第九話:寝床を確保
目が覚めたらなぜか頬っぺたがヒリヒリと痛い。
ミミルに聞いてみても分かりませんと微笑まれて言われてしまった。
彼女が嘘をつく理由もないし、本当のことだろう。原因がまったく不明だけど異世界だしそういうこともあるのかな?
「はい、これあなたの身分証明書よ。私の名前が入っているから王宮に入る時はこれを使って」
戻ってきていたガーネットから金属製のカードを受け取る。
「ここへの出入り以外にも街の通行や許可の必要な物の売買にも使えるわ」
「助かるよ」
「あなたのことだから奪われる心配はないと思うけど、悪用された困るから無くさないように気を付けてね」
「オッケーオッケーだいじょうぶ。そんなヘマはしないよ」
「ちょっと不安だけど……まあいいわ。身分証も渡したことだし今日はもう帰ってもいいわよ」
そう言ってガーネットは解散を告げるのだが、
「ちょーっと待った。え、ここには住めないの? そのつもりだったんだけど?」
ガーネットは困った顔をする。
「いちおうここは王族以外住めないことになっているからあなたが泊るのは難しいわね」
「王族以外は住めないってことは、ミミルはどこに寝泊まりしてるんだ? 」
「ミミルたちメイドは近くの宿舎に泊っているわ」
「じゃあ俺もそこに」
「それも難しいわね。ここで働くメイドたちは貴族の子女がほとんど。いくら私が身元を保証しているとはいえ平民のあなたは入ることさえできないでしょう」
「だったら俺はどうしたらいいんだよ?」
「今すぐ私と婚約すればあなたもここに住む資格を得られるわ? どうする? 」
「いや、それは」
「冗談よ。そうね、あとは街の宿に泊まるか、ラーズのいる兵舎に泊るか、かしら」
ガーネットに二択の説明をしてもらうと、両方にメリットデメリットがあることが分かった。
まず兵舎については無料で使えるとのこと。
俺はガーネットの護衛ということなので書類上は兵士扱いでもあるらしく、兵舎であれば無料で利用できるとのこと。金のない俺にとってはこの上ない好条件である。
しかし個室はないし、環境はあまりよくないらしい。
つぎに宿屋。ピンからキリまであるが有料である分、兵舎よりマシな環境とのこと。
今の俺は無一文だ。宿に泊まる金はない。ガーネットに言えば貸して貰えるんだろうけど女の子に金の無心をするってのは少し恥ずかしい。
ガーネットの護衛として働いていれば賃金は入るし、宿を借りるのはそれからでもいいだろう。
「兵舎に泊ることにするよ」
俺はなんて甘い考えを持っていたのだろうか。
そのことに気づくのに時間はそうかからなかった。
警備にあたっていたラーズをガーネットが呼び出し、彼に連れられて一般向け兵舎に向かったのだが。
これがもう色々きつい。
一部屋に十人ほどが詰め込まれ雑魚寝状態。もちろんベッドなんてものはなく板張りの床に直だ。与えられるのは薄い毛布一枚。当然のように新品などではなく使い古されたぼろ布だ。
俺以外の奴らはそんなことには慣れっこなのか就寝時間になるとすぐに寝入ってしまったのだが、現代の生活に慣れすぎていた俺は中々寝付けない。
しかも本当の地獄はこれからだった。
筋肉質のむさくるしい男たちの寝息、寝言、いびき、歯ぎしりが俺の耳を襲い、暗闇で視覚を失ったことで敏感になった鼻が男たちの汗くさい臭いをかぎ取る。
挙句の果てには時たま俺のすぐ近くを何かが通過していくのだ。それはカサカサだったりチューチューだったり。夢の世界に逃げ込めたら良かったんだけど、睡魔は一向にやってこず、俺は羊を三万飛んで二百四十五頭も数えるはめになった。
おかげで体中だるいし、頭も痛いし。フラフラになりながらもなんとかガーネットの私室に向かうと、俺の憔悴した姿をみたミミルが驚いていた。
「だ、大丈夫ですか? 目は虚ろですし、大きい隈もできてます。顔をも少しやつれたような」
ガーネットの部屋にたどり着き、裸の男たちとは真逆のミミルの姿に癒された俺はそこで力尽き、絨毯の敷かれた床に倒れ込む。
ああ、ここは天国だ。静かだし、綺麗だし、いい匂いもする。
「あれからいったい何があったんですか!?」
「この世の地獄とだけ言っておく。あー、思い出したくもない。お願いだからこのまま寝かせてくれ」
「だ、だめですよ。そんなところに寝てたら体によくありません。せめてソファーのほうへ」
ミミルが俺を動かそうとするけれど、非力な彼女では運ぶことはできない。
時々おっぱいが体に当たるけどまったく気にならない。今の俺は性欲よりも睡眠欲のほうが重要だ。
「あら、面白そうなことになってるわね」
床に這いつくばったままの俺の視界にガーネットの足が飛び込んできた。
「ガーネットさま、これはその」
「いいわ。だいたい予想つくわ。というよりも昨日の段階でこうなることはわかっていたわ」
な、なんだってーー!!!
