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誘われし狐  作者: こう茶
39/44

参拾六巻

 子の刻を回ったころ、里の命運を左右する戦いの幕が下ろされようとしていた。

 俺たち中央の部隊は戦闘が行われる場所で陣取っていた。

 そこは狐族が住む祠から少し下った場所にある切りだった崖に囲まれた道が開ける場所だ。ちょっとした広場のようになっており、迎え撃つにはちょうどいい。

 だが、まだ師匠とは合流できていない。


「大丈夫だよ。始まったら来てくれるよ」


 そう言って、俺の尻尾の上で寝転ぶ鈴は言う。いつもと変わらないその様子に少しだけ心が落ち着く。

 痛いほどの静けさに包まれ、俺たち以外の生気を感じない。本当にこれから敵が攻めてくるのだろうかと思ってしまう。

 ちなみ、遊撃を任された俺たちの班だが、ここでもある程度自由な行動が認められている。そして、俺は【白尾】の面々を指揮するだけでよく、他の12人は翆の預かりとなっている。

 俺たちは現在、気負い過ぎない為に思い思いの時間を過ごしている。

 その安寧は破られる。

 大量の蝙蝠が奇声を上げて道を抜けてきた。それを振り払うと同時に劉石から探知に敵が引っ掛かったことを告げられる。


「だが、妙だ。やけに生気が薄い」


 劉石は怪訝そうに呟く。時間があれば、じっくり考えたいところだが、俺や寧々といった遠距離攻撃が得意な面々は即座に準備を始めなければならなかった。

 魔力を練り上げる。思えば【火属性魔法・最上級】を取得してから、全力で魔法を放つのは初めての事かもしれない。


「【火の神よ、全てを灰燼に帰せ】」


 詠唱は完了した。後は極限まで緻密に練り上げ、溜める。そこに混ぜるは【神気】この魔法は【神気】との相性が殊更にいい。

 黒い影が目に入った瞬間に放つ。


「まずは、俺から行く。消えろ!」


 白い炎が濁流のように現れる。岩肌を溶かしながら、全てを巻き込んだ。

 まるで、昼間のような明るさを取り戻すが俺が魔力を切るとその炎は消えていく。

 炎の波の後は何も残されていなかった。


「第一波は全滅したな」


「そうか、分かった」


 俺も暫しの休憩に入る。やはり、最上級と言うだけあって消費する魔力も相当なものだ。何十発か撃てば、尽きてしまうだろう。敵がどの程度の数をこちらにぶつけてくるか分からない以上小まめに休息をとる必要があった。


「小次郎の魔法は派手だね」


「まあな」


 時宗は気負った様子もなく、刀を磨いていた。そして、軽く素振りをすると鞘へと納める。

 上手くいったおかげで俺たちの中ではちょっとした油断が生まれていた。

 だから、そこを突かれてしまった。


「下だ、下から来るぞ!」


 劉石を含めた複数の者が焦った様子で警告を発する。

 程なくして、現れたのは輪郭を保っていない人のようなものだった。


「何だこいつら。凄い臭いだ」


 何かが草多様なきつい臭いが辺りに充満していた。


「さてと、ここからは僕たちの出番だね」


 だが、驚愕も一瞬で落ち着きを取り戻すと、近接戦闘が得意な者たちが各々の武器を構え近くの敵に襲い掛かった。

 既に戦闘に入っている時宗、鈴、劉石の中心に寧々を移動させると刀を抜いた。


「さあ、こっからだ!」


 人型の敵はあまり強くはない。動きも鈍く、攻撃も単調だ。だが、それを補って余るほどの耐久力を有していた。どろどろとした輪郭を覆う様に嫌な気配が包み、それが刃を通さない。

 しかし、誰かが【妖気】だ、と叫ぶ。その言葉に従い、纏うと確かに刃は通った。だが、新たな問題が発生する。


「しつこいね」


「全くだ」


「むう」


 首を斬り落としても動き続けるその姿は不気味だ。

 何体か倒してみて分かったことがある。

 それはこちらの物理攻撃に対しては非常に耐性があるという事。【妖気】もしくは【神気】を纏った攻撃でなければ通じないという事。体の一部を斬っても、特に気にした様子もなく、襲いかかってくる事。敵を完全に倒すには魔法などによって、消滅させるほかない事だ。

