3.入学試験
「タロンさん! 絶対、絶対見ちゃダメですからね!」
『自分で見なきゃ俺にも見えないだろ……。それより急がないと遅刻するぞ』
「ううぅ……まさか男の人と一緒になるとこんな問題が起きるなんて」
『むしろ女の子なら真っ先に思いつくべきだと思うけどな、俺は』
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年頃の少女にしては短い身支度を終えた俺たちは、件の入学試験を受ける為モルターリア学院へと走っていた。
「それにしても、私本当に魔法が使えるんでしょうか? 結局あの後はすぐに寝ちゃって、練習何てなにもしてないんですけど」
『使えることはまず間違いないな。おそらくこの状態になってから俺たちの能力はある程度お互いにも影響を与えている』
「お互いにですか……? でも、私がタロンさんに何かをあげられるとは思えないんですけど」
『こうやって話していたり、文字を読むことが出来ているのはアルトゥの影響だと俺は考えている。この世界の言葉なんて俺はまったくわからないはずだからな』
「そういえばタロンさんとは普通にお話できますもんね。そっかぁ……えへへ……」
自分も相手の役に立っていたと知って、短めの銀髪をいじりながら少女は嬉しそうに顔を綻ばせる。
『俺が宿ってから魔力が生まれたということも考えれば、まあ使えるのが自然だろう。アルカナ術式は無理かもしれないが、どちみち試験の内容次第で使う魔術なんて変わってくるしな。どうせ練習したところで付け焼刃にしかならないのならやる必要なんてないよ。むしろ、俺が心配なのは筆記なんだけどな』
「筆記ですか?」
『ああ。別にこのテスト、戦闘・魔術・筆記の全部良い点数を取らなきゃいけないわけではないんだろう? 優秀な人材を集めるなら何か一点に特化した奴だって当然欲しいだろうし。魔術は俺がいる時点で高得点は約束されている』
「すごい自信ですね……」
『天才だからな。そして戦闘だけど……一応聞くけどアルトゥって何か使える武器はある? もしくは運動神経が良いとか』
「と、年下の子たちに腕相撲で負けるくらいには……!」
『うん、まあそんなところだろうと思っていたよ。だから戦闘は論外。魔術だけでもテストは突破できるかもしれんが、出来れば筆記の方でもそれなりの点数を取っておきたいんだが』
「私、勉強は結構得意ですよ」
『本当か?』
正直意外だ、孤児院で過ごしていたのなら勉強する環境はあまり整ってなかったのではと思ったんだが。
「近所に子供たちに無料で勉強を教えてくれる方がいてそこでいっぱい勉強しました! それ以外にも私、友達を作るのが苦手なのでよく本を読んでいることが多くて……。あっ、孤児院の子たちとは仲良しですよ!みんな家族みたいなものですしっ!」
『内向的なわりにはよく話すなあ』
「タロンさんは顔が見えないので話しやすいです!」
そういえば小さい子どもや内向的な子供は心の中に空想の友達を作って遊ぶという話を聞いたことがある。
もしかして俺はアルトゥの……!
ははっ、ないない。
「あっ、見えてきましたよ! あれが王立モルターリア学院です」
『へえ、あの馬鹿デカいのが』
アルトゥの指差すそれは、広大な王都の中でも一際目立つ建物だ。
校舎と思われる建物は俺の世界にあった学校の数倍はあるのではないかというほどに巨大で、校舎以外にの学生寮などの施設がある為か敷地面積に至ってはここからではどれほどの大きさなのか把握することすら出来ない。
校門の方を見ると、そこは人の山で埋め尽くされていた。
身なりの整った貴族と思わしきご子息ご令嬢だけでなく、アルトゥと同じような至って普通の家庭の子など、実力主義を謳うだけに家柄は関係ないのは本当のようだ。
「もちろん、貴族の方が合格することの方が多いんですけどね。やっぱり私達とは今までの教育環境からして違いますから」
『それはしょうがないことだな。実力でいくらでも入学することが出来るんだ。環境を言い訳にするような奴はどちみち入った後に潰れるだろう』
「言い方は厳しいですけど、そうかもしれませんね」
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「……タロンさん、私どうすればいいんでしょうか」
『いきなりどうした!?』
校門まで辿り着いた俺たちは、そこに立っていた教師にAと書かれた紙と試験の会場となる教室への地図を渡された。
Aというのはグループ名、試験を受ける人数が多く混乱を避けるためにA・B・Cに分けて三つの試験をそれぞれ順番に受けさせるらしい。
ちなみにAは筆記・魔術・戦闘の順で試験を行う、そんなわけで俺たちは筆記試験の会場へと来て指定された席に座っていた。
試験中は怪しまれないように俺との会話を控えるように言っていたのだが、アルトゥは蒼褪めた顔になって俺に助けを求めてきていた。
『まだ試験も始まってないのに何でそんな風になっているんだ』
「そ、それが……筆記用具を忘れてしまって……」
筆記用具を忘れた? 何だそんな事だったのか。
死体の様に蒼くなってるものだからてっきり体調でも悪くなったのかと思った。
『そんな事なら前にいる試験官に頼めば貸してもらえるだろう。ほらさっさといけ』
「無理です! 無理です! こんな人が沢山いるところでそんなことしたら恥ずかしくて死んでしまいます!」
『何で自分の身体に人が入るのはすんなり受け入れられたのにそんなことが出来ないんだよ! 筆記以外できない癖に試験を受けようとしていたほどの積極性はどうした!』
「あ、あれは王都に来たばかりで浮かれていたんですぅ!」
「ね、ね。あなたどうかした? さっきから一人でブツブツ言ってるけど……もしかして調子悪い」
俺とアルトゥの言い争いに突然見知らぬ少女が割って入ってくる。
声の主は、長い赤髪が特徴的な快活そうな少女だ。
アルトゥの前の席に腰かけていた少女は、後ろの席から聞こえてくる独り言が気になったようでクルリと腰を捻ってこちらに話しかけてきたのだ。
「おっ、危ない人かと思ったら美少女と来た。しかも小さいのにおっぱいもデカい!」
「ひっ……!」
「んん? ああそうか、アタシはヘルエス・フォン・アウストリア。こんなんだけど一応貴族のご令嬢様だよ」
「き、貴族様でしたか!? 申し訳ございません、私はアルトゥ・プリンシパルと申します」
「いいってそんなにかしこまらなくて。家柄なんかで威張り腐るのなんてもう古い古い。気軽にヘルエスって呼んで、敬語も無しね」
「えぇ! え、えっとじゃあ、ヘ、ヘルエス……ちゃん」
「んん~まあ及第点! これでアタシ達は友達だ! それでどうしたの、何か調子悪そうだけど?」
「筆記用具を忘れちゃって……」
「なるほどね、それならアタシが貸して……あ、ダメだ一本しかない。ちょっと待ってな」
そう言うとヘルエスと名乗った少女は席を立って試験官の元へと走り去ってしまった。
『貴族のお嬢さんにしては自由な子だな。しかも代わりに借りに行ってくれるとは。お礼ちゃんと言っとけよ』
「はい。でも同年代の子と話すのは緊張して……タロンさんも何か話しているときにアドバイスをお願い――」
『後はお若い二人でごゆっくり~』
「タロンさん!?」
その後、試験開始時間まで二人の話を聞き流しながらボーっと考え事をする俺であった。