「どういうことだガーネット。お前には予知能力でもあるのか」
「日に焼けていた白い肌。豆もない柔らかい指。髪には艶があり健康そのもの。貴族や有力な商人の家系またはそれに類する地位にいたことは分かるわ。なら都市部で暮らす平民でさえ嫌がる兵舎に耐えられるわけがないでしょう」
「平民ですら嫌がるだと!? ど、どうしてそれを教えてくれなかったんだ」
俺は抗議のために顔をあげる。
ガーネットの普段着なのか昨日のドレスとは違い、丈の短いスカートを履いていたためローアングルから見上げる俺にはバッチリデルタ地帯が見えていた。いや、眠いからあまり気にならないんだけどね。
「私の求婚を断ったお返しよ。あれでも私、かなりの勇気を出したのよ。それを保留だなんて私の心は酷く傷ついたの」
傷ついたといいながら、彼女の顔は全然辛そうではない。
むしろ悪戯が成功したかのように楽しそうである。
「でもあなたのその姿を見たらすっきりしたわ。ごめんなさいね。代わりと言ってはなんだけど、新しい選択肢を用意してあげるわ」
「それはいったい? 」
眠いからもったいぶらずに早く言ってほしい。
もしかしたら分かっててやってるのかもしれないが。
「私の私邸を使わせてあげるわ」
護衛としてはあるまじきことだが、そこから夕方まで俺はソファーで眠りこけてしまった。それも完全なる熟睡。不穏な気配で目が覚めるなんて器用な真似はできないから、もし何か起こっていたら大変だった。
起きた時にはガーネットの公務もすでに終わっており、他に今日の予定もないことから護衛の仕事を切り上げることにした。
お前は何しにきたのだと言われても仕方ない護衛っぷりであったけれど、幸いにして俺のあるじ兼未来のパートナーは寛大だったので特に叱責はなかった。
「えーっと、こっちだよな」
ガーネットから渡された地図を頼りに街に降り、貴族の邸宅が並ぶ区域を目指す。
しかし初めて来た場所で土地勘もないからかなり不安である。
こんなことならミミルに案内してもらえばよかったな。でも爆睡してただけの俺がさらに迷惑かけるのは気が引けたし。
地図通り歩いているつもりなのだが何か間違ってる気がしてならない。
だってこの先の丁字路を左に曲がるはずなのに、俺の視線の先にあるのは十字路だ。
ガーネットのいたずらでなければ間違いなく俺は迷ってしまっている。
「この世界に交番とかないかな? 」
「ユニオじゃねーか。こんなところで何をやってるんだ? 」
救いの神は現れた。
この世界で俺の名を知ってる男は限られる。
顔をも一致するほど関わった奴と言えば
「ナイスタイミングだぜ、ラーズ。ちょうど道に迷っていたところなんだ」
「道に迷う? どこにいくつもりだったんだ?」
「ここなんだが分かるか?」
俺はガーネットから貰った地図をラーズに渡す。
「分かるかって、おまえ。俺が誰の護衛なのか知ってるだろう」
「そういやそうだったな。でもそんな護衛がガーネットのそばを離れてていいのか? 」
「王宮ってのは国の中心だ。そして一番安全なところだ。そこで俺が付きっきりの警護をやってたんじゃ、王宮の警備を信用してないと言ってるようなもんだろ。だからこうして街の巡回をやってるんだ」
「なるほどなー」
魔物を放った刺客も王都内では問題を起こさないらしい。
「それで案内するのはいいんだがいったいここに何の用があるんだ? 姫さんはしばらく王宮だろうに」
「個人的な用事というか、そこで寝泊まりさせてもらおうと思ってな」
「おまえ、仮にも王族の邸宅を宿屋代わりって……。そんなに兵舎は合わなかったか? 」
「いや、合う合わないの次元じゃないだろあれ。兵士の扱いじゃないって。あそこに住む奴らの頭はおかしいって」
「そう言われてもな。兵士なんて危険な仕事、わざわざやる奴なんて都市部にはいないんだよ。そうなると地方から出稼ぎにくる奴や食うに困った奴らが多くなる。そんな奴らにとってはあれでもマシなほうだぜ。朝昼晩と飯がちゃんとつくしな」
