弐拾巻
遅くなりまして申し訳ありません。
今日は気が重い。
それはなぜか?
今回の狩猟依頼にはじゃじゃ馬姫こと雪女の寧々が付いて来るからだ。
隣で朝食を幸せそうに取っている鈴が恨めしい。
「小次郎、どうしたの? ちゃんと食べておかないともたないよ?」
惚けた様子で聞いてくるが、違う。口元が笑ってる。分かっていて言っているのだろう。
「鈴、笑いが隠しきれてないぞ」
「にゃにゃ!」
指摘してやると慌てはじめた。自分では完璧に隠しきれていると思っていたのだろう。
「はぁ、気分が乗らないな。まあ、時宗が一緒に来るから手を抜くわけにはいかないけどさ」
そう俺だけなら少し位手を抜いても良いのだ。しかし、そうするわけにはいかない。時宗、ぬらりひょんの美青年。人が良くて関係が無かったのに巻き込まれてしまった。
「愚痴言っても仕方ないか。準備してくるよ……」
「そうだよ! 頑張ってね!」
「お前が言うな!」
この一ヶ月で集めた資金と素材を使って作った装備がこれだ。
存在進化して魔力の増えた俺に合わせて、魔力を通しやすい雪輝石を大量に使った。そして作られたのが蜘蛛の巣の様に頭部を除き身体中に張り巡らされている鎖帷子だ。その帷子の上には隙間を埋めるように白鬼猿の毛皮で覆われている。爪には大刃蟷螂の刃を加工した物が装着されている。一人でも着脱出来るように練習したた。慣れるのに時間がかかったが、尾を使って器用に着替える。装備しやすいようになっているのも大きい。着たら留め具を填めればいいだけなので戦闘中に外れる心配はないだろう。
頭には視界を狭める事が無いような設計になっている。一見、額と首回りを守るだけの簡単な物に見えるがそうではない。額には白隕鉄という熱に強く、衝撃を吸収する鉱石を、首周りには動きを阻害しないよう、柔軟性もある雪輝石で作られた。額と首回りの部分の装備を高温であればあるほど硬度を増す火焔石で接着し、額から首を覆い、ずり落ちないように顎よりも内側の部分で止められた防具を作ってもらった。口の中にも入れて固定した方がより安定するがどうも異物を絶えず口の中に入れるという不快感と違和感から拒否した。俺のわがままを考慮し、その上で外見にも気を遣い、額に炎の模様を紅く塗ってくれた赤鬼の力と唐傘お化けの翆には頭が上がらない。
何度か使っているが、傷一つないのは工程最終段階で行われる魔力加工が効いている。それに傷が付いても周囲の金属を使い自動で修復してくれるようだ。もちろん、その機能を使えば使うだけ薄くなり、脆くなってしまうが、それにしても使ったら汚れを落とすだけで済むという維持の手間要らずはとても助かる。
全ての防具を身に付け、最後に体の横に刀を差す。柄は尾の方を向いている。いざという時には尾で刀を抜き、投げつけたり、突いたりして使うつもりだ。しかし、斬ったり、受けたりという繊細な動きが出来ないので、抜いた事はないが。
「じゃあ、行ってくるよ」
「うん、行ってらっしゃい」
幸運にも位階が低く付いてこれない鈴は一人で安全を最優先で狩りに行く予定だ。まだまだ眠いようでノロノロと準備をしている。
そんな鈴の姿に若干のいらつきを覚えながら出かけた。
里を出て始まりの草原の前で待ち合わせにしている。
すでに時宗と寧々が待っているようで、寧々が時宗に一方的に話しかけている。
俺の姿を見ると、寧々はあからさまに嫌そうな顔をし、時宗はニコッと笑った。
「悪い、遅れた」
素直に詫びを入れる。しかし、俺の名誉の為に言えば、待ち合わせた時間よりも少し早く出て来たのだが、それよりも早くこの二人がいるのは予想外だった。時宗はともかく寧々は時間や規則を素直に守るやつには思えないのだが。
「貴方、遅れてきたくせに失礼なこと考えてない?」
「いや、何も。大丈夫、失礼なことは考えてないぞ」
寧々が胡散くさそうな目を向けてくるが無視する。しかし、なぜ分かったんだ? 女の勘か?
