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第4話「その拳、誰が為に」part-A

「それじゃ、説明を始めるわよ。……私が個人相手に授業することなんてめったにないんだから、感謝しなさいよ」


 ミュウを始めとする多くの研究員の集う施設――『開発研究室』の最奥にある小部屋にて、背後からアヴィナとシエラの視線を受けながら、シオンは一昔前の学校に置いていそうな木造の席に腰を下ろしていた。

 彼は今、全くと言っていいほど不足しているエイグの知識をミュウに教えてもらおうとしているのである。


「それは感謝してるけど……お前らはいいんじゃないのか?」


 シオンが振り向いて後ろの二人に言うと、アヴィナはいつもの笑顔、シエラは苦笑を見せた。


「ボクはどうせ暇だし、復習してもいいかなって」

「私も。それに、シオン君が分からない所なんかはサポートしてあげるから」

「……そうか」


 アヴィナはともかくシエラの様子が気になったシオンだったが、ミュウがこちらを向けと手を鳴らすので前に向き直る。


「私語はなるべく慎むこと。質問がある時はなるべく説明が一段落ついてから。いいわね」

「了解」

「それじゃ、まずは簡単なトコから。ドロップ・スターズはもちろん知ってるわね?」


 小型のプロジェクターから立体映像ホログラムが映し出され、小隕石が世界中に落ちる映像が流れる。

 それを忌むように、シオンは目を細めた。


「まあ、そりゃ。それがどうかしたのか?」

「未曽有の大災害を引き起こしたけど、その隕石を解析してみたらあら不思議、大きな人型のナニカが入ってたのよ。聞くまでもないわね――それがエイグよ」


 淡々と告げられた真実に、シオンは一瞬思考が追い付かなくなる。しかし数拍の間にすぐ追いつき、無理やりにでも理解する。

 その過程で生まれた質問を、自然と口にする。


「つまり、地球外のどこかからかもたらされた、と?」


 彼が言う間にミュウは端末を操作し、エイグのデータを表示させる。


「大体、そんなところでしょうね。でも、人間はまだ月面都市の計画案しか作っていないわ。おまけにそれは戦争のせいで手つかず。

 宇宙ステーションくらいならいくつかあるけど、あんなのを量産してるだなんて聞いたことないし、耳に入らずとも隠せるモノじゃないわ。かと言って人類は未だ地球外生命体と遭遇したわけでもなく、異星人に隕石を大量に落とされるような覚えもなく」

「全くの謎、か」


 宇宙ステーションのことなら、シオンも多少は知っている。現時点で3つだけはある、とニュースで報じられていたことを、記憶を手繰って思い出す。


「と言っても、AIが高性能なのと、動力が電力であるおかげで私達にも扱えてしまうのよ。おまけに構造も独特で組み換え簡単。難点はBeAGバグシステムとやらの全貌が不明なのと、装甲材質が不明なせいで下手に整備できないってトコね」

「……ん? 前にレイアが、シエラに修理がどうこう言ってたような気がするんだが」


 視線を当の彼女に少しだけ向けると、僅かに顔を俯かせていた。


(やっぱり気にしてるのかな……?)

「まあ頑丈だし多少の傷はいいんだけど、中身までダメージが来るとね……後で話すけど、色々面倒なの。かと言って人の手で作れるモノじゃない。そういうわけで、連合軍のエイグ――ツォイクをできるだけ無傷で回収して、使えるパーツを貰ってるって感じ」

「……なるほどね」

「それじゃ、その面倒な事について話しましょうか。これはそこのシエラが出撃できない原因でもあるの」


 神妙な顔つきになったミュウを見て、シオンもまた同じような表情になる。


「さっきも言ったBeAGシステム。人間がエイグの操縦を可能にしているシステムとも言えるけど、人間を人間でなくするシステムとも言えるわ」

「人間で、なく……?」

「そもそもBeAG(ビー・エイグ)っていう呼称は人間が考えたんだけどね。それもそのはず、人間はエイグとなることで操縦を可能にしている、と言っても差し支えないのだから」

