第七話
九人目までは逃げ切りました。
勝ったじゃなくて逃げ切ったが正しいよホント。
軽量のスピードと鎚レベル2、格闘レベル1を駆使して翻弄して翻弄して全部向こう脛への一撃で戦闘不能にする。
弁慶の泣き所だ。鍛えられまい。
ってのもみんな胸当てだけで脛当てをしていなかったから。
十人目は脛当ても篭手もヘルメットも盾も持ってるフル装備。
終わりだ。
レベルも5でスキルも剣2、盾1。
冒険者ランクもEだった。
普通登録したての素人が勝てる相手じゃないだろうよ、そりゃ。
もうフラフラの俺はどこを攻めるか考えているうちに、最初の一撃を受けきれずに棍棒を落としてしまい、あとは逃げ回るだけ。
疲れて動きが鈍ってジエンド。
不幸中の幸いか大怪我はしなかった。
足がもつれて倒れ掛かったところへの一撃で、肩口にあざができるくらいの攻撃を食らうだけですんだのだ。
凶悪ヅラの「それまで」の声のうれしかったこと。
キラキラした眼で見つめるクサレ受付嬢の声援なんかよりよっぽどうれしかった。
お前ずっと仕事サボって見物かよ。いいご身分だな。
「おしかったな小僧。G級からだな。」
凶悪ヅラがさも残念そうに言うが、どうでもいいよそんなこと。
無事開放されただけで十分だよ。
レベル上がったら絶対に回避スキルとってやる。
痛いのは嫌いだ。
ホールに戻ると、怪我護衛さんが戻ってきていて、喫茶コーナーでお茶を飲んでいた。
しかし怪我護衛さんってのもいいづらいな。
名前くらい聞いておくべきだな。
今更だが聞いてみる。
魔眼でわかるのだが何で分かったんだってことになるだろう。
「おう。そういえば自己紹介もしてなかったな。」
もっと早く気づけよ。
「俺はジェドだ。この町に住んでるE級冒険者だ。」
「あらためて、ジン・サカキ・クルーズ・ブレイドです。」
「他に用がなければウチに行くぞ。嫁と娘が飯を作って待ってる。」
マジかよ。このオッサン家族持ちかよ。
奥さん美人だったら許すまじ。
娘が美人だったら許す。
いや許して義父さん(仮)。
「できれば装備品だけ見て行きたいんですけど」
「じゃあ終わったらギルドに来い。俺は次の依頼探してるから」
ギルドを出ると、周りにある店や宿を見て回る。
宿は最も安い個室の一泊朝食付きで大銅貨三枚の三百ゴル。
なんとなく一ゴル十円って感じはあってるな。
朝食サービスの素泊まり三千円。
ビジネスホテルなら最安値でそんな感じだろう。
手持ちの金は最初の二万七千二百ゴルに稼いだ二千五百ゴル、町に入るのに百ゴル使ったから、残りは二万九千六百ゴルか。
ってことは何も稼げなければ約百日で無一文。
装備に二万ゴルも使えば、残りは約三十日分だ。
とは言え、稼がないといずれ金は無くなる。
持ってきたもので売れそうなものは幾つもあるが、最終手段にしておくべきだろう。
装備を整えようと思い、武器屋と防具屋を物色する。
予算は二万ゴルまでとしておく。
だが高い。
短弓が二万ゴルだ。弓を買ったら矢も買えない。
武器は安い順に木、青銅、鉄、鋼鉄となっているみたいだが、青銅は明らかに切れ味が悪そうだ。
かといって鉄や鋼鉄は高い。
鉄製の片手用の剣が二万ゴル。
せっかく剣レベル1を入手したのに、うまくいかないもんだ。
幸い俺が持っている鎚スキルは、刃が無い武器のためか、無骨なカナヅチの兄貴分みたいなやつが、比較的安く売っている。
しかし鉄製だと五千ゴル。
多少ゆがんでも性能に差は出ないだろうから、青銅製の三千ゴルでもまずはいいかもしれない。
バットよりは大分ましだろう。
防具も高い。
小さな鉄製の盾が一万五千ゴル。
木製の盾なんてすぐに壊れそうだし論外だ。
木製の鍋の蓋で剣を防ぐなんて、どこぞの剣豪ならできそうだけど俺には無理だ。
鉄製の胸当て、鎖帷子がそれぞれ三万ゴル。
良いかなと思うものは何も買えそうに無い。
妥協するか、あきらめるか、特化するか。
