メイドと主人の距離を理解していない後輩メイドへの指導です!」


ふうん、とベイリーは訝しげな目で見ていた。ソフィアは恥ずかしくなってきた。いつの間にかしっかりと大きな目を開いてベイリーが覗き込むみたいにソフィアのことを見ていた。


そして、一歩ずつベイリーはソフィアに歩みを進めていく。ピタリと半歩ほど前にベイリーが立った。背の高いベイリーのことを見上げる格好になり、少し怖くなる。


何も言わずに、普段のような穏やかな笑みは浮かべていないベイリーを見て、少し恐怖を抱いてしまった。ベイリーを怖いと思ったことはこれが初めてだった。でも、よく考えたら彼女はかなり魔力の高そうな魔女なわけで、たとえばソフィアのことをこのまま消してしまうことだって、できるのではないだろうか。


もちろん、普段のベイリーならそんなことをするはずがないのはわかっている。だけど、今のベイリーは明らかに普段とは違う。ソフィアの呼吸が少しずつ荒くなった。そんなソフィアを見下ろしながらベイリーは言う。


「わたしたち、明確に敵対してしまうみたいね。あなたのことは先輩メイドとして面倒を見てくれている相手という意味では、今でも大好きよ。でも、パトリシアお嬢様とわたしの仲を自分のエゴで引き離そうとするあなたとは敵だわ」

「エゴじゃないですから……。わたしはメイドとして……」


「メイドとして、ねぇ……」

ベイリーが鼻で笑った。

「パトリシアお嬢様への恋のリスクを負う度胸がないことを、パトリシアお嬢様を言い訳にして隠してしまうなんて、メイドとしてどうなのかしら? あなたのメイドとしての正しい姿は主人に自分の度胸の無さの責任をなすりつけることなの?」


メイドとしての仕事を全うする気のないベイリーとは平行線だとソフィアは思った。この子との友情関係ももう終わりだ。ソフィアが真ん丸レンズのメガネの縁を持って、位置を調整してから、じっとベイリーのことを見た。


「わかりました。今日から私とあなたはパトリシアお嬢様を巡る恋敵です。ただし、私はあなたとは違ってメイドとしての矜持があります。だから、仕事中はあくまでもあなたとは協力しましょう」

「そうね。わたしだって、メイドとしてのあなたのことは慕っているのだから、仕事中に敵対する必要はないわ」


ソフィアもベイリーもお互いにパトリシアお嬢様の前では今までと変わらない風に接していた。お互いに協力して、パトリシアお嬢様のためになるように仕事を進めていく。けれど、その心の中はお互い静かに離れていた。


「ねえ、最近ソフィアとベイリーって喧嘩でもしてるの?」

ある時、パトリシアお嬢様が不思議そうに尋ねてきたから、ソフィアは驚いた。あくまでも表面上は仲が良いままを取り繕っていたから、バレてしまうということは演技が上手くなかったと言うことだろうか。


「いえ、普段通りですけれど……。けど、どうしてそんなことを思ったのでしょうか」

「わたしはソフィアとベイリーのこといつも見てるからならなんでもわかるんだよ、……ってカッコつけようと思ったんだけど、わたしの勘違いだったのか。恥ずかしいな」


勘違いではなかった。ソフィアが曖昧に笑っていたら、パトリシアお嬢様が続ける。

「でも、2人ともなんだか緊張してるみたいだから、リラックスしたらいいんだよ? わたしとソフィアとベイリーの仲でしょ? 緊張する仲じゃないよ」


その3人の仲が壊れかけているのだ。ソフィアはパトリシアお嬢様に隠し事をすることが悪いことに思えてきた。これ以上隠せば隠すほど、パトリシアお嬢様のことを傷つけてしまう。


それならばと思って、覚悟を決めた。自分の気持ちは主人に隠すべきではない。

「あの、違うんです……。わたし、本当はパトリシアお嬢様のことが……」


大きく息を吸ってから続けようと思ったのに、突如その後の言葉が出なくなった。それは緊張で告白ができなくなったとか、そんな甘い理由ではない。口が動かなくなった。突然、何も声が出なくなる。


ふと窓の外を見ると、どうやって登ったのか分からないけれど、3階にある部屋の高さと同じくらいの位置にある木から、部屋の中のソフィアとパトリシアお嬢様のことを、奥歯を噛み締めながらかなり苛立った表情で見ているベイリーがいるのがわかった。パトリシアお嬢様は窓に背を向けているから、ベイリーが見ていることには気づいていないようだった。


ベイリーが、枝の上に立って、片手で木の幹をもって、もう片方の手のひらをこちらに向けている。きっと何らかの魔法を使ってソフィアの告白を力技で止めたのだ。

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