きのう、俺も夕飯としてそれを食ったのだがふつうにまずかった。
パン粉の塊なのかと思うほどパサパサしたかったいパンに、味の薄い野菜のスープ。そして塩っ辛い干し肉。
吐くほどのマズさではないし、まわりが不満を漏らさず食ってる中で俺だけ残すというのは気が引けた。もし俺が女子ならダイエットだとか理由をつけられたんだけど、残念ながら俺にはチンコがついている。朝見たときも元気だった。
まあ仕方ないから残さず食ったけどさ。次はまともなご飯が食べたいです。
ぐー。
ご飯のことを考えていたら腹が鳴った。
そういや今日まだ何にも食ってないんだよな。朝からずっと寝てたわけだし。
「なんだ腹が減ってるのか? なら先に飯が食えるとこへ案内したほうが良さそうだな。ここからも近いし俺の行きつけのとこへ連れっててやるよ。ジャンボオオトカゲのステーキが名物でかなりうまいぜ」
「お、いいなそれ。異世界っぽくていいじゃん。あっ、でも俺、金ないんだよな」
「よくそれで旅ができたな。まあいい、俺が奢ってやるよ。同僚になるわけだし、歓迎パーティーと行こうじゃないか」
「お前いい奴だな。イケメンの男はあんまり好きじゃないんだが、お前となら友達になれそうだ」
「……おい、それじゃあ今まで俺のことどう思ってたんだよ」
「ノーコメントで」
案内された場所は酒場であった。
夜になって仕事を終えた人たちが集まっているのか、店の中は賑わっていた。
「いらっしゃいませー。ご注文はお決まりですかー。あっ、ラーズさんじゃないですか。最近来ないからきになってたんですよー」
お、こんなところに美少女発見。
給仕の服装してるからこの店の看板娘といったところだろうか。
「ちょっと任務で王都を離れてたからな」
「そうだったんですかー。他所のお店に取られちゃったかと思っちゃいましたよ。それでそっちのかたは? 」
「仕事仲間だ」
「ども、由仁雄っす」
「よろしくねー。注文はいつものでいいかな? 」
「ああ、二人分を頼む」
「わっかりましたー」
彼女は注文を聞くと厨房の方へ歩いて行った。
看板娘なだけあって中々の美少女だったな。
ミミルやガーネットとは違ったタイプの良さがある。
「ははーん、そうですか。そういうことですか。剣に生きるみたいな風貌の癖してなかなか隅に置けないですねー」
「ん? なんだ? 変な目でこっちをみて」
しかしなるほど、こいつがこの酒場を行きつけにする理由がよーくわかったぜ。
ラーズは看板娘を目当てにやってきているんだな。分かるぞ、男は女を追う物だからな。
俺のいた世界にもイカ臭い手で握手をするためだけに何千枚ものCDを買う奴らもいたし。これはどこの世界も共通のことだろう。
でもあの反応だと脈なしだな。
お可哀想なことではあるが……だがそれがいい。
女に相手にされない男を見ると親しみと安らぎがわくからな。
もしイケメンと美少女のキャッキャウフフなラブストーリーをなんて見せられてみろ、血涙と血反吐を吐いて憤死してしまうわ。
「そのにこやかな顔になぜかイラっとするが、まあいい。なあ、お前はこの国にくるのは初めてって言ってたよな 」
「ああ。故郷を離れて早三年、顔をも知らぬ母を訪ねて三千里 」
「おまえ、おふくろさんを探していたのか」
「いや全然。たぶん実家で煎餅食いながらテレビでも見てんじゃねーかな」
「意味もなく嘘をつくな! 」
「てへぺろ」
「いっぺん殴ってもいいか? 」
「場を和ます冗談だよ。で、俺が初めてなのがどうしたんだ」
「……ここは冒険者ギルドに併設されている酒場だ。この国のあらゆる情報が集まってくるといっても過言ではない。ミミルからこの国のことを学んでいるようだが、生の情報に触れる方がより理解できるだろうと思ってここに連れてきたんだよ」
「ほう、冒険者ギルドとな」
冒険者ってあれだよな。魔物とかと戦ってレベルを上げて経験値と金を稼ぐ職業。
そんな奴らが集まる場所に併設された酒場。どおりで店内の客が物々しいわけだ。