防具も武器も整ってない冒険者に仕事を頼む人が居るだろうか。
いや居ない。
妥協して低レベルで一揃え買うしか無さそうだ。
革の胸当てで五千ゴル、革のヘルメットで四千ゴル、革の脛当てで二千ゴル、青銅の投げナイフで千ゴル、青銅の短槍で八千ゴル。
これで二万ゴルか。
キャッチャーセットは怪しまれそうだから封印するとして、防具は重要だろう。
安い革装備とはいえ胴、足、頭で一万一千ゴル。
篭手も欲しいところだが予算的に無理だろう。
近距離で戦うのはまだ怖いし、中距離の武器を。
と考えると槍だろう。
値段的に青銅製になってしまうのと、スキルを持っていないのは仕方ない。
特に短槍は突いて良し、なぎ払って良し、投げつけることもできる万能武器だ。
あの日本一の剣豪である宮本武蔵ですら、関が原の合戦では槍で戦っていたと本に書いてあった。
狭いダンジョンなんかではつかえないかもしれないが、役に立つことは間違いないだろう。八千ゴル。
飛び道具もあると便利だが、弓は高くて買えない。
せっかく投擲がレベル2なんだから、一つくらい投げナイフがあるといいだろう。
日本から持ってきたナイフは、もったいなくて投げてなんか使えない。
千ゴル。
最初に遠めから投げつけて近づいて槍。
攻撃パターンが見えてきた。
中距離で投げナイフ。
普段は短槍。
近距離でバットか持ち込んだマチェット(十三日のフライデーの殺人鬼が持ってるアレだ)、同じく持ち込んだサバイバルナイフでの両手に武器の攻撃的装備。
日本での短い準備時間ではナイフやマチェット、剣鉈なんかの近距離用の武器になるものは準備できたのだが、ボウガンや銃(日本だしね)が準備できなかったが残念だ。
ニュースで矢鴨なんてよく聞いたが、犯人はどこでボウガンを買ってたんだろう。
買ったものを装備して、日本から持ってきたマチェットとサバイバルナイフをベルトに装着する。
日本だったら銃刀法違反かなんかで即逮捕の格好だ。
あとは、屋外活動に必要なものを買うか。
雑貨屋で松明を十本と直径三十センチ位の鍋。
肉屋でなんの肉か分からない干し肉を一キロ程。
パン屋でパンを十個。
酒屋で皮袋に入った果実酒を三袋買って合計五千ゴル。
買い物で二万五千ゴルも使ってしまった。
残りは四千六百ゴル。
あの宿に泊まって十五日ってとこか。
早く稼がないと大変なことになる。
買い物を終えて冒険者ギルドに行くと、ジェドがおばちゃんの受付嬢と紙を片手に話していた。
なにか良い依頼があったのだろうか。
ジェドのところに行くとちょうど話しが終わったらしく、おばちゃんが「ご武運を」と頭を下げると、ジェドがカウンターから離れてこちらへ来た。
ジェドの家は町の東側の町をぐるっと囲む壁際にあるらしい。
ジェドが家までの間にこの町についていろいろ教えてくれた。
隊商が入ってきた門は東門。
この町は東西南北に角のある大体正方形の街で、それぞれ角部分に門があるらしい。
中央に領主の城。
周りに貴族の屋敷があり、他には北西側が住宅街。
南西側が商業地区、南東側が工業地区、北東側が公園や貧民街になっているらしい。
ジェドの家は南東側の工業地区のハズレ。
工業地区は鍛冶に使う炭や薪の排煙で環境はあまりよろしくなく、その近くはどちらかというと貧しい家が多いらしい。
ジェドは、やっぱり金持ちではないらしい。
ジェドを[魔眼]で見てみる。
ジェド 陸人族・男・35歳 レベル6
スキル 剣1、盾1、格闘1
装備 布の服、革の胸当て、ブロードソード(青銅製)、ラウンドシールド(木製)
冒険者E級
隊商でみた連中と大して変わらない。
ごく普通ってことだろう。
家につくと奥さんと娘さんらしき二人の女性が出迎えてくれる。
奥さんは美人ではないが、ホンワカした落ち着ける感じの人だった。
魔眼で見てみると、
ジェネッタ 陸人族・女・31歳 レベル1
スキル 料理1、裁縫1
装備 布の服
を?
