第68話 頑張る姿は心を動かす
暑く騒がしい廊下をしばらく歩き、書道部の部室前に着いた。しかし久しぶりの部活にも関わらず、部屋の中は不自然な程に静かだ。天羽さんと一緒にそっと入口から中を覗く。
部屋は解放されているのに薄い膜でも張ってあるかのようで、中にいる数名の部員は、無言で筆を取っている。
……そしてその中にテルマ君もいた。
テルマ君は背筋を伸ばし、見たこともないぐらい真剣な表情で筆を動かしていた。
視線は自分の筆先のみを捉えている。一筆終えても表情を崩すことはなく、その集中した姿は男の俺でもかっこいいと思える程だった。
誰にも気付かれないよう息を殺していた俺たちは、誰にも声掛けせずにそっとその場を離れた。
「……すごい集中してたね」
「うん。部員の私でも、少し入りづらかったかも」
とりあえず少し離れた廊下に避難し、窓際の壁にもたれながら天羽さんと息をつく。
「テルマ君、かっこいいなって思ったよ」
「えっ」
「あっ、変な意味じゃなくてね」
「そ、そっか、よかった……」
これまでの彼は勢いがすごくて、人の事なんてあんまり考えてないタイプなのだと思っていた。
でもあの表情を見てしまうと、自分の認識が足りていない事がよく分かった。常に全力で、真っ直ぐで、自分に素直な人なんだ。
それが俺にとってはかっこよく見えて。ただ部活中の姿を見ただけ。直接話したわけでもないのに、彼の事を勝手に見直していた。
「……なんかあの姿見てたら、こうやって警戒したのが悪く思えてきたよ」
「そうだね。私も、ちょっとだけそう思った」
2人で窓からグラウンドの方を眺める。
真夏の強い日差しの元、遠くの方で外の部活の生徒たちが走っている。
「……私ね、今までテルマ君から告白された時、あんまり強く断れずにいたの」
「うん」
「部活の空気とか、人間関係とか気にして、言い訳みたいな断り方しちゃってた。でも、蒼汰君は、真っ直ぐ向かってくる赤山君に対して正面からぶつかったでしょ? 受ける義理なんてないのにテストの勝負受けてさ」
「ただの成り行きだったけどね」
「ううん、それでも、テスト期間中ほんとに頑張ってく れたもん。私はできなかったからさ、かっこいいなって、思ったよ。頑張ってる蒼汰君の姿見て」
「……ありがと」
不意にかっこいいという言葉をくらって、恥ずかしさのあまり、たった4文字の台詞しか返せなかった。
「……あのっ、わっ、私、ここからは1人で大丈夫だからっ! これ以上悪いし、戻ってくれていいよっ」
天羽さんは我に返ったようにそう言い残すと、慌てて書道部の部室へ入っていった。
役目を終えた俺は、生徒相談部の部室の方へ戻る。しかしその途中で体育館が目に入り、特に用事があるわけではないが少し気になったので寄っていくことにした。
前に着くと、久しぶりにバスケ部がダムダムという音を鳴り響かせていた。蒸し暑さを軽減するためか扉は開放されている。
「誠一郎、今日も頑張ってるね」
「はい……。……って、松村さん……!!」
扉の影から先に中を覗いていた委員長に声をかけると、俺の存在に全く気付かなかったのか、彼女は珍しく大きな声をあげた。
「委員長、やっぱり誠一郎の事見てたんだね」
「……い、いえ、あのっ、たまたま通りかかっただけで……」
「そっか。俺もたまたま通りかかっただけだよ。それで、誠一郎の事見てる」
「……い、意地悪言わないでくださいっ……」
「あはは。ごめんごめん」
俺たちが見ている事に気付いていない誠一郎は、汗だくになりながらボールを追いかけている。こちらも声をかけることはせず、入り口からそれを見守る。
「委員長、誠一郎とは最近どうなの?」
「最近はあんまりお話できてないです……」
「そっか。部活とかテストとかで忙しそうだったしね」
「はい……」
委員長は寂しそうに答えた。
たしか誠一郎からの告白は保留みたいになってたはずだけど。そこから何も進んでないって事か。
「誠一郎から、告白したけど断られたって話は聞いたんだよね」
「断った……というわけではないのですが、どうしても1歩踏み出せなくて。自分に自信がついたらと言ってしまいました……。うぅ……私、本当に不甲斐ないです……」
委員長は目をウルウルさせて肩を落とした。
どう考えても絶対両想いじゃん……。
「今ならもう付き合えるかも、なんていいタイミングは待っててもなかなか来ないのかもしれないね。たぶんさ、大体はいつの間にか好きになってるし、いつの間にか相手に相応しい自分になれてるんだよ。今自信がないんだとしても、委員長は誠一郎ときちんと向き合える人だから、絶対大丈夫。彼女いたことないから説得力ないかもしれないけど、それだけは言えるよ」
「……あっ、ありがとうございます。ちょっと、勇気が出てきました」
彼女は少し照れると、体育館の中の方に視線を戻した。その目が誠一郎の姿を追っていることは、視線の先を確認しなくても分かる。
「勇気……か」
「どうされたんですか?」
「あ、いやっ、最近、告白する勇気について考える事があって」
「……もしかして、告白……するんですか……!?」
「ううん。俺がするんじゃなくて、身近な人がされたみたいで」
「そうだったんですね」
一瞬驚いたかと思うと、彼女は眉尻を落としてこちらを見た。
「皆さん、本当にすごいです。告白なんて」
「そうだよね。とんでもなく勇気がいることなんだと思う」
「はい……。……だからこそ私、やっぱり酷いことをしてしまったんだって思います……」
「告白の返事?」
「そうです……。次は、私が誠意を見せないと……いけないです……!」
彼女は決心した様子で顔あげる。
その表情を見ると、委員長は以前よりもずっと強く前向きになっているのだとすぐに分かった。
「委員長、変わったよね」
「そうですか?……あ、最近また髪を切ったので。気付いてくれたんですねっ」
「……よく似合ってるよ。うん、すごくいいと思う」
……まずい、そっちは気付いてなかった。
"変わった"って言ったのは、内面の事だったのに。
「嬉しいです。そうやって気付いてくれると、女の子は誰でも嬉しいと思います。是非宇月さんたちにも言ってあげてくださいね」
「もちろん。……善処します」
当てずっぽうでの「髪切った?」は、諸刃の剣なので。……善処します。
委員長と別れ、ついに部室へ戻る。
扉を開けると、留守番していた宇月さんは1人で腕を組んで頭を悩ませていた。
「うーん。……あっ、松村くんおかえり」
「ただいま。どうしたの宇月さん、悩んでるみたいだけど。……って、これは……」
腕を組む彼女の前に置いてあったのは、黒と白の駒が置かれた盤。オセロだ。
「どうやったらもう1人の私に勝てるか、考えてたの」
もう1人の私……?




