第三章 第二話
「王子、幾らなんでも急すぎます」
部屋で暗殺計画を練るため呼びつけたところ、バルデス将軍はそう王子に進言してきた。
「まだ、先日の暗殺から二日しか経っていません。
幾らキリアが有能だと言っても限りがあります」
バルデスは言葉を続ける。
「良いですか、王子?
街で人を殺すことと、暗殺するということは、根本的に違います。
どんなに強力な剣士でも、顔を見られずに誰かを殺すことは不可能なのです」
そう言葉を紡ぎながら、バルデスの目は一人の少女に向けられる。
『鮮血』の二つ名で呼ばれ、凄まじい戦闘能力を秘めたその無邪気な小娘は、ラルヴァの座っている椅子の足元で丸まって目を閉じ……無邪気に寝息を立てていた。
満腹まで食べれば眠るというまさに野生動物以外の何物でもないものの、無邪気なその寝顔からは、彼女が『鮮血』の二つ名で呼ばれていることなど誰にも想像出来ないだろう。
「つまり、敵の数が多ければ多いほど、暗殺という機会は……」
「なぁ、バルデス。
……少し黙れ」
保身からくる恐怖のためだろう。
普段と比べて少しばかり饒舌になり過ぎていたバルデスは……ラルヴァ王子の、そのたった一言で静まる。
「俺はやると言っている。
お前はどうすれば良いか、策を練れ」
それは命令だった。
……王族という遥か高みから放たれた、絶対的な一言。
その時点でバルデスには逆らう術がない。
いや、逆らおうという気すら起こらない。
本気で何かをしようと意志を示した時のラルヴァの言葉は、何故かそういう重みを持っていた。
例えそれが苛立ちや欲情から来た言葉であっても、だ。
「……御意」
『その言葉の重みこそが王の資質である』とラルヴァに心酔していたバルデス将軍は、ただ一言だけそう呟くと……ラスカル王子側近たちの予定が書かれた紙を広げる。
「現在、最大の障害は……アスタール近衛兵団長かゼムン治安維持部隊長。
そしてアルス政務官といったところです。
他にはカール治安維持部隊副長もなかなか切れると評判ですが、後は小物ばかり……」
「あの堅物のアルスは狙うのが難しいな。
政務室に篭って出てこようとしない。
……他のも大物ばかりで色々と面倒そうだな」
バルデスの言葉を聞いていたラルヴァは眠っているキリアの背を撫でつつ、そう言葉を紡ぐ。
ラスカル派の人物を一人一人思い浮かべ、敵に回せば鬱陶しい相手から選別しているのだ。
そして、権威が高く警戒心の強い相手ほどに鬱陶しい相手である場合が多いため、暗殺対象なんてこんなにすぐ決まる筈もない。
「雑魚を一掃するという手段もあるが」
不意に思いついた案をラルヴァが口に出すが、すぐに首を横に振る。
「いや、無茶だろうな。
連中とて単なる木偶の棒という訳でもあるまい」
「はい、現在はダールトン男爵暗殺の証拠を探し回っている最中ですからな。
彼らは街中に散らばっております。
目標の相手を捜すだけで一苦労でしょうな」
適当に思いついた案を自身で否定した王子の言葉に、バルデスがそう口を開いた瞬間だった。
「良いな、それ」
突然、ラルヴァがそう呟きながら立ち上がる。
はっきりと、面白いものを見つけたといった表情を見せて。
「……おうじさま?」
突然立ち上がったラルヴァの気配に目を覚ましたのだろう。
キリアが眠たそうな目をしながら首を傾げる。
だが、そんなキリアの言葉など王子の耳には入らない。
ラルヴァは凶悪な笑みを浮かべ……
「くっくっくっくっく。何だ、簡単じゃないか」
……堪えきれなくなったように、笑い始めた。
「王子、如何するおつもりで?」
その表情を見たバルデスは、自らの嫌な予感が的中しないようにと祈りながら、自らの主に問いかけた。
「ふん。ただ狩りをするだけさ」
だがラルヴァ王子は、バルデス将軍の予想の中で最も手に負えない、最悪の答えを口にしたのだった。
「……今晩は、楽しくなりそうだ」




