第十話:冒険者にからまれる
ってことはあれだな。
新参者の俺に荒くれものの冒険者たちが因縁を吹っ掛けてきて、からんでくるイベントが起きるんじゃないか?
そんでそいつらを逆にボっコボコにしてやって一目置かれたりなんかして。グフフ。
「どうした突然ソワソワして」
「なあ、ここにミルクって置いてるか? 」
「いや知らないが。聞いてみようか? 」
荒くれものが集まる酒場でチビチビとミルクを飲む俺。
新人いびりが大好きなろくでなしどもには格好の獲物だろう。
おいおい、ここは酒を飲むところだぜ? ミルクが飲みたいなら家に帰ってかあちゃんのおっぱいでも飲んでな! とかさ。
そんなことを期待してラーズに頼んでもらったけど、食事を終えても一向にカモは現れなかった。ミルクを切らしては食いつきが悪くなると思って何度も注文してたおかげで腹はタプタプである。
よく考えれば兵士の格好をしているラーズが隣にいるのに絡んでくるなんて底抜けなバカか兵士を嫌う悪党か、もしくは正真正銘の冒険者である。
いくら冒険者といえども公権力に盾突く真似するはずないか。
「そこのお前。ここは酒を飲むところだ。 ミルクが飲みたいなら家に帰って母親のおっぱいでも飲んでろ」
って、いたーーーーーーーーーー!!!!!
底抜けのおバカさん発見!!
すごくね? 逆にすごくね? これはもう天然記念物として国が保護すべきド阿呆だろう。
あまりの衝撃に思考が一瞬停止しかけたが、そもそも俺はこの展開を待っていたんだよな。
さて、この命知らずのご尊顔でも拝ませてもらいますか。
「ん? なんだ。なにか文句でもあるのか? 」
「ふぁ!? 」
いやね、ふつうこういう時はガラの悪いハゲとかが絡んでくるもんだろ?
俺もそのつもりで顔を向けたんだが、そこにいたのは
「お、女の子? 」
「あたしが男に見えるというのか? まったく失礼なやつだ」
目の前には俺より年下に見える少女。
くせっ毛なのか所どころハネている栗色のショートヘアが野性味があって特徴的だ。身長は低めで小柄。胸もほとんどない。
ボーイッシュではあるけど男と間違えることはないだろう。
「いやいやいや、え、ええええええええ!!!!!」
衝撃から立ち直るまえにさらなる衝撃に襲われてでもう何がなにやらわからない。
これがフタエノキワミってやつかアッー!
「初対面の相手にそれはないだろ? 前から言ってるがもう少し女らしいふるまいをだな……」
「私は女である前に冒険者だ。そんなこと気にしてたら死んでしまう」
「兵士も似たようなものだからある程度は分かるが、それにしたってお前は気にしなさすぎる」
「せっかく妹が会いに来てやったのに。おにいはすぐお説教したがる。うざい」
驚きのあまり固まってしまった俺を置いて、仲睦まじく会話に華を咲かせるラーズ兄妹。
兄妹か。なるほどね。それなら納得だ。
彼女は新人をいびりにやってきたチンピラなんかではなく、大好きな兄と一緒にいる俺に嫉妬した可愛い妹ってこと。どおりで兵士姿のラーズに臆さず俺に絡んでくるわけだ。ははは。
兄妹っていいよね。姉弟もいいけど俺はどちらかと言えば妹推し。ちなみに兄妹も姉弟もどちらもきょうだいと読む。これを知った時は割と驚いた。
ここまで妹に惹かれるのは俺が一人っ子だったからかもしれない。
朝寝坊した俺を起こしにきてくれたり、一緒に登下校したり、ときどき俺にワガママ言って困らせてきたり。ゲームや漫画でしか知らないけどそういう生活って憧れだ。
「死ね! おにいはいっぺん死ね! 」
あれれ、おかしいな。俺が目を離した隙に険悪な仲になってるぞ。
彼女の口からでるのは照れ隠しでもなんでもなく純然たる罵倒だ。
この短時間にいったい何があったんだよ。
「えーっと、ラーズ。こちらのお嬢さんはどちらさんですか? 」
「ああ、こいつは俺の妹のスピアだ。根はいい奴なんだが口と態度があんまりよくなくてな。さっきのも悪気があって言ったわけじゃないから気にしないでくれ」
「いいよ別に。そういうのあんまり気にしないし」
ぶっちゃけ俺も似たようなものだしな。
こういう連中のあしらい方ならよーく熟知している。なんせ自分自身のことだからな。
軽く受け流せばいいんだよ軽く。過剰に反応するから火に油を注ぐように対立するんだ。
「初めましてスピア。俺は由仁雄。ラーズと一緒にガーネットの護衛をやってい……」
「お前の名前なんて聞いてないし興味もない。あとあたしの名前を勝手に呼ぶな」
「まあそういうなって。知り合ったのも何かの縁だ。仲良くしようぜ」
「断る。なんであたしがお前となれ合わなきゃならない。おまえは早く母親のおっぱい吸いに行って死ね」
……コイツ。人が下手に出てればつけあがりやがって。
顔が整ってるからって調子こいてやがる。
言って良いことと悪いことの区別もつかんのか。
久しぶりにキレちまったぜ。
「ああん!? なんで俺が好き好んで母親の萎びたおっぱい吸わなきゃいけないんだよ! 想像しちまったじゃねーか畜生が。目の前にあるんだからお前の小さなおっぱい貸せばいいだろコラ」
「本性を現したな。あたしにはゴブリンのような腐った性根が初めから分かっていた。だが残念だったなあたしは強いから襲ってきたとしても返り討ちだ」
「ほほう、お前は俺の強さを知らないときている。俺が本気を出したら時間停止avみたいなことができちゃうだぞ。お前が今グチャグチャのビチャビチャになってないのは俺の寛大な心によるものだと知れ貧乳が」
「うるさい。キモイ。近寄るな。テーブルに頭ぶつけて死ね」
「お前が死ね。ぶっ殺すぞ」
「待て待て、お前らあんまり熱くなるなよ。周りが注目してるだろ。というか初対面でよくそこまで罵り合えるな」
顔を突き合わせて口論してた俺たちのあいだにラーズが割り込んでくる。
「おいユニオ、おまえ口が悪くても気にしないって言ってただろうに。……あと妹に危害を加えるつもりなら俺が相手になるぞ」
後半のトーンがマジです。怖いです。
「けっ、シスコン野郎が。どうせ妹に口汚く罵倒されて興奮してたんだろ変態めっ! 」
「おにいにそんな性癖があったとはドン引き。これからはあたしの半径5メートルには近づかないでほしい」
「なんでいきなり二人揃って俺に矛先向けてくるんだよ!! 意外に相性いいのなお前ら」
「「いや全然」」
まったく、こいつの目はふしあななんじゃないか?
