↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
日本を襲う50の予言〜原典検証で暴く都市伝説と暗黒の未来〜  作者: はまゆう


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
4/5

第4回 ジュセリーノ――「2008年9月13日、日本に巨大地震が来る」

2008年9月12日、金曜日の夜。

Googleの急上昇検索ワード、その上位10件が、すべて地震に関する言葉で埋まった。

どこかが揺れたわけではない。

速報が出たわけでもない。

まだ起きていない地震を、大勢の日本人がその夜、調べていた。

理由はひとつ。

翌日、9月13日。

東海地方を、マグニチュード8.6の巨大地震が襲う。

そう予言した男がいたからだ。

ジュセリーノ・ノーブレガ・ダ・ルース。

夢で未来を見るという、ブラジルの予言者である。

もちろん、あなたは結末を知っている。

あの日、日本に巨大地震は来なかった。

だが、今回の本題はそこではない。

このシリーズで三人の予言者を追いかけてきて、私はずっと同じ壁にぶつかってきた。

「その予言、本当に事前にあったのか?」

ノストラダムスの詩は、読み方しだいでどうとでも取れる。

ババ・ヴァンガは、本人の言葉まで辿り着けない。

エドガー・ケイシーは日本を名指ししたが、日付がない。

ジュセリーノは違う。

日付がある。

場所がある。

地震の規模がある。

死者の数まである。

しかもその一部は、ISBN付きの本として、予言の日より前に印刷されていた。

2年後には、東京と横浜で7万人以上が死ぬという予言まで控えていた。

予言者にとって、これほど逃げ場のない条件はない。

では、逃げ場を自ら塞いだ予言は、どうなったのか。

そして外れたはずの予言には、なぜか一本の「抜け道」が用意されていた。

■夢の中で未来を見る男

ジュセリーノ・ノーブレガ・ダ・ルースは、ブラジルの予言者として日本で知られるようになった人物である。

当時、彼の名前はテレビや雑誌で繰り返し取り上げられていた。

本人の説明によれば、9歳の頃から予知夢を見るようになったという。

普通の人間が眠っている間に見る夢と、彼の夢は違う。

未来に起こる事故。

地震。

航空機の墜落。

政治家の死。

戦争。

自然災害。

そうした出来事が夢の中に現れ、目覚めた後も記憶に残るのだという。

さらに彼は、その内容を手紙に書き、関係者へ送って事前に警告してきたと説明している。

ここが彼の予言の大きな特徴だ。

未来に起こる出来事を知るだけではない。

それを事前に知らせることで、災害や事故を防ごうとする。

少なくとも本人が語る活動の目的は、未来を言い当てて名声を得ることではなく、人々の被害を減らすことにあった。

実はこの考え方が、後で大きな意味を持ってくる。

だが、予言の検証となると、別の問題が生じる。

本当に手紙を送ったのか。

いつ送ったのか。

そこには何と書かれていたのか。

そして、その手紙が事故や災害より前から存在していたと証明できるのか。

今回、この問題については二種類の資料を区別する必要がある。

本人が過去に送ったという手紙。

