第3話「シャウトシステム」part-B
昨日と同じく、格納庫の奥まで駆けるシオン。アヴィナは別の場所にヴェルクがあるらしく、途中で別れた。
昨晩の時と変わらず、整備士らしき者達の怒号じみた指示が飛び交う。
(……出られるの数人なんだよな。なんでこれだけの指示が飛び交うんだ?)
素朴な疑問を抱きながらも、シオンは愛機――リアの下に辿りつく。
先程のミュウの言葉を思い出し、何か名前を付けようと頭を働かせるが、今はそれどころではないと頭を振る。
そして息を短く吐き、AGアーマーを装着し妹のAIに自分を乗せるように言おうとした時、後ろからレイアの声がかかった。
「レイア? どうかしたのか」
「今回は出撃を控えろ。お前は基地で待機だ」
「な、なんでだ!? 戦えるぞ、俺は!」
「……相手が悪い。2度しか戦場に立っていないお前が出てどうにかなるような相手じゃないんだ」
朝の自分をからかう時とは違い、本当に緊迫した表情と声で、レイアはシオンに訴えかける。彼はそれに圧され、渋々とAGアーマーを解除する。
「私とアヴィナで対処する。安心しろ、死にはせん」
「……言ったな。帰ってこいよ」
「すべきことは山ほどあるからな。むしろ死ねん」
レイアはシオンを安心させるように笑うも、素人目から見てもぎこちないのは明白だった。
シオンは心配が絶えなかったが、ああ言った以上は従うほかない。だがどこか諦められず、再びアーマーを纏って愛機の足もとに座り、妹に語りかけた。
(なあ、リア)
≪残念だったね≫
(……まあ、な。ってか、分かるのかよ)
≪一体化してる私には、シオ兄の考えは筒抜けだよ。あんまり変な事考えないでね≫
(それは困ったな)
≪変な事、考えるんだ?≫
(冗談。……なあ、お前の――AIじゃなくて、このエイグの名前はなんなんだ?)
その問いがあまりに予想外だったのか、否か。何にせよ、妹は一度≪ん?≫と聞き返すような声を出した。
≪……ちょっと待って、探ってみる。――――ええと、SHOUTia、だって≫
「シャウ、ティア」
噛み締めるように復唱し、シオンはその名を覚える。
(じゃあ、今度からシャウティアって呼ぶ。いいか?)
≪元々名前なんてないんだから、なんでもいいよ≫
(……で、シャウティア。お前はどこから来た?)
今でこそ彼の愛機であれど、その出自は他のエイグ同様に不明である。
それを知ろうと問ったものの、妹は、今度は困ったように唸る。
≪分かんない。データがロックされてる≫
(お前のデータなのにか?)
≪うん、そのはずなんだけど……ごめんね≫
(いやいいんだ。それにしても、退屈だな)
と、彼が溜息を吐こうとした時。怒号に交じって、誰かが自分の名を呼ぶのが耳に届いた。
しかしどこからか分からないため立ち上がって周囲を見渡すと、シエラがこちらに駆けて来るのが見えた。
「どうした、シエラ」
「はあ、遠いや……あ、えっと、司令――アーキスタさんが呼んでたよ」
「アーキスタが?」
「私も一緒に来るようにって。戦闘が始まると忙しいから、急ごう!」
(だそうだ。じゃあな、シャウティア)
≪うん≫
シオンはアーマーを解除し、シエラと共に格納庫を出、夏の日差しが容赦なく襲い掛かる基地内を走る。
見覚えのない道を頭に叩き込みながら、元は大学だった施設に入り、扉がやたらと豪勢に感じる部屋に入る。
そこは大学と言う外見からはまるで想像できない、大勢の人間が集う――言うなれば、宇宙の施設やスペースシャトルと通信を行う、指令室だ。
暗い部屋を巨大なディスプレイの映像が僅かに照らし、各々がPCに似た据え置きの端末を操作している。
その壁際、ちょうどシオン達がいる場所と同じ高さにいるのが日本支部司令――アーキスタだ。
「アーキスタ」
