手放してはならないもの
悲劇のミルヒス家――フィルブスが俺に話を続ける。
「その日、別荘にいたのはブレインの家族だけじゃない。侯爵と長いつきあいの使用人たちや、万が一のための護衛の兵士たちもいた」
「どうなったんですか?」
「……全滅だ。ブレインを除いてな」
リッチ。強大な魔術師のなれの果て。確かにそんな物が相手では護衛の兵士ごときではどうにもならないだろう。
「何が起こったんでしょうか、別荘で? なぜブレインだけが生き残っているんですか?」
わかりやすい説明が返ってくるだろう――
そんな俺の思惑は見事に外れた。
「それを知っているのはブレインだけなんだ」
「え?」
「ブレインはあの晩、何が起こったのかを誰にも言わない。あいつが言ったことはふたつだけだ。みんな死んだ。リッチに殺された――」
フィルブスはため息をついた。
「状況が状況だ。たったひとりの生き残り――忠臣も親族もすべてを失った少年。彼が口を閉ざすのなら誰も聞けない。話はそこで終わりになった」
そして、フィルブスは話をこう締めくくった。
「これが悲劇のミルヒス家の全容だ。あいつはそんな過去を背負って生きている。だから普通の貴族だけど考え方が普通じゃない。あいつの人生の中心は復讐――それだけだからな」
「そうなんですよね……」
フィルブスの言葉にフーリンが同調する。
「ブレインくんはあの年齢にしてハンドレッド、一〇〇以上の魔術を体得しているんですけど、攻撃魔術に偏りすぎなんですよ」
「……それは俺も思っている……」
今度は憂鬱な表情でフィルブスがフーリンにあわせた。
「頭のなかは復讐でいっぱいだ……それがあいつの手放してはならないもので――あれはあれで危ういぞ……」
それでなのか。
ブレインが俺に競争を仕掛けてきたのは。先の戦いで貢献した俺という指標を目指すことで己の攻撃魔術を計ろうとしたのだ。
「だから……ブレインはあんなにも貴族のつきあいから自由なんですね……」
俺はそう独り言のようにつぶやいた。
もはや家のことなど興味がないのだろう。己の力を高め――リッチを討ち果たすことだけが彼のすべて。
それゆえに他のすべてを捨てることができる。
その純粋さは――今の俺にはまぶしかった。
「……やっぱりお前、少し悩んでいないか?」
そんな俺を見て、フィルブスがそう言った。
「え?」
「学院の連中に貴族だってバレた。おまけに前の戦いでは大活躍した。――キルリアたちからのアプローチがなかなか熱いのは知ってるぜ」
どうやらフィルブスはお見通しのようだ。
前の試験では話せずじまいだった。やはりここは苦しい想いを吐き出しておいたほうがいいだろうか。
「……一学期とは違う環境に戸惑っているのが本音ですね……」
フィルブスもフーリンも何も言わない。
俺をじっと見つめている。俺の言葉を待っている。
「貴族の彼らと仲よくしなければいけない――そうは思うんですけど、うまく溶け込めている感じがしなくて……」
俺は胸の奥の暗い感情を押し出すように口を開いた。
フィルブスが口を開く。
「いや、当たり前だから!」
そんな俺の気持ちを吹き飛ばすかのような大きい声で。
「お前ね、忘れているかもしれないけど、あいつらより一〇以上年上だからな? 普通に話とかあわないからな?」
フィルブスが鋭く指摘する。
「いいか? 俺みたいな教師でも一〇も違う生徒どもと話を合わせるのは大変なんだからな? おまけにお前はずっと静かに暮らしていたんだろ? 最初からうまくやれるはずがない!」
歴戦の教師フィルブスでも苦戦する。
その事実は俺の心を少し軽くしてくれた。
「アルベルト、引け目なんて感じるなよ。できることからやっていけ。そんなに最初からうまくいくもんじゃないよ」
それからフィルブスはこう続けた。
「それにな、別にキルリアの誘いも毎度のる必要はない。お前にはお前のやりたいことがあるだろ。それは大事にしろよ」
俺の、やりたいこと――
俺が黙ったタイミングでフーリンが話しかけてきた。
「アルベルトくんは貴族だとバレちゃったけど――ローラさんとはもうサヨナラなの?」
俺は反射的に返事をした。
「そんなことはない!」
思ったよりも強い言葉で俺自身が驚いた。
「すまない、フーリン……」
「ううん、大丈夫。アルベルトくんの気持ちがわかったから」
少しばかり嬉しそうにフーリンがほほ笑んだ。
「……わたしはね、ちょっと怖いな、って思っているの」
「怖い?」
「貴族としての責務で忙しいアルベルトくんと、あなたの邪魔をしちゃいけないと思っているローラさん――」
そう言って、フーリンは交差させた両手の人差し指を正反対の方向に引き離した。
「せっかく仲よくなれたのに、このまま何となく疎遠になっちゃうんじゃないかってね」
「それは――」
ない、と言いかけたが、俺は口にできなかった。
二学期に入ってキルリアに絡まれてから、ローラとは話せていない。いや、会うことすらできていない。
それを思ったとき――
俺は自分の胸にじくじくとした湿った感情があることに気づいた。
それはきっと、寂しさなのだろう。
ああ、俺は寂しかったのか。
言葉を失う俺にフーリンが言った。
「アルベルトくん。貴族のつきあいも大事だろうけど――何が本当に大事なのか。それだけは見失わないでね」
フーリンの後にフィルブスが続ける。
「……ひとりで抱え込むなよ。俺たちは教師だから。お前の相談くらい喜んでのるからな!」
二人の心からの気遣いだった。
それは確かに冷えていた俺の心を確かに温めてくれた。
俺はひとりではないのだ。
「ありがとう、フーリン、フィルブス先生」
アルベルト・リュミナスとして大事なこと――ただのアルベルトとして大事なこと。
どうやら俺は向き合わなければならないようだ。
と思ったが。
向き合うまでもなかった。
俺が決して手放してはならないものは?
心に浮かんだのはローラの笑顔だった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
その夜――
魔術学院の校庭の片隅にひとつの影がわだかまっていた。
その影こそルガルドが『生徒』と呼んでいた人物だ。
生徒の姿は頭から脚まですっぽりと闇に溶け込む黒装束に包まれている。むき出しなのは目だけ。男か女かも謎だった。
なぜこんな格好をしているのか。
答えは今日が『商品の売買の日』だからだ。
商品の売買――闇の印の奪取。
学院の宝物展に貸し出されるため、闇の印が学院の表層に現れているのだ。
今晩それをいただく。
そして、明日ルガルドに回収させる。
それが闇の計画だった。
生徒の足下には赤い線で描かれた魔術陣が描かれている。生徒はその中心に手を向けて引き金となる言葉を口にした。
直後。
――オン……。
空気の揺れるような低い音ともに夜よりもなお暗い闇の楕円が魔術陣の中央に現れる。
そこから――
ぞろり、と。
骨でできた化け物――腐りかけの人の死体――暗い影を覆うぼろ切れ――動くはずのないものたちがぞろぞろと流れ出てくる。
スケルトン、ゾンビ、ゴースト。
不死者たちだ。
学生は召喚術を使ってアンデッドたちを呼び出したのだ。
大量のアンデッドたちが出現、学院は大混乱に陥るだろう。その混乱に乗じて闇の印をいただく。
生徒はにやりと笑うと夜の闇に消えた。
週2更新(水・日)です。
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