第5回 松原照子――「陸前高田」の名は震災前に書かれていたのか
2011年2月16日。
ある女性が、自分のブログに不思議な文章を記したとされている。
そこには、東北地方の二つの地名が登場していた。
「陸前高田」
そして「釜石」。
彼女は地図を広げ、気になる場所を調べながら、太平洋側で大きな揺れが起こる可能性について書いていた。
それから23日後。
2011年3月11日、午後2時46分。
三陸沖を震源とするマグニチュード9.0の巨大地震が発生した。
東日本大震災である。
陸前高田市も釜石市も、巨大な津波によって甚大な被害を受けた。
震災後、女性の文章が注目を集めた。
なぜ、その二つの地名を知っていたのか。
なぜ、地震が起きる前に書くことができたのか。
だが、やがて別の疑問が浮かび上がる。
その文章は、本当に2月16日に公開されていたのだろうか。
震災が起きてから、過去の日付の記事に書き加えられたのではないか。
賛否が入り乱れる中で、ある記録が発見された。
そして調査を進めると、さらに意外な事実が浮かび上がってきた。
今回の主役は、松原照子。
日本の「世見者」である。
■未来を「予言」ではなく「世見」と呼ぶ女性
松原照子は1946年、兵庫県神戸市に生まれた。
若い頃から不思議な体験を重ね、目に見えない存在の声を聞いたり、未来に関係する光景を感じたりすると語っている。
本人は、その活動を「世見」と呼ぶ。
「よけん」と読むが、未来を言い当てるという一般的な予言とは、少し違った意味を込めているらしい。
本人の公式サイト『幸福への近道』によれば、ブログでの発信を始めたのは2005年頃。
日々の生活や人間関係についての文章とともに、地震、災害、社会情勢などに関する「世見」を発表してきた。
つまり、東日本大震災の後になって突然現れた人物ではない。
震災の何年も前から、未来について語り続けていたのである。
そして2011年2月16日。
後に大きな論争となる文章が公開されたとされている。
■「陸前高田」という地名
問題の文章は、太平洋側の地震への懸念から始まる。
そこには、次のような言葉がある。
「陸前高田」
その地名が頭に浮かび、どこにあるのか地図で探したという。
続いて、釜石付近が赤く見えたとも記されていた。
さらに岩手、秋田、山形、宮城、福島、茨城と、東北から北関東にかけての県名が並ぶ。
地震は広い範囲に及ぶのではないか。
そんな懸念を示す文章だった。
ただし、ここで注意しなければならない点がある。
この文章には、
「2011年3月11日」
という日付はない。
「マグニチュード9.0」
という数字もない。
さらに、
「巨大津波によって陸前高田が壊滅する」
とも書かれていない。
語られていたのは、太平洋側の広範囲における地震の可能性である。
それでも、後に巨大な被害を受けることになる陸前高田と釜石が名指しされているのは、確かに印象的だ。
問題は、その文章がいつから存在していたのかだった。
■震災後、疑惑が生まれた
松原照子の文章は、東日本大震災後に急速に注目されるようになった。
2011年6月の『サイゾー』の記事でも、震災を予言したとされる人物の一人として紹介されている。
ところが、その頃にはすでに疑問の声も上がっていた。
「本当に震災前に書いていたのか」
「後から記事を修正したのではないか」
ブログは紙の書籍とは違う。
公開した後から、文章を編集できる。
日付の表示を変えることも、技術的には可能だ。
もし3月11日以降に文章を書き、2月16日付の記事として表示したのなら、事前予言とは言えない。
そこで、当時のブログの更新履歴や保存記録が調べられるようになった。
■2011年3月12日という日付
疑惑を唱える側が注目したのは、旧ブログの保存記録だった。
そこには、2011年2月16日付の記事に関連して、3月12日という更新日時が現れていた。
さらに、同じ日付に別の内容の記事があったとする記録も報告された。
そのため、
「震災翌日に文章が差し込まれたのではないか」
という疑いが生まれた。
しかし、この記録だけで改変が証明されるわけではない。
ブログの更新日時は、本文の書き換え以外でも変化することがある。
カテゴリーの変更。
公開状態の変更。
記事の整理。
こうした管理作業でも、システムによっては更新日時が書き換わる。
また、保存されたデータの作成日時と、文章が最初に公開された日時が一致するとも限らない。
したがって、3月12日という数字が現れたことだけを根拠に、
