参拾七巻
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目を覚ました時、俺の周りには里の仲間たちが寝かされていた。
幸い後を引くような痛みはもうない。寝ている間に完治したのだろう。だが、状況はどうなった。鈴は、時宗たちは無事なのだろうか?
外に出るとあの悪夢のような光景が広がっていた。そう決して夢ではなかったのだ。ただ、蹂躙する敵の姿だけは嘘のように消えていた。
「くそ……」
どれくらいの間、俯いていたのだろう。不意に肩を叩かれる。
「そう気を落とすな。貴殿は敵に打ち勝ったのだからな」
後ろを振り向くと、体のあちこちを包帯で巻かれた龍槍の姿があった。
「その……姿は」
地下の神殿で出会った目の前の龍顔の男がこれ程までの痛手を受けていることが信じられなかった。
「【邪気】と呼ばれる攻撃でこの様よ。
逆に貴殿は怪我らしい怪我はしておらぬ。勝ったのだろう?」
「ええ、勝ちました。けど、貴方がこれほどの傷を負うなんて……」
俺は二の句が継げなくなった。包帯の合間からは見えた肌は白ではなく、黒く変色していたからだ。俺が黙っていると龍槍は昨晩の出来事を語り出した。
「この里の主力たる主たちが出ていった後、程なくして敵が現れた。それに合わせて龍族が迎え撃った。人型の化け物は弱く我らの敵ではなかった。
だが、次に現れたのが鋭い牙に銀色の髪の人の形をした何かだった。奴らの操る邪気の強化により、恐ろしく強くなり、その力は我らと拮抗せしめた。邪気は神気によってのみ打ち克つことが出来た。我ら龍族は使えるが、この里の者たちは違う。故に狙われたのだ。それを守るのが我らの役目。そのため、志しの高い者から倒れていった。さらに我らは子が出来にくい種での誰一人として死なせるわけにはいかなかった。予想以上の奴らの力と我らの慎重さ、いや、臆病さにより龍族は敗れたのだ」
「それでも貴方が負けるはすが……
「負けたのだ。数の差はあれど、確かに負けた。我輩は弱い」
そう言って自嘲気味な笑みを浮かべた龍槍の上に巨体な影が出来た。
その影はだんだんと大きさを増し、ついには、
――ドンッ!
「し、師匠?」
そこには前足で龍槍を踏みつける銀の姿があった。
「ふん、お前たち随分と湿気た顔をしているな。
一度や二度の敗北でこの様か情けない」
そう言ってさらに足に力を込める銀についに龍槍が怒った。
「足を退かんかぁっ!
こぉんの悪童が!」
鬼の形相の龍槍は威厳はないが、身体中に力が漲っている。槍に手をかけ、今にも一戦交えかねない。
「蜥蜴かと思っていたが、やれば出来るではないか」
そんなあからさまな挑発に顔を真っ赤にさせて乗ってしまう。
「ちょ、師匠煽ら」
俺が止める前に二人は戦い始めていた。
「久々に顔を見せたと思えば、その悪童ぶりは相変わらずだなぁっ!」
「お前は相変わらず蜥蜴の様な面をしているな」
その言葉により龍槍の手にさらに力が込められた。あまりの怒りにより、身体に巻かれた包帯に血が滲む。
「私は龍だっ! 断じて蜥蜴とは言わせん!」
「ならば、我が口を封じてみよ。出来ぬだろうがな」
返答代わりに放たれる神速の槍。そして、俺にはこれほどの技量を持つ龍槍が敗れるとは信じられずにいた。
「そこのくそガキ、お前も相手をしてやろう」
それをあざ笑うように躱すと、俺に向けて尾をクイッ、クイッと手前に引いてきた。その姿にどうしよもなく怒りを覚えた。そこにある師匠の優しさに気付かぬふりをして。
「へえ、良いですけど、俺と龍槍さん相手に無事で済みますかねっ!」
即座に【人化】を解くと、襲いかかった。
龍槍を含めた師弟喧嘩は辺りの建物が全て吹き飛ばされるまで続いた。
「はぁ、全く……」
鈴、時宗、寧々、劉石の他に淀や力と言った俺を見下ろしあきれ果てていた。怒鳴られる事は無かったが、無言で正座させられるのもなかなかきついものがあった。
「はい、申し開きの言葉もございません」
ただただ頭を下げ続けていた。
俺と一緒に暴れていた龍槍は同じ龍族の女性に無言で祠へ引き摺られていった。その顔は何とも情けなく、銀に恨みがしい視線を向けていた。
そして、師匠である銀はあの性格だ。説教を黙って受けもせず、悪びれもせずにどこかに行ってしまった。
どこからともなく良い匂いが漂ってくると俺を囲んでいた者たちは散り散りになっていった。
それに乗じて、立ち上がろうとするが険しい顔をされるため、なかなか動けずにいた。仲間たちが美味しそうに昼食を取っている間、黙ってその姿を見つめた。とてもひもじいです。