シオンが声をかけると、ディスプレイに釘付けになっているような様子のアーキスタが二人の方を向いた。
「ん、ああ。連れてきてくれたか。ありがとう、シエラ」
「いえ、いいんです。それより、私たちに用事と言うのは?」
「身体を動かせない新人に、視覚で経験させるんだよ。シオン、ミュウから国防レーダーの話は聞いたろ?」
「一応は。それがなんだって?」
「それを利用して、戦闘状況を見ようってんだ。相手も相手だし、いい経験になる筈」
確かに育成にはそう言ったモノも必要なのだろうが、シオンはアーキスタの神妙な顔つきから、もっと別の何かを感じていた。
それが何かまでは分からないものの、何か――おそらく、レイアとアヴィナ――を心配していることだけは分かった。
「……その相手ってのは?」
「『ブリュード』の通り名で知られる、連合軍のエースペアだ。たった2機と侮った俺達の仲間が、数えきれないほど殺された」
それが存在することに何の疑問も持たないかのように、アーキスタは淡々と告げる。しかし単純な言葉で表現されたその裏側には、言い表しきれない思いがあることは、人の内情に疎いシオンでもわかる。
そして、今は既にそれと対峙しているであろう、レイアとアヴィナが危険であるということ。
「映像、まだか?」
「今しばらくかかるとのこと。レーダー上では、そろそろ戦闘を開始してもいい頃ですが」
アーキスタがオペレーターの女性に声をかけると、そのような返事が来る。
シオンはこの時、既に気持ちを抑えられなくなっていた。
(レイアは帰ると言った。だけど、相手がそんなバケモノじゃ、勝てるはずがないだろ……アヴィナだって……!)
シオンは歯軋りし、拳を強く握る。
そして、室内に怒号を響かせた。
「アーキスタ!」
「なんだ?」
「あいつらを、見殺しにする気か」
「まさか……貴重な戦力だ、失いたくはない」
「だったらもっと機体を出せばいいだろう! 包囲して袋叩きにするとか!」
「前回失敗してるんだよ。それが最善策とは言えない。それに、こちらもそこまで出せる余裕はない」
「だったら……だったら! もしあいつらがやられたらどうするんだよ!?」
そう叫ぶ死角で、シエラが俯いているとも知らず。シオンは司令官に怒鳴り続ける。
「起こるとも知れない未来に左右されるのなら、俺は俺達に益のある選択をする。信じてやれ、仲間だろう」
「仲間でも、信じきれない時はある……!!」
「何故二人の実力を信じない? ここに来て半日しか経っていないお前に何がわかる」
「……シエラ」
アーキスタの説得を諦めたシオンは、俯いてシエラに言う。
「納得してないだろ」
「……ちょっと、だけ。でも司令の言うとおり、お姉ちゃんもアヴィナも、強いから」
「勝てるかどうか分からないなら、万全を期して臨むべきだ。……アーキスタ。俺は起こるとも知れない未来に左右されるのなら、絶対に成功するように動いてやる。限られた手段に頼る必要はない。ないなら作ればいい」
「行くなよ、これは命令だ」
「断る。見殺しの命令を、誰が聞くか」
「お前が行っても足手まといだ! 何もできずに死ぬ!」
アーキスタの制止を振り払って、シオンは指令室を飛び出した。アーキスタは頭を掻いてオペレーターにシオンを出撃させないよう指示を出す一方で、シエラは相変わらず俯いたままだ。
何が正しいのか、心の中で模索するように。
◆
昨晩シオンとレイアが戦闘を行ったのとは別の、広い廃墟街。そこで、2機と2機の戦闘は既に始まっていた。
各部位に小型の推進器、そして巨大な推進器を背負う高機動型ヴェルク『シフォン』に乗るレイアは、相手――『ブリュード』の出方を窺いながら、隙を探していた。しかし、一向に見つかる気配もない。思わず舌を打つ。
(あの時と同じか……!)