「震災後に予言を書き加えた」
と断定することはできない。
では逆に、震災前の掲載を証明できるのだろうか。
■震災前に読んでいたという人々
事前掲載を支持する側にも、証言や資料がある。
震災前に松原照子のブログを読み、陸前高田や釜石という地名を覚えていたという人がいる。
また、後年の検証では、震災前に記事を転載したブログが存在したと報告されている。
もしその転載が、2011年3月11日以前の日付を持ち、かつ震災後に変更されていないと独立に確認できるなら、重要な事前記録になる。
ただし、ここにも問題がある。
「震災前に読んだ」という証言は、証言者にとって本当の記憶であっても、それだけで公開日時の確実な証明にはならない。
人間の記憶は、後から知った出来事の影響を受けることがあるからだ。
また、転載ブログについても、掲載日時だけでなく、保存時点の本文を確認する必要がある。
今回確認できた資料には、事前掲載を支持する研究者の検証がある。
一方、震災後の更新を疑う資料も残っている。
そのため、現段階では、
「震災後に捏造された」とも、「改変の余地なく震災前から存在したと完全に証明された」とも断定しない。
この問題は、引き続き資料検証の対象とする。
■ところが、もう一つ意外な事実があった
ここから話が変わってくる。
実は松原照子は、2011年2月16日よりも前に、陸前高田や釜石という地名に言及していたとする記録がある。
予言検証サイト『謎解き』の調査によれば、両地名は2005年の文章にも登場していた。
しかも、それだけではない。
松原照子は2005年から2011年2月までの間に、日本全国の地名を数多く挙げていた。
北海道。
東北。
関東。
中部。
近畿。
中国。
四国。
九州。
沖縄。
その範囲は47都道府県に及ぶ。
同サイトの集計では、東北地方への言及だけでも6年間に120回以上、関東地方については170回を超えていたという。
これは、予言の的中度を考えるうえで非常に重要な情報である。
■「陸前高田」は偶然だったのか
例えば、一人の人物が毎年、日本各地の地名を数多く挙げながら地震の可能性を語っていたとする。
その中には、実際に地震が起きる場所も含まれるだろう。
日本は地震の多い国である。
長期間にわたり、広い範囲で予言を続けていれば、後に災害が起きた地域と一致する文章が見つかる可能性は高くなる。
だからといって、2011年2月16日の文章に意味がないということではない。
陸前高田と釜石という二つの地名。
太平洋側。
広範囲の揺れ。
そして、震災の23日前という近さ。
この組み合わせには、確かに注目すべき点がある。
しかし、予言の的中を評価するなら、同時に外れた予言も調べなければならない。
仮に百回の予言のうち、一回が現実と一致した場合と、十回のうち九回が一致した場合では、評価は大きく異なる。
私たちが見ているのは、一つの文章だけではない。
その人が何年間にわたり、どれほど多くの未来について語ってきたのか。
その全体なのである。
■震災前の知識でも予測できたのか
もう一つ、考えておきたい問題がある。
東北地方の太平洋沿岸が、大地震や津波の危険にさらされていることは、2011年以前から知られていた。
三陸沿岸では、過去にも何度も大津波が発生している。
1896年の明治三陸地震津波。
1933年の昭和三陸地震津波。
1960年のチリ地震津波。
この地域に津波の歴史があることは、地震学者だけでなく、地元の人々にも知られていた。
したがって、
「三陸地方で大きな地震や津波が起こる可能性がある」
という警告自体は、超常的な能力がなければ思いつかないものではない。
ただし、2011年3月11日の地震は、それまでの想定を大きく超える規模だった。
マグニチュード9.0という巨大地震が、東北地方太平洋沖の広大な範囲で発生したのである。
もしその規模と日時、被害の詳細まで事前に指定されていたなら、評価は変わってくる。
しかし、松原照子の問題の文章に、そこまでの具体性はない。
■本人は何と説明したのか
松原照子自身も、震災後の騒動について言及している。
2012年2月5日付の文章として保存されている記録によれば、本人は、震災を思わせる内容を書いていたこと自体を忘れていたと説明している。
さらに、ブログへのアクセスが集中したため、関係者が読みやすいように整理したことが、改変を疑われる原因になったという趣旨の説明もしていた。
これは、改変疑惑に対する本人側の説明として記録しておくべきだろう。