 つまり、この人型相手では時宗や鈴は非常に相性が悪いという事だ。次点で劉石。大振りの一撃で辛うじて倒せると言ったところ。

 だが、劉石本人は力いっぱい武器を振るうだけで倒れる人型相手の戦いに少々舞い上がっていた。


「ふははは、脆い、脆すぎるぞ!」


 その様子を見ていた鈴は軽く引いていた。


「劉石元気だね」


「そうだな」


 とはいえ、乱戦になってしまった以上広範囲に魔法を使うことは出来ない。一体ずつ着実に消していくしかない。

 

「時宗、鈴は劉石と寧々の補佐に回ってくれ。

 俺は他の奴らを手伝ってくる」


「うん! 頑張って」 


 小さな声援に後押しを受け、道を斬り開く。

 俺の【狐陽】は人型と相性がいい。動きが鈍いのもあってただの的と化していた。

 そんな攻略法を見つけてから半刻。ここいら周辺の敵を一掃し終えた。

 そこへ翆が近づいてきた。

 

「お疲れ様。悪いけど、一休みした南に向かってくれるかな」


「ああ、分かった」


 この場は俺が敵と思いの外相性が良かったために何とかなったが、他も同じとは限らないのだ。小休憩を挟んだ後すぐに向かう事にした。

 しかし、依然として狐族は静寂を保っている。師匠の気配は感じるから無事だとは思うだのが、何かあったのだろうか?


 一休み出来たところで、走り出す。南にいる家康たちに加勢するのだ。


「来る!」


 その道無き道を突っ切って移動している最中、いく度となく人型の襲撃を受けた。その度に劉石が警戒を促す。

 一度の襲撃で現れる人型の数は三十。俺たちだからこそ、無傷で殲滅出来るが他の奴らも同じ事が出来るとは思えない。

 そのため、他の奴らの負担が少しでも軽くなるように殲滅しておく必要があった。


「それにしても、多いね」


 最早、ここまで来ると先ほどの一休みなど意味をなさない。

 額に汗を浮かべた時宗が疑問を呈した。


「まあ、確かに数は多いなっと」


 刀を横に振ると、動きの止まった人型をまとめて焼き尽くす。


「僕が言ってるのは敵の数の事じゃないよ。それに敵は総勢数千人っていうじゃないか。これなら、少ない方だと思う」


 考えながら、俺たちは手を足を止めない。止められない。


「じゃあ、何が多いって言うんだよっ」


「それはこうやって襲撃される回数だよ。

 この移動中の襲撃は十回を超えてる。僕たちが狙われているという可能性もあるけど、この程度の敵を差し向けてきているその可能性は低いんじゃないかな」


「確かにそうだな。現れるのは決まってこいつら人型だしな。

 けどよ、俺たちは劉石がいるからこそ、事前に察知できるが他の奴らだとかなり厳しいんじゃないか?」


「そうだね。地中からの出現を察知するのは至難の技だろうね。劉石がいてくれて助かったよ」


 時宗がそう劉石を誉めると後ろの方で、「時宗様! 私は、私も役立ってますよね!」という声が聞こえるが無視だ。

 俺は今の会話に何か引っかかるもの感じた。


 何だ?


 人型に刀を突き刺し【狐陽】を流す。


 何に引っかかっているんだ? 数、襲撃、人型。いや、これじゃない。


 思考の隙に接近していた敵を蹴り飛ばす。飛ばした先には劉石が待ち構えている。


 地中、そう敵は地中から出現している。ってことは?


