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さよなら、ブレイン ★

「じゃ、さよなら先生。お前はいい友人だったけど、お前の鋭さが悪いんだよ」


 サーレスが別れの言葉を告げる。


 直後――

 サーレスの身体が斜め後方へと弾け飛んだ。悲鳴を上げる間もなく、サーレスが壁に激突する。


 ブレインの優秀な脳は何かが起こったかをすぐ理解した。

 サーレスに炸裂する直前、ブレインの視界を白い矢が横切った。

 そして、屋上にたたずむ茶色い髪の学生と――そのかたわらに立つ白髪の女子学生。


 あの長距離からサーレスを正確に射抜ける魔術師などそういない。


(――アルベルト!)


 ブレインはすぐにその名に思い至った。


「つつ、つつつつ――マジかよ……」


 ふらふらとした様子でサーレスが身を起こした。頭から血を流していたが、その目の輝きはしっかりしていた。


「こいつは分が悪いみたいだな……はは! 面白くなってきた! じゃあな、ブレイン先生! お前に近付いたのは利害絡みだけど――意外と楽しかったぜ!」


 そう言うとサーレスは教室の外へと飛び出した。

 ブレインは魔術を発動した。それは己の声を遮蔽物がない遠方まで届ける効果を持つ。


「ブレインだ! サーレスが逃げた! 俺は追うので、学院の正門を固めて欲しい!」


 遠くのアルベルトにそう伝えると、ブレインは急いでサーレスを追った。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 フィルブスは見た。

 アルベルトのマジックアローが狙いどおりサーレスらしき生徒を弾き飛ばすのを。


(……この距離でピンポイント狙撃か……あいかわらずイカサマみたいな男だな……)


