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【完結済】Bloody Bride  作者: 馬頭鬼
第六章
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第六章 第四話



「どういうことだ、これはっっ!」


 ベルガの塔の下。

 バルデス将軍の報告を聞いて出てきたラルヴァは、思わすそう叫んでいた。


「……何故、ヴォルクスが死んだっっ?」


 叫ぶラルヴァ。

 ……だが、応える人間はいない。

 隣に控えているバルデス将軍も、何も言えずに黙っているだけだ。

 だが、ラルヴァはそれを許さなかった。


「……答えろ、バルデス」


 周囲に居た人間全てが肝を冷やすような低い声で、そう尋ねる。


「……殆どの、傭兵と見られる人間は、急所を短剣のようなもので突かれ、即死しております。

 ですが、彼……ヴォルクスだけは、何故か数十もの……」


「そんなことを聞きたいんじゃない!

 ヴォルクスもあちこちで恨みを買う真似はしているだろうさ!

 まっとうに死ねなかったのは不思議じゃない。

 だけど今、俺が聞きたいのは!

 一体どこの馬鹿がこんな真似を仕出かしたかと……」


 当たり前の状況を説明するバルデスの声を遮って叫ぶラルヴァ。

 ……だが、王子の威勢はそう長く続かなかった。


「……待て。

 急所を一突き、だと?」


「……ええ」


「それは、つまり……そう言いたいのか?」


「……断言は出来ませんが」


 ラルヴァの声は、一つの可能性を示唆していた。

 それでも周囲に人目があるのを理解するくらいの分別は残っているようで、決定的なその名前を口にはしない。

 いや、もしかしたら……ラルヴァは彼女がこの惨劇を引き起こしたということを信じたくないのかもしれなかった。

 だけど、バルデスは、ラルヴァの言葉を否定しない。


「だが、何故だ?」


「恐らく、ヴォルクスは……彼女を娘の敵と思ったのではないでしょうか?」


「で、こいつらを雇って仇討ちだと?

 アレは異国の暗殺者が俺を狙ったものだろう?」


 ラルヴァは苛立ちに任せ、地面に転がっている死体の一つを蹴り飛ばしながらバルデス将軍の意見を一蹴しようとする。


「ですが、実の娘を失った父親がどういう心理で動くか……生憎と……」


「……あの、馬鹿がっ!」


 バルデス将軍の弁解にも聞こえる説明を遮って、ギリギリと歯を食いしばりながら叫ぶラルヴァ。

 忠臣を一人失ったことで、ラルヴァは怒り狂っていた。

 だからこそ、犯人を見つけ出すことへその怒りを向けようとしていたのだ。

 だけど、その怒りの矛先がいきなり失われた。

 少なくとも話を聞く限り、キリアは己が身に降りかかる火の粉を振り払っただけで、悪いことなど一つもしていないのだから、キリアを起こるのも筋違いでしかない。

 その事実に、ラルヴァの怒りは矛先を失い……彼は胸中に吹き荒れる苛立ちを叫ぶことで紛らわせるしか出来ない。


「……ですが、犯人は絶対に必要です。

 ……如何なさいますか?」


 そんな王子の耳元に顔を寄せ、バルデスは囁きかける。

 それは……最悪の相談だった。

 部下を一人失って哀しんでいるラルヴァに、それを殺したのがもう一人の部下で……だからこそ、誰か別の人間を犯人にすることが必要だと囁きかけているのだ。


「……くそっ。待て。

 今、考える」


 そんなバルデスの言葉に、頭を掻き毟りながら思考回路を最大限で動かすラルヴァ。

 だけど、これほどまでに混乱しきった脳みそで上手い考えなんて……浮かぶ筈もない。


「……誰か、候補は?」


 結局、ラルヴァは考えるのを諦め、バルデスに問いかける。


「まだ、私の方では何も」


「……そうか」


 だが、バルデスも王子と同じように、混乱の極みにあったようで……満足の行く答えは出てこなかった。

 結局、ラルヴァは思考を放棄し、成り行きに任せることにする。


「なら、暫くは治安維持部隊に任せておけ。

 また亡霊が出たということでも構いはしないだろう」


「ですが、彼女の名がこれ以上広まるのは……」


「もう緘口令など布ける筈もないだろう?