 俺は最悪の考えに至る。


「時宗!」


 時宗および寄せると交差しながら、視線で意思疎通を図る。そして、時宗も俺と同じ考えに至ったのだろう青白い顔で頷いた。


「くっそ! 里が危険だ。

 鈴は俺と一緒に。時宗たちはそのまま南に向かってくれ!」


 返事も聞かずに【人化】を解いた。周りの木々をなぎ倒しながら、狐の姿へと戻った。


「鈴、乗れ!」


「う、うん!」


 まだ状況が呑み込めていないのだろう目を白黒させたままの鈴が背中へと飛び乗った。

 走り出そうと足に力を込めた時だった。

 懐かしい声を聴いた。


『グラアァァァツ!』


 地面が震えるほどの爆音。これだけ大きな声を出されれば、聞き間違えるはずがなかった。


「声が大きすぎるんだよ。師匠……っ!」


 声が聞こえた方向を見上げれば、全身を純白の毛でおおわれた大きな、そして、気高い九尾・・の狐が吠えていた。

 

「流石は師匠だ。いつの間に【九尾の白狐】まで存在昇華ランクアップしたんだよ!」


 心が、身体が震えた。俺を支配していた焦りは消し飛び、歓喜だけが満ち溢れる。

 やっとここまで来たのかもしれない。やっと、師匠に認められたのかもしれない。

 俺は師匠の声に返した。


『グルラアァァァツ!』


 御霊山はもう大丈夫だ。後は師匠たちに任せて大丈夫だ。俺は俺のやるべきことをするだけだ!




 全速力で山を下る。人型が足止めをしてくるが狐の姿ならば、ただその上を走るだけで蹴散らすことが出来た。


「小次郎、嬉しそうだね」


 背中にしがみついてくる鈴がしみじみといった調子で呟く。


「そうだな、やっとあの人と肩を並べて戦えるんだ。嬉しくないわけがないだろう?」


「そうだね。小次郎は今まで追い付こうと頑張ってきたもんね」


 俺の傍で俺を見ていた鈴の気持ちは分かるし、鈴もまた祝ってくれているという事がたまらなく嬉しい。

 けど、泣くのは全て終わらせた後だ!


「もっと、飛ばすぞ!」


「行っけえぇ!」


 心地よい声援を受け、先を急いだ。


 人型の襲撃を退ける事三回。やっと眼下に里を捉える事が出来た。だが、その光景はいつも平和で楽しげな雰囲気溢れる里ではなかった。

 家屋は壊され、あちこちで火の手が上がっている。悲鳴や嘆きで溢れている。


「小次郎、これって一体……?」


 鈴が震えた声で疑問を投げかけた。

 俺はそれに投げやりな調子で答える。


「最悪の状況だ。敵は人型。地中から出てくる敵だ。地中を移動するのも容易ってことだよ!

 許さねえ」


 一気に跳ぶ。

 飛び降りながら見たのは、必死の形相で人型に抗う妖怪たち。そして、黒い何かと闘う龍槍、龍族たちの姿。苛立ちを吠える事で紛らわす。怒りは一向に収まる様子を見せないが構わない。思いっ切り敵にぶつけさせてもらう。

 また、ここまで侵入を許してしまえば、もう門の意味もない。人気のない門の上に着地させてもらう。

 皆を攻撃に巻き込まないように再び【人化】をしようとした時、赤いマントを羽織った、銀髪のキザッタらしい男が俺の眼前に現れた。


「ふむ、悪狐あくこではないか。ならば、敵か。

 銀と言う善狐ぜんこはあちらで足止めをする予定ではなかったのか?

 まあ、よい。ここからは私がお相手仕ろう。光栄に思うのだぞ、この獣風情がっ!」


 瞬間、【妖気】よりも禍禍しい黒いもやを纏った手甲が突き出された。

 爆発。俺の巨体があり得ない速度で吹っ飛んだ。そこで俺の意識は一時途切れる。


 俺を起こしたのは奇しくも人型の攻撃だった。俺の身体に群がっていた有象無象を消し飛ばす。前を向くと、鈴が短刀を手に闘っていた。状況は劣勢だ。即座に【人化】をして、駆け寄った。