もちろん、本人の説明だけですべてが証明されたことにはならない。
しかし、疑惑を紹介するなら、その疑惑に対する当事者の説明も同じように紹介しなければ公平ではない。
今回の連載では、人物への好き嫌いではなく、確認できる資料によって判定していく。
■予言は、いつから「的中」になるのか
ここまで調べて、今回の中心的な疑問が少し変わってきた。
最初は、
「陸前高田という地名をどうして知っていたのか」
という問題だった。
ところが、調べるうちに、もっと大きな問題が現れた。
予言は、どの程度まで具体的なら的中と呼べるのだろうか。
場所が当たればよいのか。
日時まで一致する必要があるのか。
災害の種類はどうか。
規模はどうか。
そして、外れた予言をどのように扱うのか。
一つだけ選んだ文章が現実に似ているからといって、未来予知能力の存在が証明されるわけではない。
反対に、広い範囲の地震を繰り返し警告していたからといって、個々の文章の一致点まで無視するのも適切ではない。
今回の松原照子の事例は、その難しさをよく示している。
■今回の判定
【人物】
松原照子
【主な資料】
公式サイト『幸福への近道』
2011年2月16日付「世見」とされる文章
【予言内容】
陸前高田、釜石を含む東北地方・太平洋側の広域で、大きな地震が起こる可能性。
【事前記録】
B(暫定)
震災前の掲載を支持する検証と証言が存在する。一方、更新履歴をめぐる疑義もあり、独立した保存記録による最終確認が課題として残る。
【日本との関連性】
A
陸前高田、釜石など、実在する日本の地名が明示されている。
【予言の具体性】
B
地域は具体的だが、地震の発生日、震源、マグニチュード、巨大津波の発生は明示されていない。
【現実との一致】
B
2011年3月11日の巨大地震と地域的・時間的な符合がある。ただし、一致の評価には、過去の多数の地震予言を含めた比較が必要。
【後付け・選択的解釈のリスク】
中〜高
記事の公開・更新履歴をめぐる論争がある。また、多数の予言から一致したものだけを取り出す可能性にも注意が必要。
【総合判定】
事前記録の信頼度B(暫定)/的中度B(限定的一致)
超常的な予知能力が証明されたという意味ではない。
■23日前の地名が残した謎
2011年2月16日。
ある女性は、地図を見ながら陸前高田という地名について書いていたとされる。
23日後、その町は巨大な津波に襲われた。
この時間的な近さには、確かに人の心を捉えるものがある。
そして、それが本当に震災前に公開されていたとすれば、少なくとも「震災後に初めて作られた言葉」ではない。
だが、そこで調査を終えてはいけない。
その文章は、何百件もの地震予言の中の一つだった。
同じ地名は、以前にも登場していた。
そして、日時も地震の規模も指定されていなかった。
予言を調べていると、私たちは不思議な一致を見つけた瞬間に、すべての答えを得たような気持ちになることがある。
しかし、本当の調査はそこから始まるのだろう。
一致したものだけでなく、一致しなかったものも見る。
本人の説明だけでなく、反対意見も見る。
疑惑があるからといって断罪せず、古い記録があるからといって無条件に信じない。
それでも、すべてを調べた後に残る奇妙な一致があるなら、その事実は事実として残しておく。
松原照子の「陸前高田」という言葉は、そうした慎重な検証を必要とする事例だった。
そして次回。
舞台は再び海外へ移る。
インターネットと動画配信の時代。
未来を語る言葉は、書籍やブログだけでなく、映像と音声によって残されるようになった。
アメリカの予言者、ジョセフ・ティテル。
彼は日本の大地震について、いったい何を語っていたのだろうか。
今度は、動画の公開日時と発言内容を追いかけてみよう。
調査資料
* 松原照子公式サイト『幸福への近道』 — 本人の活動歴と「世見」の説明。terukomatsubara.jp
* 『謎解き』松原照子の予言検証 — 震災前の掲載についての検討と、2005〜2011年の予言地名の集計。超常現象の謎解き
* 2012年の掲示板記録 — 旧ブログの更新日時や改変疑惑をめぐる当時の議論。匿名投稿であり、主張の正しさが保証された資料ではない。jishin.ldblog.jp
* 『サイゾー』2011年6月の記事 — 震災後に注目された経緯と、当時すでに賛否があったことを確認できる。サイゾーpremium
* 気象庁・東日本大震災の記録 — 地震の発生時刻、規模、震源などの公式記録。気象庁