「……えっと、つまり?」

「シーくん、最初乗った時にものすっごく痛かったでしょ?」

「ああ、そういえばそんなことも……」


 アヴィナに言われ、言葉では表現しがたい痛みを思い出しながら、シオンは自分の腕を優しく撫でる。


「あの時に、まあなんてか、ナノマシンってのが体に埋め込まれてね。アレで――って、ボクが言っちゃしょうがないね。戻すよん」

「どうも。……で、そのナノマシンについて話さないとね。てなると、ヒュレのことも……」

「……ヒュレ? 例の、ヒュレプレイヤーとかいうやつか?」


 シオンが聞くと、ミュウは物臭だと言わんばかりに頭を掻いた。


「……まあ、時間はあるし話すわ。話が逸れるけどここまで覚えておきなさいよ。

 まず、この世界にはヒュレ粒子、っていう、ヒュレ・バーソンって科学者が見つけた、肺の中で生成される特殊粒子で満たされてるの」


 ミュウは自分の胸を軽く叩きながら、人間の肺とその内部から出てくる小さな粒の映像を見せた。


「満たされてるって言っても、空気に含まれてるから濃度100パーってわけじゃないけど。で、それは特定の人間から発せられる想像という信号を受け取って収束し、物体を構成する。ここまでOK?」

「ああ。それで、それができる特定の人間ってのがその、ヒュレプレイヤーってことか」

「そう。でも今はそれを置いといて……人間はどうにかその信号を再現して、空気中に発し自由に物質を創造できる装置を作ろうとしてるの。ヒュレメイカーって名前らしいけど、まあ、形だけならできてるのよ」

「……で、それがどうしたんだ?」

「それがまた巨大でね。とてもエイグに埋め込まれるそれとは別モノなわけよ」


 シオンはそれを聞いて怪訝そうな顔をし、眉を顰めた。


「ん? 俺達の身体にあるナノマシンってのは、そのヒュレメイカーなのか?」

「ああ、仮説段階だけど、そうよ。言ってなかったわね。ごめんなさい」


 言いながら、ミュウはエイグの出すナノマシンと、その隣に巨大な機械――おそらく例のヒュレメイカー――が並んだ画像を見せた。大きさの違いは凝視して見比べるまでもない。


「AGアーマー、っていうのはあのヴェルク――シャウティアだったかしら? に聞いたわね?」

「まあ、何回か聞いたし覚えてるよ。レイアも言ってたし。自分の乗るエイグそっくりの鎧みたいなので、等身大の性能が発揮できるとかなんとか」

「そう、それ。それもヒュレ粒子で構成されたモノよ」

「……ええと、さっきの話とどう繋がるんだ?」


 さすがのシオンでも、それだけ言われたのでは理解ができない。

 なのでそこに、シエラの補足が加わる。


「仮説段階って言っても、ほぼそれが正しいとされてるんだけど……そのナノマシンのヒュレメイカーに、自機を想像した信号のデータが入ってるらしいの」


 先程聞いたとはいえ、一部に聞き慣れない言葉が集中して、シオンは理解するためにシエラに向けて右掌を見せ、左手で額を押さえ脳を回転させる。

 数秒の間を置いて、息を吐いた。


「…………つまるところ、そのナノマシンには自機のデータが入っていて、人肌から発することで装着させていると」

「大体そう言ったんだけどね……」

「何はともあれ、理解できたならいいわ。でまぁつまり、そのナノマシン含め、エイグは現代の技術で製造できないことは分かったわね?」

「まあ、聞く限りじゃあな」


 シオンはまだ色々と気になることはあったが、それは実体のない靄のようなものだったため、言葉にできないので無視した。


「えっとじゃあ、話を戻してと。BeAGの話、覚えてるわね?」

「人がエイグになって操縦してるとかってアレだろ?」

「そう。それは比喩でもなんでもないわ、実際にそうなのよ」


 さも当たり前のように伝えられた言葉だが、シオンはすぐに理解できず、自分の頭の悪さを少し呪った。


「……つまり、どういう?」

「痛みも共有するのよ」

(ッ!?)


