第8話 それはまるで命名書のように
宇月さんは俺が手渡した物を受け取ると、不思議そうな顔をしてその小さな物体を凝視した。
「……なんでスーパーボール?」
「……なんでだろうね」
3人全員が頭上に?マークを浮かべ、少しの間沈黙が続く。
「ねぇ松村くん、なんでスーパー…」
「よーし次は天羽さんに書いてもらおう」
「え?私?見られてると緊張しちゃうからなぁ」
「そんな事言わずに、ささ、お座りください」
俺は天羽さんを座らせ、目の前に半紙を用意して少し強引に筆を取る体勢に入らせた。
「でも、何書こうかなぁ」
「じゃあ宇月さん、何かお題を出してあげてよ」
「任せて!……ん〜じゃあ、ソータで!松村くんの下の名前、ソータっていうから」
え?俺の名前?半紙にでかでかと書くの?
「わかったよ。だけどあんまりジッと見ないでねっ。黙って見られると恥ずかしいから、2人で適当に話してて!」
「りょーかいっ」
天羽さんは真剣な表情になると、姿勢を正して筆に墨を付け始めた。その丁寧な所作だけでも、美しい作品に仕上がる想像が容易にできてしまう。書こうとしている文字はどうかと思うが。
「ねぇ松村くん、それで、なんでスーパーボールなの?」
……話が逸れたと思ったのに。この話題からは逃げられないか。
「…あぁそれね。実は俺には妹がいてね…。そのスーパーボールは妹が持っていたものなんだ。"お兄あげる"って小さな手で俺にくれたんだよ。いつもと変わらない、晴れた日の朝だったな……。その時はここまで特別な物ではなかったんだけど。妹と話したのは、それが最後になっちゃって……。あの時見せてくれた表情は、今でも忘れられないな。……で、それからずっと大事に持ってるってわけなんだ。だから宇月さん、そのスーパーボール、大切にしてね」
一応ほぼノンフィクションだ。
「そんな大事なものを私に……。本当にいいの?」
「いいよ」
「天国の妹さんが悲しまないよう、絶対に大切にするね」
「うん。妹、元気に生きてるけどね」
「生きてるんかいっ!……もうっ、私の感動の涙返してよね〜」
「ごめんごめん、でもそれは涙を流してから言ってくれない?」
宇月さんと話しながら天羽さんを見ると……書き終えるまであと少しのようだ。
「ていうか松村くん、まさか妹さんいるのも嘘じゃないよね?」
「いや、さっきの話も一応嘘はついてないし、妹は本当にいるよ。俺とよく似て可愛らしい子だよ」
「最後の一言のせいで、さらに怪しくなったんだけど……。まぁ、もし妹さんが三次元だったら、いつか会わせてね」
「……俺の事なんだと思ってるの」
ここで天羽さんが文字を書き終え、筆を置く。
「よしできた!……なんか気になる話ばかり聞こえてきた気がするけど?」
「松村くん、妹さんがいるんだって。三次元の」
いやそこ強調しなくていいから。
「ふむふむ、それは興味深いね」
「そ、そんなことより天羽さん書き終えたんでしょ?さっそく見せてよ」
「うん、ちょっと恥ずかしいけど。はいっ」
天羽さんが見せてくれた半紙には、美しい字で"蒼汰"と書かれている。自分の名前が大きく書かれていると小恥ずかしい気分だ。
「この字で合ってるよね??」
「合ってるよ。ちゃんと漢字にしてくれたんだね、ありがとう」
宇月さんの方に目をやる。こちらの視線には気づいたが、首を傾げてキョトンとしている。
「……いやぁ〜、さすが友梨乃、めちゃうまだね!」
「うん、ほんとに綺麗な字だよ。捨てちゃうのはもったいないぐらいに」
「えへへ〜、ありがと。私、自分でも上手に書けたなって思うよ。蒼汰くんの名前が良かったのかな?」
名前で呼んでいただけるなんて……。今日の運勢はやはり1位で間違いない。
そしてこの日天羽さんが書いた"蒼汰"は、誰が見てもかなり上出来だったようで、書道部の部室の壁に飾られることとなった。……俺だけは反対したのだが。
「松村くん、結構書道上手だったね」
部活動体験が終わり、俺と宇月さんは一緒に1-B教室へ戻った。天羽さんは書道部の活動時間が終わるまで残るとの事だったので、今は宇月さんと二人きりだ。
「宇月さんこそ、本当に綺麗な字だったからびっくりしたよ」
「でしょでしょ?私、意外と何でもできちゃうんだから」
そう言いながら宇月さんは、机の上でポンポン跳ねさせていたスーパーボールをキャッチし損ねた。
「おっとっと……。あ、そういや松村くん、今日の佐藤先生の話聞いてた?」
「ん?何か重要な話してたっけ?」
「ええ〜。遠足だよ遠足。今度春の遠足があるって話だよ」
「そういえばそんな事言ってたような気がする」
入学して間もないが、たしか1年生は春の遠足で公園に行くという話だったはずだ。歩いて数km先の公園に行くのだが、そもそも公園って高校生が行くところか?楽しみにしてるとか人いる?と思った記憶がある。
「東公園、楽しみだよねっ」
「え、う、うん。」
……ここにいたか。
「佐藤先生、みんなと仲良くなれるように男女4人組でグループ作りなさいって言ってたよね?私と松村くんでしょ、あと友梨乃と……どの子呼ぼうかなぁ〜。やっぱり可愛い子がいい?委員長とか?」
待て待て、女の子入れようとしてない?男一人だけとか、そこに俺の居場所はあるのかい?
「そ、そこはもう一人男子を入れておきたいんだけど」
「え、じゃあ松村くん、男子の友達いるの?」
「ぐはっ」
俺の心に43のダメージ……!!
誰の顔も思い浮かばない。それもそうだ、これまでほとんど宇月さんと行動しているから、男子と話す機会なんて無かったのだ。同じ中学の友人は別のクラスだし……。
「ごめんなさい、誰も呼べる人いないです」
「やれやれだねぇ。じゃあさ、メンバーに入れるためにも友達作ろうよ。今のところ松村くんに友達作りの才能はなさそうだけどね〜」
俺の心に57のダメージ……!!