「小次郎、おはよう。とてもかっこいい防具だね」
「ありがとう。時宗は刀を使うのか?」
ここで二人の装備を見る。二人は基本的に普段着となんら変わらない。時宗は蓮華が刺繍された若草色の着物に腰に二振りの刀を差している。寧々もいつもの白い着物に、枝に実が生っているように青色の宝石が装着された墨で術式が印された杖を持っている。
「うん、そうだよ」
「ふうん、二人とも防具が心許ないように思えるが大丈夫か?」
俺の質問に寧々は呆れたようにふんと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。時宗はその姿に苦笑して答えた。
「僕たちの着物にもモンスターの素材が使われているから、それなりの防御力はあるつもりだよ。それに僕は袖の下には籠手、着物の下には鎖帷子を仕込んできているから大丈夫だよ」
袖を捲って籠手を見せながら言う。この二人の対応の差を見ると、時宗だけならどんなに楽だっただろうと思ってしまう。だが、二人の様子を見るとこれは常識のようだな。ちゃんと覚えておかねば。
「なるほど。じゃあ行くか」
歩き出したのだが、寧々が一向に付いてこない。
「おい、どうした? 置いてくぞ」
「……乗せなさい」
何か下を向いて呟いている。仕方なく来た道を戻って聞く。
「だから、目的地まで乗せなさいと言ってるの!」
呆れた。このお嬢様は俺以上にわがままだ。時宗も額手を当てため息をついている。話は逸れるが美男子というのは何をしても絵になるんだなと思った。
「断る」
寧々の険しい表情がさらに険しくなる。当然の答えだろうに。
「なあ、別に乗せてやる分には構わないだがな。人に頼むにはそれ相応の言い方があるんじゃないのか?」
そう告げてやると寧々は顔を真っ赤にさせた。
このような言葉を選んだのは意図があってだ。今の俺なら二人を乗せて走ろうと大した苦ではない。防具の方にも鈴を乗せて戦う事も想定されているため、取っ手があり掴まり易いようになっているのも好都合だ。だからと言って、寧々を怒らせないように顔色を窺い、首肯するだけでは淀の意図に反してしまうだろう。他人の子育てや家庭方針に口出すつもりは毛頭ないが、寧々の態度、対応がこれからも続くようでは必ず何かを引き起す。今の内に何とか矯正しておかねばなるまい。何か問題が起これば、近くに居る俺たちが巻き込まれる可能性が高いからな。
「で、どうするんだ?」
このお嬢様は頼むにも自分で歩くにも誇りが邪魔して素直になれないようだ。だから、少しだけ手伝ってやった。俺がこいつとの付き合いの中で見つけた秘密の呪文を囁いた。
「おい、時宗の表情をちゃんと見てみろ。どうだ? 困ったような表情してるだろう? あ~あ、このままじゃ時宗に嫌われるかもなぁ」
言葉に詰まった寧々はやっとの事で言葉を絞り出した。
「なら、私はどうすればいいの?」
不安そうな表情で俺の身体に触れてくる。
いつもこんなに素直でいてくれれば、苦労しない。まあ、良い薬になるだろう。願わくば、反省して見つめ直して欲しいが一朝一夕ではいかないだろうな。
「なら、時宗にも聞こえるように大きな声で謝る。そこから素直に頼めばいい。誰も乗せてやらないとは言ってないからな」
手をもじもじとさせて息を吸ったり吐いたりしている。まるで告白する前の女の子みたいだ。謝るくらい大した事じゃあるまいに。
「じゃあ、いくわよ。あの……ごめんなさい。謝るわ。だから乗せて? そっちの方が楽なの」
俺は開いた口がふさがらなかった。
確かに素直になとは言ったが、ここまで率直に言うとは。これなら少しは本心を隠してほしい。前々から思ってはいたがこいつは怠ける癖があり、出来るだけ楽をしたいようだ。
「ははは!」
突然、時宗が笑いだした。