そして、未来の出来事を記載した出版物である。

前者は作成日や送付履歴の検証が必要になる。

しかし後者は、本がいつ出版されたのか確認できれば、少なくともその刊行時点で予言が公表されていたことを証明できる。

幸い、ジュセリーノには後者が存在する。

■2007年、未来の大地震が本に印刷されていた

2007年12月25日。

日本で一冊の本が刊行された。

『ジュセリーノ未来予知ノート』。

ソフトバンククリエイティブから出版された、全207ページの書籍である。

著者はジュセリーノ本人の名義で、翻訳は山川栄一。

ISBNは9784797342666。

この本の紹介文には、2010年に東京と横浜で大地震が発生するという内容が、明確に記されている。

つまり、2010年の地震についての予言は、少なくとも2007年の時点で日本の読者に向けて公表されていた。

冒頭で書いたとおり、ここが他の予言者たちとの決定的な違いだ。

日時がある。

場所がある。

地震の規模まである。

これほど具体的なら、検証は簡単だ。

予言された日に、その地震が起きたかどうかを調べればよい。

■2008年9月13日、東海地方が揺れる

2008年に入ると、ジュセリーノの予言は広く知られるようになった。

2月12日、テレビ東京が特別番組を放送した。

『史上最強の予言者 ジュセリーノ 未来を変える5つの警告』。

その番組で取り上げられた予言の一つが、9月13日の巨大地震だった。

当時の視聴者が翌日に記録したブログには、非常に興味深い内容が残っている。

予言では、2008年9月13日にアジアで巨大地震が起こるとされていた。

候補は中国、あるいは日本。

中国で発生した場合はマグニチュード9.1、日本で発生した場合はマグニチュード8.6。

日本の場合、東海地方が対象とされていた。

大地震によって多くの死者が出るという。

日付だけでなく、国によって異なる地震の規模や犠牲者数まで想定されていたのである。

そして、この予言は人々の生活にも入り込んでいた。

2008年7月8日。

愛知県岡崎市に関係する研究者の日誌には、9月13日に岡崎市でマグニチュード8.6の大地震が来るという話が書かれている。

周囲の人々の間では、すでに知られた話題だったらしい。

つまり、9月13日の予言は、後になって作られた話ではない。

少なくとも数か月前から、実際に人々の間で語られていた。

■そして9月13日が来た

2008年9月13日。

日本では、予言された巨大地震は発生しなかった。

中国でも、同日、予言されたマグニチュード9.1の巨大地震は起きなかった。

冒頭で触れた検索の急増を記録しているのは、2008年9月19日付の『INTERNET Watch』編集後記である。

前夜に地震関連の言葉が急上昇していたことを紹介した後、結局13日は普段どおりに過ぎたと記している。

それでは予言は外れたのだろうか。

通常の検証では、そう判定することになる。

日時、場所、規模が具体的に示されており、該当する出来事が発生しなかったからだ。

だが、ここで冒頭の「抜け道」が顔を出す。

ジュセリーノの予言には、未来は変化するという考え方が組み込まれているのだ。

■予言が外れたのは、未来が変わったから?

