読専さん?
昼休み、クラスに友人がいないというわけではなかったが、その日のソウタは一人ぼっちだった。
みんな食堂に行って学食を食べると言って、教室を出ていってしまったのだ。
あいにくのところ、ソウタは母の作った弁当を持ってきていたため、友人たちの誘いには乗らずに、教室で弁当を食べるということを選択した。
もちろん、学食で弁当を食べても問題はなかった。
しかし、きょうはひとりで弁当を食べたい。そんな気分だったのだ。
教室の中にはソウタ以外にも、弁当を食べているクラスメイトが数人いたが、それほど仲の良いという人でも無いし、あっちはあっちでグループを作って一緒に食べているので、そこに割って入るほどの勇気もソウタにはなかった。
ぎこちない会話をしながら昼食を取るぐらいならば、ひとりで食べていたほうがマシだ。
それに、いまのソウタはひとりになりたい理由もあった。
新作小説の構想をはやく練りたいのだ。
さっさと弁当を食べ終えたソウタは、カバンの中から一冊のノートを取り出すと机の上に広げた。そのノートは創作ノートとソウタが呼んでいるものであり、小説のアイデアがぎっしりと書き込まれているノートであった。
ソウタはそのノートに授業中に思い浮かんだネタを書きはじめた。
ノートを広げてしまえば、自分の世界に没頭することができた。
周りで話しをしているクラスメートの声もソウタの耳にはまったく入ってこない。
いま、ソウタは新しい小説の世界の中にいるのだ。
こうなってしまうと、誰もソウタのじゃまをすることはできない。
昼休みも終盤に入り、食堂へ行っていたクラスメイトたちが教室へと戻ってきはじめた。
集中モードが終了したソウタは、一旦シャープペンシルを置くと、友人たちが席に戻ってくる前に創作ノートを鞄の中へと戻した。
まだ、ソウタはクラスの誰にも創作活動をしているということは打ち明けてはいないのだ。自分の活動について打ち明ける時が来るのであれば、それはデビューが決まった時だ。ソウタはそんなふうに考えていた。
昼休みも残り5分となっていたため、トイレに行っておこうとソウタは席を立った。
廊下では、昼休みが終わるギリギリまでお喋りを楽しもうと考えている生徒や、ぼうっと外を眺めている生徒などがいる。
そんな中で、ひとりの女子生徒がソウタの目に留まった。
ゆるくウェーブの掛かったショートヘアの女子生徒は、スマートフォンを眺めていた。
たしか、名前は三戸さんだったはずだ。クラスメイトたちからミトちゃんというあだ名で呼ばれていて、男女問わずに友人が多いという印象があった。
なぜ、その三戸さんがソウタの目に留まったかといえば、彼女が見ていたスマホの画面に見覚えがあったからだ。
その画面を見間違うわけがなかった。
毎日、いや1時間に1回は欠かさずに見ているサイト。そう、ソウタも愛用している小説投稿サイトの画面だった。
まさか、三戸さんも創作活動者なのか。
思わずソウタは立ち止まって、三戸さんのことをじっと見てしまった。
「なに?」
「え、あ、いや……」
急に三戸さんに声をかけられたソウタは、ドギマギとしてしまう。
これじゃあ、ただの不審者だ。
「あの、そのサイト……」
「ん? ああ『小説家になっちゃお』ね。椎名くん、知っているの」
「うん。まあ」
「結構面白い小説があるよね」
「そ、そうだね」
もしかして、三戸さんは読専さんなのかな。
そんなことを思いながら、ソウタは三戸さんと言葉をかわす。
「おれも小説をここのサイトに載せているんだよ。よかったら読んでよ」
「え、そうなの。すごいじゃん。どれどれ、タイトルを教えてよ。絶対に読んで感想を書くからさ」
「えっと『寝取られゴブリンの――――」
ってな、展開になるわけなどもなく、ソウタは三戸さんの言葉に相槌を打つことで精一杯だった。
「――って、漫画にもなったやつでしょ。わたし、あの漫画好きなんだよね」
「そうなんだ」
そんなこんなで昼休み終了のチャイムが鳴り、ソウタは三戸さんと一緒に教室へと戻った。
あ、トイレ行くの忘れてた……。