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誘われし狐  作者: こう茶


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参拾八巻

本日二話目の投稿になります。


 日が落ち、辺りが暗闇の世界へと変わる。周囲の空気が緊張に包まれる。

 戦闘力のない里の住民には、昨日の襲撃の恐怖が色濃く残ってしまっている。


「皆、安心してくれ。ここは俺が守る!」


 力の無駄遣いではあるが、【魅了・極み】を使う。使いどころのなかったスキルではあった、皆の恐怖心を和らげるのにつかわせてもらった。そして、皆を守る壁となるように【陽炎】で結界を模した障壁を作り出す。これでもしもの事があって、ある程度の攻撃を防いでくれることだろう。

 まだ敵は来ない。反対に御霊山の方が騒がしい。

 時折、大きな音がこちらまで響き、昼間かと間違えそうな光が山を明るく照らす。

 戦いの足音がそこまで近づいていた。




 誰かが叫ぶ。


「昨日の化け物だ!」


 そちらに目を向けると、続々と地面の中から出現していた。

 上半身が出たところの動けない相手に向けて次々と【狐陽】を放って燃やす。

 そんな俺の様子を見て、里の皆が歓声を上げる。


「この程度の相手ならいくらでも出来るんだけどなぁ」


 誰にも聞こえないようにぼやく。昨日の相手を思い返すと油断できない。


「鈴、体力温存で頼むぞ」


「うん」


 まだ見ぬ敵に向けて、俺たちは備えなければならない。この人型だけが敵ではないのだ。


 そして、本当の敵がやってきた。

 それは空から。キィキィと言う高い音を発していた。

 それは無数の黒く小さな塊。よく見ると蝙蝠だった。

 そう言えば、昨日山道で大量の蝙蝠が通り過ぎたのを思い出す。

 蝙蝠たちが一か所に固まり、徐々に人型になっていくのを見て、即座に指示を出す。


「気を付けろ、敵は空に居る。

 合図とともに撃て!」


 指示を出しながら、俺も魔力を練り上げる。

 そして、


「撃てぇっ!」


 さながら花火のように空に向けて、火属性の魔法が放たれる。

 着弾。派手な音と焦げる臭いを辺りに漂わせる。俺たちは煙が晴れるのを待った。

 だが、俺は煙の奥できらりと赤く輝く何かを見た。

 刀を抜き、突如接近してくる赤く輝く何かの前に出た。

 予想以上の力に思わず、体勢を崩しかけるが、間髪入れず鈴が補助をしておかげで、隙を突かれる事はなかった。


「昨日の奴の仲間か?」


「イヴァンの仇っ!」


 月明かりに映し出された黒ずくめの衣服をまとった銀髪の美女。その瞳は真っ赤に染まり、牙をむき出しにして俺に対する憎しみを露わにしていた。


「ちっ!」


 思わず、後ろへと数歩下がる。だが、それは悪手だった。

 俺の研ぎ澄まされた感覚が煩いくらいに後ろには無力・・な里の皆がいるぞと伝えてくる。そう思うと足が止まっていた。


「ガアァッ」


 虚を突かれた俺は脇腹を蹴られ、六尺ほど吹き飛ばされた。 


「シッ!」


 俺を庇うように鈴が鋭い剣戟を繰り出して敵の足を止める。

 

「憎しみをその身に受けるのは、初めてかな?」


 振り向くと大きな黒い球を掌に浮かべた同じく黒ずくめの男がいやらしく哂っていた。

 そして、球体が弾ける。


 【神衣】で防ぎ、距離をとった俺は辺りを見回した。


 里の皆は?


 俺が戦闘前に張った結界のおかげで、無事だ。だが、黒ずくめの男女の攻撃を受ければ、程なくして破られるだろう。


 鈴は?


 何やら険しい険相で叫びながら、女と闘っている。おそらく、他の事にさける余裕はない。


 他の戦士たちは?

 

 ほぼ問題なく、人型は倒せているようだ。だが、黒ずくめの奴がもう一人現れたら、抑えられるほどの強者はいない。


 龍槍や龍族は?