ジュセリーノは、予知した災害について人々に事前に知らせることで、未来を変えられるという立場を取っている。

警告を受けた人々が適切に行動すれば、被害を減らせる。

場合によっては、予言された未来そのものを避けられるかもしれない。

この考え方は、予言をめぐる古くからの問題につながっている。

もし予言によって未来が変わるなら、予言が外れたことは必ずしも予言者の失敗を意味しない。

むしろ、未来が変わった成功例と解釈することさえできる。

だが、ここには難しい問題がある。

例えば、

「明日、東京に巨大地震が来る」

と予言した人がいたとする。

翌日、地震は起きなかった。

そのとき、

「予言は外れた」

とも言える。

しかし、

「警告のおかげで未来が変わった」

とも言えてしまう。

後者を採用するなら、地震が起きても起きなくても、予言の正しさを主張できることになる。

日付も場所も規模も指定して、自ら逃げ場を塞いだはずの予言。

その裏口に、この一本の抜け道が開いていたのである。

もちろん、災害への備えによって被害が減ることは現実にある。

地震が発生しても、耐震化や避難行動によって人命を守ることはできる。

しかし、人々が予言を知ったことによって巨大地震そのものが消滅したと考えるには、別の証拠が必要だ。

ここは区別しなければならない。

■2010年9月15日、東京と横浜

2008年の地震予言が実現しなかった後にも、ジュセリーノの予言には次の重要な日付が残されていた。

2010年9月15日。

東京と横浜。

マグニチュード8.4。

7万人以上の死者。

冒頭で触れた、あの予言である。

この予言は、2007年に刊行された書籍に記載されていた。

後世の創作でもなければ、2010年の出来事を見てから作った文章でもない。

そして2010年9月15日が訪れた。

結果は、巨大地震なし。

予言された大地震は起こらなかった。

予言を検証する団体ASIOSは、翌16日、検証記事を公開している。

内容は明快だった。

2010年9月15日の東京・横浜大地震は発生しなかった。

つまり、この予言も結果としては外れた。

だが重要なのは、ジュセリーノが本当にこの内容を事前に公表していたことだ。

ここまで具体的な予言が出版物に残され、その後の結果まで確認できる。

これは予言研究にとって非常に貴重な事例なのである。

■東京、大阪、神戸――さらに続く地震予言

ジュセリーノの日本に関する予言は、これだけではない。

2007年の『未来予知ノート』には、ほかにも複数の地震予言が掲載されている。

2009年1月25日。

大阪・神戸で巨大地震。

2009年11月17日。

再び大阪・神戸で大地震。

2010年5月14日。

東京でマグニチュード7.7の大地震。

これらは、予言された日時と規模に該当する地震が発生しなかった。

一方、ジュセリーノは地震以外にも、日本のスポーツや政治経済などについて予言していた。

2010年のワールドカップについては、日本代表監督が2007年当時とは違う人物になるという予言があり、これは実際の結果と一致した。

ただし、地震予言とサッカーの監督交代予言では、的中を評価する際の事情が異なる。

監督の交代は現実的に十分起こり得る。

巨大地震について日時と場所と規模まで指定することとは、予測の難しさが違う。

したがって、一つ当たったからすべての予言が正しいとも、地震が外れたからすべての発言が無意味だとも言えない。

それぞれ独立して調べる必要がある。

■「的中率90%」は本当だったのか

ジュセリーノが日本で紹介された当時、高い的中率を持つ予言者だと宣伝されていた。

過去に予言した事件が現実になった。

事前に送った手紙が存在する。

多くの災害を予知していた。

そうした話が、彼の名声を支えていた。

しかし、的中率という数字を検証するには条件がある。

予言者が公表したすべての予言を集めること。

何をもって的中とするか、あらかじめ基準を決めること。

日時、場所、規模などの条件がどこまで一致したのかを確認すること。

さらに、外れた予言も同じ基準で数えること。

当たったものだけを選んで集計しても、的中率にはならない。

ジュセリーノの予言については、超常現象情報研究センターが多数の予言を資料から集め、事前公表の有無や内容の曖昧さなどを含めた検証を行っている。

そこから浮かび上がるのは、非常に興味深い傾向だ。

日時や場所を特定しない広い予言は、出来事と結びつけやすい。

しかし、日時、場所、規模まで指定された予言では、予言と現実の不一致が明確になる。

ジュセリーノの場合、まさにその違いが見えてくる。

■なぜ人々は9月13日を恐れたのか

さて、ここでもう一度、2008年9月12日の夜に戻ってみたい。

まだ何も起きていない地震を、大勢の人が検索していた、あの夜だ。

なぜ人々は、これほどその予言を気にかけたのだろう。

一つには、日時が具体的だったことがある。

「近いうちに大地震が起きる」

と言われても、漠然としている。

しかし、

「9月13日」

と言われれば、カレンダーを見ればよい。

その日まで、あと何日。

明日になれば、予言の結果が分かる。

未来が、急に現実味を帯びる。

しかも場所は、日本人がよく知る東海地方だった。