「悪い、遅れた」


「小次郎はお寝坊さんだね」


 互いに笑いあう。これもまた生きていればこそだ。そこに天から不快な声が響く。


「まだ、冗談を言えるか。やるじゃないか、薄汚い獣が」


「黙ってろ」


 【陽炎】で作り出した足場に後ろに回り込み斬り付けた。


「チッ! 獣風情が私に見下ろすなぁぁっ!」


 叩き落された男が頭に血を上らせて飛び掛かる。

 冷静に受けながら、鈴に視線を飛ばす。ついでに今までの傷を癒すと鈴は頷くと里の中心部へと向かった。


「ずいぶんと、余裕じゃないか、ええ?」


「ちっ! 鬱陶しいんだよ。気持ち悪いもん、纏いやがって!」


 刀と手甲がぶつかり合う度に火花が散った。男は一度距離を取ると、鼻で笑う。


「フッ、この【邪気】の高貴さが分からんとは。やはり獣か」


「んなもん、分かりたくもねえんだよっ!」


 何度目かになる突撃。最初こそ意表を突き敵の背後を取ることが出来たが、実力は拮抗し、互いに互いの隙を突くべく、機を窺っていた。

 【邪気】を纏った拳は俺の神刀と打ち合えるだけの耐久力と威力をもたらしている。また、それを足に纏う事で素早さも底上げしているようだ。【妖気】も同じように使えるが、敵の上がり幅が大きい。

 徐々にではあるが押し込まれていった。


「らあぁっ!」


「ハアッ!」


 刀と拳、【妖気】と【邪気】が混じり合う。

 だが、決して手を取り合う事はない。俺はこいつを倒す。


 脇腹を狙った蹴りをわずかに肘を下げ、受ける。重心がぶれるが、無理やり立て直し、突きを放つ。そして、放たれる突きは【妖気】と【鬼陽】を纏った【三連突き】だ。敵はそれを【衝波】でもって薄皮一枚の所で刀を食い止める。

 次は七本の尾を使った【三連突き】だ。二十一回繰り返される高速の突き。黒炎が尾の先に灯る。一撃一撃が必殺の威力を持ち降り注ぐ。

 しかし、自分の身体を霧状に変え、黒い雨を躱してみせた。

 

「逃げるのは得意なんだなぁっ!」


「クク、野蛮だな」


 俺の挑発にも霧の姿を保ったまま、応じる気配はない。

 そして、次第にその霧が俺の周りへと集まってくる。嫌な予感を覚え上下左右にさけるが振り切られることなく追いつかれた。

 その寒気が最大限に達した時、【妖気】を纏ってはいるが【神気】無理やり使う。初めてじゃないだけましだが、身体が引き裂かれそうな痛みが奔る。その力で刀を振るう。


「何だこれはァァッ!」


 元の姿に男の胸には横一線に刀傷が付いていた。


「戻らん、治らん! 何をした貴様ァァァッ!」


 【邪気】が拳から溢れ出す。自身を傷つけられた怒りに呼応し、【邪気】は鋭く尖り、貫かんとする。

 その攻撃は苛烈。刀を持つ手が痺れる。だが、単調になった攻撃に隙を見出すのは容易かった。


「終わりだ」


 刀が鞘へと納まる。だが、この殺気は、【妖気】は、【神気】は、留まる事を知らない。焦燥、憤り、悲壮、様々な感情がごちゃ混ぜになり、自分でも分からなくなる。だが、一瞬だけふっと無になった時があった。無の感情が【居合斬り】と重なる。刀身からあふれる灰色の気。

 その煌めきは容易く【邪気】を切り取り、敵の身体へ吸い込まれる。


「何だそれは、何なのだ。知らぬ、認めん、獣風情がァァッ!」


 それだけ言い残すと敵の身体は切り裂かれ、分かれた二つの物体は灰へと変わり消えた。

 

「しぶとい相手だった……」


 そこで膝を着く。予想以上に相反する気を使うのは身体と精神に傷跡を残した。

 それでも全てに等しく朝日は昇る。意識が途切れるまでこの霞む目でそれを眺めていた。

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