怪訝そうな視線を向けると、「ごめん」と言いながらも腹を抱えて笑う時宗。寧々も同じく不思議そうな表情をしているが想い人がけらけらと笑っている姿を見て、悪い気はしていないらしい。
まだ、笑い続けているが時宗には一旦笑いだすとなかなか止まらない笑い上戸な一面があった。そんな彼だからこそ誰とでもすぐに打ち解ける事が出来るのだろう。
「あ〜あ、笑った。急に笑い出したりしてごめんよ」
目の箸の雫を掬いながら、寧々に謝った。
寧々も時宗に笑われて恥ずかしそうだが、満更でもないので責め立てる事はしなかった。
「じゃあ、時宗も落ち着いた事だし、そろそろ行くか。ほら、寧々、時宗、乗れよ」
「え? 僕もかい?」
「ああ、乗せて行った方が歩くより早いだろ? それに二人乗せて走るのなんて朝飯前だよ」
「すまないね」と片目を瞑り、乗る時宗に対し、寧々は乗る時に「なら、何で謝らせたのよ? 後で覚えときなさいよ」と恐ろしい事を呟いていった。
冷たい物が流れるのを感じ、振り返ると寧々の横顔から笑みが零れ、後ろ手を振る姿。どうやら杞憂だったようだ。
二人を背に乗せながら走る。走る俺は無言だが、背に乗る二人は談笑を楽しでいる。仲直りというか仲が良くなった様で何よりだ。
その後、時宗の目当てである薬草を採取、転送し終わり、今は白蛇を探しているところだ。
前に白蛇を見かけた場所で探しているのだが、さっきからおかしなものばかり見つけていて嫌な予感しかしない。
「まただ。白蛇の死骸だ」
白蛇の死骸を蹴飛ばしがら呟く。これで三匹目だ。
「僕も見つけたよ」
「私もね」
これで合計七匹見つけた事になる。土に埋められたり、皮だけになってたりと随分と食い散らかされているが、これは白蛇以上の強者がここにいる証拠にしかならない。
「小次郎、どうする?」
「そうだな。取れる手段は三つ、即時退却、静観……」
三つ目を言おうとした時だった地面に大きな影、そして、舞い落ちる羽、吹き荒れる風。
それに一番早く気づいたのは意外にも時宗だった。
素早く抜刀し相手を見据える。一瞬の内に行われた。
『新しい獲物がかかったかと思えば、ほう……』
掠れた低い声の持ち主が空から見下ろしていた。
輝く白い鱗に大きく広がる六枚の翼、そして、口からチロチロと見える赤い伸びる舌。血に塗れた顔をしていなければ天からの遣いの様な神々しさがあるが、今は帰って不気味さを醸している。
大翼白蛇
強大な魔力を感じる。例によって位階は見えない。つまり、この中で最高位の俺が見えないという事は他のやつも見えていないだろう。だが、一対三の数の利がある。倒せない相手ではないはずだ。
チラリと後ろを向いてどうするか確認する。
寧々は杖を構え不敵な笑みを浮かべている。やる気満々のようだ。
こういう場面では頼りになるな。
ドサッと何か倒れる音がした。
「きゃっ! 時宗様、如何されたのですか?!」
どうやら時宗が倒れたらしい。すると、どうだろうか。寧々はおそらく時宗に付きっきりになる。こいつの相手は俺一人でやるしかない。
考えがそこに行き着いた時、俺は嗤っていた。
ああ、久々だ。なかなか倒しがいがありそうな敵だ!
放っておいても寧々に任せておけば、時宗は大丈夫だ。なら、俺のやる事は一つ!
今の俺ならば全ての身体強化術を使っても体力的に何ら問題ない。
「いくぞ!」
先ずは敵の注意を引く。
『俺が相手だぁぁっ!』
【咆哮・衝】を発動させる。この程度の衝撃ではほとんどダメージを与える事は出来ないが、興味を引く事には成功したようだ。
蛇の目がギョロッと俺を見た。
流石の威圧感に殺気。身体にゾクゾクと震えが奔ったが、久々の強敵を前にしての武者震いだ。その証拠に程よい緊張感と力が湧き出るかのような不思議な高揚感に包まれている。
時宗と寧々の安全を守る為にここから離れる。追ってこい!
