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【完結済】Bloody Bride  作者: 馬頭鬼
第五章
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第五章 第一話


 ラルヴァを眠りから引き摺り出したのは、窓から差し込む太陽の光だった。


「……まぶしいな、くそっ」


 寝惚けた頭のまま、太陽の眩しさに耐えかねて毛布を頭から被ったラルヴァを次に襲ったのは……酷く強烈な鉄の匂いだった。

 その鼻を突く匂いに驚いた彼は毛布を剥ぎ取り……


「うわ、なんだこりゃ!」


 血まみれのシーツに驚く。

 そればかりか、自分の服までが血で染まっていることにも。

 慌てた彼は毛布を跳ね除けてベッドから飛び起き、不安と恐怖に襲われながらも自分の四肢がついていることや、身体に切り傷がないことを自分の手で入念に確認し。

 そして、同じベッドに眠っている少女を見つけたとき、ようやくラルヴァの疑問は解消されることとなった。


「……コイツか」


 ラルヴァの隣で眠っていたキリアの服装は昨夜と変わらない侍女の服だったが、その白いエプロン部分が黒褐色に染まっている。

 明らかに血が固まったとしか思えないその色は、ラルヴァが眠ってから起きるまでの間にキリアが何をしていたかを証明するもので……


「この馬鹿がっ!」


 自分の計画をぶち壊しかねない行為をやらかしたキリアを、怒鳴りつけてたたき起こそうとしたラルヴァだったが、彼女の胸倉を掴む寸前で思い返した。


(コイツは……『鮮血』のキリアだったんだな)


 ──殺人鬼に殺しをするなという方が無理か


 そうラルヴァは思い直し、もっと手綱をしっかり握ってないと全てを失うことになると自戒する。

 そう考えている時点で、ラルヴァがキリアという名の少女を全く理解していない証拠でもあるのだが、彼にはキリアの内心など分かる筈もない。

 ……いや、誰だろうと相手の内心など分かりはしない。

 だからこそ言葉というツールが世界中で用いられている訳なのだが……生憎とキリアは自分の意志を満足に伝えられるだけの語彙を持っていなかった。


「さて、事情くらいは聞くか。おい、キリア……」


 と、ラルヴァは最悪の事態一歩手前くらいを覚悟した上で、同じベッドに眠る少女の方を揺すろうとした瞬間のことだった。


「っ!」


 さっきまで眠っていたはずのキリアが目を覚ましたかと思うと、突然、腰元にあった短剣を引き抜いて……


「くっ!」


 その瞬間、ラルヴァ王子は確実に死を覚悟した。

 全ての……自分の行動すらもスローモーションで動くその極限の状態で、『鮮血』のキリアはゆっくりと短剣を手に王子の方向へ飛びつき……

 ……王子の僅か横を通り過ぎて、ベッドの隅へと隠れる。


「?」


 覚悟した瞬間が訪れなかったラルヴァは……恐る恐るキリアの方へ顔を向けようとした……その時、ドタドタと彼の部屋へと向かってくる足音。


「王子様! 大変です!」


 部屋に入ってきたのは、四十代後半の侍女……ベルである。

 かなり恰幅が良く『肝っ玉女将』という言葉が似合う体型の彼女は、キリアの世話のためにわざわざ休暇を返上してもらった、ラルヴァが直接雇っている使用人の一人である。

 尤も……金はヴォルクス大臣持ちだが

 くすんだ茶髪と茶色の瞳は、ランシア王国庶民によくある特徴だ。

 逆に貴族には金髪が多い。

 が、ランシア王国というのは身分制が厳密に適用されてはいないため、結構血が混じっているのであまり当てにはならないが。

 ちなみに、移民にはキリアみたいな銀髪が多い。

 キリアの両親がどういう人物だったのかラルヴァは知らなかったが……身体的特徴から考える限り、恐らくは流れ者だったのだろう。

 だからこそ両親を失い、頼るべき親類縁者もないまま天涯孤独となったキリアは……殺人鬼としてしか生きていけなかったのだ。

 ついでに言えば、ランシア王国では移民による犯罪が問題になっており、だからこそ子供の頃に盗みをして生活していた銀髪のキリアは民衆に追われることとなり……殺人鬼として武器を手にするしかなかったのだった。


「……なんだ、騒々しい」


「それどころじゃありません!