 今までサーレスに押さえ込まれていた男子生徒が身を起こし、屋上のフィルブスたちを見た。

 すると――


『ブレインだ! サーレスが逃げた! 俺は追うので、学院の正門を固めて欲しい!』


 まるでブレインがすぐ側で喋っているかのような大声で聞こえた。

 サーレスが逃げた……。

 フィルブスは息を吐いた。とても優秀で、担任として目を掛けていた生徒だった。いささかの寂しさが胸に宿る。


「……サーレス、あいつが闇なのか……」


「闇?」


 アルベルトが反応する。だが、フィルブスは首を振った。


「説明している暇はない。まずブレインの援護に向かうぞ」


 そして、フィルブスはこう続けた。


「俺はブレインを助けに校舎へと向かう。ローラ、お前はここでリズと残ってくれ」


「はい!」


「アルベルト、お前は正門に向かえ――好都合だ」


 そう、本当にまったく、好都合だった。

 あの性格の悪い宮廷魔術師も言っていた。闇の印が盗まれたらアルベルトを正門に向かわせろと。

 そのとき、別の声が割り込んできた。


「あ、あの!」


 リズだった。さっき外した指輪をアルベルトに差し向ける。


「この指輪、盗まれた物に反応するらしいです! 持ち出している可能性もあるから役に立つかも……!」


「そうか」


 アルベルトが手を伸ばそうとするが――

 フィルブスはそれを遮った。


「……たぶん同じ物だから別にそれでもいいんだけどな。カーライルからの預かり物だ。こっちを持っていけ」


 そう言って、フィルブスもまた指輪を差し出した。


「カーライルからの?」


「カーライル曰く――『闇の印が盗まれたら、これをアルベルトに渡して学院の正門に行かせてくれ。翌日の昼ごろがいい』そうだ」

「どういう意味ですか?」


 アルベルトが首を傾げながら指輪を受け取った。


「……さあな……俺もそれ以上のことは知らない。あいつは秘密主義者だから。お前に犯人捜しをして欲しいらしいぞ」


 アルベルトは腑に落ちていないようだったが、何も言わなかった。おそらくはカーライルの言葉なので疑わないことにしたのだろう。

 ただ、こう言った。


「……ブレインを頼みます」


 短くそう言うと、アルベルトが屋上を出ようとする。


「アルベルトさん!」


 その背中にローラが呼びかけた。

 足を止めて振り返るアルベルトにローラがこう告げた。


「気をつけてください!」


 アルベルトは――あまり感情を外に見せない男が口元に小さな笑みを浮かべてこう言った。


「……ああ、無事に帰ってくるよ」


 アルベルトが階下に消えた後、フィルブスも校舎へと戻った。

 ブレインたちがいた場所へと歩いていく。

 近付くにつれて窓ガラスの割れる音や男の声が聞こえる。おそらくはブレインだろう。逃げるサーレスへの注目を集めようとわざと大きな音を立てている。

 その音が気になったのだろう、生徒たちが教室から出て音のほうを伺っていた。


「あ、フィルブス先生。この音、なんですか?」


「……気にするな。教室に戻って自習していろ」


 そう言うと、フィルブスは向かう先を変えた。音に注意すればブレインたちの向かう先は予想できる。

 ならば、先回りするだけ。


 フィルブスは校舎の外――校庭に出た。


 フィルブスの想像どおり走ってくる人影が見える。

 サーレスとブレインだ。


「止まれ! サーレス!」


 フィルブスは矢のような声を放った。

 サーレスがにやりと笑うと足の速度を緩めた。身体の位置を変えてブレインとフィルブスの両方に視線を走らせる。

 サーレスは見るも無惨な様子だった。

 頭から流れた血で顔の右半分は真っ赤に染まり、全速力で走っていたためか髪も服も乱れて荒く息を吐いている。いつも浮かべている軽めの笑みはそのままだが、それが痛々しさを強調していた。


「……サーレス……諦めろ……」


 そう言って、ブレインが足を止める。

 サーレスが両手を広げた。


「はっ! これはこれは! ブレイン先生にフィルブス先生! さすがのサーレスくんも大ピンチみたいですね!」


 フィルブスは右手を、ブレインは小杖を向けながら二人ともじわじわとサーレスとの距離を詰めていく。サーレスはふらふらと前後に揺れて狙いをそらしつつ、両手で二人を牽制する。


