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誘われし狐  作者: こう茶


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参拾参巻

ほのぼの回プラス新展開。


 里に帰りながら、俺たちは互いに離れていたことを話し合った。

 俺がいなくなった【白尾】の面々は時宗と寧々、劉石と鈴の二組に分かれ、修行を始めたようだ。またいつか俺を取り返しに来るために。今回は俺の元に向かっている途中に遭遇したようだ。すれ違いにならなくて良かった。

 まず、時宗と寧々は赤鬼のりきと唐傘お化けのすい、そして、雪女で寧々の母親でもあるよど、猫又の妖怪の次郎長じろちょう、師匠とともに旅をしていた面々に教えを請いていたようだ。おかげで、女性にモテる時宗が力に腹いせにぶん殴られたり、それに抗議して口が悪くなった寧々が教育と称して淀に氷漬けにされたりと散々な目に合ったようだ。そして、バリバリの武闘派ではない翆と次郎長も、連携のとれた動きで翻弄し、粗があれば、どんなに細かい事でも指摘され続けたという。

 鈴と劉石は一度劉石が持っている【滅龍斧めつりゅうふ】を取りに、天狗一族が住む竹林に向かったという。見つかることなく、無事に取ることは出来ず、一歩進むごとに現れる天狗たちの相手をし続け、三日三晩闘い続けたようだ。しかし、最後に健闘むなしく倒れてしまう。それでも、その根性と劉石の野心に触れた天狗の長たちにより、休息を与えられ、一人につき一歩進めるというルールの元劉石の家にたどり着くまで戦い続けたらしい。無駄に負けず嫌いな二人は安い挑発に乗り、律儀にそのルールを守り続けたようだ。終着点が見えている分、辛いものがある修行だなと思った。

 だが、これらの修業のおかげで皆も【妖気】を習得したようだった。さらにそれぞれが一回以上の存在昇華ランクアップを経験し、鈴に至っては二回も行ったようだった。それは伸び白が一番あったというのもあるだろうが、単に努力の賜物だろう。

 そんなこんなで俺たちは以前よりも一回りも二回りも実力をつけた。

 そして、今日は一日休みと言う事にして、俺は鈴とともに久々に里を散策していた。


「まあ、案の定とはいえ、ここは変わってないな」


「そんな事無いよ!」


 鈴は俺の尾の上に座り楽しそうにはしゃいでいる。 


「よく見たら里が広がってる気がしない?」


「ん? まあ、そう言われたらそんな気がしないでもないが……」


 正直に言ってそんな実感が無い。


「仕方ないなぁ。じゃあ、こっちに来て! あれ見れば分かるから!」


 飛び降りるとパタパタと走って行ってしまう。そんなに急がなくとも時間はあるんだけどな。

 鈴の後をついていくと確かに里が広がった証拠があった。里の端と端を結ぶ門があり、一方は御霊山に面し、もう一方は草原が広がっていたはずだ。しかし、現状は草原の側の門の外側に道が敷かれ、さらにもう一つ門が作られていた。