 殺人です!」


 ベルは血相を変えているが、ラルヴァはそれほど驚かない。

 既に犯人が分かっているからだ。


「で、誰が殺されたんだ?」


「治安維持部隊の方々です。

 ベルゼット卿、ココット卿、ハルゼード卿……この地区を担当されていた方が、ほぼ全員、咽喉を一突きだとか」


「……あ~」


 ラルヴァは僅かに安堵のため息を洩らす。

 名前を聞いただけでは誰の派閥かまでは分からなかったが、ラルヴァの記憶にない以上、それほど大した連中でもないのだろう。


「……犯人は?」


「特定は出来ていません。

 『鮮血』の何とかって少女の亡霊が出ているとかの噂はありますけれど……」


 ベルの視線がベッドの片隅……キリアの方を向くが、首を振って自分の連想を否定しているようだ。

 ま、それが普通の人間の発想だろう。

 あんな細腕……ベルの半分以下しかない細い腕で、誰かを殺せるなんて思う訳がない。

 いや、思ったとしても大きな恩のあるラルヴァ王子が自らの意志で彼女を手元に置いている以上、侍女に過ぎないベルが何かを言える訳もない。

 もし王子が暗殺に加担していると知ったとしても、巨額の借金を抱えつつこうして雇われている彼女は王子の告発を行える筈もなく。

 ……だからこそラルヴァは彼女をこうして呼び戻したのだが。


「しかし、王子様。

 どうしたんですか、その服にベッド。

 ……あんまりキリアちゃんに無茶なこと要求しちゃダメですよ?」


「……やかましい」


 妙な勘違いをしているベルを、ラルヴァは一蹴する。

 ただ、誤解を解こうとはしない。

 真面目に話すと、洒落にならないことを説明しなきゃならないのだから。

 ちなみに……生活する上で仕方なくベルには「キリア」の名前を教えてあるのだが、剛腕とも言うべき太い手で家事をこなす彼女は、それでも眼前の細くひ弱な少女のキリアと『鮮血』のキリアを同一視できないようだった。


「ま、若い内には色々あると思いますけどね。

 そうそう。汚した服は籠にでも入れておいて下さい」


 そう小言を残すと、他に仕事があるのだろう。

 キリアの様子にもそう頓着することなく、ベルは早足で部屋を出て行った。


「あ~。ベルを呼び戻したのは間違いだったか」


 小言に辟易しながら、ラルヴァは愚痴る。

 実際、一番信用に値するベルという侍女は一番口うるさい性格の持ち主だった。

 尤も彼女は分をわきまえており、口うるさいのは家の中のことに関してだけで、王子の仕事や生活態度に関しては何一つ口を挟もうとはしないのだが。

 それでも鬱陶しい小言を聞かされると、どうしようもなく苛立ちを覚えるのは仕方のないことだろう。


「……さて、と」


 ラルヴァは部屋の片隅で警戒姿勢をとったままのキリアに顔を向ける。

 気が進まないのは事実だが、好き勝手したキリアを怒らないと……また同じことをされるのが明白なのだ。


「キリア。此処に座れ」


「……うん」


 叱りつけるために、キリアに命令するラルヴァ。

 彼の言葉を聞いたキリアは、素直にラルヴァの前に座る。

 ちょこんと座り込んだキリアがご褒美を期待した子犬のような無邪気な目で見上げてくるのを見て……そこに欠片もの罪悪感すらないのを理解したラルヴァは、彼女には何を言っても無駄だと理解し、ため息を一つ吐く。


(……悪いことをしたと分かってないな、こりゃ)


 と言うより、少し考えれば……彼女を叱る理由がないことにラルヴァは気付いてしまう。

 『鮮血』の二つ名を持つ殺人鬼に、その殺人鬼を使って自らの政敵を暗殺させているラルヴァが、一体どの口で「人殺しがいけないこと」などと教えろというのだ?


「その汚れた服を脱げ。

 一刻も早く!」


「……うん」


「いいか? 

 これからは、服を勝手に汚しちゃダメだぞ?」


「……うん。

 わかった」


 結局、ラルヴァは子供でも分かる内容──服を汚すなという、子供にでも分かる理由でキリアを叱ることにした。

 キリアの方も素直に頷いていて、多分理解してくれたのだろう。

 ラルヴァ自身も血に汚れた服を脱ぎ捨てる。

 そんなラルヴァを見たキリアの顔が無邪気な笑みを浮かべる。

 彼と同じ状態……一緒に何かをしているというのが嬉しくてたまらないという笑顔だった。


「さ、新しい服を着るか」


「……ん」


 いつまでも半裸のままで居る訳にもいかない。

 ラルヴァはベルを呼びつけ、新しい服を持ってこさせたのだった。


「……そんなに夕べはお楽しみでした?」


 などと言う、不躾な笑みを浮かべながら放たれたベルの言葉は無視した上で……。


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