リュミナス浄化作戦
リュミナス領はかなり広い。まともに歩いて村から村へと移動しているととても回りきれない。
しかし――
「わー、アルベルトさん! 草原がきれいですよ!」
「そうだな」
俺たちはずっと広がる緑の大地を『上空から』眺めていた。
俺のマジックアローで空を飛びながら。
俺のマジックアロー飛行は徒歩よりもずいぶんと早いし、大きな川だろうが悪路だろうが無視できてしまう。
ひと夏で村をすべて回るのも不可能ではない。
俺とローラは依頼書に従って順番に村を回っていった。
「マジックアロー」
「グギィ!?」
村人に迷惑をかけるゴブリンを退治した。
「マジックアロー」
「ゲイッ!?」
村人に迷惑をかけるリザードマンを退治した。
「マジックアロー」
「ブイブイ!?」
村人に迷惑をかけるオーク――豚の頭をした亜人種を退治した。
「マジックアロー」
「クゥーン!?」
村人に迷惑をかけるコボルト――犬の頭をした亜人種を退治した。
「マジックアロー」
「マジックアロー」
「マジックアロー」
片っ端から領民を脅かすモンスターたちを倒していった。
どこの村でもむちゃくちゃ感謝された。
「ありがとうございます! あなたは村の恩人です! 冒険者の方ですか?」
「いえ、違います。報酬はいりませんのでギルドへの依頼はそのまま取り下げてください」
「そ、そんな!? 本当に!?」
「はい」
「せめてお名前を教えてもらえませんか!?」
「アルベルトです」
「ローラです」
土砂崩れのときと同じく名前だけ名乗ることにした。
……まあ、俺が侯爵を継ぐのはだいぶ先だろうし、別に顔や名前を覚えられても特に問題ないだろう。
村人たちとのコミュニケーションにおいて、ローラの存在はとてもありがたかった。
俺だけだと突然やってきた謎のうさんくさい男だが、若くて人当たりのいいローラがいると村人たちの警戒が薄くなる。おまけにローラは村人たちの機微もわかるので、俺と村人たちのクッションになってくれた。
その上で俺が村を困らせている化け物を退治すると村人たちは完全に俺たちのことを信頼してくれた。
「アルベルトさん! 飯ぐらい食っていってくれよ!」
そんな感じで歓待されて、いろいろと村の困っていることを話してくれた。
まさにそれは俺が聞きたかったこと。きっと俺の未来に役に立つだろう。俺はうんうんとうなずきながら耳を傾けた。
なかには領主への不満もあったが……。
「貴族の人はわかってくれないんですよ、ホント!」
……正体を隠しているのが申し訳ない。
……だまし討ちしているような気分だ。
もちろん、悪口を父に報告するつもりはない。建設的な意見だけ残して他はすべてその日限りで忘れることにした。
父は領民のことを考えるタイプの貴族だが、やはりそこには上下関係という溝がある。下には下の「どうしてこんなこともしてくれないのだ!」という想いがあるのだろう。
自由に動ける今の間に少しでもその声を集めよう。
きっとこの積み重ねは俺の未来にとって――
リュミナス領の未来にとっていいことにつながるはずだ。
そんな感じで俺たちは依頼書を片っ端から処理していった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
夏の終わり頃、領都リュミナス――
冒険者ギルドの受付嬢は一枚の手紙を受け取った。たまにギルドに仕事を依頼してくる村から来たものだった。
受付嬢は見るまでもなく中身がわかった。
(……おそらく仕事のキャンセルでしょうね……)
封を切ると果たしてその通りだった。
ここ何週間もずっと続いている。
『もう依頼は結構です。片付きましたので』
『ゴブリンを倒してくれる人がいました!』
『何とかなりました。依頼を停止してください』
そんな手紙が続々と届く。
いきなり化け物たちが消えることなどあり得ない。何者かがすごい勢いで倒しているのだろう。
いったい誰なのだろうか――
「おい、この依頼を受けるぞ!」
受付嬢の前に戦士風の男が前に立った。
いつぞや、ここにやってきた風変わりな二人組――物静かな感じの男と白髪の女の子に絡んでいた酔っ払いの中年男だ。
男の顔は不機嫌で焦りが浮かんでいる。
「悪いわね、その依頼はたった今キャンセルされたわ」
男の手から紙を奪い取ると、受付嬢はそれを破ってくずかごに放り捨てた。
「な、何だってんだ! 寝かせていた討伐系の仕事なくなりすぎだろうが!? どういうことだ!?」
「知らないわよ」
容赦なく受付嬢は突き放す。冒険者ギルドの業務は依頼を円滑に仲介すること。報酬をつり上げようとする男たちのサボタージュ行為ははっきり言って不快だった。雇用関係があるわけでもないので黙認していたが。
「悔しいのならさっさと受けておけばよかったわね」
「くそ、他のやつでもいい! 金になるなら――!」
「やめておいたほうがいいわよ」
掲示板に駆け戻ろうとする男を、受付嬢は親切心で呼び止めた。
「あそこに貼ってある依頼、討伐系はもう信用できないから。どれもいつ中止になってもおかしくはない。そうなったら村に行くだけ無駄骨よ」
男は顔を真っ赤にして歯がみした。
受付嬢は淡々と続ける。
「前みたいに護衛とかこつこつやればいいじゃない?」
「それじゃ足りないんだよ! そんなセコい仕事じゃ! 知っているくせに! 討伐系でがっつり稼がないと借金が!」
「そうね、返せないわね。ギルドに借りたお金を」
受付嬢は吹雪のような声で言う。
この男は借金をして酒を飲んで遊び続けた。釣り上がった討伐系の報酬金をあてにして毎日毎日。
「ちゃんと返すつもりはある――そう思って大丈夫?」
「あ、あ、あああ、当たり前だろ!」
男は目をそらして言った。
(……逃げるな……これは)
受付嬢は職業的な経験でそう見抜いた。
だが、何も言わない。立ち去っていく男を静かに見送るだけ。
彼女の仕事は依頼を仲介すること。
借金の取り立てではない。
取り立てにはよりふさわしい――地獄の果てまで追っていく猟犬のような職員が対応するだろう。
(それにしても、まさか、あの二人なのかしら……?)
受付嬢は首を傾げる。
受付嬢には化け物を狩る二人組に思い当たるふしがあった。
村によっては直接ギルドにやってきてキャンセルを伝えにくる場合もある。
「村に来たのはどういう風体の人でしたか?」
と受付嬢が聞くとこんな感じに答えてくれた。
「アルベルトとローラって名前だったかな。優しい感じの物静かな兄ちゃんと真っ白な髪の女の子だったよ」
物静かな男と白髪の少女の二人組。
夏が始まった頃、ギルドを訪れた二人だ。女の子の髪が真っ白だったのを覚えている。
(あの二人だとしたら――いったい何者なのかしら……?)
依頼をキャンセルしてくる集落の数が多すぎる。期間を考えると徒歩で移動しているとはとても思えない。
尋常ではない移動量だった。
(二人組と今回のこと――ギルド本部に報告したほうが良いんじゃないですかねーって上に話してみようかな)
きっと何かの役には立つだろう――受付嬢はそう思った。
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