『俺様を相手に一人か。ふふ、よかろう。食ってやろう。化け狐!』
走って逃げる際中も特大の火の玉を相手に放ち、攻撃をする。
白蛇も風属性の魔法で防いでいるようだ。
おそらくだが、ともに上級のスキルを持っているとみて間違いない。
十分距離を取ったところで向き合う。
白蛇もやる気十分に舌なめずりをしている。
『喰い応えがありそうな狐だ。俺様に大人しく食われろ!』
魔法では決着が着きそうにない事が白蛇も分かっているのだろう。空中から襲い掛かってきた。
恐るべき速度だ。一度瞬きをするたびに距離が詰められる。
『もらった!』
口を大きく開けて飲み込もうとした時、俺の姿が揺らいだ。
【狐火】だ。喰らった感触が無く、驚いている白蛇に向かって尾を伸ばし、地面に叩き付ける。
いつまでも空に居られては攻撃が出来ないからだ。近づいてきた所を仕留めるほかない。
「この邪魔な翼貰うぞ」
翼を狙って飛び掛かるが吹き荒れる暴風に防がれる。
『小癪な真似を!』
風が吹き荒れようと決して離さなかった尾を使っての綱引きをしているような状態だ。
空へ飛び立とうとしている白蛇を逃すまいと必死に引っ張った。
一本を地面に突き刺し、残りの三本の尾を白蛇に巻き付ける。
『くそっ! 離せ、この化け狐がっ!』
もがいているが、尾が離れる事はない。最初よりも固定しやすい場所を探して、巻き付いているのだ。離れるわけがない。
あとは持久戦かと思われた時、尾に白蛇が噛み付いた。
「がああぁっ!」
あまりの痛みに力が緩んだ隙に空へと飛び上がる。
傷はすぐに塞がるがまだ痛みでジンジンとしている。
俺がダメージを負ったことで均衡が崩れたと考え、空からの魔法攻撃に切り替えたようだ。
風が吹き荒れ、木々が倒れ、大地が抉れる。
俺も負けじと魔法を放つが、痛みのせいで上手く制御できず、狙いも定まらない。すると、どうだろう噛まれた尾の感覚がだんだんとなくなっていき、俺の意志に反して地面に倒れた。
「これは一体?」
噛まれただけでこんな。
「まさか毒か?」
白蛇は俺の問いに正解だとでもいう様に不快な笑い声を出した。
『そうだ、その通りだ! その毒は徐々に体に回り自由を奪う! そして、貴様は死ぬのだ』
毒か、あいつの攻撃は受けちゃいけなかったんだ。通りでさっきからスキルの発動が上手くいかないわけだ。どうする?
結局、打開策も敵の隙も生まれることなく、俺の体力は消耗し、地面に倒れ伏した。
「く……そ……」
もう口を開けて喋る事さえきついが、舌打ちをせずにはいれなかった。
万事休すか。
白蛇が弱った俺目掛けて飛来してくる。
その窮地を救ったのは時宗と寧々だった。
「良く時間を稼いだわね。後は任せなさい!」
寧々は力強く言い放つが、俺の不安は増すばかりだ。
「ま……て、あいつの牙には……」
「分かってるわよ」
初めて寧々に微笑まれたかもしれない。その笑みは俺を安心させるためのもの、だったのだろう。結果、俺は安心した。それにこうなってしまった以上二人に任せるしかない。
頼むぞ。
「寧々、小次郎の治療を。僕が時間を稼ぐ。治ったら小次郎もすぐに手伝ってくれ。僕一人では倒せないからね」
いつもの笑みは消え、表情は真剣そのもの。大量の汗をかきながらも白蛇を見る目には殺気が籠っている。
二人の間では予め決まっていた事だったのだろう。寧々が俺の治療に取り掛かる。寧々の冷たい手にはいつも悩まされてきたが、今はその手が心地いい。
時宗が必死に時間を稼いでいるのが分かる。それに応えようと寧々の治療にも力が籠められる。大量の魔力が使われているのが分かる。
「時宗、頑張れ……」
◆◆◆
「久しぶりだな」
白蛇を前にして僕の心は荒れ狂っていた。それを必死に抑えて普段の声を演出する。もしかしたら、冷たい声が出ていたかもしれないが、こいつ相手に気を遣う事はないだろう。
「敵は討たせてもらうぞ!」
寧々の治療を受けたとはいえ、僕に残された時間は少ない。