彼女は一度、ブリュードとの交戦経験がある。その時は今と違い、各支部から集められたエース達が討伐部隊を組んで袋叩きにする、という作戦だった。しかしブリュードは多少苦戦を強いられたものの、レイアのように数人を残して壊滅させた。
集団を相手にしたときに真価を発揮すると予測されたため、アーキスタも渋々この編成で出撃させたのだろう、とレイアは思っているが、正直勝てる気がしていなかった。
≪Ciasから通信要請≫
(許可)
亡き兄、カイト・リーゲンスを模したAIに指示を出し、レイアは後ろにいる、全身に多種多様な実弾兵装を纏わせた重装型ヴェルク『シアス』に乗るアヴィナとの通信会話を始める。
この状態の時は、通信を繋いでいる相手とも思念での会話が可能になる。
『すっごい威圧感ですねぇ、隊長さん?』
(かと言って引くわけにはいくまい。私は蒼い方の相手をする。お前には赤黒い方を任せるが、アレをただの重装型と思うなよ)
『りょーかいっ!』
アヴィナがその鈍重な足で砲撃の構えを取ると同時に、皆が動いた。
ゼライド・ゼファンの乗る蒼い汎用型ツォイク『ヴェルデ』が先陣を切り、レイアに向けてナイフを突き出す――しかし、上昇し回避される。
そこにアヴィナのミサイルによる援護砲撃が入る。まだイアル・リバイツォの乗る赤黒い重装型ツォイク『アンジュ』とは殴り合える距離ではないため、彼女の勝手な判断での援護だ。しかしそれは無意識な連携だ。レイアの邪魔にはなっていない。
しかし直撃は免れられ、廃墟で爆発したミサイルの爆煙の中から飛び出したゼライドが凄まじい勢いでアヴィナに突撃し――
「やばっ!?」
そう焦りながらも行動は早かった。ナイフが突き立てられる直前で脚部に装備されたミサイルを全弾打ち、パージして障害物としてばらまいて後ろに飛び退き、両肩の大口径キャノン砲の弾を発射。それでゼライドの攻撃を凌いだ。
その一方でレイアは邪魔をさせまいと空中からライフルでイアルの強固な体に向けて連射するも、傷がつけばいい方だった。その癖反撃は激しく、回避で精いっぱいだった。それでも引き金を引く手は止めず、足止めの役割を果たしていた。
(一進一退――いや、こちらが押されているのは明白か!)
『こっちはなんとか凌げそーです。なんだか予定と違いますけど』
(持久戦に持ち込むわけにもいかない。片方でも潰せれば御の字だ)
≪Cias、Verdeはヒュレプレイヤーだ。留意しろ≫
『……うへー』
珍しく嫌そうな声を出すアヴィナ。だが彼女は弱音を吐かず、手持ちのレールガンでゼライドに向けて連射する。
(……いつまでもつか)
「よそ見はよかねえな? 紫色」
少しずつ弱気になり眉を顰めたレイア。その耳に、男の――ゼライドの声が届く。
その声にはっとしたときは遅かった。
彼女の足には、深々とナイフが2つ、刺さっていた。
◆
AGアーマーを纏って高速で格納庫の中を飛ぶシオン。途中で何人もの人に止められたが、AGアーマーで来ることなど予測できていなかったらしく、結果的に皆シオンを避け、シャウティアの下に辿りつかせてしまった。
「やめろ」とか「乗るな」とか、とにかく彼を出撃させたくないようだが、シオンにそんな声が聞こえるはずもなく。
彼は手際よく戦闘の準備を済ませ、一体化で体を軽く動かす。そして首を上に傾けると、開けっ放しの天井――青空が見えた。
本来開いているのはおかしいはずなのだが、今のシオンにそれを考えている暇はない。迷わず推進器を噴かせて、薄緑色の炎と共に大空へと飛び立つ。
(シャウティア、例のレーダーでレイアとアヴィナの位置は分かるか?)
≪うん。でも、その……遠くて。出力最大でも、5分はかかる≫
(そんな時間はないだろ!)
