リズの告白
俺の放った白い矢がリズの胸に炸裂した。
「ああ!」
直撃を受けたリズが悲鳴を上げた。同時、まるで身体を縛り付けていた鎖が弾け飛ぶかのように、彼女を覆っていた闇のもやが消えてなくなる。
リズの身体が力を失い、くたりと床に倒れ込んだ。
「リズさん!」
ローラがリズへと駆け出す。
少し心配だったが――まあ、大丈夫だろう。すでにリズは普通に戻っているはずだ。
フィルブスが俺に近付いた。
「闇を浄化するマジックアロー……お前そんなものまで使えるの?」
「はい。ビヒャルヌ湖で練習しまして」
「すごいな……だけど――どうしていきなり俺に撃ったんだ?」
「人体に影響がないか調べるためです。リズに撃つ前の実験です」
「いやいやいやいや! 影響あったら俺、死んでるぞ!?」
「……フィルブス先生は生徒想いの教師だと信じています。生徒のためなら命も賭けられる――違いますか?」
「お、おう……」
「その熱い想いがゆえに、俺の協力要請を快諾してくれました。『何でも試してみろ! 俺が許す!』と――違いますか?」
「お、おう……」
フィルブスの目が泳いでいる。
「ま、まあ、その、生徒のため、だからな? これくらいは、どうってことない、どうってことないさ、はは、はははは!」
どこか渇いた声でフィルブスがそう言った。
さすがだ……。俺は感無量だった。
生徒のためならば命の危険もいとわない。甘んじて受け入れ、胸を張る。そうそうできることではない。
俺のなかでフィルブスの格がまた上がってしまった。
また何かあったらフィルブスに頼ろう。
「アルベルトさん! 先生! リズさんが目を覚ましました!」
「あ、あれ、わたし――?」
リズがぼんやりとした様子で目を開く。
「……そうだ、わ、わたし、闇の力に呑まれて――!」
リズがはっとした顔でローラを見た。
「ご、ごめんなさい、ローラさん! わ、わたしはとと、とんでもないことを……!」
「大丈夫です。正気じゃなかったんですよね? リズさんが無事でよかったです」
ローラは優しげな表情でそう応えた。
「もう大丈夫ですか……? 話はできますか?」
「……ありがとう、ローラさん……」
ローラの言葉にリズが深刻な顔でうなずく。
「昨日の夜も、そして、さっきも――わたしは闇の契約に操られていたの……」
「闇の契約?」
「うん。意識はあるんだけどもやがかかっている感じで――身体が自由に動かない感じかな……」
そう言って、リズは制服の袖をめくった。
リズの白い上腕があらわになる。
「たぶん、さっきの魔術で消えたんだと思うんだけど――前はここに契約の紋章があったの」
リズの言うとおり、彼女の腕には何の痕跡もなかった。
「あの契約を交わしたのは――失敗だった……」
リズはそう言って上唇を噛んだ。その表情には心底から後悔がにじんでいた。
「その、契約というのは、どうして結んだんですか?」
「……成績が……悪かったから……」
恥ずかしそうな口調でリズがぽつりと言った。
「背伸びして学院に入ったけど全然ダメで――二年の進級に必要な校章が取れる気がしなかった……。でも、村のみんなはわたしに期待してくれている。それで――」
「契約に手を出したんですか?」
「……うん。魔力を高めてくれる効果があるみたいで。何とか合格できたの」
その後に重いため息をついた。
「でも、するべきじゃなかった。まさか命令に逆らえなくなるなんて。ローラさんに声を掛けたのも――」
「え?」
「ローラさんに近づけ、そう言われたの……ごめんね……」
「わたしに? どうして?」
「……魔女の血に……興味があったみたい……」
言いにくそうな声でリズが言った。
「ごめんなさい、ローラさんをそんな理由で巻き込んで……」
ローラは一瞬だけ悲しそうな表情を浮かべたが――
それだけだった。
いつもの表情に戻ってこう言った。
