アリシアお嬢様と仲良し大作戦 3
「エミリア、何をしてますの!」
「レジーナお嬢様から、屋敷の秘密やお互いのプライバシーに関することは一切語らせてはいけないというご命令がありましたので」
「なんですの、それは! わけがわかりませんわ! お姉様とカロリーナ、何の関係もありませんのに!」
アリシアお嬢様のムッとした声を、わたしはエミリアが乗せた手で作られた暗闇の中で聞いていた。
「カロリーナを今すぐ離してほしいですわ!」
「カロリーナ、大丈夫?」
キャンディとメロディが外から必死にエミリアの指を叩いているのが隙間から見えた。必死に叩いているけれど、同じ大きさのわたしが受けてもほとんど痛みを感じなさそうな可愛らしい猫パンチがエミリアに通じるわけはなかった。
「カロリーナを離しなさい……」という普段と違って余裕のないアリシアお嬢様の声を聞いて、ようやくわたしは巨大な手から解放された。そのとき巨大な指がキャンディとメロディに勢いよくぶつかって、二人とも机上をコロコロ転がっていた。止まらなくなりそうになっていたところを、アリシアお嬢様が慌てて手のひらを机と垂直にして壁を作って止めていた。2人ともクッションみたいに柔らかい手のひらに受け止めてもらっていた。
「キャンディ、メロディ、大丈夫!?」
慌ててわたしは駆け寄った。
「カロリーナ、助かった!」
「カロリーナ、無事でよかった!」
自分たちのことよりも、わたしのことを真っ先に心配してくれる2人が良い子だということはよくわかった。わたしは目を回して座っている2人に手を差し伸べる。
もう一度、エミリアを睨んでやろうと思った時には、すでにエミリアはまた出入り口近くで姿勢良く立っていた。なんて素早いのだろうか。不思議な力を使っているみたいに素早いから、やっぱり魔女の正体はエミリアなのかもしれない、と勘繰ってしまう。
とりあえず、それはリオナにも報告するとして、今はアリシアお嬢様に、わたしたちが小さくされたことを伝える手段がないということが問題だ。混み入った話はきっとさっきみたいに、少しでも怪しそうならエミリアに妨害されてしまう。
「カロリーナ、ごめんですの……。エミリアは怖いですわね」
子どもをあやすみたいにして、優しく人差し指で撫でられた。アリシアお嬢様が軽く文句を言っても、エミリアはすまし顔でドアの前に立ったままだった。距離はそれなりにあるのに、わたしが不都合なことを言えば一瞬で距離を詰めてくる。
「あの、アリシアお嬢様は一体何歳なのですか?」
アリシアお嬢様は、無邪気な子どものようにも見えたし、包容力のあるお姉さんのようにも見えた。今の大きさでは年齢の判断をするのが難しかった。わたしが尋ねると、アリシアお嬢様はニコリと微笑みながら答えた。
「14歳ですわ」
「わたしと一緒だ」
「キャンディは8歳!」
「メロディは8歳!」
アリシアお嬢様とわたしの声に続いて、聞かれてもいないのにキャンディとメロディも楽しそうに入ってきた。そうですわね、とアリシアお嬢様が嬉しそうに微笑んでいた。
「ねえ、カロリーナ。今度は2人だけで一緒にお話してもらってもよろしいですの?」
アリシアお嬢様が気品溢れる笑みで微笑んだ。
「もちろん良いですけど……。どうしてですか?」
「どうしても何も、あなたはわたくしのお世話をしてくれるメイドですの。新しく入った子のことは、いろいろなことを知りたいですわ」
アリシアお嬢様は、わたしのことをそっと手のひらの上に乗せると、突然口元に寄せた。優しい吐息がわたしにかかったかと思うと、そのままわたしの顔にソッと唇をくっつけたのだった。
温かいアリシアお嬢様の体温がわたしを包み込んだ。頭上からかかる鼻息も合わせて、わたしの周りの空気はすべてアリシアお嬢様で満たされたような気持ちになる。途端に鼓動も早くなっていた。
「え? え? 今……?」
ほんの一瞬だったけれど、間違いなくキスをされた。優しい唇がわたしにくっついたのだから。
「今のキスは……?」
「これからよろしくの意味をたっぷり込めたキスですの」
少し悪戯っぽく微笑んだアリシアお嬢様はそのままわたしを机の上に置いて、エミリアを呼んだ。
「さ、この子たちをきちんとお家に帰してあげてほしいですの。もちろん、丁寧に」
「畏まりました」とエミリアが言って、わたしたちのことを手のひらの上に乗せた。ポイポイっと摘んで、適当に扱われたけれど、一応帰りは全員手のひらの上に乗せてもらって帰ったのだった。
そばで楽しそうにエミリアの手の上から地面を見て笑っているキャンディとメロディのことがすっかり視界に入らなくなっていた。わたしはぼんやりと、少しずつ離れていくアリシアお嬢様のことを見つめていた。
真実を知るためにアリシアお嬢様に協力を仰ぐという任務なんてすっかり忘れて、帰る頃にはキスの記憶で頭がいっぱいになっていたのだった。