第三章 第四話
「くっくっくっく。流石だな、『鮮血』のキリア」
「うん。がんばった」
仕事を終えて馬車の中に入ってくるキリアの頭を、ラルヴァは上機嫌で撫でてやる。
その感触にキリアは心地良さそうに目を細める。
そんなキリアの無邪気さがますます笑いを誘い、ラルヴァは上機嫌のまま笑い続ける。
「さて。次はどの辺りを狙うかな?」
王都の地図を広げながら、ラルヴァは呟く。
実際、狙う場所は何処でも構わないのだ。
──ただ騎士を、ラスカル派の騎士を狙いさえすれば。
正直な話、今日の暗殺は暗殺とは言い難い。
ただのお遊び……ラスカルのすまし顔にむかついた報復としての、ただの憂さ晴らしに過ぎないのだから。
「さて、どうするかな?」
「……王子、検問です」
狩りが楽しくなってきたところに水を差す御者の声。
ラルヴァは一つ舌打ちをするとその検問とやらを覗き見る。
軽歩兵の革装甲を着込んだ騎士が凡そ七名。
その中心に居る初老の男性は……
(……ゼムン治安維持部隊長)
面倒なことになったと、ラルヴァは舌打ちしながら考える。
馬車は家紋を隠し、真っ黒な馬車に偽装している。
……が、中を見られれば終わりだ。
何しろ、キリアは先ほど殺した騎士達の返り血に濡れている。
(……どうする?)
ラルヴァが咄嗟に思いついた策は二つ。
一つは返り血に染まったキリアの服を脱がしてラルヴァ自身と戯れていたことにする。
もう一つは……この場でキリアを解き放つという策。
どちらも一長一短だった。
一つ目の策は確かにこの場は切り抜けられる。
だが、ラルヴァが乗っていた黒塗りの馬車が殺人現場の側で目撃されたという話が広まると後々面倒になる。
二つ目の策は、キリアの戦闘能力に全てがかかっているということだ。
目の前にある検問所に詰めている騎士七名。
キリアの戦闘能力が幾ら高いといっても……ベルガの塔に幽閉されるまでに八〇人近い騎士を屠った殺人鬼だとしても……同時に七対一は分が悪い。
「どちらが乗られていますかな?」
「いえ、こちらは」
御者と騎士の話し声が聞こえる。
あの御者は借金で一家心中寸前だったところをラルヴァが救ってから絶対の忠誠を誓っている。
その上、まだその借用証書はラルヴァ配下であるヴォルクス大臣の手元にある以上、彼が裏切る心配はない。
だからこそ、彼がその時間を稼いでいる間に、ラルヴァは何とかして策を練らなければならないのだが……
(せめて……何らかの目くらましがあれば……)
そうやってラルヴァが周囲の騎士をどうしようかと苦悩していた時だった。
「おうじさま。おうじさま」
不意に、袖が引っ張られる感触。
ふと顔を上げると、ラルヴァの袖をキリアが引っ張っている。
「あいつら、ころすね?」
無邪気な顔でキリアはそう告げるや否や、ラルヴァが止める暇もなく馬車から飛び出していた。
「へ?」
馬車の扉に手をかけていた騎士の一人が、突然内側から開いた扉にそんな声を上げる。
同時に、その騎士の隣を駆け抜けた、一人の少女。
「おい。おま……」
その騎士は、振り返ろうとして……気付く。
自分の首筋から、真っ赤な鮮血が噴出しているという事実に。
「な、なんだこりゃ~~~っ!」
「ぺっぺっ。おい、キリア!」
動脈を切り裂かれた騎士の悲鳴と、返り血をモロに浴びたラルヴァの声が重なる。
だが、周囲の騎士達はそれどころではなかった。
「う、うでがっうでがっ!」
「お、おいおい」
「な、なんなんだよ! こいつっ!」
何しろ、いきなり黒塗りの馬車から飛び出してきた侍女が斬りつけてきたのだ。
その動きは凄まじく速く……ただでさえここ数日は月が細く月明かりに頼れない。
そんな闇の中では、重装備で大勢いる騎士たちよりも小柄で素早い一人の方が遥かに戦い易かった。
更にキリアは『鮮血』の二つ名を得るほど、街中での盗みと殺人を繰り返した経験があった。
彼女の活動時間は主に人目につかない夜であり、だからこそ彼女は闇の中でも戦い慣れている。
結局、騎士達がようやく我に返った時には、既に三名の騎士が地に伏している状況だった。
「コイツ! 全員、囲め!」
キリアの正体に気付いた訳ではないのだろうが、その戦力を認めた治安維持部隊長ゼムンが周囲の騎士達に指示を出す。
現状でも動ける騎士三名がゼムンの指示によってキリアの四方へと回り込もうとした、その瞬間。
「んっ!」
囲まれる前にキリアが動く。
向かう先は……一直線にゼムン目がけて。
「っ甘い!」
最近は歳を取ったのと書類仕事に追われていた所為で動きが衰え始めたとは言え、ゼムンとて治安維持部隊の長である。
咄嗟の対応は周囲の若手騎士より遥かに優れていた。
彼はキリアの動きを完全に予測しており、その頭上へ長剣を振り下ろそうとしたのである。
「……なっ?」
……だけど。
ゼムンに読みきれなかったのは、その速度。
彼の剣が振り上げられたその瞬間には、既にキリアは彼の懐まで入り込んでおり。
「……なん、だと?」
彼の腹部……軽歩兵の革鎧のない部位に、キリアの短剣が確かに突き刺さっていたのだ。
そのまま、キリアはその腹筋に挟まれた短剣を力任せには引き抜かず、突き刺さった部位ごと横一文字に切り裂くことで刃物を腹部から抜き取る。
「ぐがっ、あがああああ」
ゼムンは無意識の内に、自らの身体から零れ出てくる身体の一部を必死に集めようと手を伸ばし……
「がっ!」
……そのまま無防備な頚部に短剣を突き立てられ、その身体の自由を永遠に失ったのだった。