どこをどう見たら相性がいいなんて発想になるんだ。
俺とスピアは水と油。けっして交わり合うことなどないというのに。
「俺としてはそのうちスピアとは決着をつけなきゃいけないと思ってる」
「奇遇だなユニオ。あたしも同感だ」
「気が合うな。アハハハ」
「そうだな。アハハハ」
◇◇
そんなこんなでスピアと酒を交わしていたらすっかり遅くなってしまった。
「ここがガーネットの別荘か。それにしては」
ずいぶんとこじんまりとしたものであった。ここに来るまでにあった他の貴族の屋敷に比べて半分以下の大きさだ。というかふつうの一軒家っぽい感じだ。仮にも王女さまの屋敷なのにいいのだろうか。
「この時間だともう使用人とかはいないんだろうな」
預かっていた鍵を取りだして扉を開ける。
玄関を入ると屋敷の中は明るかった。昨日のうちから使用人に話がいってるらしいので、俺のために灯りをつけていってくれたのだろう。
木製の階段を登って無人の廊下を歩く。
目的地はガーネットから使えと言われた二階の奥にある寝室だ。
そこはごくありふれた普通の部屋であった。窓際には整えられたシーツが引かれたベッドがあり、中央にはティーセットの置かれたテーブル、壁側には本がぎっしり詰まった本棚がある。
とても一国の王女が使う私室だとは思えない。
とくに王宮の、金ぴかに輝く装飾が使われた高そうな家具だらけの部屋を見たあとだと特に。
まあでも、落ち着くにはこれくらいの方がいいかもしれないな。
部屋中が黄金色に囲まれた部屋など成金が好むもので、庶民の俺の精神は休まらないだろう。
「はあー、これだよ。人が寝る場所は。今日は熟睡できそうだ」
ベッドにダイブ。適度な反発性がいい感じ。
枕に顔をうずめると何やらいい香りがする。
すわガーネットの匂いかと一瞬思うも、彼女が帰ってきたのは俺と同じ。昨日は王宮に泊っていたからここには来ていないはず。そして前回使ってから洗ってないわけもない。ならばお日様の香りなんだろうな。
目を閉じて嗅覚に意識を向けていると、ふわっと異臭が漂ってきた。
「汗くさっ! そういや俺、昨日から風呂入ってねーや。洗うの面倒だな。でもくっさいままで出勤するわけにもいかないし」
アルコールが入ってることもありこのまま眠りたい欲求に駆られるが上流階級の人が集う空間に汗臭い体で向かうほど図太くはない。
なによりミミルやガーネットに嫌がられる可能性もある。
顔をしかめて俺から距離を取る美少女。……うん、それはそれでありだ。
「なんて冗談は置いておくとして、風呂はどこだろう。二階にはそれっぽいのは無かったから一階にあるのかな」
部屋を出て階段をおり、屋敷の中を探索することにした。
とはいってもそこまで広いわけじゃないからすぐに見つかるだろう。
「こっち、いやあっちだな」
俺の第六感に従って廊下を進み、とある扉の前に立ち、そしてドアノブを握る。
鍵はかかってないようで、扉はがちゃりと軽い音を立てて部屋の中に向けて開いていった。
俺はそれをゆっくりと眺めている。全てがスローモーションに感じたのこの先の光景を知らずに理解していたからだろうか。まさか、まさかあんなことが起こるだなんて。
俺の知覚がフル稼働で扉の向こうに集中する。
三。
……扉が。
二。
……完全に。
一。
……開いた。
零。
人が居た。
無人だと思われたこの屋敷に俺以外の人間がいた。
それはこの数日で顔を合わせ話もした人物でもあった。
赤い。真っ赤だ。
俺は凍り付いたように身動きが出来なかった。腕も足も口も自分のものではないかのように言うことが聞かない。
ただ目だけが異様に見開き、その赤い光景を脳に刻み付けようとしている。
彼女は。
いや、ガーネットは。
「ずいぶんと遅かったのね」
俺の目のまえで一糸まとわぬ姿でそこに立っていのだ。