 沈痛な表情で口から零れた言葉は、それだけですべてわかるようで、実際にはほんの一部しか分からないような重みを伴っていた。


「じゃあ、シエラは」

「肩にナイフが突き刺さって、ヴェルクの方で修理をしない限り痛みはそのまま。今はハリボテっていう、BeAGシステムを誤魔化すレプリカみたいなので応急処置って感じだけど、実際には動かないわ」

「……大丈夫なのか、シエラ?」

「うん。一応は、ね。でも、戦えないのが一番つらいかな」


 視線を下に向けて、シエラは呟くような小声で言う。


「まあ、あんまり関係ないし言っても言わなくてもいいんだけど……パーツを外すときは相応の痛み――つまり、腕をもぎ取られるような痛みにも襲われるの。機械で引っ張るとは言え、戦闘中に同じような事をされるのと一緒よ」


 それを聞いて、シオンはエイグを人間に置き換えて想像してしまい、気分が悪くなった。


「ちなみに頭をもがれたら、どうなると思う?」

「……死ぬ?」

「合ってるけど、正確には脳死ね。取られたり傷をつけられたパーツに相当する部位の感覚は消えるから、頭が無いような感覚――というより、脳が機能しなくなる」

「……乗ってない時でもか?」

「残念ながらそうみたいね。AIとの会話はAGアーマーを装着しないとできないくせに、嫌なとこだけアーマーなしでできるのよ」


 空気が重くなり、シオンの頭も自然と下を向く。

 自分だけではない、後ろにいる二人も、同じ危機に常にさらされているのだ。


「はいはい、重い話はこの辺でいいわね。大体は話したから、分からないことがあったらまた来なさい」

「あ、ああ。ありがとう、ミュウ」

「研究者として、当然の務めよ。それにアンタはもう私たちの仲間なんだから」

(……仲間、か)


 シオンは歓迎会のことを思い出し、僅かに笑む。


(その仲間に、どこまで命を張れるのか……なんて、考えるのは野暮か)

「どうかしたの?」

「いいや、なんでもない。とりあえず、そんな痛みを味わうのは御免だ」

「それならもっと頑張ることね。あ、そうだ」

「ん?」


 立ち上がって退室しようとしたシオンに、ミュウが数枚のレポート用紙を差し出した。

 何気なくそれを受け取るが、彼はどういう意図があるのかは知らない。


「何だ、これ?」

「見ての通りレポート用紙。アンタのエイグについて、気付いたことでも何でもいいから書いて。私たちはそれを基に研究するから」

「ああ、そういうことか。わかった、なるべく早く書き上げるよ」

「それじゃ、ボクらはさっさとおいとましよっか」

「そうだな。じゃあ、また今度」

「ん。体には気をつけなさいよ」

(……なんだかんだで心配性なのか……?)


 なんだかイメージと違い、シオンはミュウの見方を変えるべきだろうか、と考えたが――今はこのままでいいだろうと、気にしないことにした。

 きっと、これがミュウなのだと。



 そうして開発研究室から出た3人は夏の蒸し暑い空気に苛まれながら、居住区へと向かっていた。各々すべきことはあるかと思われたが、存外暇なのかとシオンは疑問に思ってはいても、口にはしなかった。


「しかし、暑いな」

「夏だもんねぇ」

「しかも、昨日は雨だったもんね」


 さんさんと照りつける太陽は、僅かに視界に入れただけでも眼球を焼いてしまいそうな光を発していた。日陰の中を歩いていても、気休め程度の風しか吹いていない。

 と、そこへ。


「ああ、こんなところにいたのか、シオン」

「ん? ――――げ」


 声がして振り返り、声の主を見た途端――シオンは表情筋を駆使し、顔芸としか言いようがない苦渋の表情を見せた。

 何を隠そう、声の主はレイアである。


「そう面白い顔をするな。ラルがお前を呼んでいると伝えに来ただけだ」

「……アーキスタが?」(もしかしなくても、例の無断出撃か……)


 説教でも食らうのかと溜息を吐いたシオンを見て、レイアは小さく息を吐いた。


「まあお前の想像通り説教もあるが、本題はそっちじゃない。行けばわかる」

「断る理由はないし、いいけど……」


 説教よりも、シオンは本題の方が気になっていた。説教されることに思い当たることがあっても、何か話をされるような覚えは――いや。


(シャウティア関連ならいくらでもあるか……)


 なんだか自分が有名人になった気がして、シオンは胃が痛むのを感じた。


「んま、頑張ってねん。ボクらはお部屋でのんびりしてるから」

「お姉ちゃんに何かされたら遠慮なくぶん殴っていいからね、シオン君」

「それはぬかりなく」

「私をなんだと思っているんだ」

「「どの口が言うか」」


 真夏の炎天下、二人の声が重なった。

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