「へえ、確かに広くなっているな」


 広さだけではない。今まで見た事もない妖怪も増えている。以前に増してにぎわっている。


「何かあったのか?」


「ここにいる妖怪たちは皆、御霊山の向こうから来たの。でも、色んな事情があって、他の妖怪の里からきたみたい」


「色々ってなんだよ? 鈴は……知ってるわけないか」


 俺の知る鈴なら深い事情なんか気にしないだろう。時宗あたりなら知っているのかな。後で聞いてみるか。

 歩いているとよく声をかけられる。そのどれもが鈴に向けられていた。

 この里に来たのが半年も経っていないのに、これだけ仲良くなれるのは鈴位だろう。


「よ、鈴ちゃん。今日もお魚買っていくかい?」


 親しげに話しかけているのは宙に浮く鮫の妖怪だ。水で創りだした腕で魚が魚を売っている。なかなか面白い光景だ。


「そっちの見かけない兄ちゃんは……さては鈴ちゃんのこれか?」


『違います(違うにゃ)!』


 小指だけで立てて笑う鮫に向かって声を揃えて言い返す。


「おいおい、冗談だったけど。そこまで息が揃ってなるとひょっとするとひょっとするか?」


 かえってニヤニヤと笑われてしまった。鈴もぷいと顔を背けると走っていってしまった。


「鈴ちゃんはこの魚が好きだぜ。上手くやんな」


 殴りたいこの笑顔。

 魚だけ受け取ると、鈴の後を追う。

 車輪の妖怪が運送業を、確か【火車かしゃ】って言うんだっけな。上半身が美女で下半身が蜘蛛の【女郎蜘蛛】が仕立屋を、子供くらいの背丈の黒い毛皮に覆われた猿が占いを、大きな石たちが落語をなど、色んな妖怪がいた。正直俺の知識ではここの妖怪がなんなのかは分からない。


 軒並みを抜けると、門の上に座っている鈴を見つけた。


「こんな所にいたのか」


 鈴はじっと竹林の方向を見ていた。


「鈴ね、この半年間大変だったんだよ?」


 修行のことは聞いている。その大変さは良く分かっているつもりだ。


「ああ、知ってるよ」


「それだけじゃないよ。とっても心配だったんだよ。だって、小次郎が死んじゃってるかもしれないし。だから、妖気が使えるようになって、小次郎が生きてるって分かった時には嬉しかった」