≪でも、5分でそこまで行く術も……≫
申し訳なさそうに言う妹。それがまた、シオンの無力さを強調して。
彼は何をすべきかわからなくなり、その場に留まった。
「死なないかもしれないとか、そんな五分五分の可能性に賭けたくはない……」
思いがそのまま声になっているとも知らず、彼は続ける。
「……力が欲しい。……力を寄越せ。寄越せ。寄越せ!! 俺は助けなくちゃいけないんだよ!! 絶対に!!俺は――!!」
≪ア、う……!? ロっクでータ、解錠かイし……っ!!?≫
愛機の中で異変が起きていることにすら気づかず、彼は息を荒げる。
そしてシオンは、溢れ出る思いを、叫びに変えた。
「俺はアアアアアァァァァッッ!!!!」
脳内に映る、見覚えのない文字列で彼の意識は一時的に平常なそれに戻る。
しかし次の瞬間、彼を待っていたのは不可思議な空間だった。
「なんだ、これ……!?」
空中を飛んでいたであろう鳥が、シオンの目の前で止まっていたのだ。
「おい、シャウティア、なんだよこれ!?」
≪――シャウト、システム。時流速の、操作……≫
「シャウトシステム……!?」
心ここに非ずと言う風な口調に、シオンも戸惑う。
――覚醒したのだ。絶響が。
「なんだか知らないが、時が止まってるなら!」
シオンはレーダーの情報を頼りに、推進器を強く噴かせて仲間のいる廃墟街へと直進する。
それでそこに着いた時、やはりその場にいる者達は皆あり得ない体勢で止まっていた。
≪く、アっ! ――あ。戻っ、た≫
(……どうなってるんだ、これは)
≪ごめん、ちょっとバグで……ええと、シャウトシステム。解説書は無いけど、簡単に言えば時間を止めるみたい。シオ兄の意志でオンオフできる……みたい≫
(そんな機能があったんなら、なんでさっき)
≪……ごめん、よく分からないの。ログを見ようにも、その辺りが消されてる≫
シオンは怪訝に思いつつも、目の前の状況に意識を引き戻す。
(今はこっちが先か……! 蒼い奴が例のツォイクだな!)
≪うん≫
「だったら――」
と拳を構え、シオンはゼライド目掛けて突撃する。
そして拳を振りかぶり、それを突き出す瞬間――
「――シャァァァウトォォォォッッ!!!」
全力で絶叫し、時を元に戻す。
◆
レイアはゼライドから不意打ちを食らい、体勢を崩して墜落しかけていた。
その隙だらけの体勢で、追撃が来ることは予測できていた。
しかし。
そのゼライドが、目の前で吹っ飛んだのだ。その代わりに彼女の目の前にいたのは、緑色の炎に身を包んだ、赤白のヴェルク――
「シオン!? 何故だ!?」
「シーくんっ!?」
レイアだけでなく、アヴィナまでもが驚愕する。いやおそらく、それはブリュードの二人も例外ではないだろう。
吹っ飛ばされたゼライドを労わるように、イアルがそっと彼に近付く。
「んだァ、どっから来やがった……!?」
「どこでも、いいだろう……! 次を食らいたくなけりゃ、さっさと帰れ!」
それは強がりなどではない。圧倒的な力を持つ者の、脅迫だ。
しかし確証を持っていないであろうゼライドはそれに屈することなく立ち上がり、右手に光を収束させて長剣を握った。
「ヒュレプレイヤー……!?」
≪一体化で、乗ってる時でも実体化ができるの。あとで説明されるだろうから、これだけにしておくね≫
(……ああ)
「戦場はガキの遊び場じゃねえッ!!」
「――遊びなものかァァッ!!」
シオンが叫ぶと、またゼライドは吹っ飛んだ。その場にいる者は、何が起きているのかさっぱりわかっていないようだった。
ただイアルは冷静な判断を持っているようで、倒れたゼライドを抱きかかえるようにして持ち上げた。
「いいでしょう、ここは引きます」
「……理解が早くて助かるな」
「こちらは未確認機――貴方のデータを取ることが目的です。不完全ではありますが、ここで相棒を失うわけにはいかないもので」
「次は無いぞ」
「お互いに」
それだけ言い残し、イアルは小さく黒い球体をばらまいた。
「な……ッ!?」
「スパークトラップだ! 避けろ、シオン!」
しかしレイアの指示は遅く。
高圧電流がシオンの身体を流れた時には既に、ブリュード二機の姿は無かった。