食事に期待できるかも。
娘さんも意外とかわいい。ジェドさんの子供の癖に。
ジェシカ 陸人族・女・11歳 レベル1
スキル 無し
装備 布の服
状態 肺病(余命1年)
見なきゃ良かった。
ジェドは今回三十日の護衛で、三万六千ゴル稼いだらしい。
俺に五百ゴル払っても三万五千五百ゴル。結構な稼ぎだと思う。
隊商で聞いた一般の人の日給八百ゴルに比べれば、ジェドの稼ぎは日給千二百ゴル。
五割増し位だが、娘さんの薬代が結構高くて、かつかつらしい。
奥さんも毎晩酒場でウエイトレスをしているらしいが、
「おっ付かなくて二人目も作れないんですよぉ。」
なんて生臭い話しもされる。
十三歳の身でどう返事をすればいいのか戸惑ってしまう。
「私はほっといて、妹が欲しいんだけど。病気移っちゃうかもしれないし。」
健気というか泣かせる台詞を話すジェシカちゃん。
確か光魔法のレベル2の[治癒]の魔法は、病気を治す魔法だ。
病気の進行状況や、治りずらさによって魔力消費を増やせば治せるはず。
俺なら治せる。
多分。
使ったこと無いけど、そういう魔法を使えることは使える。
問題は使うべきかどうかだ。
人の寿命は決まっているとかいう話は、あの神的なオタク少女が自由に生きろってんだから無視して良いとしても、俺が病気を治せるって話が広まったらどうするか。
隊商での話では、光魔法を使える人は少ないらしい。
使える人が少ないってことは総じてレベルも低めなんだろう。
レベル2を使える、もしくはレベル2を魔力消費強化して使える人がどれだけ居るんだろう。
でる杭は打たれる。
目立つのは得策じゃないだろう。
でも助けられる命を知っていて放置するってどうなんだろう。
知らなければ知らないで過ごせたかもしれないけれど見てしまった。
余命まで。
疑ってみればジェドももしかしたら、俺にジェシカちゃんの病気を治させるためにつれてきたのかもしれない。
可能性はゼロじゃないだろう。
藁にもすがる気持ちだったのかもしれない。
分からないことが多すぎて判断ができない。
ジェシカちゃんが居ない時に情報を仕入れよう。
俺に被害が及ばないなら、治せる範囲で治す。
被害が及ぶとしても、見過ごせる範囲なら治す。
被害が見過ごせない範囲なら・・・どうする?
見殺しにするのか?
もともと医者なんかの命を扱う仕事をしてこなかった俺には判断がつかない。
自分の都合と人の命を天秤にかけている。
用心のしすぎなのかもしれない。
でる杭といってもどれだけ出ているのかにもよるだろう。
いずれにしろ情報が足り無さすぎる。
余命も今日明日の話じゃない。
結論を出すには早すぎる。
今は情報収集に努めるべきだろう。
「そういえば、隊商で光魔法を使える人は少ないって話を聞いたんですけど、私は田舎の出身で常識知らずなのですが、そんなに少ないのですか」
とりあえず聞いてみる。
どんだけ希少なのか、ただ少ないだけなのか、程度の問題を知りたかった。
「そうですねぇ。この町には多分数千人位の人が住んでますけど、治療院は一軒だけですし、その治療院にも治療師様は数人しかいないと聞いてます。
実際に何人居るのかはそんなに治療院に行った事がないので分かりませんけどね。」
ジェネッタさんの回答を分析してみる。
数千人に数人の割合。千人に一人位か。
行けない。
イコール高いか混んでいるかでいわゆる医者にかかることはできない。
ジェドが口を出す。
「そりゃそうだろう。
稼ぎで言えば冒険者に付いて行った方が十倍にもなる。
街で治療院をやるにしても、金持ちや怪我人の多い王都や、でかい町でやったほうが儲かる。
もっと寂れた地域ならいくつかの村の重要人物になれて生活の心配はいらないどころか名士様だ。
初級治療が使えるだけで村長より大事にされる。
治癒が使えたら、いくつかの村から金や女を集めて好き放題できるだろう。
この最果ての町はいろんな意味で中途半端なんだよ。」
やたら説明くさい内容がジェドから聞けた。
説明?