「うん」


 鈴がいつになく真剣な目で向き直る。


「今度は付いていくからね。絶対に離れない」


 そういってヒシとしがみ付いてきた。

 あの時置いていった事を言っているのだろう。


「けど、俺はもう一度あの状況になれば、きっと同じ事をするぞ?」


 そう言うと顔を上げる。その顔は今にも泣きそうで見ていられない。


「やだ」


「やだって、言われてもな。鈴たちには生きてて欲しいしな。あの時だって……」


「だから、強くなったの!」


 突然の大声に開きかけた口を閉ざす。


「鈴も小次郎には生きていて欲しいの……だから、もう絶対に離れない。絶対に足手まといにはならない」


 その射抜くような瞳からは涙があふれ出ている。

 その涙を見ていると、どうしようもない位胸が締め付けられる。そして、気付く。自分の中の気持ちに。


「俺も離れたくないよ……」


「え……?」


 俺と同じで白と黒の入り混じった髪を撫でる。鈴の髪は柔らかく、どこか良い匂いがした。


「ははは、参ったね。こりゃ」


 俺はもう鈴が好きだ。気付いてしまった。

 思えば、この里に来て一緒に戦ったのも鈴で、師匠がいなくなって、辛かった時に励ましてくれたのも鈴、やけに馴れ馴れしくて、いつも俺のそばにいたのも鈴だ。


「なあ、鈴。これをやるよ」


 袖から晶鬼洞から拝借してきた石を取り出す。それを熱で加工する。そして、少しだけ【人化】を解くと、少しだけ自分の毛を斬る。

 加工したもの、勾玉に毛を結い、糸にしたものを通した。


「俺も置いてはいかない。傍にいてくれ」


「ありがとう」


 そこには俺の好きな笑顔があった。




 その後、互いに気恥しくなり、貰って来た魚を焼いて黙々と食べていた。

 話題を必死に探していると重要な事を思い出した。


「そう言えば、行かなきゃならない場所があるんだった」


 魚の脂で唇をテカらせた目だけをこちらに向ける。頬を膨らめ背て食べる姿は微笑ましい。


「俺さ、神様に会ったことあるんだよね」


「ゴホッ、ゴホッ。本当かなー? 小次郎は嘘つくからなぁ」


 袖で咳とともに飛んだ、魚の身を拭うと続ける。


「ああ、ほれその証拠に」


 右手に【神気】を纏わせる。それを見て、鈴は眉をひそめた。


「なんかいやな気配だね」


「まあ、俺たち妖怪にはあまり良いものじゃないな」


 右手を振って【神気】を霧散させる。


「まあ、さっきのが【神気】って力で、神様の資格と言うか。何と言うか。まあ、すげえ力って事だな」


「ふうん。よく分からないけど。それを使ってて小次郎は大丈夫なの?」


「ああ、だって俺も半分神様みたいなもんだし」


「へー神様になったんだ。すごいね。……にゃにゃ!?」


 鈴が目を見開いて驚く。まあ、そうだろうな。だからこそ、俺もさらっと言ったつもりだったが。それよりも疑うよりも、驚いてくれて嬉しい。


「まあまあ。半分神様って言っても今は他よりはだいぶ強い妖怪ってだけだから気にするな」


 鈴はぷくっと頬を膨らめ、言いかけた言葉を飲み込んだ。


「もう、いいんだ。鈴がいくら頑張っても小次郎には追いつけないんだ」


 少しいじけてしまったようだ。その姿が可愛くて、尾で膝の上に抱き寄せると再度頭を撫でた。


「ありがとな」


「むぅ」


 日差しが暖かく包み込む。眠くなるが話の途中だったな。


「それでな、俺の上の神様から、言われた事があってな。ある場所に行かなきゃならないんだよな」


「危ない場所?」


「いや、里の中にあるみたいだし、多分危険は無いと思うぞ。付いてくるか?」


「うん!」


 鈴が頷くのを見て立ち上がる。尾の上に座らせると駆けた。


「きゃはは、速い速いー!」


 両手を上に広げ、楽しそうに声を上げている。更に加速する。あっという間に目的地に着いた。


「何にもないね」


「ないな」


 そこは里のはずれ、山肌がさらされているだけで他に何もない。


「ここら辺のはずなんだけどなぁ

 あっ、もしかして」


 両手に【神気】に纏わせると岩に触れた。すると、不思議な模様が岩全体に広がり地面に跡を残しながら動いた。


「お、正解みたいだな」


 そこには地下へと続く石の階段がある。大人一人が通るには十分だが、二人だと狭いそんな感じの幅しかない。

 壁には光り輝く石が填められており、明るく照らしている。


「俺が先に行くぞ」


 この先にいる人物に力を借りろとのことだから、味方になるであろう人物が危害を加えてくる事は無いと思うが一応だ。

 下りきると、今度は上へと続いていた。黙々と進んでいると、光が漏れる扉があった。

 扉を開けると圧巻の景色が広がっていた。


「これは……」


 暖かくぼんやりと輝く空間の中で大きな赤い鳥居があり、さらに上へと続いている。だが、何より驚きなのはその広さだ。入ってきた場所、通ってきた道から比べてもはるかに広い。それにこの空気、雰囲気。


「何かいやな感じ」


 そう【神気】に満ちあふれている。純粋な妖怪である鈴にとって辛い所だな。仕方ない。

 刀を抜き、めいいっぱいの【神気】を纏わせる。普通の場所ではありえない位の量の【神気】が集まるが、この神刀ならば耐えきれる。それにこれで不測の事態にも対応できるだろう。とは言え、俺から少しでも離れれば【神気】の濃い空間が広がっている。

 鈴を傍に抱き寄せる。


「離れるなよ」


「……うん」


 鳥居をくぐり、上を見上げる。伝説に謳えきく出雲の神社の様だ。

 まだまだ距離があるので何段も飛ばして上った。

 頂上の社に入ると、やはり驚く。外から推測した広さよりも予想以上の広がりを見せているからだ。そして、神職の者たちが両脇に控え、最奥の上座には龍の顔をした男が坐していた。


「よく来たな。小次郎、そして、鈴」


 その声だけで、両脇に並んでいた神職の者も、豪華な装飾が施された内装も目に入らなくなる。

 龍の顔をした男から目が離せない。


「まあ、そこへ座るのだ」


 その言葉に従うのが当然とばかりにその場で胡坐をかく。


「それと刀は納めて良いぞ。【神気】はこちらで抑えておく」


 そう言われて慌てて刀を納めた。まさに言われるがままである。


「お主たちがここへ来る事は分かっていた。ここ最近起こっている異変を聞きに来たのであろう?」


 あれ? 異変何の事だ?

 そんな考えが顔に出ていたのであろう。


「む、違ったか。では、なにゆえここへ来た。それと誰にここの場所へ聞いた?」


 俺は狐神からの話しを伝えた。ここへ行き、そこにいる者おそらく龍の男に力を借りろとのことを。


「ふむ、という事は主は狐神様の神託を受け、ここへ来たというのか。しかも、吾輩に力を借りろと。これは偶然ではないのかもしれぬ。吾輩もつい先日、龍神様より啓示を受けたのだ。ここに来る狐に協力をせよと」


 という事はお互いに同じような神託を受けた事になる。この様な事はあるのだろうか?


