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悲劇のミルヒス家

 数日後の休日――


「あ、アルベルトくん、こっちこっちー」


 と手を振るフーリンがそこにいた。

 フーリン――

 一〇年前の俺のクラスメイトにして友人だ。今は学院で教師をしている。


 ここは学院『外』の広場。よく王都の人間が待ち合わせに使っている有名な場所だ。


「ねえ、アルベルトくん。今度のお休み、時間とれないかな?」


 休みの前にフーリンがそう言って俺を誘ってきたのだ。

 フーリンと学院の外で待ち合わせをするのは再会してから初めてのことだ。


 二人だけではないが。


「お前たちが勝手に会うのは構わないんだが――」


 フーリンの隣に立つフィルブスが頭をかいた。


「どうして俺が誘われたんだ?」


「ほらー、王国祭で学院もいろいろ準備が必要じゃないですか! その買い物ですよ! 荷物が多いので力持ちのおふた方にお手伝いしてもらいたいんです!」


「かーっ、やっぱりそんな理由かよ! かーっ! 俺、帰るから!」


 逃げようとするフィルブスの腕をフーリンがつかんだ。


「ダァメェでぇすぅ! 先生は学院の職員なんですから! 絶対に参加です!」


「ああああああもう! せっかくの休みなのに! 最悪だああああああああ!」


 フィルブスがフーリンに引きずられていく。

 俺は小さく笑うと二人の後を追いかけた。


 それから夕方くらいまで俺とフィルブスはフーリンの買い物に付き合わされた。

 王国祭の準備で使うものらしくいろいろな店を渡り歩き、フーリンは大量の品物を買っていった。

 袋に詰められた品物は次々に俺とフィルブスの手に渡ってくる。


 ……最近は王都生活でめっきり身体がなまっている。なかなかハードな一日だった……。


 大量の買い物が終わった後、俺たちはフーリンの案内で高級な店構えの料理店へと向かった。


「お疲れ様でしたー!」


 脳天気な声でフーリンが言う。


「今日のお買い物は学院の仕事です! 学長さんから好きなのを食べていいと言われていますので、遠慮なくどうぞ!」


「そりゃ、どうも……」


 はあ、とフィルブスがため息をついた。


「頑張るなあ、フーリン。毎日毎日、王国祭の仕事が押し寄せて。やっとの休みまでかり出されて、俺の心は折れてしまったよ……」


「元気元気ですよ、フィルブスさん!」


「年上のお前に元気がないと言われると少し悲しいよ……」


 確かにフーリンは俺と同い年。フィルブスはカーライルと同い年なのでひとつ年下だ。

 ふと俺は気になることを訊いた。


「……教師になったのはどちらが早いんだ?」


「実は同期なんだよな」


「そうそう、わたしが後院こういんで二年きぃぃぃって頑張っている間、フィルブス先生は一年ふらふら遊んでから教師になったの。なので教師になったタイミングは一緒なわけ」


 なるほど……。

 ちなみに、後院とは学院の四年目、五年目にあたる。ほとんどの生徒は三年で卒業するのだが、その道を選ぶ生徒もいるのだ。


「ふらふら遊んでって、お前ね。いろいろあったんだよ、俺も……」


 遠い目をするフィルブス。ニヒルな空気が漂っている。その仕草だけで空間に深みが出る。俺のフィルブス評がまた上がってしまった。

 フィルブスが話題を変えた。


「フーリン、学院の宝物展の準備は進んでいるのか?」


「順調ですよ。今日から運び出しが始まるみたいです」


 ……運び出し?


