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【完結済】Bloody Bride  作者: 馬頭鬼
第三章
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第三章 第五話




「た、隊長!」


 同僚の騎士が叫ぶ中、騎士セシルは自分の目を、そして自分の正気を疑うことしか出来なかった。

 先日の大捕り物で出た欠員補充という形で治安維持部隊に入ったばかりのセシルはまだ訓練も浅く、目の前の事態を理解することが出来なかったのだ。

 何しろ、細身の……どう見ても小娘としか表現できないような少女が、セシルが訓練で何度挑んでも一合すら打ち合えなかったゼムン団長を、ほんの一瞬で屠ったのだ。


「……な、何が?」


 セシルは現状を把握するだけで精一杯で、手に持っている剣の使い方すら頭に浮かばない。


「き、貴様ぁ!」


「よくも隊長をっ!」


 ただ、ゼムン隊長とはともに過ごした時間の長い、彼の隣に居た同僚の騎士二人がそう叫んだかと思うと長剣を少女に向けて振りかぶり……


「……お、おい」


 セシルはまだ名前すら覚えていない二人の同僚を止めようとした。

 だが、彼の言葉は同僚には届かなかった。

 侍女の姿をした血まみれの少女は、一人の騎士が振り下ろした刃を転がって避けると同時に、その騎士の踵を切り裂いたのだ。


「くあああああ!」


「お、おい!」


 その悲鳴を聞いたセシルは、慌てて彼を助けようと踵を浮かせる。

 が、少女はセシルが同僚を助けるのを待ってくれるほど優しくはなかった。

 彼が倒れた騎士に駆け寄ろうと第一歩を踏み出した時には、血まみれの少女が手にしていた短剣は倒れこんだ騎士の脊椎後部に突き立てられ……


「な、なんなんだ?」


 目の前でまたもう一人の同僚が血の海に沈んだというのに、未だにセシルは目の前の光景に現実感を抱けない。

 その光景が余りにも非現実的過ぎたからだ。

 そんなセシルの混乱を待ってくれるほど、少女の姿をした死神が優しいはずもない。

 ……地に伏した騎士の絶命を確認さえせず、近くにいる騎士に向かって奔る。


「う、う、うわ、く、くるな!」


 セシルのもう一人の同僚は、自分が刃を向けた相手がどういう相手かをようやく悟ったのか、恐怖に怯え……必死に剣を振るうだけだった。

 剣筋も何もあったものではないその斬撃を、少女が意にも介さずに踏み込み……その咽喉に短剣を突き立てる。

 そして、セシルとその返り血に赤く染まった少女の、殺意の欠片も写していない銀の瞳が合った。


「ひっ。ひっ」


 セシルは何かを言おうとした。少なくとも口を開いたつもりだった。

 だが、その咽喉は本来の役目を果たしてはくれず、掠れた音が響いただけで。


(そ、そうだ。他の団員に報告を……)


 セシルがそう考えたのは……ある意味当然だったのかもしれない。

 彼の持つ生存本能が、逃亡を邪魔する治安維持部隊としての義務感をねじ伏せ、適当な理由を彼に与えたのである。

 その結果、セシルにとって……現状の報告を行わなければならないという言い訳は、今現在最も行うべき大事な仕事に思えた。

 だから、手にしていた剣を放り投げると、一目散に少女に背を向けて走り出したのだ。


「へ?」


 その直後、セシルはバランスを失い、石畳の路面に叩きつけられる。


「な、なに……が?」


 突然の衝撃に混乱したセシルが振り返り、自分が転んだ原因……突然動かなくなった自らの脚を見てみると……そこには短剣が突き刺さっていた。


「ひ、ひ、ひぃいいいいいいいいい!」


 もうセシルは自分の身に何が起こったかすら理解できていなかった。

 ただ右足に感じる焼けつくような痛みと、石畳に叩きつけられ痺れている全身に混乱しながらも、背後に感じる少女の形をした死神から逃れようと、ただ必死に全身を動かし……

 短剣が突き刺さったことにより動かなくなった右足を引きずりながら煉瓦敷きの道路を這い進む。


「た、たす、助けて、神様!」


 今まであまり祈ったこともない神に祈りながらも、セシルは必死に手足を動かす。

 だが……神という存在は、そんな唐突な祈りに応えてくれるほど優しくはない。

 侍女の服装を返り血で真っ赤に染めた死神は、近くに転がっていた剣で一番細身の、ゼムンが持っていた剣を手に取って飛び上がり……


「が、ぐがっ!」


 突如胸部に衝撃を感じたセシルは、叫びにならない叫びを上げながらも、背後に迫ってきている死神から逃れようと手足を必死に動かす。

 その場でセシルを突き動かしたのは、義務感だったか恐怖だったか。


(誰か、誰かのところまで行けば……)


 ……ただ心の中で叫びながら。

 自身の胸部を貫いた剣は石畳に突き刺さっていて……幾らもがいてもセシルの身体は全く前に進んでいないというのにも関わらず……


 たどり着くはずのない誰かの元へと手足を必死に動かし続けたまま、セシルはその意識を永久に失うこととなったのであった。


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