第五話
その夜、見張りするカインとアベルに付き合って、一緒に起きていることになった。
やはり臨時雇いで、若いだけに信頼感が無かったのだろう。
経験の足りなさを人数でカバーさせようということなんだろうか、もしくは基本給の五百ゴル分働かせようということか。
なら満額出せよ。
とも思ったが今の俺は十三歳であったことを思い出した。
まだ子供だし一人前としての勘定はできないんだろう。
魔法分は加算してくれないのか。
でもまだ使って見せたわけじゃないし、そんなところかな。
夕方になり皆が野営の準備を始めたところでふと気がついた。
[コピー]使えるんじゃないだろうか。
これだけ親しくなれば握手位は平気だろう。
カインもアベルも剣と盾のレベル1を持っているのは[魔眼]で確認済みだ。
魔法も持っていないから、もし俺が使っても気づかないだろう。
集中してユニーク魔法の[スキルコピー1]を無詠唱で発動させ、カインの腕に触れてみる。
発動には肌の接触が必要なのだ。
知らん人にそうそう発動はできないわな。
十パーセントの成功率なはずだが、幸運にもコピーすることができた。
剣レベル1だ。
これで何かあったときに武器を失っても(要はバットが折れてもだ)、だれかの剣を多少はうまく使えるだろう。
ほとんどの人は剣を持っているからだ。
鉈は多分斧扱いだろうし、剣鉈は剣でいけるかも。
検証が必要だが。
その日の夜遅く、視界の左上にあるレーダーみたいな円に赤い点が一つ光った。
気配察知レベル3の有効範囲は半径約五百メートルってことは分かってる。
もっと情報は無いのか集中してみると、縮尺も有効範囲内であれば自在に変えられるみたいだし、気配察知は便利だ。
隊商の人たちは黄色い点で表示されている。
「なんかあっちから魔物っぽい何かが来てる。」
おれは焚き火に薪をくべているカインにそう言うと、毛布に包まっているアベルをゆすって起こす。
「本当か。北の見張りは気づいていないみたいだがわかるのか。」
「うん。」
そうしている間にも赤い点は増えていく。
気配察知の有効範囲ギリギリのも含めて赤い点が七つになった。
範囲外にいるやつもいるかもしれない。
場所は俺の居る野営の東側では無く、俺の左側。
野営地の北側護衛の先の藪の奥だ。
ゆっくりではあるがまっすぐこっちに近づいてくる。
「何匹かいるよ。十匹かそこら。」
よく見てみると薄っすらと赤く光る瞳のような光が見えてくる。
カインとアベルにも見えたようだ。
まだ焚き火の灯りは届かない位置だ。
「よく気がついたな」
緊張した声でカインが俺の頭に手を乗せる。
なでて褒めているつもりなんだろうか。
いくつか拾っておいた石を手元に出し、どうするか話し合っているカインとアベルに
「大声で皆を起こしましょう。お二人は向こうの護衛の人のところにいって起こせば、4人になるんで防御ライン構築できるんじゃないでしょうか。俺は皆を起こして回ります。」
北側の護衛は一人しか見えない。
ペアの護衛は寝ているのだろう。
襲撃を防ぐには人数が必要だろう。
カインとアベルはうなずくと、剣を鞘から抜き放つと北側へ小走りにかけていく。
「「「敵襲~」」」
おれとカイン、アベルは大声を出し皆を起こす。
カインとアベルは北側の見張り達とその場で等間隔に立ち、待ちうける。
焚き火の灯りの届かないところでは、同士討ちの危険もあるし、敵を倒すことよりも皆を守ることが仕事だ。
暗がりから大人の人間よりは一回り小さい、醜い二足歩行の魔物が走ってきた。
手には木で作った槍や棍棒、錆びたショートソードで武装している。
鎧をつけてる奴は見える範囲にはいない。
用意していた石を狙いすまして投げつける。
あっ当たった。
石を投げる。
叫ぶ。
石を投げる。
叫ぶ。
多少の混乱はあったものの、襲撃は撃退された。
襲撃に気づいて多少は準備できていたことと、相手が弱い魔物(ゴブリンっていう奴らしい)が十匹だったからまあ順当だろう。
俺も一匹を投石で戦闘不能にし、一匹をバットで頭を吹き飛ばしてやっつけた。
荷物には被害が無かったが、隊商と護衛に一人ずつ怪我人が出た。
夜に襲撃にあったにしては、少ないほうなんだとか。
「治療をお願いできますか。」
ロンドさんが話しかけてくる。
ゴブリンの木槍に腕を深く突かれたらしい、中年の商人の一人だ。
[初級回復]
傷口に手をあて、光魔法を発動させる。
詠唱が無いことにロンドさんも商人も驚いていたが、淡い光に俺の手が包まれ、その光が傷口にまとわりつき傷を塞いでいくと安心した顔になった。
「あと一人怪我した人いましたよね?」
俺がそういうと、ロンドさんは南側の見張りをしていた護衛の人が怪我をしたことを教えてくれたが、
「護衛の人の怪我は自己責任なのですよ。」
世知辛い。
なんでも光魔法使いは希少で、隊商内にいるようなことはほとんど無いとのことだ。
一回五百ゴルの治癒契約は隊商のメンバーだけが対象なので、護衛の人とは個別に交渉して欲しいとのこと。
怪我のない護衛の人は辺りの警戒に当たっていたので、怪我をした護衛の人はすぐに見つかった。
「大丈夫ですか?」
護衛の人は太股を怪我しているようだ。
「あぁ大丈夫。と言いたいとこだが場所が悪い。
このままじゃ隊商に付いていくのは無理だな。」
痛みがひどいのだろう。顔をしかめている。
たしかに足を怪我していては歩いての護衛は無理だろう。
馬車に乗せれば連れて行けるだろうが、馬車に余分なスペースはない。
「どうしますか。治せますが。」
「光魔法使いに払えるような金が無いんだよ。」
五百ゴルも持っていないのだろうか。
まだ金銭感覚があやふやな俺にとっては「五百ゴルぐらい」だが、こちらの常識では「五百ゴルも」と思うのだろうか。
日本では、あまり病院なんて行ったことは無いが、初診料とかでやっぱり数千円位はした記憶がある。
俺の金銭感覚で正しければ五百ゴルは高くはないと思うのだが。
「五百ゴルは高いですか。」
無料で治すわけにはいかない。
一人を無料で治せば、もう一人からだけ金を取るのはおかしいってことになる。
この護衛の報酬が出てからの後払いや、なにか物を貰ってそれで料金にするって手もあるか。
「五百?うそだろ。」
え?何か問題が?