「……もう……やめろ。サーレス……」


 ブレインがぽつりと言った。


「お前の能力はわかっている。お前は優秀だ。だけど――俺とフィルブス先生を同時に相手して勝てるはずがない。降参しろ」


「その通りだ、サーレス!」


 フィルブスは言葉を続けた。


「無駄な抵抗はやめろ! お前がひどい扱いを受けないように俺が取りなしてやる! 悪いようにはしないから!」


 フィルブスは心底からそう言った。

 教師としてサーレスとはそれなりの時間を共有してきた。性格も成績も優秀な生徒だと目に掛けていた。

 助けられるものなら助けてやりたい――そう思った。

 だが――


「でも闇について洗いざらい話すのが条件でしょう? 悪いですけど、それは無理なんですよ、先生」


 それがサーレスの返答だった。


「あと、ブレイン。悪いけどさ、まだ俺はお前に見せていないものもあるんだよ」


 直後、サーレスの身体から闇の鱗粉がわき出す。

 それはリズのものとよく似ていたが、鱗粉の濃度と密度が段違いだった。


「ハンドレッド級ふたりなら何とかなるかな?」


 くくくくく、とサーレスが笑う。

 そこへ――


「じゃあ、三人ならどうかしら?」


 フィルブスの背後から声がした。やってきた人影がフィルブスの横に立つ。

 フーリンだった。


「あれだけ騒ぎを起こしたんだもの。……他の先生たちもじきに来るんじゃないかな?」


 三人どころの話ではない。

 これは、詰みだ。


「あっはっはっはっはっはっはっはっは!」


 サーレスは両腕を下ろすと空を見上げて大声で笑った。


「いやー……やっぱ無理かー……。ここまでみたいだねえ」


「降参するのか?」


 ブレインの言葉に、サーレスは首を振った。


「悪いけど、それはできないんだなあ――」


 と言ったと同時。


「かはっ!」


 サーレスの口がいきなり血を吐き出した。それは一度だけではなく、まるで堤防が決壊したかのようにだらだらと血がこぼれ続ける。サーレスの制服が赤黒く汚れた。


「サーレス!」


 叫ぶと同時、フィルブスたち三人はサーレスへと駆け寄る。

 崩れ落ちたサーレスの身体をブレインが抱き起こした。


「お前、何を……!?」


「はは……自決だよ、自決……。俺も組織の構成員だから――、まあ、プライドとかあるし……?」


 苦しそうな声でそう言うとサーレスが薄く笑う。

 それはいつもの陽気な笑顔を思い出させたが、それだけに死の気配を色濃く伝えてくる。

 サーレスは助からない。

 死ぬのだ。


「サーレス……お前ってやつは……!」


 フィルブスは胸に苦いものを感じた。

 サーレスが小さくにやりと笑う。


「先生、闇の印はね、もう御子の手に落ちた――今ごろは学院を出る頃じゃないかな……俺の勝ちですよ……ははは!」


 御子――!

 その言葉にフィルブスは背筋が凍り付いた。

 まさか、本当に闇の御子が乗り出しているのか?


 ――闇の御子が釣れたりしてね?


 そんなカーライルの言葉をフィルブスは思い出してしまった。そして今アルベルトは……。

 すべてはあの宮廷魔術師の思惑どおりだ。


「……なあ、ブレイン……。お別れだ。……別にお前をだましてたことなんて謝らないけど……俺はお前の考え方は好きだったぜ……。お前の復讐が果たせることを……祈ってる、ぜ……」


 ははは、と力なく笑うとサーレスは静かに目を閉じた。


「サーレス……」


 ブレインが辛そうな声を吐く。

 担任であるフィルブスの胸にも重苦しい感情が渦巻いているが、フィルブスはそれを無視した。

 感慨にふけるのはすべてが終わった後だ。


 闇の御子は闇の印を持って学院を出ようとしている。そして、アルベルトは正門に向かった。


 アルベルト、お前は間に合ったのか?


間に合うんでしょうかね……?


次回『アルベルトvs闇の御子ルガルド』です。


フーリン先生が出てきたので、キャラクターデザインの公開です。


挿絵(By みてみん)


初期の頃のイメージ段階の資料なので、発売時には少しアレンジされているかもしれない点はご了承ください。


フーリンとカーライルですね。


フーリンは『背が低くて、天パで、メガネが大きい』という属性もりもりな外見で『イラストに落とせるのかな?』と思っていたのですが、良い感じに『優秀な女性教師』像にまとめてもらえました。すごいですねー。


同じメガネキャラであるカーライルとメガネの大きさを比較していただければと(笑)


カーライルは『さわやかエリート』みたいな感じですね。服装が盛り盛りでカッコいい!


この辺のキャラも書籍だとイラストに落ちていますので、お楽しみに~。


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コミック版マジックアロー、発売中です(2021/08)!
以下の画像をクリック->[立ち読み]で少し読めます。

shoei
― 新着の感想 ―
[気になる点] 間に合うんでしょうかね……? 次回『アルベルトvs闇の御子ルガルド』です。 台無しだよ!! 自分で即バラしてんじゃんww
[気になる点] 攻撃魔術に固執するブレインが拡声の魔術を習得しようと思ったのは何か理由があるのでしょうか? [一言] フーリンもカーライルもほぼ思い描いたとおりのビジュアルでした。個人的にフィルブス先…
[気になる点] ピュリフィケーション版マジックアローをサーレスに撃てばもしかして自決せずに済んだのでしょうか… [一言] 例え間に合わなくとも闇の印を探知出来るなら、いくら距離を取ろうと意味がない…ア…
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