第五章 第三話
「王子! 貴方は狙われていると言っていたはずです!」
アルス政務官から解放されたラルヴァを待っていたのは、バルデス将軍の怒鳴り声だった。
あまりの剣幕、あまりの大声にラルヴァは思わず耳を押さえる。
「護衛もつけずに何をやっているんですか!」
「……だから、俺は狙われる可能性は低いと……」
「その程度の希望的観測に命を賭けないで下さい!」
珍しくバルデスが本気で怒っているのを察したラルヴァは、肩を竦める。
彼に忠実な筈のバルデス将軍も本気で怒り出すとどうしようもないほど頑固で……説得が無理だと分かったのだ。
「分かった分かった。
これからは護衛くらいつける」
「当たり前です!」
面倒くさそうなラルヴァの声を聞いて、やはり怒鳴るバルデス将軍。
思いっきり不敬な態度ではあるが、ラルヴァの身を心配して怒鳴っている将軍を権力で黙らせるほど、ラルヴァは無粋ではない。
仕方なく小言を聞き流す。
「ですから、これからは……」
「はいはい。分かったから取りあえず帰るぞ。
アレから目を離せないのを、昨夜思い知ったからな」
「……では、昨夜のはやはり……」
「ああ。取りあえず場所を変えるぞ。
いや、帰りの馬車で十分か。
もうそろそろ空も赤らむ時間帯だしな」
「……分かりました。
私が送りましょう」
今二人がいるのは王宮のど真ん中。
しかもさっきまでバルデス将軍が大声を出していたので、見事に注目の的になっている。
その殆どが下級貴族か侍女なのだが、だからこそ、火の速さで噂が飛び交うのは目に見えていた。
そんな状況で『鮮血』のキリアの話題を出さないほどには、ラルヴァもバルデスも分別というのを持ち合わせていた。
二人とも無言のまま、王宮の入り口へと向かう。
「……そういう訳で、貴女よりも先に私はあの人の恋人として……」
その頃、キリアは疑問で一杯だった。
彼女の右手は腰のベルトに隠してある短剣に添えられてある。
目の前の女性が……キリアに対して完全な悪意を持っているその女性が、何かをしてきたら反撃するためだ。
だけど、その女性……レイシアは何やら訳の分からない話を繰り返すばかりで、何か悪意を持った行動を取ろうとはして来ない。
「ですから、分かっていますか?」
本当にただ話をするだけ。
しかも言い方が兎に角遠回しで……キリアの脳みその処理能力では全く理解出来ない。
ただ、何となく……自分と王子様とを引き離したいと思われているような気がして、ちょっとだけ不満そうに頬を膨らませるキリア。
「何ですか、その不満そうな顔は!」
そんなキリアの様子を目ざとく見つけたレイシアは、怒鳴る。
「良いですか、私のお腹にはもうあの方の子供がいるのです。
貴女みたいな端女が入り込む隙なんてないのです」
「……こども?」
「ええ。理解出来ましたか?」
自分の優位さをコンコンと説くレイシアは、キリアが自分の話を全く理解していないという事実に全く気付いていなかった。
逆にキリアの方は……目がレイシアのお腹に向いている。
「おなか、こども」
「ええ。そうよ?
私とあの人の愛の結晶ですわ。
あの方の隣に立つのは私という絶対的な証でもありますの」
そういってまだ目立つほどにも膨らんできてはいないそのお腹を突き出すレイシア。
その一つの事実に関して、よほど自身の優位性を信じているのだろう。
事実、王族の跡継ぎを孕んだとあれば、その女性が凄まじいまでの権力を握ることが出来ることは、歴史が証明した通りでもある。
「こどもいれば、おうじさまと、いっしょ?」
遠まわしなレイシアの言葉を何度も何度も聞いたお陰か、キリアの脳みそでもそれだけは何とか理解出来た。
キリアは首を傾げながら、目の前の女性にそう問いかける。
「そうですわね。王妃として迎えられたのならば、その身分は確約されたも同然ですし」
ようやく自分の言葉が通じたと思ったレイシアは、その豊かな胸を堂々と突き出し……自分の優位性を誇る。
「……ほしい」
「そりゃ、そうでしょう。
貴女もあの方の妾なら……」
だけど──そこまで言った時だった。
キリアが突然立ち上がる。その手は、侍女服の帯に隠されていた短剣を引っ張り出しており……
「……な、何よ、貴女。
いきなりそんな……」
王子の別宅だということで安心しきっていたレイシアは、自分の周囲に護衛の人間すらいないのを思い出し青ざめる。
一応、このラルヴァの別宅入り口の馬車には護衛がいるのだが、今現在目の前にいる脅威……即ちキリアに対しては無意味だと気付いたのだ。
「こども、ちょうだい?」
「な、な、なによ、貴女!」
脅えるレイシアに向かって、無邪気な笑みを浮かべるキリア。
その手には……何人もの治安維持部隊を血の海に沈めた短剣が握られており……