「ふつう街の外で光魔法で治療なんていったら最低二千は取るぞ。」
え?ぼられてました俺。
常識を知らないと損するのは、日本でも異世界でも一緒のようだ。
ってことは、一度契約を結んだら条件変更が難しいのも一緒かな。
バイトの時給もなかなか上がらなかったし。
「この隊商とは一回五百ゴルで契約しちゃったんですよね。」
ため息が出るぜ。
「で、五百ゴルで治療します?
それとも物納でもいいですよ。」
「金は無い。この仕事の報酬がでないと無一文だ。」
江戸っ子だねぇ。宵越しの金は持たねぇってか。
どうする気なんだろうこのオッサン。
ついてこれなきゃ護衛の仕事にならないし、契約不履行になったら報酬もでないんじゃないのか?
「じゃあ後払いってことじゃどうですか。」
護衛が減るのは得策じゃない。
正直後払いなんて信用できない。
でもあと数日は野営しなきゃならない。
町までは三日だったか。
ゴブリンだってあれで終わりとは限らない。
五百ゴル損することさえ許容できれば安全度は上がる。
いや下がらない。
恩を感じてくれるんであれば、俺を優先的に救ってくれるだろう。
うん、やるべきだ。
「いいですね。治しますよ。」
◆◆◆
その後アロンの町に着くまでは、何事もなかった。
アロンの町は外周をぐるりと、高さ二メートル位の土の塀に囲まれていた。
中世ヨーロッパ風ではある。
塀には幅三メートル程の切れ目があって、門になっているようだ。
その外に町を警備する兵隊みたいな人が2人いる。
どっちも二メートル位の長さの槍と金属っぽい鎧で武装していた。
「身分証を。」
町に入るには身分証がいるらしい。
隊商の人達はみんな持っているらしい。
そりゃそうだ。仕事で町の外に出て行く人達なんだから。
護衛の人達も何かカードみたいなものを兵隊に見せている。
俺だけなにも持っていない。
そりゃそうだ。異世界に来たての俺には身分なんてない。
だれか身元を保証してくれる人もいない。
あのオタク女神は保証してくれないだろうか。
「持ってないのですが。」
おそるおそる言うと、兵士が俺を睨みつける。
身分証を持たずに町へ入ろうとする人はいないんだろうか。
世間知らずとか、この町以外の山奥出身者が、初めて町にきたときはどうするんだろう。
「ちょっとこっちへ来い」
門の脇にある小屋のような建物に連れて行かれる。
「一度しか言わないから良く聞けよ。」
前置きをしてから兵士は続ける。
「お前のような奴のために仮の身分証を発行できる。
誰か保証人をつける。費用として大銅貨1枚を払う。
三日以内に正式な身分証を取得して持ってくるか町から出て行く。」
保証人か。ロンドさんに頼めないかな。
・・・おもてにはもう誰もいませんでした。
そういえば町に着く直前の休憩時に報酬は清算済みだった。
三日分の基本給千五百ゴルに治療一回分の五百ゴル、合計二千ゴルを銀貨二枚で受け取っていたのだ。
町に着いたら、その時点で解散して早く商売に行きたいための処置であるらしい。
ついでに治療してあげた護衛さん(名前も聞いてない間抜けっぷり)からも五百ゴルを大銅貨五枚でもらっていた。
そりゃ早く商売に戻りたいのだろう。
ってその時はもっともなことだと思った。
まさか俺が身分証を持っていないなんてことは考えもしなかったのだろう。
「保証人・・・保証金で何とかなりませんかね?」
「ガキの癖に何を考えている。」
駄目らしい。
なぜだ。
文明レベルが低いところでは贈収賄は普通なはずだ。
俺の偏見か?