『かかってこい、小僧! あの時喰い損ねたが今度はちゃんと喰らってやろう!』
小次郎があいつの魔力を削っている。なら、気を付けるべきはあの毒牙。
刀を大上段に構える。
空から舞い落ちる白蛇。
「あの時と同じだと思うな!」
白蛇が俺のすぐ脇を通り過ぎる。すれ違いざまに【一閃】。
右側の翼を全て切り捨てたが、何事もなかったかのように再生する。
「相変わらずしぶとい奴だ」
『貴様、今何をした! 答えろ!』
動揺している姿を見て、嘲笑した。
「ははは。馬鹿か、貴様。手の内を晒すわけがないだろう?」
動揺している今だからこそ使える【威圧】。狙い通り少しだけ隙を作る事に成功する。瞬時に距離を詰め、横一文字に【一閃】。続いて、四回連続で斬撃を繰り出す【四連斬】。集中して同じ場所を狙っているため、傷はかなり深い。それでも翼を使って、空へ逃げようとする白蛇に向かって【飛斬】を使い、斬撃を飛ばした。風を切り裂きながら白蛇に追いつき傷を負わせた。
『許さん、許さんぞぉぉっ!』
「さて、来るか」
やっと本気になったようだ。あいつは自分よりも弱い敵には手を抜く癖があった。だからこそ、油断している内に倒したかったが仕方ない。
白い鱗が黒く染まる。
あの黒いのは気化した毒だ。あの状態のあいつに触れたり、近づいたりしてはいけない。もちろん、奴の体力がなくなれば止まる為、無限に出し続けられるというわけではないのだが、刀しか攻撃手段を持たない僕には相性が悪い。
僕の考えを無視するように、突っ込んでくる。その速度は減速するどころか速くなっている。
ここから僕は避け続けるしかなくなったわけだ。だが、最後に勝つのは僕たちだ!
さっきと同じ手を使いながら躱し続ける。
しかし、あいつが近くを通るたびに僕に打ち込まれたあいつの毒が身体の中で疼き、暴れまわる。
熱い、焼かれているかのようだ。だが、足を止めれば更なる苦しみが待っている。
意識が遠退いてきた。
汗で着物が重い。刀を杖代わりに体を支え、辛うじて避ける。
しかし、巻き起こる風に耐えきれず倒れ伏した。
『手間を掛けさせよって。これで止めだ!』
迫る牙、ヒンヤリと感じる冷気。見ると、氷が僕が覆う様に牙から守ってくれていた。
『くそが、また邪魔か。女ぁぁっ! 食い殺してやる!』
白蛇の殺気を向けられても寧々は涼しい顔だ。
「ふん、あなた程度の殺気母様のと比べれば蚊みたいなもんね」
涼しい顔どころか笑ってさえいる。
「時宗様、今の内です!」
「ありがとう」
頼もしい女性だ。治療でもうほとんど魔力が残っていないというのに僕を守り、少しだけ治療をしてくれた。おかげであと少しだけなら体も動かせる。無理ならあれを使えばいい。
寧々が隙を作ってくれたおかげで、僕は彼らの元へと戻ることが出来た。
「やあ、小次郎元気かい?」
「ははっ! その言葉そのまま時宗に返すよ」
こんなことを言っているが小次郎もだいぶきつそうだ。足元がふらつき、立っているのもやっとだろう。
「時宗、見てたぞ。お前、あいつの毒を前に受けてあんまり闘えないんだろ? 違うか?」
友人の心配そうな瞳には嘘は付けないな。
「そうだよ。あいつと闘って以来、狩猟者家業は引退したつもりだったけどね。何の巡り合せか、またやつとは闘えるなんてね」
「そうか。手、大丈夫か?」
あの時の事を思い出したせいで強く柄を握りすぎたようだ。手から血が滴っている。
すぐに傷を治して、何でもないという様に掛け替えのない友人に微笑んだ。
「じゃあ、そろそろやるか」
「そうだね」
小次郎にいわれて前を見ると、白蛇が体により一層の毒を纏っていた。近くに咲いていた花は枯れ、倒れていた木は朽ちていった。
「近づくのはやばそうだな。二人とも時間を稼いでくれ。俺が焼き尽くす」
小次郎の指示に首を横に振って答えた。
「それはだめだ。僕たちの体は毒に侵されている。それで倒しても血清が作れず、僕たちは死ぬ。生き残るには肉弾戦しかないよ。辛いだろうけど、すでに毒の状態の僕たち二人であいつを殺すんだ。寧々は足止めを頼むよ」
