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【完結済】Bloody Bride  作者: 馬頭鬼
第三章
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第三章 第一話


 ダールトン男爵暗殺事件の報は、王宮内を一気に駆け巡った。

 何しろ、同じ王都内で起こったこと、同じ貴族内で起こったことである。

 市井でたまに発生する、数字だけの犯罪事件と違い……王宮の貴族たちも他人事ではなかった。

 その上、謎の暗殺者はダールトン男爵の子息や、同じ屋敷内で働いていた侍女までも容赦なく殺害しているという事実が、噂の広がる速度を増加させている。

 結果として貴族間ばかりではなく、侍女や使用人、行商人に至るまであらゆる経路で噂は広がっていったのだ。

 その速度はまさに燃え盛る炎の如く。

 まだあれから二日しか経っていないというのに、今や王宮内であの事件を知らない人間などいない有様だった。


「ふん。予想以上だな、こりゃ」


 そんな噂が右左へと流れ続ける王宮の廊下を、ラルヴァ王子は歩いていた。


「お、おい。あれ」


「ば、ばかっ! 不敬罪ものだぞ!」


 廊下を歩いているラルヴァの耳にはそんな囁きも入ってくるのだが、ラルヴァはそれほど気にして居ない。

 と言うより、その反応は当然だと思っていた。

 何しろラルヴァは現実に暗殺者を手引きした訳だし、殺されたのは下っ端とは言えラルヴァと王位継承を争っているラスカル王子の側近だ。

 外国の暗殺者が狙うにしては、ダールトン男爵は小物過ぎ、彼を鬱陶しいと思っている貴族の行動にしてはやり方が凄惨過ぎる。

 その上、現場近くではラルヴァ王子の馬車が目撃されているというおまけ付きだ。

 早い話が……疑われない方がおかしい状況である。


「……くっくっく。さぁ、どういう反応を見せる?」


 それでも、ダールトン男爵暗殺とラルヴァ王子を結びつける確実な証拠など現場には残っていない。

 確証もなしに王族を捕らえるなど絶対に不可能なのだ。

 それを知っているからこそ、ラルヴァはこうして平然と王宮を歩き回り……


「よぉ、ラスカル。大変だったな」


 こうして、実の弟の顔を見に行くほどの余裕があるのだ。

 その詰め所内は殺気立っていた。

 十数人の男が顔をつき合わせ、必死に何かを話していたのだろう。

 室内の熱気は凄まじいものがあり……


 ──その室内に入った瞬間、その熱気が、視線がラルヴァに突き刺さる。


 視線の中には確実にラルヴァに向かって殺意が込められたモノもあったのだが、ラルヴァはそんな殺意を感じ取れるほど繊細ではない。

 平然とした顔で、弟を案じる兄を装っていた。


「これは、兄上。どうしてここに?」


 その十数名の男達の中から、極端に若い一人の少年が立ち上がる。

 ラスカル=ランシア。

 ラルヴァにとっては実の弟にあたる。

 背はラルヴァより少し低いが、剣術等で鍛えたその身体はラルヴァよりもたくましい。

 金髪も碧眼も顔の作りも……ラルヴァと非常によく似ている。

 が、顔立ちはラルヴァのソレよりは少しだけ静かな印象を受ける。

 何と言うか、常に自分を律している人間だけが放てる、そんな「堅さ」が特徴的なのだ。

 加えてその表情は周囲の貴族と違い、ラルヴァに対して欠片の悪意も感じ取れず……ただ出来の悪い肉親を厳しく諌めようとする厳しさだけが見て取れた。


(……ちっ)


