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5.【恋人】


「……タロンさん。何でレオニス先生は私の名前を知ってたんでしょうか?」


『試験官なら名簿くらい持っているだろうし知っていてもおかしくはないが、まあこんなに人数がいる中で適当に話しかけた奴の名前を覚えてるなんてこと普通はあり得ない』


「ということはやっぱり……」


『十中八九。アルトゥ、というか俺たちの異常さに気付いて声を掛けてきたんだろうな。流石に中にもう一人いるとは気付いてないだろうから、問題はないけどな。むしろ注目されてるんだ、喜ぶべきじゃないのか』


「見られていると思うとそれはそれで……」


『筋金入りの恥ずかしがり屋だな、お前は……』


=====================


「本当に皆さん魔術が使えるんですね」


『中には事前に言って試験をパスしている奴もいるみたいだがな。本当に使えない奴が三分間貰ったところでどうしようもないしな』


「本来私もそうなる筈でしたけど、タロンさんのおかげですね。……本当に使えればですけど」


『いい加減俺の言うことを信じて安心しておけ』


開始された試験だが、人数が多いのでAグループの中でも更に6つに分けられテストが行われている。


生憎とアルトゥとセルエルは違うグループだったので今は別行動中だ。


ちなみに今目の前でアピールをしているのは教師陣の噂の的、マルクスだ。


風の魔術を使ったそれは技巧のアピールではなく単純にその威力を見せつけるかのように吹き荒れている。


確かに威力だけで言えば中々のものだ、あの若さでこれだけ使えれば上出来なんじゃないか。


他の連中を見る限りこの世界の魔術も元いた世界と全く変わらない、習熟度も同じくらいと考えればマルクスは天才と言えるだろう。


「素晴らしい、流石エレノール様だ」

「ええ、美しくも雄々しい何てまさにエレノール様のような見事な魔術ね」

「あの方を超える腕前の者はいないね。もちろん、僕を含めて」


同じ貴族であろう者たちの称賛の声があちこちから聞こえてくる。


どうも庶民への差別などは無いみたいだが、こういった貴族同士のやりとりはここでも変わらないらしい。


ちなみに俺は嫌いだ、理由は単純に肩がこるからだ。


「……ふぅ。ありがとうございました」


マルクスは風を止め優雅な一礼をした後に後ろへと下がっていく。


「次、アルトゥ・プリンシパル」


「は、はいっ!」


名前を呼ばれたアルトゥが演技位置に着くと、このグループの担当であるレオニスが確認を取ってくる。


「準備は出来たな? それでは開始する、頑張ってくれ」


開始の合図とともに、目の前の三分と表示されたタイマーが時間を刻み始めた。


『じゃあ早速始めるとするか。時間は三分、おそらくギリギリになるだろうからしっかりと指示に従ってくれ』


「わかりました、よろしくお願いします」


周りの人間に不審に思われない程度の声で、話を進めていく。


『まずはアルカナ術式の中で最も自分に合った術式を探す。21までの全ての術式をいきなり使えるわけではないからな。復唱しろ、《我に取り込まれし神の力、我が心に眠りし人外の理よ。示せ、我が存在、有り方を》』