いや「探り」かもしれない。
俺が光魔法を使えることは自分で確かめている。
あとはどのレベルまで使えるかだ。
さすがに十三歳の俺(外見上)にそこまでの実力があるとは思っていないだろう。
でも藁ではあるかもしれない。
怪しまれない程度に冒険者ギルドの話しや、依頼内容、魔物、報酬についての話しを混ぜつつ情報を仕入れる。
しばらくするとジェシカちゃんを眠気が襲う。
ジェシカちゃんは、お客さんが来たことの緊張のためかお疲れらしく、もう目が眠そうだ。
けれど、父親を助けた人が客として来ている。
ということで、応対しなければ。とがんばっているようだ。
ときおり咳き込むのも疲れのせいか。
それとも容態が悪いのか。
「ジェシカちゃん。
もう寝たほうがいいんじゃない?
若い娘さんは夜更かしすると肌が荒れるよ。」
冗談めかして言ってみる。
「うん。お母さん良い?」
限界だったらしく、ジェネッタさんに甘えた声で問いかけている。
ジェネッタさんはジェシカを抱きかかえると
「それでは寝かせてきますね」
といい、おやすみなさいというジェシカちゃんを連れ、奥の部屋へ引っ込んだ。
ジェドと手を振りながら見送る。
二呼吸ほど待ってジェドに問いかける。
「あまり良くないですよね。」
ジェドは驚いたようにこちらを見る。
「わかるのか。」
「ある程度は。」
さすがに余命が見えるとは言えない。
「大分悪いように見えます。治療院にはかかってないんですか?」
「治すには十万ゴルかかるって言われた。
その日暮らしのE級冒険者じゃあそんな金はすぐには貯まらんよ。」
[治癒]が使える光魔法使いが少ないのか高額だ。
需要と供給の関係で価格は決まるとはいえ、ボッてんじゃないのか。
レベル2位でそれじゃ俺が開業したら大儲けじゃないか。
払える客がいるならだが。
「今回三十日かかって三万と少しだ。装備の維持や更新で費用もかかる。
俺にできる仕事だっていつでもあるわけじゃない。
生活だって家賃や食費で家族三人が三十日暮らせばで二万位はかかる。
薬代もある。
十万ゴル貯めるにはあと数年かかるだろうな。」
間に合いませんよジェドさん。
「言いづらいんですが。」
伝えないわけにはいかないだろう。
「それじゃ間に合わないかもしれません。」
俺が治せれば良いんだが、G級になりたてのしかも十三歳の俺が、レベル2の光魔法を使ったら目立ちすぎるだろう。
ジェドのオッサンやジェネッタさんは黙っていてくれるだろう。
けれどそういう噂ってのは、どこからか必ず漏れるものなのだ。
どうするべきか、どうしないべきか。
助けてこの町から逃げ出せば、大丈夫かもしれない。
でもそれをするには俺の所持金が許さない。
異世界でも渡る世間は金なりきだ。
ジェドのオッサンは、二日後にゴブリンの群れ討伐の偵察隊の依頼を受けたらしい。
休んでる暇はないらしい。ジェシカちゃんのために。
斥候系の能力、気配察知や隠密などの無いジェドには向いている仕事とはいえない。
だが、警備の仕事の合間にできる割りの良い仕事はそんなには無かったらしい。
翌日、俺もその依頼を受けようとギルドへ行ってみたらジェドが引き受けたのはE級の依頼で、E級のジェドは依頼を受けられたらしいがG級の俺は、「級不適当。実績不足」とのことで依頼を受けることはできなかった。
E級の冒険者5人が偵察隊として出かけるらしい。
森まで往復二日。
森で探索を二日。
結果の如何によらず五日後に討伐隊の出発。
討伐隊もE級の依頼。
がんばってもF級以上で無ければ受けられない。
手伝うこともできないのか。
ジェドを放っておいて死なれでもしたら、すごい心がとがめる気がする。
そんな親しいわけじゃないのに何でだ。
ジェシカちゃんのせいか。
この世界にいる数少ない顔見知り。