この人がたまたま清廉潔癖さんなのか。
どうしよう。
「俺が保証人になるならいいだろう。」
入口から神の声が聞こえてきた。
神というにはずいぶんと濁声だったが。
治療してあげた護衛さんだった。
彼は治療一回五百ゴルという値段設定をする俺を、よっぽどの世間知らずである。
とお馬鹿チャン認定していたらしく、心配で戻って来てくれていたらしいのだ。
感謝すべきかむかつくべきか。
この場合は感謝だろうなぁ。
無事詰め所から開放されると、
「お前さんみたいな田舎モンは、普通冒険者ギルドか探索者ギルドで身分証を出してもらうな。
この町に住み着くなら、役所で市民証だしてもらって治療院で光魔法で楽に食っていけるだろう。」
今後の身の振り方まで心配されてしまった。
なるほど、定住ってのもあるのか。
そうだな考えても見なかった。
異世界まで来て勤め人になる。
日本ではなれなかった正社員。
バイトとかの違いがるのかもわかんないけど正社員。
あぁ正社員。
ちょっと待てよ?
独立起業だってできるんじゃないか?
手に職(光魔法)はある。
仕入れた情報じゃ、結構需要はあるのに数は少ないらしいし、そしたら社長、経営者だ。
しがないバイトだった俺が、こっちじゃ子供ながらに経営者だって夢じゃない。
ゆくゆくはチェーン展開して、会長職になって美人の秘書さんに治療院だから看護婦さんに・・・・
「おーい、戻って来い」
オッサンの声で夢から引き戻された。
そうだった。
今は異世界で後ろ盾も無い子供で、ようやく町に入れた只の一般人だ。
オッサンは生暖かい目で俺を見ている。
本来の年齢なら俺と同い年ぐらいだろうオッサンにそんな目で見られるのだ。
いたたまれない。
「でぃぇ、できれば冒険者ギルドに行きたいんですが、場所をご存知ですか」
出だしで噛んでしまった。
恥ずかしいのをごまかそうとしたのに恥の上塗りだ。
「おう。この町に住んでるから案内なら任せとけ。なんなら今晩ウチに泊まりに来るか。」
ぐいぐい来るなぁ。
まぁこっちでの冒険者(極貧)の普段の生活が、どんなもんか見ておくのも勉強になるだろう。
「じゃあギルドで登録した後お邪魔してもいいですか。」
「おう。大分安く治療してもらったからな。
お前がギルドで登録してる間に準備しとくわ。
結構時間かかるだろうから、終わるころまでにはギルドに戻ってっからよ。」
登録には時間がかかるらしい。
ギルドへの道すがら町の様子を見てみる。
そんなには広い町ではない。
道沿いには常設の店はあるが各種一軒ずつしかない。
武器屋が一軒、防具屋が一軒、雑貨屋が一軒、治療院が一軒、一軒、一軒一軒一軒一軒。
かろうじて宿屋と食堂と酒場が二軒ずつ。
競争原理が働いていないな。
商品も少ない。
これで比較的大きな町はないのだろうよ。
町に着くまでにロンドさんに聞いた村々の話に比べれば、常設の店があるだけですごいのだろうが、現代日本のコンビニやチェーン店を知ってしまうと、物足りないにも程がある。
町のほぼ中央くらいだろうか。
平屋だが大きな建物があった。
小さめの体育館って感じだ。
その隣にはテニスコート四面位のグラウンドがある。
冒険者らしき数人が剣や槍で戦っていた。
訓練場なのだろう。
建物が大きいのは室内訓練場があるのだろう。
西部劇っぽい腰高のスイングドアが入口なんだろう。
ドアの脇の壁に剣と盾と馬を組み合わせた紋様の、看板らしきものが掲示されていた。
怪我護衛さんいわく、それが冒険者ギルドの紋章だとのことである。
入ってみると、三十畳程の広さのホールになっていた。
その左側にカウンターが奥まで続いてて、中にギルド職員と思われる女性が5人、等間隔で座っている。
ただ、妙齢の美人さんの前には列ができている。
空いているのは女子寮の寮管みたいなイメージのおばちゃん(推定45歳)と、いかにも新人って感じの女の子(推定14歳)のところだ。
どちらのカウンターに行くか考えていると、怪我護衛さん(いいかげん名前くらい聞けよ)が、
「それじゃ、また後でな」
と言ってギルドから出て行ってしまった。
放置プレイか。
でもまあここまで来て登録のときに隣に座られでもしたら、まるっきり保護者と被保護者だろう。
ひとり立ちできていないと思われるかもしれない。
推定14歳の女の子のカウンターに行くことにする。
おばちゃんよりは若い娘が好きだ。
対人スキルに自信はないが、向こうも客商売。うまくあしらってくれるだろう。
それに俺は今13歳なんだし、同年代だ。
問題は無い。
けっしてロリでは無い、むしろ一個上くらいだ。
問題は無い。
重要なことなので二度言いました。
女の子の前に行って勇気を出して一言
「冒険者登録をしたいんですけど」