 里の至る所で激しい戦闘音が聞こえる。あちらもこちらに手を貸せるほどの余裕はないだろう。


 ならば、やる事は一つ。俺が男を速攻で倒して守りに入る。


「考え事は終わったかね? 私の名はルーファス。貴様の名を聞いておこうか」


「はっ、わざわざ待ってくれたのかよ、ずいぶんと余裕だなっ!」


 俺は名乗りもせずに斬りかかった。


「名乗りもしないとは無礼だねぇ」


 軽口をたたきながら、俺の刀を受けたルーファスの剣はその周囲を小さな黒い球体が回りながら浮かんでいる。 

 そのうちの一つが爆発して、ずしりと腕に負荷がかかる。


「ほう、一つは耐えるか」


 このまま鍔迫り合いを止め、一旦後ろへと下がる。それを読んでいたかのように同時に飛ばれ、あまり距離を取れない。

 そして、球体が二つ爆発する。

 文字通り爆発的な加速が為された剣を受ける。


「ぐぅっ!」


 またしても、吹き飛ばされる。【神気】で弱体化を図っているのにこの差だ。


「ふふふ、あのイヴァンを倒した奴がどの程度かと思えば、この程度か?」


 ルーファスは二度の酷使に耐えきれなかった剣を投げ捨て、マントから剣を取り出した。おそらく、こいつの戦い方は剣を使い捨てにしているのだろう。


「うっせえよ」


 血が混じった唾を吐き捨てると、再び立ち向かう。


 七本の尾を使った【四連突】で、二十八連撃。それを剣に纏わせていた球体を爆発させることで躱しきる。

 【鬼陽】を纏い、【二連斬】。高速の剣撃をやはり球体を爆発させることで、無理やり腕を動かし防ぎきっている。


「徐々に上がってきたかぁ?」


「ニヤニヤと気持ち悪いんだよっ!」


 ルーファスの顔面目掛けて剣を振るうも顔を逸らされ躱される。そこへ、右から三本、左から四本と挟み込むように【四連突】放つ。だが、それも爆風により後方へと躱している。

 爆風の影響で動きの泊まった俺に対し、背中に爆風を起こしたルーファスは不自然な体勢で、俺へと向かってくる。その攻撃を刀を突き出すようにして迎え撃つ。

 

「はっ!」


「セェイッ!」


 独楽のようにクルクルと回転しながら、飛んでくるルーファスにより、すれ違いざまに数回斬り付けられるが、幸いそこまで深くはない。

 対するルーファスはと言うと俺の突きを躱してみせ、無傷だ。だが、無茶な加速と方向転換により、大分ダメージが蓄積しているようだ。


「しぶといな」


「お前に言われたかねえよっ!」


 休む間も与えずに一気に攻め上がる。

 最初の一太刀は【居合斬り】を使い、防御を剥がす。ガタの来ていた剣はそれで粉々に砕け散った。二本の尾で追撃を加え、右胸部への一撃が決まる。

 だが、その持前の耐久力を発揮し、その場に踏みとどまった。そして、右掌の上に拳大の球体を乗せ、直接こちらに押し付けようとして来る。

 それを時間差で放たれた二本の尾で縛り、残り三本が右腕と両足を貫き、地面に縫い付ける。

 そこに自分の尾をあるのを無視して刀を振り下ろした。

 縦に真っ二つになった身体から、どす黒い血液が噴き出す。


「終わりだ」


 だが、奴は俺の予想を超えたしぶとさを持っていた。

 降りかかる血は蜘蛛の糸のように俺の身体に粘りつき、動きが封じられる。

 そして、何事もなかったかのように左腕で片方の身体を受け止め、一つに合わせた。元の身体へと戻ると、貫かれた腕と両足が抉られるのも構わずに一歩、また一歩とこちらに歩を進めた。


「なかなか楽しかったぞ。

 正真正銘これで終わりだ」


 そして、俺の視界が黒い球体で埋まった。




 ◆◆◆




「そこを退けぇっ! 仇を、あの人の仇をっ!」


 憎しみに彩られた剣を半歩横にずれ躱す。無駄に大きく躱す必要はない。

 今までは鈴の武器である速さが体力の消費の速さを助長していたけど、効率よく無駄なく動く事で本当の意味で速度を活かした戦い方が出来るようになった。


「無駄だよ……」


 そして、目の前の女性の動きは悲しいほどに隙だらけで、無駄が多い。

 一合、二合、三合……と幾度なく刀と剣を合わせるが、【妖気】を身に纏わずとも受け流すことが出来た。

 女性の攻撃は速く重い。だが、言ってしまえばそれだけだ。攻撃が単調で容易く予想が出来、躱すことが出来た。

 そして、鈴は途中でいきなり軌道を変えたり、加減速を使ったりして、相手の力を殺すような戦法をとり、翻弄し続ける。

 一度、距離を採ると周囲を確認する。里の者たちに被害は出ていないが、いくら小次郎が張った結界と言えど、無数の人型に集られれば壊されてしまう恐れがあった。肝心の小次郎も、敵の右腕と両足を貫き、闘いを優位に進めていた。

