頼もしい協力者 2
「とりあえず、課題は一通り終わりましたから、少し出かけてきますわ」
アリシアお嬢様は自然を装いながら立ち上がった。
「良いですけど、その手乗りメイドも連れて行くのですか?」
エミリアが不安そうにわたしの方を指差した。
「わたくしが誰と散策に出かけようともそれは勝手ですわ。何かしでかさないか心配というのなら、エミリアもついてきたらいいですの」
「言われなくてもついてはいきますけど……」
不満有りげなエミリアのことは気にせず、アリシアお嬢様はわたしのことをバスケットの中に入れた。本来サンドイッチやちょっとした軽食を入れたりするようなサイズだから、わたしにとってはそのまま部屋にできてしまいそうなくらい広かった。
上の蓋部分を開けたままのバスケットを見ながら"これは最後の切り札ですの"と囁いたお嬢様の意図を聞き返すことはできなかったけれど、どうやらバスケットに入れられることに意味はありそうだった。
バスケットの隙間から、チラリと外を覗きながら、アリシアお嬢様に運ばれていく。部屋の外に出ると、夜だった先日とは違って、たくさんのメイドが廊下を行き交っていた。箒で絨毯を掃いている者、洗濯物を運ぶ者、お皿を運ぶ者、その他にもたくさんのメイドがいる。わたしも一応貴族令嬢の端くれではあったけれど、弱小貴族のわたしの家とは違い、アリシアお嬢様の家はメイドの数がとても多い。
だけど、たくさんのメイドたちのアリシアお嬢様への態度に違和感があった。視界に映っていないみたいに、声をかけようとしない。この家の令嬢であるアリシアお嬢様に対する振る舞いとしては、少し違和感がある。わたしが元の家にいた頃には、すれ違うメイドはみんなわたしに挨拶を交わしてくれた。
"わたくし、実はほんの少しだけ、小さなカロリーナが羨ましいですの……"
廊下を歩きながら囁いた声を聞いて、え? と疑問に思う代わりに、わたしは上を見て、アリシアお嬢様の顔を確認する。視線はこちらに向けず、前を見ているから、きれいな高い鼻より上に位置する瞳にどのような表情を浮かべているのか確認することはできなかった。
"カロリーナはとっても困っているのに、こんなこと思うのはダメなことはわかりますわ。でも、わたくしも小さなお家の中で、カロリーナや、リオナや、キャンディや、メロディたちと一緒に楽しくお喋りしたいですの。ソフィアやベイリーにも、また昔みたいに面倒見てもらいたいですの……"
そう言ってから、アリシアお嬢様はチラリと後ろを歩くエミリアのことを見た。
"エミリアも、パトリシアお姉様がいて、ソフィアやベイリーたちが小さくなる前には、とっても優しくて無邪気で可愛らしいメイドでしたわ"
可愛らしいが見た目のことを言っているのなら、まだ納得できるけれど、性格のことだとしたら今のエミリアからは想像できなかった。それ以外の優しくて無邪気の部分については、もっと連想できない。だけど、アリシアお嬢様が嘘を言っているわけは無いから、きっと昔は今とは違って、丸い性格をしていたのだろう。
そして、その変化をもたらしてしまったきっかけとして出てきたパトリシアお嬢様の名前。この間からいろいろなところで名前を聞くパトリシアお嬢様に会って、話を聞くことができれば、元に戻る方法がわかるかもしれない。本当はパトリシアお嬢様のことを聞き出したかったけれど、エミリアの監視下でわたしがアリシアお嬢様の耳に顔を突っ込むなんて奇行、できるわけがない。だから、残念ながらわたしからは込み入った話をすることはできない。
"カロリーナは元の大きさに戻っても、わたくしと仲良くしてくれますの?"
アリシアお嬢様が不安そうにバスケットの中を覗き込んできたけれど、その質問はあまりにも愚問すぎる。わたしは悩むことなくバスケットの中で大きく頷いた。
アリシアお嬢様と同じくらいの大きさになったら、メイドとして、もっとしっかりと奉仕してあげたかった。外でのティータイムで紅茶を淹れてあげたり、食事を作ってあげたり、部屋の掃除をしてあげたり、耳かきをしてあげたり、やってみたい仕事は山ほどあった。そのためにもやっぱり、早く元に戻る方法を見つけ出さなければならない。