 その表情に内心で舌打ちするラルヴァ。

 別に罵られたい訳でもなければ、恨まれたい訳でもないが、ラルヴァは弟のこの、常に冷静な能面には吐き気がしていた。

 いつかこの能面を徹底的に屈辱で歪ませてやりたいと、本気でそう感じていたのだ。


「いや、色々と大変だろう?」


 だが、そんな内心のどす黒い感情など億尾も見せず、ラルヴァは親しい弟への表情を保ったまま笑いかける。


「少しばかり仕事を手伝ってやろうかと思ってな」


 彼らが今行っている仕事とは、即ち暗殺犯の手がかりを捜すことであり……自身が暗殺犯と疑われていることを知った上で、ラルヴァ王子はそう提案する。

 その余りに堂々とした態度を見て、周囲の貴族たちがどよめく。

 ……そして、ラルヴァに向けられる敵意、殺意。

 恐らく彼らは犯人がラルヴァであると想像がついていて、だけど確証がないのだろう。

 だからこそ、こうしてラルヴァに対して何も言えないまま、殺意を向けるだけしか出来ないのだ。

 ラルヴァもそれを知っているからこそ、平然とした顔でふざけたことを口走っている訳だが……


「これはご丁寧に兄上。

 ですが、この件は私の手の者が狙われたのです。

 私は上官として部下の無念を晴らす責務があります」


 ラスカル王子の答えはそんな平凡なものだった。

 実際、その取り澄ました表情からは何の感情も窺えず……ラルヴァは内心でもう一度舌打ちをする。


「しかし、兄上。ここ数日はどうしたのですかな?