「大丈夫です! それでもわたしはリズさんと話せてよかったと思っています! こうやってリズさんを助けることができたんだから!」
「……ローラさん……ありがとう……」
リズは絞り出すようにそう言った。
「昨日の夜もそう。あの教室に向かったのは闇の契約で操られていたから。ローラさんには気づいたけど、何もできなかった。自分の意志では何もできなかったから」
「倒れていた教室に向かったんですか?」
「ええ。あそこでわたしに犯行で使用した道具を押しつけようとしたみたい」
そう言ってリズは左手を見た。
彼女の人差し指には指輪がついていた。リズは汚らわしいものに触れるかのように、それを引き抜いた。
「この指輪、さっきまでは自分の意志で外すことができなかった」
「……それは?」
「あの人が探していた――学院から盗み出そうとした宝具を見つけ出すためのマジックアイテムみたいね」
「……闇の印か」
フィルブスがぽつりとつぶやく。そして、リズの目を見て尋ねた。
「リズ。お前が操られていたというのはわかった。それで――お前に闇の契約を結ばせたのは誰なんだ?」
リズは一拍の間を置いてから、はっきりと言った。
「サーレスです」
ブレインの友人にして学年で三人しかいない鉄の校章の持ち主。
あの優等生サーレスが……。
そこで俺はふと気になることが頭に浮かんだ。
――今日の一三時すぎなんだが……少し付きあってくれないか?
ブレインはそんなことを言っていた。そして、
――昨夜の件で気になることがあってね。アルベルト、君に立ち会ってもらえると心強い。
とも言っていた。
最後の言葉はこうだ。
――悪くはないが……もう会う約束はしているからな……。
つまり、昨夜の件で誰かと会う約束をしている。
もしもサーレスが黒幕だとしたら――友人であるブレインが気づいている可能性が充分にある。
ブレインの会おうとしている相手がサーレスだとしたら?
「危険だ……!」
俺がいきなり口走ったので、みんなの視線が俺に集まる。
「どうしたんですか、アルベルトさん?」
「ブレインがサーレスと会っているかもしれない」
ローラの問いに俺が答える。
その言葉は一瞬にして場の空気を凍り付かせた。
「さっき、昨日の夜の件で人と会うから同行して欲しいとブレインに頼まれたんだ。ローラとの約束があったから断ったが。場所は――」
と思い出した瞬間、俺は思わず走り出した。
学院の校舎はL字型をしている。なので、ブレインが言っていた教室は位置的に屋上から見える気がしたのだ。
俺は柵のぎりぎりに立って校舎を見下ろす。
「――!?」
校舎の最上層にある、ブレインから教えてもらった教室。
割れたガラス窓から身体をのぞかせて二人の男子生徒がもみ合っている。距離があるので顔は判然としないが、青色の髪と焦げ茶色の髪の二人――ブレインとサーレスに間違いないだろう。
「どうしたんだ、アルベルト! 急に走り出して!」
フィルブスとローラたちが俺に追いつく。
俺は校舎を指さして答えた。
「ブレインとサーレスがもみ合っています」
「な、マジか!?」
その光景を見てフィルブスが顔を引きつらせる。
「みんなで助けにいきましょう!」
ローラの声に俺は首を振った。
「その前にやることがある」
「なんですか?」
「ここからサーレスを狙い撃つ」
「え!? でも、ここからあそこまで距離がありすぎて――」
「忘れたのか、ローラ」
「え?」
「俺のマジックアローの射程距離は――」
そして、こう続けた。
「一三キロだ」
「あ!」
俺は右手を伸ばした。狙いを定める。ブレインに当ててはいけない……そして、サーレスを殺してもいけない。威力は弱めて……。
すべての調整を慎重におこなってから、俺は引き金となる言葉を口にした。
「マジックアロー」
白い矢が閃光のように走り――
焦げ茶の髪の生徒を教室の奧へと吹き飛ばした。