俺の前で食事を存分に楽しんだ仲間たちがぞんざいに持ってきた昼食を涙を流しながら食べた。もう二度と安い挑発には乗らないと心に誓った。
程なくして、その場にあった材料をかき集めて建てられた屋根と机といすだけがある場所で二度目の作戦会議が開かれた。もちろん、その場に参加している人員に変わりは無い。皆、所々怪我をしているがどれも軽傷の様でこれからの戦闘に支障が出るほどではないだろう。
「さて、少し騒ぎがあったようですが、当事者の方には深く反省をして頂くとして、我々は引き続き今後の事を考えましょう」
初っ端から仕掛けられる精神攻撃が辛いです……
「まず、現状が分からなければどうしようもありませんね。各自代表者が報告をしてください」
「じゃあ、僕から言うよ。
僕たち中央の山道の部隊は死者は0人、軽傷者が7人ってところかな。けど、一緒に戦った狐族の半分は今晩戦えないなという感じかな」
翠に続いて、村雨が立つ。
「私達、北の部隊は死者3人、重傷者8人、軽傷者30人だ、シュー」
そして、どちらが報告をするか家康と視線でやり取りをしていた五郎左衛門が立つ。
「我々、南の部隊は死者11人、重傷者29人、軽傷者82人というところだ。不甲斐ない結果になり申し訳ない」
そして、最後に淀が立ちあがる。
「部隊全体の重軽傷者、156人のうち、今晩の戦線に復帰できるのが、119人。軽傷者の治療は終わりましたわ。重傷者も命には別状はありませんが、昨日今日で復帰させるには不安が残ります。休ませる事をお勧めいたしますわ」
医者としての淀の言葉を受け、重々しい空気が流れる。
「あの様子を見ると敵さんはまだまだ来るだろうしねぇ」
「そうだな。こちらの戦力は我々を除いて215人か……どのような手を打つべきか」
翠と五郎左衛門が悩ましい顔つきで考えていると、脳筋組が声を荒げる。
「んなもん、俺たちが昨日以上に敵を倒せばいいだけだろうがっ!」
「そうとも、俺を信じろぉい!」
そんな力と藍菜の様子を見て、やれやれと首を振る我らが参謀たち。
「じゃあ、君たちは一人で里も山道も守れるのかい?」
「翠殿の言う通りだ。少しを頭を働かせた方が良い」
『んなもん、気合でどうにかしてやらぁっ!』
冷静な二人が止めに入るが、議論は平行線をたどる。無駄な時間が流れる中、いくつか疑問をぶつけてみた。
「なあ、俺はあの後どうなったか知らないんだけどさ。何で、敵が夜に来るって分かるんだ?」
ああ、そうだったな、と言った感じで思い出すしたように二人を無視して翠が解説をする。
「僕たちは昨晩は山道で敵を撃退していたわけだけど、日が昇った途端にあの人型の化物から、煙が出て消えてなくなってしまったんだよね。
奴らは太陽に弱いから、昼間に襲ってくる可能性は低いと思うな」
「なるほど」
俺が目を覚ました時に人型が一体も残って無かったのはそのせいか、
「そうか奴らは太陽が弱点なのか。他に弱点とかは無いのか? 俺で言えば【狐陽】、火系統の術が効きやすいように感じたが」
五郎左衛門が記憶を呼び覚ますように一つずつ話していく。
「奴らは【邪気】だったか、それを纏い普通の攻撃では傷をつけることすら難しい。
効くのは【妖気】もしくは【神気】を纏った攻撃のみ。特に魔法や物理攻撃が効果的だったな」
それに周りの者たちも頷いて賛同する。
「そう言えばさ、俺の所は被害が少なかったんだけどよ。俺の【藍灯】って術が効いてたんだよなっ!」
その自信ありげな藍菜に不安を覚えた俺たちは一緒にいた村雨、美月に確認を取るが頷いて肯定した。
「藍菜殿の【藍灯】は辺りに青い光を発する術であるが、その光には聖なる力が込められているのでございまシュー。
そのおかげで敵は弱体化、弱い個体ならば消滅していました、シュー」
「うむ、それゆえに日の光と同等の効力を発揮したという事か。
翠殿、これは配置を変えるべきではございませんかな?」
藍菜と村雨の報告を受け、顔つきが変わる翠と五郎左衛門。その瞳には闘志が満ちあふれていた。
「うん、変えるべきだね。
まずは、南に家康、五郎左衛門、藍菜、それに加えて100人。北に村雨、美月、時宗、将門、それに60人。中央は僕たち、40人。里には小次郎と残り15人だね」
「うむ、それが良いだろう」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。俺と時宗は同じ班なわけだが」
「それでも分けないとだめだね。小次郎は里の守りの要として、藍菜は山道の要として分けないといけないからね。それに里に回せるだけ、人員に余裕があるわけじゃないんだ。それに小次郎なら出来るだろう?」