 これなら、里の者の加勢に行っても問題ないと確信する。


「じゃあ、終わらせるね」


 瞬間、鈴の可愛らしい笑顔は形を潜め、蠱惑的な笑みへと変わり、猛然と女に襲い掛かる。

 【疾風剣舞】。鈴が苦心の末に編み出した上げた奥義である【疾風乱舞】対となる技だ。魔法を使い、【妖気】を纏う事で完成する。

 【妖気】は鈴の速度を一段も二段も飛ばして、強化する。そこへ風属性魔法による強化が加わる。さらに、敵の周囲には風の刃が生み出され、鈴が繰り出す剣撃が無数にあるものと錯覚させる。そして、基本となるスキルが【剣舞】のため、【乱舞】よりも精密な攻撃を放つことが出来た。

 鈴は最初に相手の機動力を奪った。左足が断ち切られ、よろけた相手にさらに一閃、もう一度追撃を加え、剣が握られていた右の手首を切り飛ばす。続いて、左腕

、そして、最後に立つ事のままならない敵に向けて振り下ろした。


「ごめんね。気持ちは分かるけど、鈴も小次郎は死なせたくないの」


 悲痛な面持ちで振り下ろした鈴の目には死ぬ直前でさえも、憎しみの籠った視線を小次郎へと向ける女の姿があった。




 ◆◆◆


 ルーファスは仲間の女が倒され、灰になって消えるところを最後まで見続けていた。


「むう、アニータが逝ったか。冥界にて再びイヴァンと結ばれることをこのルーファス=デアが祈りを捧げよう。安らかに眠ると良い。

 アニータは死にたがってはいたが、私は死んで欲しくはなかった。無論、イヴァンもだ。

 分かるか、この私の憎悪と悲しみが」


 ルーファスはただ一点俺を射殺さんばかりに睨みつけていた。

 睨まれる俺も自身の血に塗れている。時間が経てば回復もするだろうが、それを待っていてはくれないだろう。幸いなのは粘々とした奴の血は爆風により吹き飛んでいることぐらいだ。


「分かるかよ」


 俺にも守りたい人、譲れないものがある。その上で昨日倒したイヴァンという人物が邪魔だっただけだ。


「そうか。ならば、貴様を殺し、あの猫の小娘も殺す事にしよう」


「誰がやらせるかっ!」


 互いに限界まで引き上げた自身の身体能力に裏打ちされた最高速度でぶつかり合う。


「【居合斬り】」


 俺の攻撃はやはりこれだ。極限まで研ぎ澄まされた一閃。俺にはこれ以外の方法を知らないし、出来ない。だからこそ、愚直なまでにまっすぐに、そして、速く灰色の力を纏った刀を振り切った。


「【黒珠貫手こくしゅぬきて】」


 対するルーファスは剣を捨て、無手の状態。しかし、ぶつかり合うその瞬間まで、黒い球体に手を通す。そして、手が球体を通過する度にルーファスが纏う【邪気】と魔力がその右手に集められていく。


「はああぁぁっ!」


「セェェェイッ!」


 互いに血をまき散らしながら、交差する。

 一拍空いた後、先に膝を着いたのは俺の方だった。

 俺の身体には胸から左肩へ、上に向かって肉が抉られていた。

 そして、【仙気】を再び使うことが出来たが、やはり身体への負担が大きい。また、制御も上手く出来ていない事から、変な部位に力がかかり、内側の筋肉がねじられているような感覚を味わっていた。


 そして、後方でルーファスの倒れる音がした。

 起き上がり、歩くだけの体力を取り戻すと奴に止めを刺すべく立ち上がる。


「み、ごと。イヴァンがやられた、のも、頷け、る……」


 貫手に使った右手は半分が斬りおとされ、薄皮一枚で上下の身体が繋がっているという状態だった。

 虫の息のこいつに向けて、刀を首の上へと持ち上げる。


「言い残す事はあるか?

 俺が全てを背負ってやろう」


 俺はこいつらの意思を知った。知ってしまった以上ただ殺すことは出来ない。だから、最後に機会を与える。


 そんな俺をあざ笑うかのように鼻を鳴らすと一言。


「甘い、な」


 俺の刀が地面へと突き刺さった。 

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