東海地震への警戒は、当時すでに社会に浸透していた。

ジュセリーノの予言は、もともと存在していた地震への不安と重なったのである。

そこにテレビ番組や書籍、インターネットでの情報拡散が加わる。

一人の予言者の夢が、多くの人々の不安や期待を巻き込み、社会現象になっていく。

ここで私たちは、予言が実現するかどうかとは別の現象を目撃している。

予言は、実現しなくても現実の人間を動かす。

人々は検索し、話し合い、備え、あるいは恐れる。

その影響は、予言の当たり外れとは独立して存在するのである。

■今回の判定

【予言者】

ジュセリーノ・ノーブレガ・ダ・ルース

【主な資料】

『ジュセリーノ未来予知ノート』

2007年12月25日刊行

【主な予言】

2008年9月13日、東海地方などでの巨大地震。

2010年9月15日、東京・横浜でマグニチュード8.4の地震。

【事前記録】

A

2007年刊行の書籍、2008年当時の記録、テレビ番組の公式資料などから、予言が事前に公表されていたことを確認できる。

ただし、本人が過去に送ったという個別の警告文書については、それぞれ別途検証が必要。

【日本との関連性】

A

東京、横浜、大阪、神戸、東海地方など、具体的な日本の地域が挙げられている。

【予言の具体性】

A

日時、場所、地震の規模、犠牲者数などを指定したものが複数存在する。

【的中度】

D

今回確認した主要な巨大地震予言は、指定された日時・場所・規模で実現しなかった。

【後付けリスク】

低い予言も存在する

少なくとも出版物で事前に確認できる予言については、後世の創作とは言えない。ただし、的中したとされる過去の事件や警告文書は、個別に検証する必要がある。

【総合判定】

資料信頼度A/主要地震予言の的中度D

■予言者が残した、もう一つの未来

今回の調査では、ジュセリーノが指定した主要な巨大地震は、予言どおりには発生していなかった。

しかし、彼の事例を単に「外れた予言」として終わらせるのは、少し惜しい気がする。

なぜなら、彼は予言が発表されてから実際の日時を迎えるまでの間、人々に未来を意識させていたからだ。

2008年9月12日の夜。

大地震が来るかもしれないと思いながら、翌日を待った人々がいた。

家族に連絡した人もいただろう。

非常持ち出し袋を確かめた人もいたかもしれない。

そうした個々の行動まで、今回の資料から確認できるわけではない。

だが、少なくとも多くの人が予言について検索していたことは記録に残っている。

そして9月13日。

巨大地震は起きなかった。

それでも、その一日は何もなかった日とは少し違っていた。

人々は未来の災害を想像し、それについて語り、場合によっては行動した。

予言そのものが、現実の社会に影響を与えたのである。

ここまで四人の予言者を調べてきた。

ノストラダムスには、解釈の余地を残す古い詩があった。

ババ・ヴァンガには、本人の記録へ辿り着けない数多くの予言があった。

エドガー・ケイシーには、日本を明確に名指しした地球変動の記録があった。

そしてジュセリーノには、年月日と場所と規模が特定された予言があった。

記録の形は、それぞれ違う。

しかし、一つだけ共通している。

未来を語る言葉が、人々の現在に影響を与えてきたということだ。

予言には、当たるか外れるかという問題がある。

だが、それとは別に、

人間は、まだ起きていない出来事を、なぜこれほど恐れ、知りたがるのか。

という問題もある。

予言の歴史を調べることは、未来への不安と期待を抱いてきた人間の歴史を調べることでもあるのかもしれない。

そして次回は、日本人の女性が残した不思議な言葉を取り上げる。

東日本大震災の前に、

「陸前高田」

という地名を書いていたとされる人物。

松原照子。

その文章は、本当に震災前から存在していたのだろうか。

次は、一つの地名と、一つの日付を追ってみたい。

出典・検証資料

今回の原稿は、特に「予言が災害以前に存在したか」を重視して調べた。主要資料は次のとおり。

• 講談社『予言者ジュセリーノ 未来からのスピリチュアルメッセージ』 — 2010年9月15日の東京・横浜M8.4予言を出版社自身が紹介。

• テレビ東京 2008年10月9日特別番組 — 当時のテレビでの扱いと、予言の公表・検証の経緯。

• 2008年7月8日の研究室日誌 — 9月13日予言が当日より前に知られていた証拠。

• INTERNET Watch 2008年9月19日編集後記 — 地震予言による検索急増と、予言当日の結果。

• ASIOS『ジュセリーノ:2009年以降の日本の予言』 — 2010年5月22日に、結果が出る前の予言も含めて整理した検証。

• ASIOS『ジュセリーノの地震予言』 — 2010年9月16日付の事後検証。

• 超常現象情報研究センターの検証 — 多数の予言を対象とした資料比較と問題点の整理。

編集注:2008年9月13日の予言には、日本と中国の条件分岐など複数の表現が存在するため、各資料で確認できる範囲に限定して記述した。また、2007年刊の書籍については書誌情報と同時代の引用・検証記事を照合しており、全ページを現物で確認したものではない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。