「滅多にない事ではあるが、そうなるとおお事になるか……」


「つまり、二人の神様が手を組まなければならないという事ですよね?」


 龍顔の男は重々しく頷く。


「左様。だが、どう協力すればいいか分からぬ。一度情報交換といくか」


「そうですね。では、まず俺から貴方のお名前と、異変とやらを教えていただけますか?」


 おお、これは失敬失敬と、恥ずかしそうに頭を掻くと、男は「龍爪りゅうそう」と名乗った。

 そして、龍爪から告げられる事実は重々しく圧し掛かった。


「各地の妖怪の里が滅んでおる。ここ最近この里へ来る妖怪が多いのもそのせいだ」


「なっ……だ、誰が滅ぼしたんですか!?」


 あまりの出来事に思わず立ち上がりかけるが、手を向けられただけですとんと尻を着いた。


「落ち着け、我らも直接見聞きしておるわけではないから、誰の仕業かまでは分からぬ。

 それに伝令となるべき、他の里に住む我が一族、眷属の者たちは皆殺し、それその他高位の妖怪たちも皆殺されておる。生き延びたのは力なき者たちばかり。これではろくに情報も分からぬ」


「そうですね。ここで俺が慌てた所で何も変わらないんですよね。

 ですが、だとしたらいったい誰が? 誰でも出来るわけじゃないでしょう?」


「うむ。一人で行うのは不可能、と言いたいところだが……」


「いや、そんな事一人では出来ないでしょう?」


 龍爪は俺の目を真っ直ぐ覗くと首を横に振った。


「内心分かっているのではないか?

 我らならば出来るだろう。

 神の啓示を受けた神族と呼べるものならば。

 それに【妖気】は【神気】に大して非常に相性が悪い。それを考えれば、不可能ではない」


 俺の同類がやったという事か。


「だが、これはあくまでも推測の域を出ん。可能性の一つとして考えておくのが良かろう」


 頷いて答える。


「では、これに対し、何をすべきか、だが。吾輩たちは残った眷属、一族たちに里の周りを見張らせておる。ここに異変が起きれば、すぐに分かるであろう。

 お主らに頼みたい事は……そうだな。徒に里の者に不安を抱かせるわけにもいかん。信用の置ける者たちに知らせておくの事、それと己を鍛えるが良かろう」


「確かに、それくらいしか出来る事はなさそうでね。しかし、これは皆に伝えるべきでは?」


 そう言うと龍爪は獰猛な笑みを浮かべた。それは思わず刀を抜き、【鬼陽】を纏ってしまうほどの迫力を伴っていた。


「吾輩たち強者の務めは弱者を守る事。故に不安も、危険にも晒すわけにいかん。

 それにもしもの事があれば――」


 吾輩も闘う。


 クックックッ、と笑みだけで、それから発せられる空気だけで壁や床の一部がはじけ飛んだ。


「では、今日はここらでお開きにしよう。何かあれば、またここへ来るが良い」


 その言葉で龍爪との対話は終わった。

 俺たちは無言でその場から立ち去った。





「なんか、凄かったね」


「ああ」


 龍爪たちの住処から離れ、地上に戻ってきた所でやっと言葉を発する事が出来た。

 とは言え、目的は達成できたのだろうか?

 協力は取り付けたと言えるのか、結局俺が出来る事は何もないのではないだろうか?


「でも、あんな人たちと話せる小次郎はやっぱり凄いね」


 純粋な笑みを浮かべる鈴を直視できない。


「でも、俺は……」


 スッと俺の目の前に手が差しだされる。


「一緒に強くなればいいんだよ」


 心が軽くなった。全て俺一人で抱え込む必要は無いのだ。

 俺が出来るのは鍛える事。【神気】を使えても、祝羅にも龍爪にも及ばない。

 なら、やる事は一つだ。明確でいいじゃないか。


「ああ! 一緒に強くなろう!

 今日からやるぞ!」


「うん!」


 こうして【白尾】の短い休みは終わりを告げた。



次回、動乱。

しばし、お時間を頂きますが今月中には更新いたします。


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