 逆に根も葉もない噂だと扱った方が、消えるのは速い」


「……なら、何も言いませんが」


「それに、ヴォルクスは……俺の部下だ。

 亡霊が俺の手先であるという疑いは薄くなるだろう

 ……ヴォルクスによる、最期の忠義だと……そう、思うことにしよう」


 ラルヴァのその一言は、聞きようによっては部下の死までもを利用する冷酷極まりない一言だった。

 が、その言葉を吐き出した彼の表情は、隠し切れない苦悩に満ちていて……


「……それは、確かに……」


 ラルヴァ王子のもう一人の忠臣たるバルデスは、主のその表情を見た途端……惨死した同僚を羨ましく思ってしまった。

 勿論、すぐにその不謹慎な感情を胸中にしまい込み、顔に浮かべることはなかったが。


「では、今後は治安維持隊に任せる、ということで」


「……ああ。

 取りあえず、俺はしばらく政務の方に時間を取られる。

 今後の行動については……」


 そうしてバルデスとラルヴァが言葉を交わしているところへ、人影が近づいてくる。

 王子と将軍という、この国でも五指に入る二人の会話に堂々と割り込んだその人物は、何処かラルヴァ本人と似通ったところのある人間で……


「……何か用か、ラスカル」


「いえ、兄上に用はありません。

 ただ、バルデス将軍にこの件を担当してもらおうと思いましてね」


 怒りや嫌悪を隠そうともしないラルヴァの声を聞いても、ラスカル王子は顔一つ変えず、自分の用件を伝える。


「ですが、私が治安維持部隊を率いるのは越権行為では?」


 同胞に死なれてバルデスもあまり余裕がない。

 ……だからだろう。

 目の前の王子を責めるような口調でそう口に出してしまった。

 だけど、そんな嫌味にすらラスカル王子は眉一つ動かさなかった。


「いえ。カール治安維持副長には辞任して貰いましたので。

 現在、治安維持部隊は責任者がいない状況なのですよ」


 相変わらずの冷静な口調でそう話すラスカル。


「……辞任? 

 またどうして?」


「カール副長は……王族暗殺計画の報告を受けながらも兄上の失脚を狙い、その報告を握りつぶしてい たという証拠が上がりましたので」


「……なるほど」


 ラスカルの言葉に頷くバルデス将軍。

 道理で彼が治安維持部隊に情報を流したというのに、王都内に潜伏していた異国の暗殺者捕縛が進んでいなかった訳だ。

 治安維持部隊が『自発的に』サボタージュしていたというのなら、王都内が暗殺者で溢れるのも当然の結果だった。

 ただ、暗殺計画を放置していたのが、カール副長の独断だったのか、それとももっと上から命令が下っていたのか……

 そしてカール副長が辞任した後でどうなったのか……それら全てがバルデスにとって理解の範疇外だった。


「ふん、相変わらず規則規則ばっかりだな、お前は」


「ええ。国家は法で動くべきですので」


 そんな弟の態度に嫌悪感を隠さずに呟くラルヴァ。

 ラスカル王子の方も、兄に言われた言葉を平然と受け止める。

 そのまま二人の王子は黙って睨み合う。

 と言っても、ラスカル王子の視線は何の表情も感じられなかったのだが。


「分かった。バルデス。

 お前にこの件を頼む」


「……ラルヴァ王子?」


 結局、兄弟同士でのにらみ合いで先に折れたのはラルヴァの方だった。

 バルデスにそう言葉を投げると、その場を立ち去ろうとする。


「ですがっ!」


「良いな。一刻も早く犯人を見つけ出してくれ」


「……はっ」


 バルデス将軍はなおも何かを反論しようとしたが、ラルヴァの何かを含んだような言葉を聞いて……黙り込み、頷く。

 そのまま、ラルヴァは別宅に戻るための馬車に乗り込む。

 彼を乗せた馬車はまるで時間を惜しむかのように、すぐさま別宅へと向かい始めた。


「……では、私も仕事に戻らせて頂きます、ラスカル王子」


 ラルヴァが去っていくのを見送ったバルデス将軍は、隣に立ったままだったラスカル王子に一礼すると、その場を立ち去ろうとした。

 だが、ラスカル王子はそれを引き止める。


「いえ、将軍にもう一つだけ話があるのです」


「……話とは?」


 流石に王子という地位を持った人間の言葉を無視する訳にもいかず、バルデス将軍は尋ね返す。


「簡単な話ですよ。

 貴方は兄上個人ではなく、王家に仕えるべきだと諭したいだけですから」


「今でも私はそのつもりですが?」


「いえ。そろそろ確実な転機が訪れます。

 その時に備えるべきだと私は言っているのです」


「……転機?」


 ラスカル王子の言葉なんて適当に聞き流そうと思っていたバルデス将軍だったが、一つだけ聞き逃せない一言が出てきたので、つい聞き返してしまう。


「……ええ。

 この塔から消えた、一人の少女の存在が、兄上の転機となるでしょうね」


「……何のこと、でしょうか?」


 ベルガの塔を眺めるラスカル王子がポツリと呟いたその声に思いっきり動揺しながらも、バルデスは顔には全く出さずに聞き返す。

 剣の腕や策略の類に長けているばかりではなく、その辺りの腹芸も出来るからこそ、バルデスはこうして将軍の地位まで上り詰められたのだ。


「いえ、まだ今は別に。

 ただ、その時が来た暁には……将軍はせめて王家の味方であって欲しいと思うだけです」


 ラスカル王子の言葉は……静かにバルデスを追い詰めていた。

 ラスカル王子はバルデスを責めるものでも、味方につけるものでもない。

 ただ、バルデスに「法の下の中立」を勧めているだけだ。


 だが……だからこそ確実に、その言葉はバルデスに届いていたのだった。



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