「《我に取り込まれし神の力、我が心に眠りし人外の理よ。示せ、我が存在、有り方を》」


詠唱に反応しアルトゥの意識のみが心の奥の奥まで落ちていく……筈だった。


『しまった、俺も連れていかれるのか!?』


彼女の心の中に住み着いている、もう一人の契約者である俺も同時に連れていかれるとは思いもよらなかった。


=====================


「……んっ、ここは……??」


タロンの言葉を復唱して、意識がまるで何かに誘われているかのように自分の意志とは無関係に消えていったのまでは覚えている。


しかし場所を移動した覚えはアルトゥには無かった、だが自分が今立っている場所に見覚えがない。


まるで牢屋の様に檻に囲まれているこの部屋には、他には地べたに無造作に置かれた長方形の薄い板があるのみだ。


わけが分からないとそこで呆けていると、アルトゥは急に自分以外の気配を感じとる。


気配の主はどうやら檻の外側にいるようで、その足音は徐々に徐々に、こちらの方へ近づいてきている。


「えっと、誰かいらっしゃるんですか……? もし良ろしければ返事をしてください……」


「いるよ」


薄暗い檻の向こうから可愛らしい声色でぶっきらぼうな少年のような返事が返ってくる。


姿はまだ見えないがとりあえず、言葉は通じる相手のようだ。


と、ここで一つの事実にアルトゥは気付く。


返ってきた声に聞き覚えがあったのだ、身近で、それでいてこうして話すことに違和感を覚える不思議な声。


その声の正体に行きつく前に、件の相手が闇を超えて灯りの元に姿を現す。


「わ、私!?」


現れた人影の正体はアルトゥ自身だった。


目つきや歩き方などは自分とは違うが、その顔や身体はまさしく自分自身のそれと瓜二つだ。


「そんな訳があるか。ここはお前の心の中だ、そんなところに自分以外で入ってこれる奴なんて一人しかいないだろ」


「も、もしかしてタロンさんですか!? 何で、私の姿で……」


「さあな、ここに引っ張られたのは身体を共有しているからだろうが、この身体になるとはな。心で身体の判断をすることも出来ないのかこの術式は!」


「まあまあ、こうして自分となんて不思議ですけど、やっと顔を見て話せたましたし私は嬉しいですよ」


「ふんっ、それよりも急いがないとまずいぞ。心の中とはいえ時間は流れている。ボサッとしてればタイムオーバーだ」


「そうでした。私はここで何をすればいいんですか?」


タロンは床に腰かけて手を後ろにつきながら答える。


「ここはお前の心にあるアルカナ術式を収納しているスペースだ。そしてそこに転がっているのがお前の適性のある術式が形を持った姿だ。それを見て、理解する。それだけで元の世界に戻れるさ」


アルトゥは言われた通りに床に落ちている大きな絵を拾い上げてひっくり返す。


そこに描かれていたのは黒いローブの少年と白いローブの少女が笑顔で手を繋いでいる微笑ましい絵だ。


絵の中にはいるのは二人だけではなく、上の方には女神の様に美しい女性が慈愛の表情を浮かべてその二人を見守っている。


キャンパスの右下にはこの絵の題名と思われる『恋人』という文字が書かれていた。


「それがお前に最も適した術式、『切りジョーカー』だ。ジョーカーはそいつの心を現す」


「これが私の心……!」


「おっと時間だな。来た時と同じようにそのうち意識が……ああもう無くなってたか」


=====================


『さて、戻って来れたわけだが』


「残り1分しかありません……」


確かにタイマーの数字は残り一分を切ろうとしていた。


現実世界では約二分間もジッと立ち尽くしていた事になるので、周囲は何事かとざわめいていて、他のグループにも気になってアルトゥの方に視線を送っている者がいる


そんな中でも正面に立つレオニスは期待のまなざしでこちらを眺めているのみだ。


「あわわわわわ……!?」


『落ち着けアルトゥ、後は呪文を唱えるだけだ。喜べ、ついに念願のアルカナ術式初体験だぞ!』


「そ、そうですね! し、しぃ、視線は気になりますが頑張りますっ!」


『よしっ、まずは魔力を集める。初めてなんだ、加減何てどうせ出来ないんだから全力でいい。身体の中に在る力を出し切れる様にとにかく集中しろ』


アルトゥは目を閉じて、意識を自身にのみ集中させている。


その様子はまるで魔術の素人とは思えない。


身体を共有しているからこそ分かる、今彼女には周りの雑音は届いていない。


あるのは己とそしてその中に眠る力の奔流のみだ。


――もしやとは思ったが、これは予想以上の拾い物かもしれない。


成行きで出会い協力することになった彼女だが、この少女はやはり……


「――アルカナ術式Ⅵ 【恋人】」


もはや詠唱すら教える必要はない、彼女に宿った力は自ずとその使い方を理解することが出来る。


【恋人】とはつまり絆だ。


誰かとの交流、交わりあうことで生まれる深い結びつき、その情熱。


術式はそれを魔力を通して象る、形は人によって違うがアルトゥの場合は守護神のようだ。


盾のような胴から少し離れるようにして浮かぶ二対の巨腕、全てが白銀の鎧で覆われたその姿はまさに騎士のようだ。


「こいつは凄いな。召喚魔術は今までいくつも見てきたがここまで強力なのは初めて見た。やっぱり俺の目に狂いは無かったようだな」


レオニスは感心したように呟く。


そして騎士の神々しいとも言えるほどの美しさは、受験者達に自分たちの魔術との圧倒的な差を感じさせるのに十分な物であった。


二人を見ている者たちからは感嘆と称賛の声が溢れている。


もっとも当事者の耳には魔術を使えた喜びが勝って周りが見えておらず全く聞こえてないが。


「この子を……私が……」


『【恋人】は召喚魔術に似ている。そいつは紛れもなくお前が呼び出した、お前の魔術の証だ』


「そうですか――これから宜しくお願い致しますね」


騎士は返事などしない、だが主の意志を感じ取ったのか浮かんでいた体を地面へと下ろした後彼女の身体を傷つけないようにゆっくりとその手のひらに乗せる。


そのまま騎士は再び浮かび上がり少女と共に飛び上がっていく。


彼女が自分が注目されていたのを思い出したのは天井近くまで浮かんだ後であった。

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