「すまないが、何の話だ?」


 話が理解できなかった俺は割り込むことにした。

 答えてくれたのはフーリンだった。


「今回の王国祭で学院の所蔵している昔の宝物を展示することになったのよ。その運び出しが今日から始まったわけ」


「へえ」


 学院の宝物か……確かにいろいろありそうだが。


「……我らが敬愛するカーライル大先生の鶴の一声で決まってね……もうホント余計な仕事を増やすなよ……」


 フィルブスが嘆く。

 それからフーリンとフィルブスは王国祭の仕事について愚痴をこぼし始めた。二人とも公務員なのでいろいろ忙しいらしい。

 基本的にはいつも教師と生徒として接しているので、二人のそんな話を聞くのは楽しかった。


「そうだそうだ、こいつさ、学年首席に勝ったんだよ」


 フィルブスが俺を指さして話題を変えた。


「学年首席? え、ひょっとしてブレインくん?」


「そうそう。あのブレインに」


「すっごい! アルベルトくん、すごいじゃないの!?」


「……ありがとう」


 少しばかり照れる。

 悪くはない気持ちだったが、この話題を引きずる気持ちは俺にはなかった。

 ブレイン。その名前を聞いたとき、気になる言葉を思い出したからだ


「ブレイン・ミルヒスについて聞きたいんだが。こんな言葉を聞いたんだ――悲劇のミルヒス家、と」


 俺の言葉に二人のまぶたがぴくりと動く。

 俺は構わず続けた。


「悲劇のミルヒス家とは何だ?」


 フーリンとフィルブスはお互いに顔を見合わせた。


「……貴族の間では有名な話なんだがな。お前は一〇年ぶりに復帰したばかりだし知らないのも無理はないか。ここ数年の話だからな」


 それからフィルブスはこう続けた。


「知りたいのなら教えてやろうか?」


「ちょ、ちょっと待ってください、フィルブス先生!」


 慌ててフーリンが割り込む。


「個人的なことじゃないですか! そんなことを他人のわたしたちが勝手に話すのは……!」


「それも一理あるけどな。言っただろ? 貴族の間じゃ有名な話だって。別に秘密でもなんでもない。いつかは知る。それなら教師の俺たちが配慮しながら教えてもいいんじゃないかね?」


「そう、ですね……」


 フィルブスの言葉にフーリンが静かにうなずいた。

 フィルブスが俺を見た。


「知りたいか?」


「そうですね……教えてもらえるのなら」


 いつか知るのなら、今知りたい。

 学年首席でありながら挑戦者の目で俺を見るブレイン・ミルヒス。あの男との関係はまだ続くだろう。ブレインが俺への興味を失わない限り。

 フィルブスが口を開いた。


「悲劇のミルヒス家。一夜のうちにミルヒス本家は全滅したんだよ。学年首席にして魔術の天才――ブレイン・ミルヒスを残してな」


 数年前のある日――

 ブレインたちは治めている領都を離れて同じ領内にある別荘を訪れていた。

 家族総出で休暇を取るためだ。

 ブレインの父は家族思いな人間で、夏に一週間の休みをとって家族で過ごすのを慣例としていた。


「……だけどな……場所が悪くてな……」


 フィルブスはため息まじりに言う。


「その別荘の近くにリッチのねぐらがあったんだよ……」


「リッチ?」


 初めて聞く言葉に俺は眉をひそめた。

 フィルブスが答える。


「リッチってのはな、スケルトンと同じ骨の化け物だ。ただ、強力な魔術師が秘術を使って永遠の命を手に入れたなれの果てでな――魔術の腕が半端ないんだよ」


「永遠の命――そんなものがあるとは……すごいですね」


 俺の言葉にフィルブスは首を振った。


「……どうなんだろうな……。カーライルは『ただ長いだけで出来損ないの命』なんて吐き捨てていたけどな」


「カーライルが?」


「あいつもその秘術を研究してみたらしいんだが――人としての身だけではない、心も捨て去る魔術なんだとさ。人間性も失い、感情の残骸をからっぽの頭蓋骨におさめ、魔術への妄念だけで動く生き物」


 フィルブスはこう続けた。


「果たしてそれは生前と同じ人物だと言えるのかね? 生前の人物の記憶だけを引き継いだ別の生き物ではないのかね? ――だとさ」


「フィルブス先生」


「なんだ?」


「カーライルの口まね上手ですね」


「いや、そこ拾うところじゃないからな、今の話で!?」


 それからフィルブスは頬をかきながらこう続ける。


「……つきあいが長いから、そりゃうまいだろうよ……話を戻すぞ」


 ブレインたちは不運だった。

 その場所にリッチが住みだしたのははるか大昔だったので、まさかそんなところにねぐらがあるなど知るはずもなかった。

 ブレインたちは不運だった。

 今までずっと静かに息を潜めていたリッチが――


「その晩に限って表に出てきたんだからな……」


 誰も知らない洞窟の奥深くから、魔術への妄執だけを糧に生きる太古の悪夢が這い出してきたのだ。



週2更新(水・日)です。


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shoei
― 新着の感想 ―
[一言] カーライルの口真似てそこかーい!(笑)
[一言] (*ゝω・*)つ★★★★★
[気になる点] リッチは数百年前の高名な魔術師なんでしょうか? そしてもし数年前のその場にアルベルトがいたら悲劇は回避できたのでしょうか… [一言] >「果たしてそれは生前と同じ人物だと言えるのか…
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