 侍女たちに休暇を出したりして」


 そんなラルヴァの間隙を突こうとしたのか、ラスカル王子は冷静な声でそう尋ねてくる。


「いや、新しい女を手に入れてな。

 これがなかなか具合が良いんだ」


 そう言いながら低俗そうな笑みを浮かべるラルヴァ。

 新しい女とはまさにキリアのことであり、具合が良いとはその戦闘能力のことなのだが、周囲の貴族たちは当たり前のように全く別のことを連想したのだろう。

 ……吐き気がするといった表情で、ラルヴァ王子を睨みつけてくる。

 基本的に、ラスカル王子の周囲に集まるのは人命や効率よりも法を重視するような、頭がガチガチの連中ばかりである。

 気分屋で利益のためならば法をも平然と乗り越える、軽率でいい加減極まりないラルヴァのこういう性格とは相容れない奴らばかりだった。

 だが、そんなラルヴァの言葉にもラスカルは眉を少し動かしただけだった。


「兄上。王族の血の尊さを軽視されては困ります」


 そして、冷静沈着な声で自らの兄をそう諭す。

 重要なのは王族の血であり、相手の女性のことなど知る由もないといった声で。

 他の貴族たちもそれに頷く。

 彼らにとって王族の血こそが大事であり、その大切な血を持った人間を乱造されては困るのである。


「その辺りは気をつけているさ」


 模範解答を言い放った弟に苛立ちを感じながらも、それを欠片も見せずにラルヴァは笑う。

 ……そう。

 ラルヴァはその辺りを特によく気をつけていた。

 よく気をつけた結果、失敗したのはまだ三度しかないのだから……彼の性格や素行を考えると、頑張った方だとは言えるだろう。

 そして静まり返る室内。


「ふん。邪魔したな」


「いえ、またおいで下さい、兄上」


 興が殺がれたといった表情のラルヴァは部屋を出ようとする。

 その背中に向けられる、弟の社交辞令。


「今度来られる時には、ワインでも用意させて貰います」


「……ははっ。楽しみだ」


 自らに向けられた弟の言葉に、笑うラルヴァ。

 何しろ、ラスカル王子の言葉は幾重にも意味が拾えたからだ。

 ただの歓待か、毒殺の示唆か、ヴォルクス大臣が牛耳っている国内ワインの流通に関する特権の問題か……

 それとも、罪を犯した王族が最期に薦められる毒入りのワインのことか。


「……本当に、楽しみだ」


 弟の部屋を辞したラルヴァはそう呟き、凶悪な笑みを浮かべながら廊下を突き進んだのだった。





「あ、おうじさま」


 王宮の様子を一通り視察した後、別宅に戻った王子にかけられるのはそんな無邪気な声だった。

 その声にラルヴァが顔を上げると、足音か気配か……どうやってかラルヴァの帰りを察知したキリアが裸足でペタペタと足音を立てながら走ってきていた。


「おうじさま、ごはん、たべよ」


 彼を迎えに来たキリアはすぐに手を取ると、ラルヴァを食堂へと引っ張っていこうとする。


「……ったく。しょうがないヤツだな」


 その無邪気な笑みを見た瞬間、ラルヴァはふっと身体の力を抜く。

 先ほどまでの敵意・殺意をむき出しにした凶悪な笑みではなく、彼が浮かべたのはもっと穏やかな笑みだった。

 何しろこのキリアという少女は、ラルヴァの与えた食事しか受け付けないのだ。

 先日からベルという名の侍女を屋敷内に呼び戻したのだが、彼女の作った料理をそのままでは口にしようとすらしない。

 ラルヴァの許可と同席があって始めて、キリアは料理に口をつけるのだ。

 如何に手のかかる野性獣でも、ここまで懐かれると妙に情が移るから不思議なものだ。


(しかし、何故ここまで懐いてくるのだろうな?)


 キリアに手を引かれながらラルヴァは少しだけ考える。

 彼女ははっきり言って少女の形をした野生動物でしかなく、恩義や権威などが通用しない相手であることはこの数日間でラルヴァは思い知っていた。

 なのに彼女はこうしてへばりついてくる。

 ……少し鬱陶しいほどに。


「……おうじさま、たべよ」


「あ、ああ」


 侍女の作ったパンとスープ、ハム三切れという王族にしては粗末な食事を口に運びながらラルヴァは思考を打ち切る。

 考えても分からないからだ。


(しかし、いくら侍女がベル一人で人手が足りないとは言え、この料理は少し手を抜き過ぎじゃないか?)


 簡易な料理を口に運んでいたラルヴァの思考は、あっさりとキリアから目の前の料理へと推移していた。

 ちなみに料理が酷く手抜きなのは二人がさんざん汚した所為で、洗濯と掃除が山ほどあって料理にまで手が回らない所為なのだが、ラルヴァ自身はその辺りの侍女の苦労というのは意に介したこともない。

 腹を満たすだけの料理をただ作業的に口へと運ぶラルヴァ。


「……おうじさま、ねむい」


「ったく。本当にコイツは」


 こんな料理でも口に入れると満足したのか、パン一欠片・スープ一滴すらも残さなかったキリアは彼の袖口を摘み、睡眠を訴えてくる。

 野生動物そのままのその態度にラルヴァは苦笑しつつも彼女の肩を抱き、部屋に引き上げようと立ち上がった。

 食事を口に運びつつも彼なりに色々と考えてみたのだが、結局この野生動物が何を考えているかなんて、ラルヴァには想像もつかない。

 ただ分かっていることは、このキリアという少女が彼に懐いていることと。

 彼女の身体が日に日に痩せっぽちの餓鬼から少女のそれへと変わっていっていることくらいで。


(王族の血の尊さを軽視されては困りますだ?

 ……はっ。馬鹿馬鹿しい)


 キリアの身体に女性を幽かに意識した瞬間、ラルヴァの脳裏に冷静で沈着で……憎たらしい弟であるラスカルの言葉が蘇る。

 自分の心の奥底に冷や水を浴びせられたようで、彼に芽生えたキリアに向けられた異性としての意識は、一瞬にして弟への憎悪と苛立ちに化けてしまっていた。


「おうじ、さま?」


 ラルヴァは弟の声を思い浮かべたことで、自然とキリアを抱きかかえた手に力が篭ってしまっていたのだろう。

 そんなラルヴァの苛立ちと、幽かな欲情を感じ取ったキリアは眠そうな目をしたまま、彼を見上げてくる。

 眠そうなキリアの顔に、先日の……血まみれの姿を幻視したラルヴァは、心の奥底で目覚めた弟への憎悪と苛立ちを、弟が血だまりの中で悲鳴を上げながらのたうち回る姿を幻想することで誤魔化す。


「……また、役立ってもらうぞ、キリア」


 ラルヴァはその殺意に満ちた凶悪な笑みを浮かべ……キリアの肩を抱いたまま、静かにそっと耳元で囁く。


「……うん。はたらく」


 そう囁かれたキリアは、くすぐったそうに身を竦めながら……頷く。

 無邪気な顔で。


 ……本当に嬉しそうな顔で。


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