俺への全幅の信頼に目を背けたくなるが、背く事は出来ない。多分、これが俺に課せられた試練だから。
「分かった。時宗、気をつけてな」
「もちろんだよ。小次郎こそ、気をつけてね」
「そうだ、他の【白尾】の面々も北に向かってもらうよ」
まあ、こうなるだろうとは思っていた。だが、鈴には何と言って説明しようかな。
「鈴は小次郎と一緒に里で留守番だ」
そこに次郎長が口を開いた。会議で次郎長が言葉を発するのは初めての事かもしれない。だが、その顔は頑なに自分の意見を譲らない頑固おやじの様な顔をしていた。そんな様子を見て翠が心底驚いている。
「へえ、次郎長がそんな事を言うなんてね。分かったよ。有力な戦力が減るのは痛いけど、仕方ない。小次郎にも連携が取れる仲間がいた方が良いだろうしね。鈴は小次郎と一緒に里の警護だ」
そんなこんなで配置が決まると、細かい部分を詰める作業へと入る。
それも速やかに終わらせると、家康は皆の指揮者として矢継ぎ早に指示を出していった。
そして、会議場を出ようとした所で、痔ろう長がこちらに近寄って一言。
「鈴は任せるぞ、ヘマすんじゃねえぞ」
「はい!」
元気のいい返事に満足そうにうなずくと、背中を叩き自分の持ち場へと向かっていった。
そして、日没が近づき【白尾】の面々が各々の持ち場へと向かう前に一度集まっていた。
「今日で終わらせるぞ。離れていても俺たちは常に一緒だ。
俺からの命令はただ一つだ。
死ぬな。以上」
お互いの顔を見ながら、絶対に生きて戻ると誓い合った。
時宗たちが出発した後、鈴に出かけると旨を伝え告げ一人里の外へと向かった。
俺が壊してしまった門の近くには桜の木が生えている。もう花は散ってしまっているが、ふと見たくなったのだ。
青葉が生い茂る木を眺めながら、思うのは来年もこの桜を見に来れるかどうか?
まあ、俺が出来る事に力を尽くすほかはないのだが。
感傷的になってしまった自分に照れて、頭をかいた。持ち場に戻ろうと振り返るとそこには銀がいた。
「……いつ間にそこに居たんですか、師匠?」
「ふん、俺が敵だったらやられてるぞ」
事あるごとに憎まれ口を叩く師匠。本当は心根が優しい人だという事を俺は知っている。
「まあ、師匠だったんですから別にいいじゃないですか。それよりも俺に何か用でもあるんですか?」
「下らん結果論だな。まあ、よい。最後の稽古をつけてやろうと思ってな」
その言葉を聞いて銀の姿がぶれる。俺が防御しようと構えた時にははるか後方まで弾き飛ばされた後だった。
地面から這い出ようとするが、指一本すら動かす事が出来なかった。
それでも俺が回復し、何とか脱出するまで銀は俺の事をじっと待っていた。
「よいか、これは灰色の力。【仙気】だ。しかと教えたぞ、馬鹿弟子。
……死ぬなよ」
最後にそれだけ言うと振り返ることなく、御霊山へと帰っていった。
それにしても、何をされたのか分からなかった。それに俺が受けたダメージも多大だ。これが実戦ならば、きっと死んでいただろう。
追い付いたと思っても、埋めようのない差がそこにはあった。
「【仙気】か。灰色の力ね」
師匠があのように言うという事は俺がこの術を使えると思っての事だろうとは思うが、これが使える様になるにはまだまだ遠いなと感じた。
「あれが最強と呼ばれる狐の力だ」
「おおぅ! 黙って後ろに立たないでください。驚くでしょうが」
そこには悪戯を成功させた子供の様に笑う龍槍が立っていた。
「まあ、聞け。あ奴は普段【神気】も【妖気】も使っておらぬ。それがなぜだか分かるか?」
「まあ、【妖気】を使うには御霊山は綺麗過ぎますからね。でも、【神気】の方は分かりませんね」
「あ奴の性格を考えればわかるぞ」
師匠の性格? 自由奔放で、横暴、不遜な性格をしているな。
【神気】とは神様の力を借りてるわけで。
「もしかして、力を借りるのが嫌だとかですか?」
そう言うとニヤリと笑い正解だと告げる。
「堅苦しい感じがするのも気にくわぬとか抜かしておったな。全く罰当たりな事だ。
だが、それでもあ奴は最強と呼ばれておる。【神気】も【妖気】も使わぬ状態でだ。
しかし、あ奴の本気の一端を見たのは主で二人目だな」
「へえ、そうだったんですか。じゃあ、一人目ってのは?」
龍槍は得意げに胸を張った。なぜ、本気を見れたのかと問われれば、予想は付く。全く、色んなところで問題を起こす不良師匠だよ。
だが、本気を見た数少ない内の一人と聞き自然と笑みが漏れた。
「俺は師匠の弟子なんですね」
「何を今更、嫌気がさしたか?」
その問いに、俺は笑って誤魔化す。その答えはとても照れ臭く、胸の内にしまっておきたいものだったから。
決戦の時間まで残り数刻の出来事だった。