寧々は頷く。こういう時の彼女の反応は早い。やはり、今まで医療に従事してきた彼女ならばあいつから採れる血清が貴重なのが分かるのだろう。
「さあ、いこうか!」
こうやって前に出て、指示を出すのはいつ振りだろう。昔の仲間の姿が見えるようだが、感傷に浸っている暇はないな。
自嘲気味に笑い、引き締める。ここでやらなければ、終わりだ。
白蛇がまっすぐ向かってくる。
それに合わせて、寧々が翼を凍らせる。しかし、もう魔力が残っていない攻撃は申し訳程度しかない。すぐにその氷は振り落とされる。だが、それで十分だ。
小次郎と僕は接近することに成功する。
今の奴の体は全身が武器。近づく事も、触れる事も苦痛が伴う。
一歩踏み込むたびに眩暈と激痛が襲いかかる。
「【即神術】!」
いつもならわざわざ口に出さずとも使えるが、気合を入れるために叫んだ。【即神術】で無理やり操る。もっとも、感覚が強化され、さらなる痛みが僕を襲うが無視だ。
動きの鈍っていた小次郎も僕がした事を理解し、真似をしたようだ。一瞬苦痛で顔を歪ませるが躊躇せずに敵に向かっていく。僕が考えていた【身体強化術】の使い方をこんなにも早く理解し、使いこなすとはね。優秀な友人だ。
今の僕の表情を見れば、死地へと向かうものが安らかな笑みを浮かべているように見えただろう。だが、それは違う。
嬉しいのだ。
こんなにも才能に溢れる友人がいて。
心強いのだ。
こんなにも優しくも強い友人が隣にいて。
僕たちに負ける要素はなかった。
「【四連斬】【剣舞】! 斬る!」
二本目の方を抜き斬りつける。力を使ってないのに、奴の攻撃が外れ、小次郎の力を身近に感じる。つまり、小次郎が守ってくれている。
小次郎も尾で奴を固定し、喰らいつき、さらには残りの尾を硬化させ、突きまくる。烈火の如き攻撃だ。いや、実際に炎が出ている。魔法を放ちながら突いているのが分かった。
小次郎は戦闘中に確実に成長している。一歩ずつ一歩ずつ、着実に次の段階へと進んでいる。
僕にも魔力があればと思ってしまうが、無い物を強請っても仕方ない。
今できるのはこの二振りの刀を一心不乱に振りまわすだけ。
気付いた時には血まみれの地面に白蛇のなれの果てが転がっていた。
「終わった……」
最後に見たのは紅く染まった太陽だった。
「ここはどこだ?」
目覚めると冷たくも温もりを持った何かが胸に飛び込んできた。
「やっと目を覚ました……!」
寧々だった。目は真っ赤に充血していた。
「心配をかけたみたいだね。ありがとう、寧々。また、君に助けられたね」
「そんな……気になさらくて……」
泣きはらした声で途切れ途切れにしか聞こえなかったが、彼女の気持ちは痛いほど伝わった。そろそろ僕も彼女の気持ちに応えなきゃいけないかな?
「よお。時宗、大丈夫か?」
扉が開き、窮屈そうに壁を壊しながら入ってくるのは……小次郎なのか?
「小次郎、その姿は?」
「ん? ああ、これか? 存在進化しちまったんだ」
そう言う小次郎の姿は様変わりしていた。
体が大きなっているのは当然として、毛色が変わっていた。尾は六本に増え、先端部分が血で染まったかのように真っ赤だ。口の周りから、そして、顔全体に鬼面の模様の様に黒い毛皮が広がっている。更に話す度に黒い息が漏れている。
その息について聞くと、曰く、「この息は毒じゃないから吸っても大丈夫」との事だ。小次郎からは今までとは比べ物にならないほどの力を感じる。おそらく、強大な力が呼吸の際に漏れているのだろう。
安心から、驚きへと。事態を理解すると僕をさらなる安心感に包まれた。
「僕は助かったんだね。身体を蝕む毒も……」
寧々を見ると目を潤ませながら頷いている。これで僕は自由だ!
「ありがとう、小次郎、寧々」
その艶やかな髪に触れても寧々は僕の手を嫌がることはなかった。




